日本公衆衛生看護学会誌
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研究
日本の中学生のいじめの加害経験に関連する要因
―クラスレベルと個人レベルでの検討―
水田 明子岡田 栄作尾島 俊之
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2016 年 5 巻 2 号 p. 136-143

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Abstract

目的:中学生のいじめの加害経験と,クラスの結束,いじめの被害経験,時間的展望,家族構成,経済状況との関連を明らかにする.

方法:2012年12月から2013年1月に,公立中学校8校の生徒(N=2,968人)に調査を行った.いじめの加害と被害経験の有無は2値変数にした.生徒同士の繋がりを4項目4段階評価で尋ね,クラスの平均値を算出し「クラスの結束」と定義した.いじめの加害経験を目的変数,クラスの結束,いじめの被害経験,時間的展望,家族構成,経済的余裕を説明変数とした単変量ロジスティック回帰分析を行った.

結果:クラスの結束が高いといじめの加害経験のオッズ比が低かった(男:OR=0.44,95%CI=0.29–0.67;女:OR=0.59,95%CI=0.37–0.95).いじめの加害経験は被害経験と正の関連,現在の充実感と過去受容は負の関連があった.

考察:クラスの結束はいじめの加害経験と関連した.いじめ防止対策にはクラスレベルでの信頼の構築が重要であり,現在の充実感,過去受容への働きかけも有用である.

I. 緒言

児童生徒の自殺の原因・動機は,学校問題(40.8%)が最も多く,次いで健康問題(19.5%),家庭問題(18.4%)の順であり,学校問題の中でいじめが原因の自殺は1.8%と少ない(文部科学省,2014a).しかし,これらの統計は遺書等の資料により明らかに推定できる原因・動機であるため過小評価の可能性がある.児童生徒の自殺は周囲に与える影響が非常に大きく連鎖による自殺が起こる可能性もあるため,自殺対策としていじめの防止は重要な課題である.

文部科学省は1996年に「児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議」を設置し,いじめ問題への取り組みを始めた.しかし,いじめによる自殺の実態が正確に把握できていないことから,平成18年に「児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会」が立ち上げられた.このような対策にも関わらず,いじめの認知件数は減少したものの深刻ないじめやいじめが原因の自殺は増加したため,平成25年にいじめ防止対策推進法が制定された.総則では,いじめを「児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む.)であって,当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義している.全学校におけるいじめに関するアンケート調査の実施率は95.5%と高いが,いじめを認知した学校数は51.8%と約半数である.また,いじめ問題について教職員間での共通理解を図った学校は94.3%と高い(文部科学省,2014b).しかし,いじめの認知だけではなく生徒全員に対していじめを未然に防止するためには,クラスや学校レベルでの具体的な対策が必要である.

いじめに関連する要因を明らかにした先行研究では,いじめの被害者,加害者の個人性質に焦点を当てたものが多い.被害者は自尊感情が低く,孤独感が高い,加害者は保護者,他の生徒や先生との関係に問題がある傾向がみられ,いじめ行為に対して肯定的である(笹澤,2000).また,被害者は抑うつや不安のストレス症状が高く,加害者は無気力で不機嫌や怒りのレベルが高い(岡安ら,2000).加害者は学校生活での友人関係は良好で自尊心が高いが,規則の遵守の欠落や攻撃性が強く,共感的な認知や感情が低い(本間,2003).欧米では加害者に対する暴力防止を目的とした教育的プログラムが多く,社会的問題解決のトレーニングや怒りのマネジメントプログラム(Frey et al., 2000Hollenhorst, 1998),第3者の生徒が葛藤を抱える生徒の問題を明らかにして平和的解決に導くピア・メディテーション(Meyer et al., 2000)が行われている.一方,日本では系統的ないじめ防止プログラムはない(松尾,2002).潜在化するいじめに被害者自身が対処できるようにするため,不利な状況下に置かれた時に知識や適切な反応を通じて自己信頼や社会能力の増強を可能にする方法であるレジリエンス(Rutter, 1985),支援の希求に必要なソーシャル・サポート(Schaefer et al., 1981)や,日常生活で生じるさまざまな問題や要求に建設的かつ効果的に対処するために必要な能力であるライフスキル(WHO, 1997)が必要であると考えられ,これらが高いといじめの被害経験が少ないことが報告されている(菱田ら,2012).しかし,個人要因の家族構成や経済状況,現在の状況を過去や未来の事象と関連付ける意識的な働きである時間的展望(南ら,2011)が,どのようにいじめに影響するかを明らかにした研究はない.時間的展望とは,Lewin(1951)により,ある一定の時点における個人の心理学的過去,及び未来についての見解の総体であると定義され,日本でも心理学研究の分野で多く用いられている(杉山,1994佐藤ら,2012).この時間的展望はレジリエンスと関連する(大石ら,2009).さらに,いじめに関連するクラスレベルの影響を明らかにした研究は少なく,学級規範といじめの相関を明らかにした研究(大西,2007)は対象数が小さい.学校におけるいじめの発生と勉強,友人,教師のストレッサーとの相関(滝,2004)や,無視やうわさ等の間接的ないじめはクラスの中で最も生じやすい(Rivers et al., 1994)ことから,いじめには学校で長時間行動を共にするクラスの仲間やグループの影響が予測できる.

本研究の目的は,いじめの加害経験と,クラスレベルの要因としてクラスの結束,個人レベルの要因としていじめの被害経験,時間的展望,家族構成,経済状況との関連を明らかにすることである.

II. 研究方法

1. 調査対象と調査期間

平成24年12月から平成25年1月に静岡県の菊川市と湖西市にある全ての公立中学校8校で調査を行った.調査対象の生徒は特別支援クラスの生徒を除く全学年の2,968人であった.校長,教員,保護者と生徒に文書で説明を行い,同意が得られた生徒に自記式質問紙調査票を用いて回答を求めた.調査はクラス担任の指導の下,授業中に実施した.

2. 調査項目

個人レベルの要因として,いじめの加害経験といじめの被害経験,時間的展望,属性の性と学年,同居している全ての家族と経済状況を把握した.過去1年間のいじめの加害経験といじめの被害経験は,「ない」「1~2回」「3回以上」で尋ねた(Saluja et al., 2004).時間的展望体験尺度(白井,1994)を用いて下位尺度の目標指向性,希望,現在の充実感,過去受容を把握した.回答は5段階評価で,「当てはまらない」「どちらかといえば当てはまらない」「どちらともいえない」「どちらかといえば当てはまる」「当てはまる」と設定した.目標指向性と現在の充実感は各5項目で,得点範囲は5~25点,希望と過去受容は各4項目で,得点範囲は4~20点である.得点が高いほど時間的展望が高い.経済状況は家庭の経済的な暮らしの余裕について,「ない」「余りない」「普通」「ややある」「ある」の5段階評価で尋ねた.

クラスレベルの要因として,Grootaert et al.(2004)のソーシャル・キャピタルを6つの側面①グループとネットワーク,②信頼と連帯,③協調行動と協力,④情報とコミュニケーション,⑤社会の結束と一体性,⑥エンパワーメントと政治的行動に分けた質問紙調査から,生徒同士の繋がりに関する質問項目を作成した.社会の結束と一体性の“In your opinion, is this neighborhood generally peaceful or marked by violence?”を参考に,『あなたはクラスの決まりごとを守っていますか』について「全く守らない」「余り守らない」「大体守る」「いつも守る」の4段階評価で尋ねた.信頼と連帯の“In general, do you agree or disagree with the following statements? Most people who live in this village/neighborhood can be trusted”を参考に,『あなたは周りの人は信頼できると思う』,協調行動と協力の“If there was a water supply in this community, how likely is it that people will cooperate to try to solve the problem?”を参考に,『あなたのクラスは何か問題が起きた場合に力を合わせて解決する』を作成した.また,国立教育政策研究所OECD 国際教員指導環境調査(2013)の『お互いに助け合う協力的な学校文化がある』を参考に『あなたのクラスは普段生徒がお互いに助け合っている』を作成した.これらの3項目は,「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」「どちらかといえばそう思う」「そう思う」の4段階評価で尋ねた.辻(2014)は,「まわりの人々はお互いに挨拶をしている」「まわりの人々は信頼できる」「いま何か問題が生じた場合,人々は力を合わせて解決しようとする」「まわりの人々はお互いに助け合っている」を5段階評価し,東日本大震災後の住民の地域の繋がりを測定するための尺度として使用している.4項目の合計点を用いていることから,本研究でも同様の項目数とした.

3. 分析方法

生徒同士の繋がりを測定した4項目の個人の合計得点から,各クラスの平均値を算出し『クラスの結束』と定義して各クラスの生徒のデータに結合した.クラスの特性に合った介入方法を検討するため,クラスの結束を四分位数で区分した.いじめの加害経験とのクロス集計の分布から,第1四分位数未満を低値,第1四分位数以上第3四分位数未満を中値,第3四分位数以上を高値とした.目標指向性,希望,現在の充実感,過去受容は各項目の満点で個人の得点を除した.いじめの加害経験はいじめの被害経験とのクロス集計の分布の傾向から,「ない」,1~2回と3回以上を「ある」,家族構成は,「実の両親 と「一人親又は再婚」(Bond et al., 2001),経済的余裕はいじめの加害経験とのクロス集計の分布からいじめの加害経験が増加する,余裕が「無」「無以外」の 2値に分けた.

いじめの加害経験とクラスの結束,いじめの被害経験,性,学年との関連についてクロス集計,χ2乗検定を行った.いじめの加害経験の有無別に,目標指向性,希望,現在の充実感,過去受容の平均値を比較しt検定を行った.いじめの加害経験を目的変数,クラスの結束,いじめられた経験,目標指向性,希望,現在の充実感,過去受容,学年,家族構成,経済的余裕を説明変数とした単変量ロジスティック回帰分析を行った.本研究の分析ソフトは,SPSS ver. 22.0J(IBM Corp., Armonk, NY, USA)を使用した.

4. 倫理的配慮

調査票は無記名とし,一人ずつ封筒に入れ封をし,クラス単位で大袋にまとめて回収した.回答拒否があった生徒の調査票は,白紙のまま封筒に封をして回収した.本研究は浜松医科大学医の倫理委員会の承認(2012年11月28日24-147)を得て行われ,ヘルシンキ宣言の基準に準ずる.

III. 研究結果

使用した全ての変数に欠損値が無い2,613人(男:1,292,女:1,321)を分析対象とした.有効回答率は88.0%であった.いじめの加害経験のある生徒は男19.3%,女9.6%,いじめの被害経験のある生徒は男18.7%,女20.1%であった.一人親又は再婚の家族構成は,男17.5%,女18.0%であった.経済的余裕がないと回答した生徒は男4.4%,女3.5%であった(表1).

表1  対象者の特性
男(N=1,292) 女(N=1,321)
mean(SD)/n range/% mean(SD)/n range/%
クラスの結束 12.37(0.91) 10.36–14.65 12.36(0.91) 10.36–14.65
いじめの加害経験 1043​ 80.73​ 1194​ 90.39​
249​ 19.27​ 127​ 9.61​
いじめの被害経験 1051​ 81.35​ 1056​ 79.94​
241​ 18.65​ 265​ 20.06​
時間的展望体験 目標指向性  0.68(0.20) 0.20–1.00  0.70(0.18) 0.20–1.00
希望  0.64(0.16) 0.20–1.00  0.64(0.16) 0.20–1.00
現在の充実感  0.70(0.18) 0.20–1.00  0.68(0.19) 0.20–1.00
過去受容  0.72(0.17) 0.20–1.00  0.68(0.19) 0.20–1.00
家族構成 実の両親 1066​ 82.51​ 1083​ 81.98​
一人親又は再婚 226​ 17.49​ 238​ 18.02​
経済的余裕 無以外 1235​ 95.59​ 1275​ 96.52​
57​ 4.41​ 46​ 3.48​
学年 1年生 425​ 32.89​ 442​ 33.46​
2年生 437​ 33.82​ 441​ 33.38​
3年生 430​ 33.28​ 438​ 33.16​

χ2乗検定の結果,男女共,いじめの被害経験はいじめの加害経験と有意な関連(p<0.001)があった.男で,クラスの結束(p<0.001),経済的余裕(p=0.024),学年(p<0.001)はいじめの加害経験と有意な関連があった.男女共,家族構成はいじめの加害経験と有意な関連は無かった(表2).

表2  対象者のクラスの結束,いじめの被害経験,家庭要因,学年といじめの加害経験との関連
男(N=1,292) 女(N=1,321)
加害無 加害有 加害無 加害有
n % n % p n % n % p
クラスの結束 低値 235​ (75.08) 78​ (24.92) <0.001 298​ (91.13) 29​ (8.87) 0.077
中値 531​ (79.25) 139​ (20.75) 568​ (88.61) 73​ (11.39)
高値 277​ (89.64) 32​ (10.36) 328​ (92.92) 25​ (7.08)
いじめの被害経験 911​ (86.68) 140​ (13.32) <0.001 1001​ (94.79) 55​ (5.21) <0.001
132​ (54.80) 109​ (45.20) 193​ (72.80) 72​ (27.20)
家族構成 実の両親 861​ (80.77) 205​ (19.23) 0.926 978​ (90.30) 105​ (9.70) 0.904
一人親又は再婚 182​ (80.53) 44​ (19.47) 216​ (90.76) 22​ (9.24)
経済的余裕 無以外 1004​ (81.30) 231​ (18.70) 0.024 1154​ (90.51) 121​ (9.49) 0.440
39​ (68.42) 18​ (31.58) 40​ (86.96) 6​ (13.04)
学年 1年生 308​ (72.47) 117​ (27.53) <0.001 391​ (88.46) 51​ (11.54) 0.235
2年生 366​ (83.75) 71​ (16.25) 404​ (91.61) 37​ (8.39)
3年生 369​ (85.81) 61​ (14.19) 399​ (91.10) 39​ (8.90)

χ2検定

t検定の結果,いじめた経験と現在の充実感(男:p<0.001,女:p=0.014),過去受容(男:p<0.001,女:p=0.040)の平均値は,いじめた経験の有無別で有意な差があった.男女共,目標指向性と希望は平均値に差が無かった(表3).

表3  時間的展望体験といじめの加害経験との関連
男(N=1,292) 女(N=1,321)
加害無 加害有 加害無 加害有
mean SD mean SD p mean SD mean SD p
目標指向性 0.68 (0.19) 0.69 (0.20) 0.489 0.70 (0.18) 0.68 (0.17) 0.158
希望 0.65 (0.15) 0.63 (0.17) 0.052 0.64 (0.16) 0.62 (0.16) 0.136
現在の充実感 0.71 (0.18) 0.66 (0.18) <0.001 0.69 (0.19) 0.64 (0.21) 0.014
過去受容 0.73 (0.17) 0.67 (0.17) <0.001 0.69 (0.19) 0.65 (0.18) 0.040

t検定

単変量ロジスティック回帰分析の結果,クラスの結束の高値はいじめの加害経験のオッズ比が有意に低かった(男:OR=0.44,95%CI=0.29–0.67;女:OR=0.59,95%CI=0.37–0.95).いじめの被害経験が有と回答した生徒は無と回答した生徒と比較して,いじめの加害経験のオッズ比は有意に高かった(男:OR=5.37,95%CI=3.94–7.30;女:OR=6.79,95%CI=4.63–9.96).現在の充実感(男:OR=0.22,95%CI=0.10–0.48;OR=0.26,95%CI=0.10–0.68),過去受容(男:OR=0.18,95%CI=0.08–0.39;女:OR=0.37,95%CI=0.14–0.96)は,いじめの加害経験と有意な負の関連があった.男で,いじめの加害経験のオッズ比は,2年生(OR=0.51, 95%CI=0.37–0.71)と3年生(OR=0.44, 95%CI=0.31–0.61)で有意に低かった.また,経済的余裕が無と回答した生徒は無以外の生徒と比較して,いじめの加害経験のオッズ比は有意に高かった(OR=2.01, 95%CI=1.13–3.57)(表4).

表4  いじめの加害経験と関連する要因
男(N=1,292) 女(N=1,321)
OR 95%CI p OR 95%CI p
クラスの結束
1.27 (0.92–1.74) 0.142 0.76 (0.48–1.19) 0.228
ref ref
0.44*** (0.29–0.67) <0.001 0.59* (0.37–0.95) 0.031
いじめの被害経験
有(ref:無) 5.37*** (3.94–7.30) <0.001 6.79*** (4.63–9.96) <0.001
時間的展望体験
目標指向性 1.29 (0.63–2.61) 0.489 0.49 (0.18–1.32) 0.158
希望 0.42 (0.17–1.01) 0.052 0.41 (0.13–1.32) 0.136
現在の充実感 0.22*** (0.10–0.48) <0.001 0.26** (0.10–0.68) 0.006
過去受容 0.18*** (0.08–0.39) <0.001 0.37* (0.14–0.96) 0.040
家族構成
一人親又は再婚(ref:実の両親) 1.02 (0.71–1.46) 0.934 0.95 (0.59–1.54) 0.831
経済的余裕
無(ref:無以外) 2.01* (1.13–3.57) 0.018 1.43 (0.59–3.44) 0.424
学年
1年生 ref ref
2年生 0.51*** (0.37–0.71) <0.001 0.70 (0.45–1.10) 0.120
3年生 0.44*** (0.31–0.61) <0.001 0.75 (0.48–1.16) 0.198

単変量ロジスティック回帰分析 OR:オッズ比;95%CI:95%信頼区間

* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001

IV. 考察

1. いじめの加害経験に関連するクラスレベルの要因

本研究は,いじめの加害経験とクラスの結束の関連を初めて明らかにした.既に,いじめに関するクラスレベルの要因として,いじめに関与している生徒は教員を不公平で問題解決能力が低いと評価していることが明らかになっている(Rigby et al., 2003).本研究ではクラスの結束という生徒主体の取り組みにいじめ防止の可能性があることが示唆された.いじめの発生には,積極的加害者,追従的加害者,いじめを見て笑う観衆,いじめを止めに入り被害者を慰める擁護者,被害者の5つの役割が存在する(Salmivalli et al., 1996).クラスの結束の高値はいじめの加害経験と負の関連があったことから,全ての生徒を対象としてクラスの結束の強化を図ることはいじめ防止につながる可能性がある.具体的には,結束を構成する信頼や助け合いの関係を構築し,規律を守るクラスづくりが重要である.本研究の結果は単変量解析によるものである.今後,交絡因子を調整した分析と,環境要因への介入可能性を拡大するためにはクラス担任のサポートも含めた機序の検討が必要である.

2. いじめの加害経験に関連する個人レベルの要因

男女共,いじめの被害経験はいじめの加害経験の高いリスク要因であり,いじめの被害者と加害者の関係は相互に流動的であることが考えられる.いじめの関与者は比較的短期間で入れ替わり,常習的ないじめの被害者,加害者は其々約3分の1程度(文部科学省,2013)で,いじめの関与は,どの生徒にも関わる問題である.本研究では,いじめの被害と加害経験の有無に焦点を当てた.今後は,被害と加害の両方の経験者,加害か被害のどちらか一方,又はどちらにも無関係な者について,クラスの結束の程度による差異を明らかにすることで,いじめへの関与の傾向を考慮した集団への働きかけが可能になると考える.更に,個人要因といじめとの関連にクラスの結束が与える影響を明らかにすることで,個人要因とクラスレベルの要因の介入による相乗効果が期待できる.

都築(1982)は,時間的展望の概念は,人が自己の過去や未来にどのような出来事を想起あるいは予測するかという認知的側面と,個人の過去,現在,未来に対するpositiveないしnegativeな態度的側面を含むとしている.白井(1994)の時間的展望体験尺度は,過去は受容,現在は充実で捉えることができ,過去・現在・未来に対する個人の肯定的あるいは否定的態度を測定している.過去受容は学校適応感や自己効力(南ら,2011),現在の充実感はRotter(1966)のLocus of controlの概念である内的統制と関連がある(杉山ら,1996).本研究では,現在の充実感と過去受容はいじめの加害経験と負の関連があった.よって,いじめ防止のための生徒への個別的な働きかけとして,過去や現在の体験を肯定的に受け止められる支援が必要である.そのためには,自己効力や内的統制を高める働きかけも有用な可能性がある.

一般的にメンタルヘルスのリスク要因である家族構成(Tousignant et al., 1999Gould et al., 2003)は,いじめとの関連も考えられる.しかし,本研究では家族構成といじめの加害経験に関連は無く,男で経済的余裕の無さはいじめの加害経験と正の関連があった.この2つの結果は韓国(Kim et al., 2004)の先行研究と同様である.経済状況といじめの関連はトルコの調査(Sahin et al., 2011)でも明らかになっている.いじめの背景に経済的要因があることを考慮した対応も必要であろう.

3. 性別にみたいじめの加害経験と被害経験

男はいじめの加害経験,女はいじめの被害経験を多く報告した.男は殴る蹴る等の身体的暴力や冷やかしやからかい等の言語的暴力による直接的ないじめが多く,女は仲間外れや無視,嘘や噂を風潮する等の間接的ないじめが多い(Wang et al., 2009).男は直接的ないじめが多いため,いじめの加害経験を自覚しやすいことがいじめの加害経験を多く報告した理由と考えられる.本研究では男のみ学年が上がるほどいじめの加害経験が少なかったが,先行研究では年齢といじめの関連の方向性は国や性により異なり一定していない(Craig et al., 2009).

4. 研究の限界と強み

本研究の限界の1つ目は,横断研究であり因果関係については言及できないことである.2つ目は,いじめの被害と加害の経験は自己申告であるためいじめに対する問題意識によりいじめの実態とは異なる可能性がある.WHOによる調査でも,一週間に数回程度のいじめの加害は男6.3%–41.4%,女5.1%–33.8%と範囲が広い(Due et al., 2005).いじめの認知件数は減少しているものの暴力行為の発生件数は小学生と中学生で増加しているため,いじめが潜在化している可能性も考えられる(文部科学省,2014b).教員が把握するいじめの実態調査等,関連する他の指標を用いた妥当性の検証が必要である.本研究の強みは,8校の中学で全ての生徒に対して調査し有効回答率も高いことから,一般的な日本の中学生の代表性はある程度確保できている.しかしながら,地域差や学校種別を考慮したさらなる調査が必要である.

V. 結論

男女共にクラスの結束,いじめの被害経験,現在の充実感と過去受容は,いじめの加害経験と有意に関連することが明らかになった.いじめ防止対策として,個人要因への対応と共にクラスレベルでの信頼の構築が重要である.本研究は,クラスレベルの要因を明らかにしたことにより,いじめ防止のポピュレーションアプローチに貢献できる.

謝辞

本研究にご協力を頂いた2市の公立中学校の生徒と教員の皆様,学校長,教育委員会の皆様に感謝申し上げます.

尚,本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No. 24593437, 15K11880)(研究代表者:水田明子)の補助を受けて実施した.

文献
 
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