2025 年 14 巻 2 号 p. 25-34
目的:市町村統括保健師が自らの役割を遂行するプロセスおよびその活動に影響を与えた要因を明らかにすることである.
方法:A県内の市町村統括保健師7人に,半構造化面接を行い複線径路等至性モデリング(TEM)分析を行った.
結果:径路は,「統括保健師のイメージをもつ」「前任者が敷いたレールを歩きながら業務管理を行う」「人材管理を行う」「組織管理を行う」の4期に区分された.また,【I型:発展型】【II型:停滞型】【III型:喪失型】の3通りの類型化が導き出された.社会的助勢(促進的要因)は,事務分掌に明示,一人で背負わない環境,首長を含む上司の理解,内省を繰り返すことであり,社会的方向づけ(阻害的要因)は,事務分掌に明示がない,事務職との考え方の相違などが明らかになった.
考察:統括保健師になる前に前任統括保健師との協働体験が重要であると考えられた.市町村統括保健師の役割遂行のために環境整備と支援の必要性が示唆された.
Purpose: This study aimed to clarify the process by which public health nurses in supervisory positions perform their roles, and the factors that affect their activities.
Methods: We conducted semi-structured interviews with seven public health nurses in supervisory positions in prefecture A. The analysis was guided by trajectory equifinality modeling.
Results: The trajectories were divided into four stages: “having an image of a public health nurse in a supervisory position”, “managing tasks while following the path laid by predecessors”, “managing staff”, and “managing organization”. In addition, three categories were derived: Type I: progress, Type II: impasse, and Type III: loss. Social guidance (facilitating factors) includes a clear delineation of duties: an environment where responsibilities are not borne alone, understanding from superiors, including the head of the local government, and repeated self-reflection. Social direction (hindering factors) included unclear delineation of duties and differences in ideas with the administrative staff.
Consideration: Collaborative experience with one’s predecessor before becoming a public health nurse in a supervisory position is important. The need to improve these environments and the importance of providing support are suggested for public health nurses in supervisory positions to fulfill their roles.
医療,保健,福祉等の制度の創設や改正により,行政保健師に求められる役割が拡大している.2013年には「地域における保健師の保健活動について」が通知され(厚生労働省健康局,2013),別紙「地域における保健師の保健活動に関する指針(以下,保健師活動指針)」により,統括保健師を配置することが推進された.統括保健師の役割は,「住民の健康の保持増進を図るための様々な活動等を効果的に推進するため,保健師の保健活動を組織横断的に総合調整及び推進し,人材育成や技術面での指導及び調整を行うなど統括的な役割を担うこと」と明示された.
保健師活動指針が示され10年以上が経過し,統括保健師の配置は定着しつつあるが,統括保健師の役割実施状況調査(井伊ら,2021)では,鳩野ら(2013)の結果に比べ,「組織横断的に適切な人材配置に関与する」以外は,取組んでいる者が減少しており,組織の環境や理解等によって,役割遂行が困難であることが窺えた.
統括保健師に関する先行研究では,統括保健師配置の必要性(奥田ら,2016;太田ら,2021),統括保健師の人材育成の重要性と研修内容(堀井ら,2018;川崎ら,2019),統括保健師役割の尺度開発(鳩野ら,2013)と実施状況(鳩野ら,2013;井伊ら,2021)等の研究がある.しかし,統括保健師が役割をどのように遂行していくのか,環境が役割遂行にどのように影響するのかについて,当事者の経験から示したものはない.中堅期保健師の語りから,職業的アイデンティティを形成するプロセスを明らかにした研究では,中堅としての役割と一保健師としての責務との間での葛藤がみいだされ,サポート体制の重要性が示されている(小路,2021).よって,統括保健師について役割遂行のプロセスと影響要因を明らかにすることで,役割を遂行するために必要な支援について検討することができると考える.
そこで,本研究では,市町村統括保健師の経験の語りを分析し,統括保健師の役割遂行のプロセスと影響要因を明らかにすることとした.分析は,時間を捨象せず個人の変容を社会の関係でとらえる複線径路等至性モデル(Trajectory Equifinality Modeling:以下,TEM)を用いた.TEMの中心概念には,等至性(Equifinality:人々が異なる径路を辿りつつも同じような結果に辿りつく)があり,その結果を等至点(Equifinality Point:以下,EFP),径路が分岐するポイントを分岐点(Bifurcation Point:以下,BFP)として,人々の経験のプロセスが図示できる.また,多様な経験を「同一ではないが似ている経験」として類型化し,径路の特徴やその事象の背景に潜む関係性を明らかにできる(安田,2012).以上より,市町村統括保健師の役割遂行に至るプロセスと活動の影響要因を明らかにし,必要とされる支援や方策をみいだすことが,住民に身近な市町村統括保健師の役割達成を推進し,保健師活動の活性化,および地域住民の健康水準の向上に寄与すると考えた.
本研究は,質的記述的研究とした.
2. 用語の定義統括保健師の役割とは,保健師の保健活動の組織横断的な総合調整及び推進,技術的及び専門的側面からの指導・調整,人材育成の推進(厚生労働省,2016)とした.また,役割遂行プロセスとは,統括保健師になる直前の時期から,役割を遂行するにあたり,周囲の影響を受け変化しながら現在に至るまでの活動の径路とした.
3. 研究協力者A県内の市町村保健師であり,統括保健師の経験が1年以上3年未満の7人とした.選定は,A県市町村保健師協議会長に依頼した.統括保健師経験を1年以上3年未満とした理由は,全国市町村統括保健師の調査において「経験1年以上3年未満」の者が34.0%と一番多く(井伊ら,2021),経験が1年以上3年未満の者を研究協力者とすることで,経験の浅い統括保健師やこれから統括保健師になる者への示唆が得られると考えたためである.
4. データ収集方法2023年5月~2023年9月に1人につき2回実施した.1回目はインタビューガイドを用いた半構造化面接を行った.インタビュー内容は,統括保健師としての思い,役割をどう果たしてきたか,後押しとなった事柄,苦労したこととそれをどう調整し乗り越えたのか等であった.事前に統括保健師の役割(厚生労働省,2016)を口頭で説明し調査した.2回目は,オンラインにて実施した.
5. 分析方法許可を得た録音データから逐語録を作成し,看護質的統合法(KJ法)を活用し,TEM分析を行った.KJ法とTEMの併用は現象を相補的に理解する分析方法であるとTEM提唱者が提示している(サトウら,2006).
1) 個人分析逐語録の記述をKJ法に基づき分析した.まず,切片化したラベルを作成し,意味が類似するラベルを2~3枚集め要約し表札ラベルを作成した.同作業を2段階行い,経験と影響要因に分類した.TEMは,経路や影響を与える要因を明確にとらえるために概念ツールを用いる(表1).個人分析でのEFPを「自分なりに方向性を決めて取組んでいる」とし,両極化した等至点(Polarized-EFP:以下,P-EFP)を「自分で方向性を決められずに時間が過ぎる」とした.環境要因として行動や選択を助ける促進的要因(Social Guidance:以下,SG),行動や選択に制約的な影響を及ぼす阻害的要因(Social Direction:以下,SD)を可視化したTEM図を1事例ずつ作成した.2回目の面接時に研究協力者に個人のTEM図を提示し,齟齬の確認を行い,妥当性を担保した.
| 概念ツール | 本研究での適応 |
|---|---|
| 等至点 (Equifinality Point: EFP) |
統括保健師経験が1~3年未満の研究協力者の経路がいったん収束する地点として,個人分析では「自分なりに方向性を決めて取組んでいる」とした |
| 両極化した等至点 (Polarized EFP: P-EFP) |
等至点とは価値的に背反する意味をもつ状態として,個人分析では「自分で方向性を決められずに時間が過ぎる」とした |
| 分岐点 (Bifurcation Point: BFP) |
全員分析において,等至点との関連をとらえることができ,統括保健師としての役割の遂行に関連のある経験が分岐する地点とした |
| 必須通過点 (Obligatory Passage Point: OPP) |
全員分析において,統括保健師であれば,多くが果たす役割とした |
| 促進的要因(社会的助勢) (Social Guidance: SG) |
統括保健師としての役割を遂行する上で行動や選択を促進したり,助けたりする促進的要因(周囲の環境や前向きな思い)とした |
| 阻害的要因(社会的方向づけ) (Social Direction: SD) |
統括保健師としての役割を遂行する上で行動や選択に制約的な影響を及ぼす阻害的要因(周囲の環境や葛藤)とした |
| 非可逆的時間 | 市町村保健師として経験を積み,統括保健師になってから現在までの時間とした |
個人分析で得られた表札ラベルを時系列に1人ずつ横一行に,縦列に7人分を並べ,意味内容が類似する表札ラベルを寄せ集め,1枚の表札ラベルに要約し,径路を可視化した.共通点,相違点を比較検討し,多くが果たす役割を必須通過点(Obligatory Passage Point:以下,OPP)とし,加えて,等至点との関連をとらえることができ,統括保健師としての役割の遂行に関連のある経験が分岐する地点を分岐点(BFP)とした概念ツールを用い,径路を類型化したTEM図に示した.
6. 倫理的配慮研究目的,調査内容,個人情報の取り扱い等について文書と口頭で説明し,同意書の署名をもって同意とした.東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理委員会の承認を得た(承認番号 院022-039A 2023年5月22日).
協力者の平均年齢(標準偏差)は51.6歳(6.1),職位は課長級1人,課長補佐級3人,係長級3人であった.配属先は1人が保健福祉部門の管理職,5人が保健部門,1人が福祉部門であった.経験年数(標準偏差)は27.6年(6.9)であった(表2).面接時間は,1回目62分~75分(平均68.0分),2回目32分~52分(平均38.4分),切片化したラベル数は99枚~114枚(平均108.3枚),2段階のラベル数は37枚~46枚(平均42.1枚)であった.
| No. | 年齢 | 所属 | 職位 | 配属先 (係) |
行政保健師 経験年数 |
統括保健補佐の経験(年数) | 統括保健師 経験年数 |
事務分掌に明示 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 50歳代 | 保健福祉部門 | 課長補佐級 | 福祉 | 34 | 有(8年) | 1年2か月 | 無 |
| 2 | 50歳代 | 保健福祉部門 | 課長級 | 管理職 | 35 | 有(2年) | 1年2か月 | 有 |
| 3 | 50歳代 | 保健部門 | 係長級 | 保健 | 33 | 有(2年) | 1年2か月 | 有 |
| 4 | 50歳代 | 保健部門 | 係長級 | 保健 | 27 | 無 | 2年2か月 | 有 |
| 5 | 40歳代 | 保健福祉部門 | 課長補佐級 | 保健 | 23 | 有(1年) | 1年2か月 | 有 |
| 6 | 40歳代 | 保健部門 | 係長級 | 保健 | 14 | 無 | 1年2か月 | 無 |
| 7 | 50歳代 | 保健福祉部門 | 課長補佐級 | 保健 | 27 | 無 | 2年 | 有 |
7人の径路を類型化したTEM図をもとに,径路の各期区分と径路の特徴との関連について記述する.
TEM図において示されている用語や文言については《 》で示し,概念ツール毎に順番に番号(OPP①~⑥,BFP①~⑤,SG①~㉒,SD①~㉑)を付した(図1).

径路は4期に区分され,第1期はOPP①《市町村保健師として経験を積む》からOPP②《統括保健師になる》までのプロセスであり,「統括保健師のイメージをもつ」とした.第2期は,OPP③《前任者から引継ぎを受ける》からBFP③《保健師の代表として自治体の計画に参画する》《管理職の上司(保健師あるいは事務職)が参画する》までのプロセスであり「前任者が敷いたレールを歩きながら業務管理を行う」とした.第3期は,OPP⑤《専門職としての保健師の人材育成に取組む》からBFP⑤《保健師の人材確保に取組む(採用にかかわる)》《保健師の採用にかかわれない》までのプロセスであり,「人材管理を行う」とした.第4期は,OPP⑥《地域全体の健康水準向上を目指すために統括保健師として今後の展望をもつ》から統括保健師になり現在までの集約された地点までを「組織管理を行う」とし,全員分析では,EFP《保健活動の総合推進に向かい組織マネジメント力を発揮する》,P-EFPを《統括保健師としての志気が揺れ動く》とした.
2) 径路の類型化径路は3類型となった(図2).第1期で「前任者である統括保健師と協働体験あり/なし」という2つの径路は,EFPまたはP-EFPの2つにつながり,7人の径路は2通りであった.この2類型に属する協力者がそれぞれどのようにBFP①からEFP(P-EFP)に至ったのか個々に辿った結果,BFP①《統括保健師と協働体験なし》でP-EFPに至ったのは3人で,径路は,BFP②《配置先が保健部門である》2人,《配置先が保健部門以外(福祉部門)である》1人と分岐した.「前任者である統括保健師と協働体験あり」でEFPに至ったのは,BFP③《保健師の代表として自治体の計画に参画する》で4人のうち1人が《管理職の上司が参画する》と分岐したが,その者は,組織内に直属の上司含め2人の保健師が管理職である.その管理職保健師が統括保健師の意見も反映し保健師の代表として参画するシステムのため大きな差異はなく,BFP④,BFP⑤は同じ径路であるため,結果的に3類型の径路が導き出された.それぞれの径路の特徴を言葉で表し,I型を「発展型」,II型を「停滞型」,III型を「喪失型」とした.

I型は,BFP①である《統括保健師と協働体験あり》は,《SG①:保健所開催の統括保健師交流会に一緒に参加》し,前任者の統括保健師から指導を受けていた.OPP②《統括保健師になる》から《SG④:事務分掌に明記(組織内に「統括保健師」が浸透)》,《SG⑤:前任者からの丁寧な引継ぎと尊重した支援》がある環境であった.BFP②の《配置先が保健部門である》までは,《SG⑥:統括保健師配置部署の明確化(保健部門)》であった.OPP④《保健師全員の会議を開催(意思疎通や合意形成を図り,自治体の健康課題を共有)組織横断的に保健師間の協力体制のマネジメントを行う(特に新型コロナ対応)》に至るまで,《SG⑦:一人で背負わない環境(経験年数同程度のリーダー格の保健師で協議)》,《SG⑧:メンバーシップのある後輩保健師(同じ方向を目指す)》であった.そしてBFP③《保健師の代表として自治体の計画に参画する》については,《SG⑨:自治体計画に保健師の参画意義が認知(地域防災計画に参画⇒災害時保健活動体制整備⇒健康危機管理体制整備)》,《SG⑩:保健所の支援(災害時保健師活動体制整備への支援)》のあることが促進的要因になっている.次にOPP⑤《専門職としての保健師の人材育成に取組む》については,《SG⑪:理解ある上司(事務職)の存在(トレーナー保健師を予算化し新人保健師を育成)》,《SG⑫:保健師全員で事業評価の実施(大学教員のスーパーバイズ体制整備・学会発表の実施)》,《SG⑬:統括保健師交流会に次期統括保健師と参加し育成》である.しかし,1人の者は《SD⑥:次期統括保健師になる人材の不在》であった.そしてBFP④《ジョブローテーションを意識した人材配置に取組む》であり,次のBFP⑤《保健師の人材確保に取組む(採用にかかわる)》については,《SG⑭:統括保健師自身の醸成された戦略的思考(保健師の増員および行政能力向上を狙い事務も担当)》,《SG⑮:首長・人事部門の保健師への理解と期待》があった.そして《SG㉑:統括保健師として内省の反復(覚悟の深まり)》,《SG㉒:組織内外からの認識強化(醍醐味を実感)》,《SG㉓:展望に向けて具体的に起動》であり,EFP《保健活動の総合推進に向かい組織マネジメント力を発揮する》に至っている.
(2) II型:停滞型II型は,BFP①である《統括保健師と協働体験なし》は,《SD①:統括保健師補佐の位置づけのみ》で,前任者と一緒に交流会に参加した経験や指導された経験がなく,OPP②《統括保健師になる》からは,《SD③:事務的な内容の引継ぎ》であるが,《SG④:事務分掌に明記(組織内に「統括保健師」が浸透)》であった.BFP②は《配置先が保健部門である》で,OPP④《保健師全員の会議を開催,組織横断的に保健師間の協力体制のマネジメントを行う》に至るまで,《SG⑦:一人で背負わない環境(経験年数同程度のリーダー格の保健師で協議)》があった.自治体の計画にはBFP③《管理職の上司(保健師あるいは事務職)が参画する》で,次のOPP⑤《専門職としての保健師の人材育成に取組む》については,《SD⑦:人材育成は別の保健師が担当(主導的な取組が困難)》で,BFP④《ジョブローテーションの必要性を認識しているが保健師の配置に関与できない》で《SD⑧:組織内の保健師専門性の理解が希薄》,《SD⑨:効率化を優先する事務職上司との考え方の相違(ジレンマ感)》,《SD⑩:自治体上層部の一方的な方針で分散配置が拡大》があった.《SD⑮:保健師の超勤削減への理解欠如(管理職への昇進意欲衰退)》で,BFP⑤は《保健師の採用にかかわれない》であった.そして《SD⑯:統括保健師でありながら受持ち地区を担当(多忙)》,《SD⑰:カリスマ的な元統括保健師と比較し自信喪失》,《SD⑱:雑務があり疲弊》,《SD⑲:多忙で振り返る余裕もなく時間が経過》であり,P-EFPの《統括保健師としての志気が揺れ動く》に至っていた.
(3) III型:喪失型III型は,BFP①である《統括保健師と協働体験なし》は,《SD①:統括保健師補佐の位置づけのみである》で,前任者と一緒に交流会に参加したこと等指導された経験がなく,OPP②《統括保健師になる》から《SD②:事務分掌に明記なし(組織内では前任者を統括保健師と認識)》,《SD③:事務的な内容の引継ぎ》であり,BFP②は《配置先が保健部門以外(福祉部門)である》であった.OPP④《保健師全員の会議を開催,組織横断的に保健師間の協力体制のマネジメントを行う》に至るまで,統括保健師になり早い時期から《SD④:活動体制の見直し(地区担当制)の提案に対する上司(前任者)の反対(意気阻喪)》,《SD⑤:保健部門担当者会議から除外(福祉部門に配属され10年以上:疎外感)》であった.BFP③《自治体の計画には管理職の上司(保健師)が参画する》で,次のOPP⑤《専門職としての保健師の人材育成に取組む》については,《SD⑥:次期統括になる人材の不在》で,BFP④《ジョブローテーションの必要性を認識しているが保健師の配置に関与できない》で《SD⑬:保健師が管理職に登用(現場の活動人数が減少)》,《SD⑭:保健師を募集するが応募なしの現状》があり,BFP⑤は《保健師の採用にかかわれない》ため事務職を要望していた.そして《SD⑳:組織内に統括保健師として浸透されず存在意義に疑問》,《SD㉑:展望を抱くも上司(前任者)の思いと食い違い意欲喪失》であり,P-EFPの《統括保健師としての志気が揺れ動く》に至っていた.
TEMの分析による3つの類型化から得られた統括保健師の役割遂行のプロセスの特徴と影響要因(促進的要因・阻害的要因)について考察する.
1. 統括保健師の役割遂行プロセスの特徴統括保健師として役割を遂行するには,保健師として総合的なキャリア発達の視点が重要であると考えられ,佐伯ら(2022)は,保健師のキャリア発達は職場経験や職場環境,人生経験などの影響を受け進展するとしているが,本研究では,統括保健師としての職場経験であるプロセスと職場環境である環境要因について明らかにしていった.プロセスの特徴について,各期においてEFPまたはP-EFPに関連のあるBFPを中心に述べる.
まず,統括保健師としての役割を遂行していく前提として,第1期のBFP「統括保健師との協働体験」が重要であると考えられた.I型では協働体験があり,II型,およびIII型では,協働体験がなかった.小野(2010)は,職業的キャリアの発達を促進する要因として,OJT等を通じた組織の支援とメンターの支援が必要と述べており,I型では,統括保健師になる前に,前任の保健師と保健所統括保健師交流会に参加する経験等を通じ,統括保健師からメンタリングを受けた経験が,キャリア発達の促進につながったと考えられた.一方,II型,III型では統括保健師との協働体験がなく,統括保健師としてのキャリアをイメージする経験や職場の支援が不足していたと考える.
第2期では,I型,II型は統括保健師として保健部門に配属されていたが.令和5年度保健師活動領域調査(厚生労働省,2023)において市町村統括保健師の所属区分では,保健部門が66.7%と最も多く,多くの保健師が所属する「保健部門」が統括保健師として役割遂行するために現実的な配置先であるといえる.一方,III型の配置先は福祉部門であった.國府ら(2016)は,福祉分野の保健師は,保健分野での予防活動の重要性を再認識していたと述べており,重要性を認識しているが保健部門に関われず疎外感を感じていた.現在,保健師の配置は保健分野以外にも福祉をはじめとした多分野に広がっており,保健師はこれまでの保健分野での経験と新たな分野における自身の経験を意味づけして統合し,保健師としての能力を高めていく必要があると宮﨑(2019)が指摘している.佐伯(2002)も分散配置により「自分のしていることは保健師の仕事なのか」とジレンマに陥るが,これをキャリアに再統合させることが重要であると述べており,III型では,統括保健師がこれまでのキャリアを再統合し前向きに取組めるよう,県主催の統括保健師交流会などを通じて支援を行う必要性が示唆された.
第3期では,必須通過点として,すべての統括保健師が専門職として保健師の人材育成に取組んでいたことから統括保健師が牽引役となり,保健師活動の底上げを行っていると考えられた.また,人材育成のためのジョブローテーションの必要性を全員が認識していた.これを踏まえ,I型では,ジョブローテーションを意識した人材配置への取組みや保健師の人材確保の取組みを行うことができていた.一方,II型,III型では,ジョブローテーションを意識した人材配置や保健師の採用への関与の必要性は認識しているものの,保健師の配置や採用に関与できていなかった.村嶋(2016)は,保健師の人材管理は,人事部門も含めた組織的な合意形成が不可欠と述べており,最終的には首長に理解されることが重要であると考えられるが,II型,III型では,そうした仕組みが整っていないことから,まずは次期統括保健師が人事にも関与できることを目指した地固め(佐甲ら,2024)をしていくことが必要だと考える.
そして,第4期では,全員が地域全体の健康水準向上を目指すために統括保健師としての今後の展望を持っていた.I型では,保健師の代表として自治体の計画策定の参画や保健師の人材管理に関与したプロセスを踏まえ,今後の展望に向けた具体的な起動につながっており,統括保健師としての長期的な視野を持ち,計画的に役割を遂行していた.一方,II型,III型では,統括保健師として今後の展望は持っているが,環境要因により,自治体の計画策定や保健師の人材管理に関与できなかったプロセスから,統括保健師としての志気が揺れ動いているという特徴が明らかとなった.
2. 役割遂行のプロセスに影響を与える要因第1期に《SG①:保健所統括保健師交流会に統括保健師と一緒に参加》することが,第3期の《SG⑬:統括保健師交流会に次期統括保健師と参加し育成》につながっている.次期統括保健師を育成することの重要性を実感し,規範となる前任者と同じように導いているといえる.特に,保健所が管内市町村の統括保健師が情報交換する機会を設けていることが肝要で,保健所統括保健師が市町村統括保健師を支援する必要性を示唆している.
そして,事務分掌に明記することは,先行研究からも役割を果たすうえで重要(鳩野ら,2013)とされ,組織内に浸透し,役割達成へと結びつくため,促進的要因である.III型は,事務分掌に明記がなく,前任者が組織内では統括保健師であると認識されており,消極的な思考につながっている.事務分掌に明記がないことは阻害的要因である.さらに,この時期に経験年数同程度の保健師との相談体制が構築されていることが,促進的要因であり,市町村統括保健師においては,役割遂行のための重要なポイントであると考える.しかし,III型は疎外感を感じている.その背景には福祉部門に配属され10年以上が経過し,この間ジョブローテーションされていないことが懸念される.統括保健師の候補者には,計画的なジョブローテーションが重要である(曽根,2019)とされていることから.阻害的要因となっていたと考える.
人材育成については,II型は,別の保健師が担当しているため,主導的に取組めずに消極的・受動的になる阻害的要因である.人材育成については,統括保健師の役割の一つとして位置づけることが重要である.
人材配置と人材確保の取組みについては,I型は,首長を含む上司,人事部門の理解と期待があることが促進的要因となっている.その反対にII型は,政策を優先させる事務職上司による保健師活動に対する理解不足が阻害的要因で人材配置に関与できないことにつながっている.児童福祉法等の一部を改正する法律が公布(2024年4月1日施行)され,国では2023年4月にこども家庭庁が発足した.2024年4月に市町村こども家庭支援センター設置が努力義務化され,その準備が進められている(羽野,2023)が,統括保健師が関与できずに組織内の機構改革がなされ,一人の保健師が母子保健業務全般を持ち新たな部署に分散配置された.さらに,業務量増大にもかかわらず,事務職上司の保健師の超勤削減に対する理解欠如が阻害的要因となり,保健師の増員のための採用に関与できないことに連鎖している.齋藤ら(2016)は,保健師の判断・意見が尊重されていることが,保健師の仕事の意欲につながると述べているが,裁量が拡大し権限がある管理職への昇進の価値もみいだせない状況に陥っている.事務職と認識が異なることを意識したうえで,事務職上司との協議や協働を行うことを統括保健師に期待するとともに,道林ら(2017)が指摘するように,職種にこだわらず,組織目標の達成を重視した組織風土の醸成が求められる.
また,どの自治体においても職員の定数(地方自治法第172条第3項)の課題があるが,保健師の増員と行政能力向上を狙うために事務を担うという醸成された戦略的な思考が促進的要因であった.行政保健師は,専門能力と行政能力を融合させ発揮することが求められる(小路,2020)。事務を担うことで,事務に追われ,生活の場へ出向くことが少なくなる等の課題があるが,その均衡を取るために人材配置や人材確保に取組むことが統括保健師の役割であると考える.一方で,III型は,保健師の募集をするが応募がないという小規模町村の課題が浮き彫りになっており,その現状が保健師人員不足の阻害的要因であると考えられ,人材確保対策が急務であり,県等の支援が必要であると示唆された.
統括保健師は,常に内省を繰り返すことが重要(堀井ら,2018;長野ら,2022)であり,そのことが,促進的要因となり,覚悟が生まれ,組織内外からの認識が深まり,統括保健師としての醍醐味を実感することが,さらに成長を促し,展望に向けた具体的な起動につながっている.また,保健師活動指針では.地区に責任をもつ地区担当制が推奨されているが,II型は,統括保健師でありながらも受持ち地区を持ち,日々の業務に追われることで振り返る余裕もなく時間が過ぎたことが阻害的要因である.井伊ら(2021)は,統括保健師は保健師個々の地区活動が円滑に行えるよう,連携や協働の基盤づくりを行うことが必要と指摘しており,限られた人員や資源の中で,よりよい活動体制を検討し整備を図るのが統括保健師に求められる役割であると考える.
本研究により,市町村統括保健師の径路は,事実に基づき,第1期「統括保健師のイメージをもつ」,第2期「前任者が敷いたレールを歩きながら業務管理を行う」,第3期「人材管理を行う」,第4期「組織管理を行う」の4期の区分が明らかになった.
また,TEMの類型化により【I型:発展型】【II型:停滞型】【III型:喪失型】という径路の特徴がとらえられた.これにより,市町村統括保健師の役割遂行のプロセスの影響要因が明らかになった.
統括保健師が配置されていることにより,人材管理や組織管理が推進され,住民の健康水準の向上のための活動につながっていることが示唆された.
市町村統括保健師の役割遂行を促すために,環境整備の必要性および支援の重要性が明らかにされた.今後は役割遂行に向け,環境整備の改善が求められる.
研究の限界と課題
今回の研究は,A県の1~3年未満市町村統括保健師を経験した7人からのデータの分析であり,限定された地域や経験年数に限られた傾向がある可能性は否定できない.本研究の結果を,市町村統括保健師の径路として一般化することは難しい.したがって,市町村統括保健師の径路を一般化するには,今後,対象を様々な地域に拡大することと,経験年数を拡大する調査が求められる.さらに,統括保健師になるまでの径路の特徴をとらえ,統括保健師の径路への影響を検討することが求められる.
本研究を行うにあたり,快くご協力くださいました保健師の皆様方に心から感謝申し上げます.
なお,本研究は,2023年度東京医療保健大学大学院和歌山看護学研究科修士論文に加筆修正したものである.
本研究において開示すべきCOI状態はない.