日本公衆衛生看護学会誌
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研究
潜在性結核感染症の治療を受ける患者の体験
舟迫 香春山 早苗
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2016 年 5 巻 3 号 p. 210-218

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Abstract

目的:接触者健康診断でIGRA検査陽性が判明したときから治療終了までの間の潜在性結核感染症患者の治療を受ける体験について明らかにすることである.

方法:潜在性結核感染症の治療を完了した5人を対象に,半構成的面接法によるデータ収集を行った.

結果:潜在性結核感染症患者の体験は,潜在性結核感染症という疾患の告知を受け,選択肢を提示され,疑問や困惑がある一方で恐れの思考や感情が生じ,治療を選択することだった.また,発病予防のための治療であるにも関わらず,副作用の出現や食事・嗜好品の制限,受診のための時間拘束から,日常生活を制限される負担感や,友人や医療従事者から結核患者として扱われたことによる困惑があった.

考察:患者の体験の特徴は,疾患の理解がしにくく不確かさが生じやすいこと,治療継続への負担感や治療の必要性に対する疑問を抱きながらも,自分自身の対処や他者との関わりによって治療完了に至ることだった.

I. 緒言

2015年の我が国における結核罹患率は14.4(人口10万人対)であり(厚生労働省,2016),高まん延期であった1951年結核予防法成立当時に比べると結核患者数は大幅に減少している(結核予防会,2014).しかし,先進国の中では数少ない結核の中まん延国である我が国において,結核制圧は喫緊の課題である.

結核の制圧に向けた結核対策のひとつとして,保健所が行う接触者健康診断があり,2007年にBCGワクチン接種の影響を受けないIGRA検査(リンパ球の菌特異蛋白刺激による放出インターフェロンγ試験,以下IGRA検査とする.)が接触者健康診断で導入された(石川ら,2014).これにより,2007年の潜在性結核感染症患者届出率(人口10万人対)は2.30(届出数2,959人)であったのに対し,2013年には6.88(届出数7,172人)と,2.4倍の増加がみられている(厚生労働省,2014).近年の状況に併せ改定された特定感染症予防指針(厚生労働省,2011a)では,結核感染者(未発病者)に対する発病予防を目的とした治療に重点を置き,潜在性結核感染症の治療を開始した者のうち,治療を完了した者の割合を85%以上とすることを目標とした.また,「結核患者に対するDOTS(直接服薬確認法)の推進について」(厚生労働省,2011b)では,潜在性結核感染症患者も含めた全結核患者に対するDOTSを実施し,多職種との協働による地域DOTSの展開により治療完了を目指す方針が示された.

しかし,保健所が接触者健康診断として行うIGRA検査で感染の可能性が高いと診断された者が,潜在性結核感染症として保健所に登録されるのは55.2%(大角ら,2014)であり,必ずしも治療対象となるわけではないことが明らかになった.2007年に改正された感染症法第12条第1項に基づく無症状病原体保有者の医師の届出は,ツベルクリン反応検査あるいはIGRA検査により診断し,かつ,結核医療を必要とすると認められる場合(潜在性結核感染症患者)に限り,対象となる(厚生労働省,2007).治療対象の決定は,感染・発病のリスク,感染の診断,胸部画像診断,発病した場合の影響,副作用出現の可能性,治療完了の見込みについて検討が必要とされている(日本結核病学会予防委員会・治療委員会,2013).つまり,医師が結核感染の可能性が高いと診断された者を潜在性結核感染症患者として届け出るには,本人が治療完遂の重要性を十分認識しているかも踏まえ総合的に判断する必要があり,本人自身の治療に関する受け止め方が深く関わる.潜在性結核感染症患者にとって,このようなプロセスで始まる治療の受け止め方は,結核診断と同時に治療開始が基本となる結核発病者と異なり,治療を受ける姿勢を曖昧にすると言える.潜在性結核感染症患者は自覚症状,身体所見がないために一般に病識をもちにくく,治療の脱落・中断が起こりがちである(日本結核病学会予防委員会・治療委員会,2013)とされている.また,患者が治療を中断することは,集団感染や多剤耐性結核といった公衆衛生上の問題(白井,2010)を引き起こすきっかけとなる.

このように患者の治療に関する受け止め方が深く関与する治療のプロセスをたどる潜在性結核感染症患者は,不適切な服薬によって生じるリスクを正しく理解し,健康管理をしながら,治療を生活の中に組み込んで継続するという課題があると考える.

以上のことから,潜在性結核感染症患者は,結核発病者や他疾患患者と異なる特有の治療に関わる体験があり,患者自身にとって負担の少ない治療にするため,治療を受ける体験を明らかにする必要がある.

本研究の目的は,潜在性結核感染症患者が接触者健康診断でIGRA検査結果告知から治療終了までの治療を受ける体験について明らかにすることである.

II. 方法

1. 研究協力対象者

対象は,保健所が行う接触者健康診断で潜在性結核感染症患者となり,中断することなく,計画された期間,治療を実施でき,治療終了後1年以内の者で,20歳以上70歳未満の者とした.

2. 研究協力者の選定方法

関東圏内の1県であるA県の結核対策主管課に,2011年潜在性結核感染症届出実績に基づき,その届出数の多かった2保健所の保健所長及び保健所保健師に,研究協力対象者選定及び,研究協力関連文書の送付について依頼した.

研究協力関連文書の送付を受けた研究協力対象者は,研究協力の意向がある場合のみ,研究協力意向確認書に氏名,連絡先を記載し,同封された研究者宛返信用封筒を用いて研究協力意向確認書を郵送した.研究者はこの研究協力意向確認書の内容を確認し,面接にて研究協力を依頼し,同意が得られた者を研究協力者とした.

3. 研究デザイン

質的記述的研究デザイン.

4. 調査項目

基本属性として,年代,性別,潜在性結核感染症の治療期間と治療内容,治療終了から面接調査までの期間,既往歴,家族構成,検査のきっかけとなった結核発病者との関係,潜在性結核感染症の治療を受けた医療機関,潜在性結核感染症の治療を目的とした受診の頻度とした.

また潜在性結核感染症の治療を受ける体験として,感染の可能性が高いと診断されたときや治療を選択したときどのような気持ちだったか,そのときどのような行動をとったか,それはなぜか,治療をやめたいと考えたことはあるか,それはなぜか,そのときどのような行動をとったか,治療継続の要因となったことは何か,それはなぜか,継続するためにとった行動はあるか,それはなぜか,治療中に支えとなったことは何か,それはなぜか,治療中の専門職からの支援はあったか,支援はどのような内容だったか,自ら相談したことはあるか,相談の内容は何か,治療に関するその他の出来事はあったかとした.

5. 用語の定義

体験とは,潜在性結核感染症の患者が治療を受ける過程で意識化された出来事とそれに伴う思考あるいは感情,またそれに関連する行動のこととした.

6. 調査方法

1) データ収集方法

研究協力者から直接,研究協力者の基本属性及び潜在性結核感染症の治療を受ける体験を半構成的面接により聴取した.面接調査ではインタビューガイドを用い,同意を得てICレコーダーに録音した.保健所保健師から協力関連文書の配布あるいは送付を受けた際,及び面接調査時にICレコーダーへの録音の同意が得られない場合は,研究への協力は依頼しない.面接場所は,プライバシーの確保ができ,かつ研究協力者の希望する場所とし,自宅あるいは研究協力者を担当する保健所以外の公的施設とした.面接時間は1回60分程度で面接回数は1回とした.

2) 調査期間

2012年6月から2013年3月

3) 分析方法

(1)面接聴取したデータを対象者ごとに逐語録化した.

(2)逐語録から対象者ごとに,潜在性結核感染症患者の体験について,文脈における意味を考慮しながら,意味の理解が可能な最小単位のまとまりにし,これをエピソードとした.

(3)各事例のエピソードについて,検査結果告知(IGRA検査陽性)から治療前,治療開始から治療終了に分けた.

(4)本研究の体験の定義に基づいて,各エピソードから物理的に人間の外部にある要因のことを「出来事」,それに伴って判断・推理したことあるいは情動・気分のことを「思考あるいは感情」,それに関連する客観的に把握可能な行いや振る舞いのことを「行動」として抽出しコード化した.

(5)全ての事例の各エピソードの「出来事」,「思考あるいは感情」,「行動」のコードのうち,類似した意味内容を持つコードを集め,その内容をそれぞれ表した.それを潜在性結核感染症患者が治療を受ける体験という観点から,意味内容が損なわれない程度まで抽象度を上げ,最終のものを「出来事」,「思考あるいは感情」,「行動」それぞれのカテゴリとした.

(6)(5)で生成したカテゴリを用いて各事例の体験を経時的に整理し,全ての事例と合わせ共通性と差異に着目しながら出来事,思考あるいは感情,行動のつながりや,体験と体験のつながりから潜在性結核感染症患者の体験を検討した.

4) データ分析における真実性の確保

インタビューにより得られたデータの逐語録を整理した文脈から,カテゴリを生成する分析過程と,各カテゴリの関連の構造を探索する過程において,地域看護の研究者2人によるスーパーバイズを受けながら進めた.

5) 倫理的配慮

本研究は,自治医科大学大学院看護学研究科における看護学倫理審査会の審査を受け,承認を受けた(2012年5月24日 受付番号81-2).

インタビューの実施の際は,研究協力候補者に対し,研究協力は自由意思であり,研究協力したか否かを研究者から担当保健所保健師に連絡することはないこと,研究協力しない場合でも不利益を被ることはないこと,個人情報保護のためデータ管理は漏えい,盗難,紛失が起こらないよう厳重に保管すること,途中辞退を保証すること,研究の公表の際,個人が特定されないよう配慮することについて,口頭及び文書にて,研究への同意を得た.

III. 研究結果

研究協力者の概要を表1に示す.

表1  研究協力者の概要
研究協力者 A B C D E
インタビュー時間 55分 62分 56分 59分 23分
年代 20代 50代 30代 50代 50代
性別 女性 女性 女性 女性 男性
治療期間 9ヶ月 9ヶ月 7ヶ月 6ヶ月 9ヶ月
治療終了から調査までの期間 1年 7ヶ月 6ヶ月 1ヶ月 1ヶ月
治療内容 INH・RFP INH INH・RFP INH INH
職業の有無
既往歴
検査のきっかけとなった結核発病者との関係 接触者 同居家族 同居家族 別居家族 接触者
患者 祖父 患者
潜在性結核感染症の治療を受けた医療機関 呼吸器専門 呼吸器専門 呼吸器専門 治療開始時は呼吸器専門治療中にかかりつけ内科に変更 呼吸器専門
潜在性結核感染症の治療を目的とした受診頻度 治療開始当初は月2回
2ヶ月以降は月1回
治療開始当初は月1回
4ヶ月以降は2月に1回
治療開始当初は月2回
3ヶ月以降は月1回
月1回 月1回

研究協力者の年齢構成は,20代1事例,30代1事例,50代3事例だった.性別は,男性1事例,女性4事例だった.治療期間は6ヶ月から9ヶ月で,治療終了時から調査日までの期間は1ヶ月から1年だった.

潜在性結核感染症の患者は,保健医療従事者による検査結果の告知と治療の説明,潜在性結核感染症の治療,副作用の出現,日常生活への影響,周囲とのコミュニケーション,保健医療従事者からの支援に関する体験をしていた.

以下にIGRA検査結果告知から治療前までと,治療開始から治療終了までの時期に分け,事例に共通する体験を述べる(表2).なお,“ ”は研究協力者の語り,〈出:〉は出来事のカテゴリ,[思:]は思考あるいは感情のカテゴリ,『行:』は行動のカテゴリ,【 】は表1の研究協力者をアルファベット記号で示した.また,表2は,体験ごとに,思考あるいは感情のカテゴリ及び行動のカテゴリを対応させ,その体験があった研究協力者のアルファベット記号を併せて記載した.

表2  潜在性結核感染症患者が治療を受ける体験
時期 体験 出来事のカテゴリ 思考あるいは感情のカテゴリ 行動のカテゴリ
IGRA検査結果告知から治療前 保健医療従事者による検査結果の告知と治療の選択 IGRA検査結果の告知を受ける【A, B, C, D, E】 自分の結核感染のことまで気が回らないという思い【B】
感染経路の回顧【A, D, E】
身近な人が感染していないことへの安堵【B, D】
結核を広めてしまうことへの恐れ【C, D, E】 日常生活での対応について,保健師に相談する【D】
潜在性結核感染症の治療の選択肢を提示される【A, C, D, E】 潜在性結核感染症に対する疑問【A】 潜在性結核感染症の病態や治療の選択について,医師や保健師に相談する【A, C】
自分自身の結核感染がわかることによる困惑【C, D】
ライフイベントに影響を及ぼす不安【C】 潜在性結核感染症の治療選択について,家族や友人に相談する【C】
治療を受けられることへの安堵【A, C】 潜在性結核感染症の治療を選択する【A, C, D, E】
職場からの圧力から治療を拒否できないという思い【A】
結核を広めてしまうことへの恐れ【C, D, E】
潜在性結核感染症の治療開始の説明を受ける【B】 潜在性結核感染症に対する疑問【B】
治療開始から治療終了 潜在性結核感染症の治療 潜在性結核感染症の治療が始まる【A, B, C, D, E】 不用意に治療の話ができないという思い【A, B, C, D, E】 身近な人にだけ検査結果や治療について説明する【A, B, C, D, E】
身近な人を感染から守るために説明する必要性【A, B, C, D, E】
主治医から,飲み忘れや副作用に関する説明を受ける【C, D】 治療継続への負担感【C, D】
最後まで治療を続けたいという思い【C, D】
治療中に,ライフイベントがある【A】 身近な人を感染から守るために説明する必要性【A】 身近な人にだけ検査結果や治療について説明する【A】
治療計画が変更になる【A, B, C】 治療継続への負担感【A, B, C, D】
最後まで治療を続けたいという思い【A, B, C】
治療計画の変更により生活に制限がなくなることへの安堵【A, C】
副作用の出現 副作用が出現する【A, B, C】 体調の異変に対する気づきと辛さ【A, B, C】 副作用について,医師に相談する【A, B, C】
治療継続への負担感【A, B, C】
治療の必要性に対する疑問【A, B, C】 副作用について,同僚や友人,家族に相談する【A, B, C】
職場の圧力から治療をやめられないという思い【A】
最後まで治療を続けたいという思い【A, B, C】
医師から,治療開始後の体調の変化について,副作用ではないと言われる【B, C】 周囲の理解を得ることへのあきらめ【B】 治療に関連する生活の変化や副作用について,保健師に相談する【B】
薬剤変更後の副作用の出現がある【A, C】 最後まで治療を続けたいという思い【A, C】 副作用について,自分なりの対処をする【C】
日常生活への影響 生魚やチーズといった食品や嗜好品の制限や,受診による時間拘束がある【A, B, C, D】 治療継続への負担感【A, B, C, D】 食生活のことを同僚に相談する【A, C】
生魚やチーズを避けるよう努めることや薬の飲み忘れを防ぐために工夫する【A, B, C, D】
指導の有無に関わらず,普段通りの生活を続ける【B, D】
休日に受診するときは,受診の時間を中心にして予定を立てる【C】
最後まで治療を続けたいという思い【A, B, C, D】 職場の理解を得て,受診のための時間を確保する【C, D】
発病したら,周囲に迷惑をかけるという思い【D】 医療機関を変更し,受診のための時間拘束による負担を軽減する【D】
家族や同僚から食事制限に対する理解と配慮を受ける【A, C】 家族や同僚からの気遣いによる安堵【A, C】 食生活の変更について家族や同僚の理解を得る【C】
生活のリズムが異なることにより薬を飲むタイミングがずれる【B, E】 毎日薬を飲み続けることの大変さ【B, E】 生魚やチーズを避けるよう努めることや薬の飲み忘れを防ぐために工夫する【B】
周囲とのコミュニケーション 予想外に周囲から結核の患者としての扱いを受ける【A, B, D】 結核患者として扱われたことによる困惑【A, B, D】
周囲の理解を得ることへのあきらめ【A, B, D】 受診時に,本来不要であるマスクを,かかりつけ医の指示どおり付ける【D】
結核の治療について結核で通院している医療機関以外では話さないほうがよいという考え【B】 治療に関連する生活の変化や副作用について,保健師に相談する【B】
結核患者の治療の大変さや,周囲から嫌がられる様子を見聞きする【B, D】 最後まで治療を続けたいという思い【B, D】
職場の上司に,結核である家族のことを聞かれる【B】 不用意に治療の話ができないという思い【B】 身近な人にだけ検査結果や治療について説明する【B, E】
家族に,結核に関する健康管理のことを聞かれる【E】 身近な人を感染から守るために説明する必要性【E】
家族や友人から治療に関する理解と配慮を受ける【A, C】 自分の置かれた状況を理解してもらえることへの安堵【A, C】
保健医療従事者からの支援 保健師から,周囲への気遣いは必要ないという説明を受ける【D】 いつもの生活を続けられることへの安堵【D】
薬剤師から治療状況の確認を受ける【A】 自分の置かれた状況を理解してもらえることへの安堵【A】
保健師から,連絡や生活に配慮する言葉がけがある【B, C, E】 保健師への信頼と配慮による安堵【B, C, E】

1. IGRA検査結果告知から治療前までの体験

保健医療従事者による検査結果の告知と治療の選択に関する体験があった.

潜在性結核感染症患者の体験は〈出:IGRA検査結果の告知を受ける〉という出来事があり,潜在性結核感染症という疾病が理解しにくいことから[思:感染経路の回顧],[思:自分自身の結核感染がわかることによる困惑],“これを結核って言っていいのか,悪いのかよくわからないし.【A】”という[思:潜在性結核感染症に対する疑問],[思:身近な人が感染していないことへの安堵],“先生(医師)とか保健師さんよりも自分が一番気にしちゃってて,マスクしておかなくちゃいけないんじゃないかとか,家にいるときにもこういう仕事(飲食店勤務)をしているときも(マスクを)していた方がいいんじゃないかとか,思ったんですけど.【D】”という[思:結核を広めてしまうことへの恐れ]という思考あるいは感情を伴い,『行:潜在性結核感染症の病態や治療の選択について,医師や保健師に相談する』,『行:日常生活での対応について,保健師に相談する』という行動が関連していた.

また,潜在性結核感染症の治療の選択に関連する出来事は,〈出:潜在性結核感染症の治療の選択肢を提示される〉場合と,治療開始を前提として〈出:潜在性結核感染症の治療開始の説明を受ける〉場合があった.〈出:潜在性結核感染症の治療の選択肢を提示される〉場合は,“潜在性の結核という名前だけで,正直漠然としたところがあって,恐怖心があったので,しっかり治療することでちょっとでも安心できればなというのがありました.【C】”という発病する前に治療の必要性がわかったことによる[思:治療を受けられることへの安堵],“私は今50歳代で,あと10年は今の職場(医療機関)にいる.もし発症したということがあるとすると,やっぱりあの時飲んでいればなって思うだろうと.【E】” という 自分が結核を発病する可能性を理解し,[思:結核を広めてしまうことへの恐れ]という思考あるいは感情が伴い,周囲の人に悪影響を及ぼしたくないために『行:潜在性結核感染症の治療を選択する』という行動が関連していた.

2. 治療開始から治療終了までの体験

1) 潜在性結核感染症の治療に関する体験

潜在性結核感染症患者の体験は〈出:潜在性結核感染症の治療が始まる〉という出来事の後,“人にうつしてしまうかもっていうのがあったから,あまり言ってはいけないって思ってたし,誰にでも言える病気じゃないかなって【B】”という人にうつる病気であることから[思:不用意に治療の話ができないという思い]という思考あるいは感情がある一方で,自分自身が発病したら感染する可能性の高い[思:身近な人を感染から守るために説明する必要性]という思考あるいは感情が伴い,結果的に『行:身近な人にだけ検査結果や治療について説明する』という行動が関連していた.

また,〈出:治療計画が変更になる〉という出来事の後,[思:治療継続への負担感]という思考あるいは感情がある一方で,[思:最後まで治療を続けたいという思い]という治療継続に結びつく思考あるいは感情が伴っていた.

2) 副作用の出現に関する体験

潜在性結核感染症患者の体験は〈出:副作用が出現する〉という出来事があり,[思:体調の異変に対する気づきと辛さ],“結核であることの体調不良よりも,薬を飲んでいることによる体調不良の方が強くて,それが意味分かんないなって.これがなければ,もっと体調いいはずなんだけどなみたいな.【A】”,“怪我して目に見えるものであれば,まあ治さなくちゃなって思うんですけど,自分は昨日の私と今日の私は全く変わっていないので,薬を飲んだところで変わっているかどうかもわからないから,本当に悪いの?っていうか治療が必要なのか?って感じですよね.【B】”という[思:治療の必要性に対する疑問]という思考あるいは感情が伴っていた.一方で,治療終了をゴールとして “副作用があるのに内服することが大変だなって思ったんですけど,(治療をすることを)決めてからは,はい,特に,やめようと思ったこともないですし,逆に頑張って飲みきろうという思いがありました.【C】”に関連した[思:最後まで治療を続けたいという思い]という思考あるいは感情が伴い,『行:副作用について医師に相談する』,『行:副作用について,同僚や友人,家族に相談する』という行動が関連していた.

3) 日常生活への影響に関する体験

潜在性結核感染症患者の体験は,日常生活に直接影響する〈出:生魚やチーズといった食品や嗜好品の制限や,受診による時間拘束がある〉という出来事があり,“毎日,食べるものを考えるのが大変でした.【A】”という[思:治療継続への負担感]という思考あるいは感情が伴っていた.しかし“自分でやめると後々発症した時にあのときやめたからって言われるのが嫌だっていうのが大きかったですかね.【A】”という[思:最後まで治療を続けたいという思い]という思考あるいは感情から,『行:生魚やチーズを避けるよう努めることや薬の飲み忘れを防ぐために工夫する』,『行:食生活のことを同僚に相談する』という行動が関連していた.

4) 周囲とのコミュニケーションに関する体験

潜在性結核感染症患者の体験は,“(変更後の薬剤は)体中の体液という体液が赤くなりますみたいな説明をされて,それを友達に話したら,ものすごいばかにされて【A】”という友人との会話や“筋肉痛で,整形外科に行ったんです.そこで正直に現在飲んでいる薬(抗結核薬)を書いたら,診察してもらえなかったんです.【B】”という結核で通院している医療機関以外の医療機関から診療を拒否されること,“薬を飲んでいる時期にたまたま保険の申し込みをしようと思って,現在飲んでいる薬はありますかってことで,正直に(抗結核薬のことを)書いたら却下されてしまったので.だから,えーって,私は結核なんでしょうかって.【B】”という発病を予防する目的であるにも関わらず生命保険の審査では治療とみなされたこと,“病院が変わって,名前を呼ばれて,マスクを出されて,マスクをしてくださいって.【D】”という本来ならば不要であるマスクの着用を医療機関から求められる〈出:予想外に周囲から結核の患者としての扱いを受ける〉という出来事があり,“差別じゃないけどそういうことがあるってまさか思っていなかったので.【B】”,“ちょっとそこで傷つきましたね.大丈夫だって言われているのに【D】.”という[思:結核患者として扱われたことによる困惑],や “でも,普通の内科だし.最初はえっ?て思いましたけど,仕方のないことかなって思って.【D】”に関連した[思:周囲の理解を得ることへのあきらめ],“あまり人には言ってはいけないことなのかなって思ってきちゃった【B】”という[思:結核の治療について結核で通院している医療機関以外では話さないほうがよいという考え]という思考あるいは感情が伴っていた.これについて,『行:受診時に,本来不要であるマスクを,かかりつけ医の指示どおり付ける』,『行:治療に関連する生活の変化や副作用について,保健師に相談する』という行動が関連していた.

5) 保健医療従事者からの支援に関する体験

潜在性結核感染症患者の体験は,保健所保健師や医療機関の薬剤師による〈出:保健師から,連絡や生活に配慮する言葉がけがある〉という出来事があり,[思:保健師への信頼と配慮による安堵]という思考あるいは感情が伴っていた.

IV. 考察

研究結果から以下に,潜在性結核感染症患者の治療を受ける患者の体験の特徴について考察する.

1. 潜在性結核感染症の治療を受ける患者の体験の特徴

1) IGRA検査結果告知から治療前までの体験の特徴

本研究で明らかになった「保健医療従事者による検査結果の告知と治療の選択」の体験では,〈出:潜在性結核感染症の治療の選択肢を提示される〉という特徴的な出来事があり,同じ結核であっても結核診断と同時に治療開始が基本となる結核発病者とは異なる.潜在性結核感染症という疾患そのものが理解しにくく,[思:潜在性結核感染症に対する疑問],[思:自分自身の結核感染がわかることによる困惑]という不確かさに関連する思考あるいは感情が伴う体験があった.患者の「不確かさ」とは,身体感覚に確信が得られないこと,適切な情報が得られず状況を把握できないこと,病状や治療効果を予測できないことに関連しており(川田ら,2012),潜在性結核感染症患者の置かれた状況に当てはまることから,潜在性結核感染症患者は「不確かさ」が生じやすく,治療の必要性の理解に影響を与えると考える.

また,〈出:潜在性結核感染症の治療の選択肢を提示される〉という出来事は,発病する前に治療の必要性がわかったことによる[思:治療を受けられることへの安堵]がある一方で,自分自身が感染源となる可能性を危惧する[思:結核を広めてしまうことへの恐れ]という思考あるいは感情も伴い,自分の発病予防だけでなく,周囲への感染も考慮して最終的に治療を選択する体験があった.潜在性結核感染症の患者と診断された時点では他者に感染させる恐れはないにも関わらず,結核を発病した患者と同様に「身内への影響を懸念する」(山路ら,2009)と考えることは,潜在性結核感染症に特徴的な思考と感情であると考える.

2) 治療開始から治療終了までの体験の特徴

(1)副作用の出現と日常生活への影響

潜在性結核感染症治療の副作用による肝機能障害は,20歳以上60歳未満の幅広い年代で1~2割程度出現する(中園ら,2011)ことから,年代に関わらず肝機能障害の出現がある.本研究で明らかになった「副作用の出現」という体験においても〈出:副作用が出現する〉という出来事があった.また「日常生活への影響」という体験では,副作用の予防を目的として〈出:生魚やチーズといった食品や嗜好品の制限や,受診による時間拘束がある〉という出来事があった.

潜在性結核感染症の治療中には,日本人の場合,肝機能障害の出現が15%,皮疹の出現が2.6%,アルコール不耐症様症状の出現が2.5%にみられるという報告(石川,2009)がある.本研究においても,同様の副作用症状がみられた.また,肝機能障害の出現があった症例のうち71.4%は肝機能障害が出現しても,治療薬の減量や中止後,減感作療法にて再開などの治療計画の見直しがなされ,治療完了(中園ら,2011)に至っていた.本研究においては,副作用によって辛い思いをしながら,なぜ治療を続けなければならないのかという[思:治療継続への負担感]や[思:治療の必要性に対する疑問]がある一方で,発病したときの周囲への影響を考え[思:最後まで治療を続けたいという思い]という治療継続に結びつく思考あるいは感情が伴うことによって,肝機能障害出現による負担感や治療の必要性に疑問を抱きながらも,自分自身で対処しようとする『行:生魚やチーズを避けるよう努めることや薬の飲み忘れを防ぐために工夫する』や,他者との関わりによって対処する『行:食生活のことを同僚に相談する』という行動が関連し治療完了に至る体験が明らかになった.

(2)治療開始に伴う周囲とのコミュニケーションと保健医療従事者からの支援

「潜在性結核感染症の治療」という体験では,〈出:潜在性結核感染症の治療が始まる〉という出来事の後,人にうつる病気であることから不用意に治療の話ができないと思う一方で,身近な人を感染から守るために説明する必要性を感じていた.これは,結核という感染症であるが故に,周囲とのコミュニケーションに慎重にならざるを得ない患者の複雑な思考や感情であった.

また潜在性結核感染症患者への医療体制は呼吸器専門医療機関以外では十分とは言えない状況である.本研究の「周囲へのコミュニケーション」に関する体験では,結核患者を診療する機会が少ない医療機関などから診療を拒否されることや,本来ならば不要なマスクの着用を求められるといった不適切な対応を受けることによる〈出:予想外に周囲から結核の患者としての扱いを受ける〉という出来事があり,[思:結核患者として扱われたことによる困惑],[思:周囲の理解を得ることへのあきらめ]という思考あるいは感情があった.このような周囲からの偏見は結核発病者にも共通しており,森ら(2012)は,保健師の語りから「社会の内にみる結核患者への偏見として,一部の医療従事者の差別的対応がある」と述べている.

また「周囲とのコミュニケーション」に関する体験について,本研究協力者の中には,医療機関や生命保険会社とのコミュニケーションから,結核の治療について説明すると,診療や保険の加入を拒否されるといった予想外の出来事があったため[思:結核の治療について結核で通院している医療機関以外では話さないほうがよいという考え]という思考あるいは感情が伴っていた.本研究の研究協力者は,『行:治療に関連する生活の変化や副作用について保健師に相談する』という行動が関連し,そのような思考と感情を隠さず保健師に相談できたため,正しい受診行動に結びついていた.またその行動は,「保健医療従事者からの支援」に関する体験にも関連していた.仮に患者が結核の治療のことを保健医療従事者に説明をせず,診察を受ければ,患者の健康管理上必要な情報が保健医療従事者と共有されず患者自身の不利益に繋がる可能性がある.患者が健康を守るため,結核以外のことであっても,主治医や保健所保健師の助言を受けることは有用であると考える.

2. 研究の新たな知見と限界

本研究では,潜在性結核感染症の治療を受ける患者の体験に焦点をあて,治療が終了した潜在性結核感染症患者5名を研究協力者とした.先行研究では,潜在性結核感染症の治療成績や副作用出現の頻度について明らかにされていたが,出来事,思考あるいは感情,関連する行動から潜在性結核感染症の患者の体験に焦点を当てた研究はなかった.本研究において,潜在性結核感染症の治療を受ける患者の体験が明らかになったことが新たな知見である.

しかし,研究協力者が5人であること,治療を中断した患者の体験は検討していないことから,患者が安心して治療を継続できる効果的な支援方法について,今後はより広い範囲の潜在性結核感染症の患者を対象として,研究を発展させていく必要がある.

謝辞

本研究の実施にあたり,インタビューにご快諾いただいた研究協力者の皆様,また研究協力者の選定にご協力いただいたA県結核対策主管課長及び担当様,保健所長及び結核対策担当保健師様には,心より感謝申し上げます.

文献
 
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