日本公衆衛生看護学会誌
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研究
行政保健師の地域診断の実践状況とその関連要因
小川 克子安藤 陽子河原田 まり子
著者情報
キーワード: 保健師, 地域診断, 自治体
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2018 年 7 巻 1 号 p. 32-41

詳細
Abstract

目的:行政保健師の地域診断の実践状況と関連する要因を明らかにすることを目的とした.

方法:都道府県保健所・市町村保健師を対象に,無記名自記式質問紙による郵送調査を行った.対象特性9項目,地域診断実践状況29項目,影響要因8項目を調査した.地域診断実践状況を確認後,対象特性・影響要因との関連について重回帰分析を行った.

結果:187施設888名に質問紙を配布し,249名(28.0%)の有効回答があった.「実践していない」群が7割を超えた項目は7項目だった.重回帰分析の結果,実践には「現部署での地域診断実施」「地域診断の必要性についての認識」「部署外からの助言・指導」の3項目が有意に関連していた.

考察:地域診断の実践は,潜在化した課題の捉え方や統計学,疫学の活用が課題であり,職場内環境が実践に関連していることが示唆された.

I. 緒言

保健師は,地域で生活する人々の健康レベルとQOLの向上を目指して活動し,地域の健康課題を明らかにするために,地域診断の技術を用いている.しかし,近年実施された日本公衆衛生協会(2012)の市町村における保健活動調査では,地域診断を「十分行っている」と「まあ行っている」で46.5%,「あまり行っていない」と「全く行っていない」で50%となっており,地域診断の実施率が低い現状が明らかになっている.また,勝田(2008)は,市町村の地域診断を支援する立場にある保健所での実施が,過去5年間で72.2%と8割に満たない現状であると報告している.そのため,行政機関に勤める保健師(以下,「行政保健師」とする.)の地域診断の実施状況は必ずしも高い状況にあるとは言えないことが推測される.

2013年には,「地域における保健師の保健活動に関する指針」(厚生労働省健康局長,2013)が改定され,保健師の保健活動に関する基本的な方向性として「地域診断に基づくPDCAサイクルの実践」が明記された.また,健康格差の問題等健康課題が複雑かつ多様化する中,地域の健康課題を把握するため,地域診断の重要性が高まっており,地域診断の実施率向上は重要な課題である.

高橋ら(2007)は,地域診断の実施は,年齢・経験年数と有意に影響があったことを報告している.また,野中ら(2009)は,市町村に働く保健師の捉える専門的能力とその関連要因を調査し,勤務地の人口規模が地域診断能力をどのように捉えるかに影響していたと報告している.このことは地域診断の実施には,対象の特性に関する事項が影響していることを示している.さらに,高橋ら(2007)は,地域診断の実施には地域診断の必要性の認識と有意に関連があったことを報告している.浦松ら(2012)は中堅保健師に対し,地域診断が行われていない理由について半構造化面接法によるインタビューを行い,職場内で話し合う体制がないことや地域診断スキルを持った人材が少ない等の地域診断が実施しにくい要素があることを示した.以上のことから,地域診断の実施に影響する可能性のある要因,課題は多く示唆されている.しかし,調査によって地域診断実施状況の測定基準が異なるため,その結果に信頼性・妥当性の問題が残る.そこで本研究においては,測定可能な指標として示された,卒業時までに全学生が必ず修得する最低限の技術である「保健師教育におけるミニマム・リクワイアメンツ」の地域診断に関する項目を活用する.項目には,地域診断の技術として,地域の人々の生活と健康を多角的・継続的にアセスメントし,地域の顕在的,潜在的健康課題を見出す技術が詳細に示されている.このことから,卒業時に修得した技術が,卒業後に実施されているのか,また,どのような傾向にあるのかを具体的に把握することで,実施率改善に向けた取り組みの一助となると考えた.そのため本研究においては,地域診断技術の実施を「地域診断の実践」とし,実践状況を把握する.

他方,保健師現任教育では,2009年7月,「保健師助産師看護師法及び看護師等の人材確保に関する法律」の改正が行われ,2010年から新たに業務に従事する看護職員の臨床研修等が努力義務化された.それを受けて,「新人看護職員研修ガイドライン~保健師編~」が出され,研修内容の中で,地域診断の到達目標は2ヶ月から1年で「できる」とされている.このように,地域診断の実施を強化するために,保健師基礎教育や現任教育の充実が図られている.本研究にて把握された実践状況に関連する要因を改めて確認することで,今後の対策を検討する一助としたいと考えた.

以上のことから,本研究の目的は,行政保健師の地域診断の実践状況とその関連要因を明らかにすることとした.なお,本研究における地域診断の定義は「地域の人々の生活と健康を多角的・継続的にアセスメントし,地域の人々の顕在的,潜在的健康課題を特定する」(全国保健教育機関協議会,2012)こととする.

II. 研究方法

1. 調査対象

解析に必要な対象者数を300名に設定し,無回答率を考慮の上,900名程度を調査対象として無作為抽出することとした.また,保健所保健師は市町村保健師の3割程度になるよう,各施設5名の保健師数を想定し,都道府県保健所372か所(2012年4月1日現在)から,45か所を無作為抽出した.その後,各保健所保健師数を地域保健・健康増進事業報告(2011年度調査,2013年2月20日公表)における常勤保健師数を元に確認し,262名を対象とした.市町村保健師は1,629か所(2012年4月1日現在)の全国市町村を人口規模順に7層に層化,各施設5名の保健師数を想定し,142市町村を無作為抽出した.抽出した市町村の保健センターまたは市役所・町村役場の各市町村所属保健師を保健師活動領域調査(2013年5月1日現在)における常勤保健師数を元に確認し,626名を対象とした.抽出にあたっては,保健所に所属する保健師と市町村に所属する保健師の違いを明らかにするため,保健所と市町村双方の業務内容を担う可能性のある政令指定都市(20市),中核市(42市),保健所政令市(8市),特別区に所属する保健師(2013年1月1日現在)を除外した.また,地域で活動している保健師を対象とするため,都道府県庁所属の保健師は除外した.

2. 調査方法

無記名自記式質問紙を用いて,郵送法により配布と回収を行った.データ収集期間は2014年2月15日~3月22日である.

対象となる施設の保健師代表者あてに,文書で研究への協力,対象者への協力依頼状・質問紙・返信用封筒の配布を依頼した.対象者への協力依頼は文書を通して行い,質問紙の回収は,個別に同封の封筒を使用し,研究対象者に返送してもらった.本研究への協力は,研究対象者の個々の自発的,かつ任意によるものとすることを文書に明記した.

3. 調査項目

対象者の特性は年齢,保健師経験年数,職位,保健師教育を受けた機関,所属の種類,担当地区の有無,担当部門,所属機関の人口規模,所属機関の全保健師数を調査項目とした.

地域診断実践状況の把握に関しては,全国保健師教育機関協議会が2回のデルファイ調査を行い精選した内容である,「保健師教育におけるミニマム・リクワイアメンツ(全国保健師教育機関協議会,2012)」(以下「ミニマム・リクワイアメンツ」とする.)の地域診断に関する25項目を用いた.また,各都道府県が作成した保健師現任教育マニュアルにおいて,中堅期・管理期の地域診断に関する指標が明確に示されていた「北海道保健師現任教育マニュアル」(北海道保健福祉部医療政策課,2006)から,4項目を追加した.以上,合計29項目を4件法で質問した.いずれも,実践状況の把握のため,質問項目の文末を「~できる.」から「~する.」に修正を行った.また,地域診断の実施レベルを「1.全く実施していない」から「10.十分実施している」の10段階で記載する1項目を設けた.

地域診断の実践に関連する要因に関しては,地域診断は保健師活動に必要と考えるか(以下,「地域診断の必要性についての認識」とする.),保健師教育課程における地域診断の学習経験(以下,「保健師教育課程学習の有無」とする.),働き始めてからの地域診断研修受講の有無(以下,「研修受講の有無」とする.),現部署内の地域診断実施勧奨者の有無(以下,「現部署内の実施勧奨者」とする.),現部署での日常的地域診断の実施(以下,「現部署での実施」とする.),現部署での診断に関するマニュアルまたはガイドラインの有無(以下,「現部署でのマニュアルの有無」とする.),現部署内で地域診断について助言・指導を受けられるか(以下,「現部署での助言・指導」とする.),地域診断について部署外からの助言・指導が受けられるか(以下,「現部署外からの助言・指導」)の8項目を設け,4件法を用いて質問した.

4. 分析方法

対象特性,地域診断の実践状況29項目,地域診断の実践に関連する要因について,記述統計を行った.地域診断の実践状況項目について,「全く実施していない」を1点,「あまり実施していない」を2点,「ほぼ実施している」を3点,「十分実施している」を4点として,対象者それぞれの合計得点を算出した.Cronbachのα係数を確認後,地域診断の実践状況項目についての合計得点(以下,「地域診断実践得点」とする.)を従属変数として,対象特性と地域診断の実践に関連する要因について,t検定,または一元配置分散分析を行った.1群が20名以下の場合はノンパラメトリック検定を行って分析した.分析にあたって,地域診断の必要性についての認識は,「とても考える」,「ほぼ考える」を合わせ,『考える』とし,「あまり考えない」,「全く考えない」をあわせ,『考えない』の2群に分類した.現部署での実施は,「十分実施している」,「ほぼ実施している」を合わせ,『実施している』,「あまり実施していない」,「全く実施していない」を合わせ,『実施していない』の2群に分類した.現部署での助言・指導及び現部署外からの助言・指導については,「十分受けられる」,「ほぼ受けられる」をあわせ,『受けられる』,「あまり受けられない」,「全く受けられない」をあわせ,『受けられない』の2群に分類した.次いで,関連が明らかになった変数について,多重共線性を考慮し選択した変数を,独立変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)を行った.多重共線性は,VIF値により確認した.統計処理には統計解析ソフトSPSS Statistics21を用いた.

5. 倫理的配慮

保健師代表者に質問紙配布を依頼した.保健師代表者と研究対象者間でパワーが生じる可能性があるため,各研究対象者の担当部門,職位を問わず無作為に協力依頼状,質問紙,返信用封筒を配布あるいは机上に置いてもらうよう依頼状に明記し,公平性及び透明性を確保した.また,研究対象者への依頼文には,研究への協力は自由意志によるものであり断っても不利益を被ることはないこと,回答内容は研究目的以外には使用しないこと,匿名性を確保すること,回答内容の厳重な管理を行うことを明記した.回答した質問紙は返信用封筒を使用し,個別に送付してもらい回収した.本研究は札幌市立大学看護学研究科倫理委員会の承認を得て行った(通知No. 51,承認日2014年1月17日).

III. 研究結果

無作為抽出した187施設888名に質問紙を配布し,回収数は249名,回収率は28.0%だった.年齢・所属の記載があり,多項目の未回答者が無かったためすべて有効回答とした.有効回答数は249名,有効回答率は28.0%だった.

1. 対象特性

対象特性を表1に示した.回答者の平均年齢(±SD)は40.0歳(±10.7)だった.年齢別では,保健師経験年数の平均(±SD)は15.1年(±11.0)だった.「20年以上」が37.8%と最も多かった.職位は,「職位なし」53.8%が最も多く,保健師教育を受けた機関は,「専門学校1年課程」が60.8%で最も多かった.所属の種類は「市町村」が63.1%,「保健所」が36.9%だった.

表1  対象特性と地域診断実践得点の分析

2. 地域診断の実践状況

地域診断の実践状況については表2に示した.「全く実施していない」「あまり実施していない」(以下「実施していない」とする.)を合わせて7割を超えていた項目は,29項目中7項目あった.その中で「実施していない」が8割を超えていた項目は,2項目であった.また29項目中,「ほぼ実施している」「十分実施している」(以下「実施している」とする.)が5割を超えた項目は,「3.地域をアセスメントするために必要な情報を,保健統計,活動報告等の既存資料や,地区踏査等における地域の人々との面接から得る.」,「4.地域の人々の身体的・精神的な健康状態についてアセスメントする.」,「13.健康課題を持つ当事者集団の視点を踏まえて,アセスメントする.」の3項目だった.

表2  地域診断の実践状況(N=249)
N 全く実施していない
n(%)
あまり実施していない
n(%)
ほぼ実施している
n(%)
十分実施している
n(%)
〈地域の人々の生活と健康を多角的・継続的にアセスメントする〉
1.人口動態や人口静態を用いて,地域の人口集団の特性と,地域の産業や歴史・文化並びに地域組織等の地域の概要について情報を収集する.* 247 21(8.5) 113(45.7) 106(42.9) 7(2.8)
2.人口集団の特徴や,歴史や文化・産業,地域の人々の組織等の地域特性についてアセスメントする.* 248 26(10.4) 120(48.4) 98(39.5) 4(1.6)
3.地域をアセスメントするために必要な情報を,保健統計,活動報告等の既存資料や,地区踏査等における地域の人々との面接から得る.* 248 20(8.1) 101(40.7) 116(46.8) 11(4.4)
4.地域の人々の身体的・精神的な健康状態についてアセスメントする.* 248 14(5.6) 109(44.0) 117(47.1) 8(3.2)
5.地域の人々の生活習慣,生活様式,生活や健康に関わる考え方や価値観,信念等,社会文化的な情報を収集する.* 248 22(8.9) 120(48.4) 98(39.5) 8(3.2)
6.国保のレセプトや個別援助記録等既存のデータを分析することによって,地域の健康課題をアセスメントする. 249 51(20.5) 114(45.8) 74(29.7) 10(4.0)
7.産業・経済,教育,交通・通信・安全,政治と行政等の分野において,保健医療福祉との関連で資源となる情報を収集する. 249 34(13.7) 139(55.8) 72(28.9) 4(1.6)
8.社会資源に関する情報を,既存資料や関係者への聞き取り,地区活動等により収集する.* 248 22(8.9) 109(44.0) 113(45.6) 4(1.6)
9.社会資源の情報を,地域の健康課題解決のためにアセスメントする.* 248 24(9.7) 115(46.4) 103(41.5) 6(2.4)
10.自然及び生活環境について,既存資料や関係者への聞き取り,地区踏査,地区活動等により情報収集する. 249 47(18.9) 126(50.6) 73(29.3) 3(1.2)
11.自然環境及び生活環境が及ぼす地域の人々の生活と健康への影響についてアセスメントする.* 248 49(19.8) 126(50.8) 70(28.2) 3(1.2)
12.地域の情報を総合的に関連づけて,対象者及び対象者に属する集団の特性等についてアセスメントする. 249 32(12.9) 130(52.2) 83(33.3) 4(1.6)
13.健康課題を持つ当事者集団の視点を踏まえて,アセスメントする. 249 21(8.4) 102(41.0) 120(48.2) 6(2.4)
14.系統的・経時的な情報を収集し,その変化を読み取り,現状と今後予測される健康課題についてアセスメントする. 249 25(10.0) 119(47.8) 97(39.0) 8(3.2)
15.地区踏査の実施,既存資料からの把握,関係者や住民から情報収集し,それらの情報を関連させて地域特性を抽出する. 249 39(15.7) 132(53.0) 74(29.7) 4(1.6)
16.個人・家族のアセスメント結果に加え,地区踏査,既存資料,関係者や住民から得た情報を統計学的手法等を用いて分析し,地域特性を特定する.* 248 66(26.6) 126(50.8) 55(22.2) 1(0.4)
〈地域の顕在的,潜在的健康課題を見出す〉
17.収集した情報を整理し関連を分析し,顕在化している健康課題を明らかにする. 249 35(14.1) 118(47.4) 88(35.3) 8(3.2)
18.健康課題に関連する要因(集団や地域の特徴・歴史・風土等)を明らかにする. 249 41(16.5) 124(49.8) 83(33.3) 1(0.4)
19.明確にした健康課題について,住民が理解できるように健康課題に関する情報を提示する.* 248 31(12.5) 128(51.6) 79(31.9) 10(4.0)
20.顕在化している健康課題について,統計学,疫学等の研究手法を用いて分析し,住民と共同し根拠や関連要因を明確にする.* 248 82(32.9) 134(53.8) 27(10.8) 5(2.0)
21.地域の中に,健康課題を認識していない・表出しない・表出できない人々がいることを明らかにする. 249 61(24.5) 137(55.0) 48(19.3) 3(1.2)
22.社会的背景(時代,政策,所得,学歴,居住地,民族等)や特性(生活史,対処行動,考え方,健康観等)から,健康課題を認識していない・表出しない・表出できない人々を予測し,見出す. 249 69(27.7) 149(59.8) 30(12.0) 1(0.4)
23.収集した情報を整理・分析し,潜在化している健康課題の有無を検討する. 249 38(15.3) 128(51.4) 76(30.5) 7(2.8)
24.今後起こりうる健康課題や潜在化している健康課題を根拠に基づいて明らかにする.* 248 45(18.1) 135(54.2) 63(25.3) 5(2.0)
25.健康づくりに関わる地区組織の数や活動内容,行政との協働の状況等多角的な視点から地域の人々の持つ力(健康課題に気づき,解決・改善,健康増進する能力)を見出す. 249 34(13.7) 133(53.4) 79(31.7) 3(1.2)
〈中堅期・管理期における到達目標〉
26.活動実績や保健指導情報を処理し,資料化する.* 248 37(14.9) 86(34.5) 107(43.0) 18(7.2)
27.担当地区の情報から,地域レベルの健康課題を抽出する.* 248 49(19.7) 104(41.8) 88(35.3) 7(2.8)
28.整理した情報を関係部署内で共有する場を設け,業務に有効に活用する. 249 40(16.1) 95(38.2) 102(41.0) 12(4.8)
29.幅広い領域の情報を分析し,行政としての将来的な影響を中長期的な視点から把握し見解を提示する. 249 56(22.5) 134(53.8) 56(22.5) 3(1.2)

ゴシック体の項目は「全く実施していない」,「あまり実施していない」と回答した割合が70%以上のもの,また,ゴシック体の下線の項目は「ほぼ実施している」,「十分実施している」が50%以上のもの

*:欠損値を除いて算出している.

3. 対象特性,関連する要因と地域診断実践得点の分析

地域診断実践得点と対象特性,地域診断の実践に関連する要因の分析に先立ち,Cronbachのα係数を算出したところ,0.96と内的一貫性が高く,得点を合計して使用できることを確認した.また,欠損値については1人1項目と少なかったため,回答のあった29項目の平均値を欠損値の数値として29項目の合計点を算出した.対象特性と地域診断実践得点の分析結果を表1に示す.「年齢」,「保健師経験年数」,「職位」,「所属機関の人口規模」,「所属市町村の人口規模」,「所属機関全保健師数」の項目で有意な差が認められた.

4. 地域診断の実践に関連する要因と地域診断実践得点の分析

実践に関連する要因を2群に分け,地域診断実践得点の平均値の差を分析した.結果を表3に示す.「地域診断の必要性についての認識」,「研修受講の有無」,「現部署内の実施勧奨者」,「現部署での実施」,「現部署での助言・指導」,「部署外からの助言・指導」の項目で有意な差が認められた.

表3  地域診断の実践に関連する要因と地域診断実践得点の分析
N n(%) mean SD p
地域診断の必要性についての認識a) 248 とても考える 158(63.5) 考える 58.25 12.73 0.001**
ほぼ考える 77(30.9)
あまり考えない 12(4.8) 考えない 44.77 12.99
全く考えない 1(0.4)
保健師教育課程学習の有無a) 249 学習した 233(93.6) 学習した 57.60 13.10 0.966
学習していない 16(6.4) 学習していない 57.06 12.75
研修受講の有無 247 136(54.6) 61.13 11.10 <0.001***
111(44.6) 53.15 14.00
現部署内の実施勧奨者 248 120(48.2) 60.38 11.78 0.001**
128(51.4) 54.89 13.07
現部署での実施 247 十分実施している 2(0.8) 実施している 68.46  8.60 <0.001***
ほぼ実施している 59(23.7)
あまり実施していない 155(62.2) 実施していない 54.03 12.30
全く実施していない 31(12.4)
現部署でのマニュアルの有無a) 247 15(6.0) 57.40 11.94 0.713
232(93.2) 57.62 13.08
現部署での助言・指導 248 十分受けられる 15(6.0) 受けられる 62.69 11.09 <0.001***
ほぼ受けられる 70(28.1)
あまり受けられない 123(49.4) 受けられない 54.87 13.23
全く受けられない 40(16.1)
現部署外からの助言・指導 248 十分受けられる 13(5.2) 受けられる 63.90 11.34 <0.001***
ほぼ受けられる 60(24.1)
あまり受けられない 137(55.0) 受けられない 54.95 12.87
全く受けられない 38(15.3)

対応のないt検定,a)Mann-whitney検定

N=有効回答数

5. 地域診断関連要因の重回帰分析

対象特性,地域診断の実践に関連する要因の12項目で,地域診断実践得点に有意な差が認められたため,ステップワイズ法による重回帰分析を行った.ただし,「年齢」と「保健師経験年数」は人数分布において同様の傾向があったため,「保健師経験年数」を投入することとした.また,「所属市町村の人口規模」については,対象が市町村保健師に限られるため除外した.さらに「所属機関全保健師数」は保健所保健師,市町村保健師の区別ができないため除外した.以上より「保健師経験年数」,「職位」,「地域診断の必要性についての認識」,「研修受講の有無」,「現部署内の実施勧奨者」,「現部署での実施」,「現部署での助言・指導」,「現部署外から助言・指導」の8項目について投入し,分析を行った.その結果を表4に示す.重回帰分析の結果3項目が有意な変数として残り,関連が最も強かった項目は「現部署での実施」だった.

表4  地域診断関連要因の重回帰分析
標準化偏回帰係数β t P R2乗(決定係数)
現部署での実施 0.503 8.869 <0.001 0.408
地域診断の必要性についての認識 0.157 3.004 0.003
現部署外からの助言・指導 0.133 2.404 0.017

※保健師経験年数(連続値),職位(有を1,無を0として投入),地域診断の必要性についての認識,研修受講の有無(有を1,無を0として投入),現部署内の実施勧奨者(有を1,無を0として投入),現部署での実施,現部署での助言・指導,部署外からの助言・指導の8変数を投入した.

IV. 考察

1. 地域診断実践状況

地域診断の実践状況について,ミニマム・リクワイアメンツの地域診断の25項目と北海道保健師現任教育マニュアルから追加した4項目の順に実践状況を考察する.なお,ミニマム・リクワイアメンツについては,アセスメントに関する16項目と健康課題の明確化に関する9項目に分けて,実践している割合が多い項目と少ない項目に着目して考察する.

「地域の人々の生活と健康を多角的・継続的にアセスメントする」16項目の中では「実施している」群が5割を超えた項目が,「3.地域をアセスメントするために必要な情報を,保健統計,活動報告等の既存資料や,地区踏査等における地域の人々との面接から得る.」,「4.地域の人々の身体的・精神的な健康状態についてアセスメントする.」,「13.健康課題を持つ当事者集団の視点を踏まえて,アセスメントする.」の3項目あり,情報収集からアセスメントにおいては実践されている項目が多かった.石崎ら(2008)は,地域診断について「保健師の日常の保健活動場面において感じる疑問や反省をもとに,既存の資料やデータを活用しながら,住民のニーズを把握することが重要となる.」としている.十分な情報とは言えないが,既存の資料と日々の活動で住民から得られる情報をふまえ,地域の健康状態のアセスメントに生かしている状況がわかった.

16項目中,「実施していない」群が7割を超えた項目は2項目だった.項目の1つである「11.自然環境及び生活環境が及ぼす地域の人々の生活と健康への影響についてアセスメントする.」については,そのアセスメントにつなげるための「10.自然及び生活環境について,既存資料や関係者への聞き取り,地区踏査,地区活動等により情報収集する.」という項目においても「実施していない」群が69.5%となっている.「自然及び生活環境」を情報収集し,アセスメントすることにおいて困難が生じていることが推測される.三橋ら(2006)は新人研修において,地区視診ガイドラインを用いる有用性について報告している.そのガイドラインの中にも「家屋と町並み」,「店・露店」,「交通事情と公共交通機関」等があげられていた.しかし,地区視診した内容を既存資料と結び付けて,地区を把握していく段階では困難が生じていたことも報告している.このことから,把握した内容を地区の特性として整理し,それらの情報を関連づけてアセスメントすることに難しさを感じている可能性がある.また,その整理ができないため,アセスメントにもつながっていない可能性がある.

さらに,「実施していない」群が7割を超えほぼ8割と高かった項目に「16.個人・家族のアセスメント結果に加え,地区踏査,既存資料,関係者や住民から得た情報を統計学的手法等を用いて分析し,地域特性を特定する.」があった.統計学,疫学等の手法に困難さがあることが推測される.佐伯ら(2006)は行政機関に働く熟練保健師を対象に保健福祉計画策定における保健師が認識する困難について確認し,困難度が一番高かった項目は「疫学的な判断」であったことを明らかにしている.この困難さは現在もあることがわかる.疫学・保健統計はいずれも地域診断を行うにあたって,健康課題や関連する要因を示すための重要な手法である.平成20年に看護基礎能力の充実と看護実践能力の強化のため,保健師助産師看護師学校養成所指定規則等の改正が行われ,それまでの「疫学・保健統計」は「疫学」と「保健統計学」に分けられ,2単位になった.しかしながら,地域診断の実践にあたっては,依然として困難さが続いていることが推測される.具体的にどのような困難さがあるのかは,本研究では明らかにできないが,今後,要因分析と対策の強化が必要である.

「地域の顕在的,潜在的健康課題を見出す」に該当する9項目の中で「実施していない」群が7割を超えた項目は4項目だった.うち1項目は「20.顕在化している健康課題について,統計学,疫学等の研究手法を用いて分析し,住民と共同し根拠や関連要因を明確にする.」であり,「疫学」と「保健統計」の困難さが関係している可能性がある.3項目は「21.地域の中に,健康課題を認識していない・表出しない・表出できない人々がいることを明らかにする.」,「22.社会的背景(時代,政策,所得,学歴,居住地,民族等)や特性(生活史,対処行動,考え方,健康観等)から,健康課題を認識していない・表出しない・表出できない人々を予測し,見出す.」,「24.今後起こりうる健康課題や潜在化している健康課題を根拠に基づいて明らかにする.」であり,特に潜在的健康課題を見出すことにつながる項目である.地域住民に対して,予防的な働きかけを行うことで健康課題を未然に防ぐとともに,健康増進に働きかけていくことは保健師の重要な役割である.しかし,木下(2009)は「顕在化した問題は捉えやすいが,潜在化した課題はそのまま放置されやすいため,保健師のアセスメント力が問われる」とし,潜在化した問題を捉えることの難しさについて述べている.将来的に地域の健康に影響を与える可能性のある要因を見出し,影響を受ける対象を明らかにし,さらに,根拠に基づいてそれらを明らかにしていくことに,困難が生じている可能性がある.困難となっている原因は不明であるが,潜在化した健康課題の捉え方を確認し,分析の実践につなげる必要がある.また,どのような要因が将来的健康課題につながる可能性があるのかという根拠を蓄積し,実践場面で検討を重ねていくことも重要なのではないかと考える.

最後に,「北海道保健師現任教育マニュアル」から追加した「中堅期・管理期における到達目標」の4項目について,「実施していない」群が7割を超えた項目は,「29.幅広い領域の情報を分析し,行政としての将来的な影響を中長期的な視点から把握し見解を提示する.」の1項目だった.潜在的健康課題を見出すことにつながる項目ではあるが,より行政の役割として必要な内容となっている.佐伯(2007)は行政の役割は,健康課題を解決するために地域の資源を創設するのに新たな制度を設け,人々へのサービス提供等の行政施策を打ち出すこととしている.この役割を果たすために,まず,潜在的健康課題を明確にすることを実践していくことが重要である.

2. 地域診断の実践に関連する要因と地域診断実践得点との関連

地域診断が必要と「考える」群と「考えない」群では有意な差がみられ,必要性の認識は,地域診断実践得点に関連していた.浦松ら(2012)は地域診断について,業務上の必要性が実感できないと,実施に前向きになれないという課題があることを明らかにしており,業務に対する必要性の認識は行動化への要因になることを示している.重回帰分析の結果も,地域診断の必要性についての認識は,地域診断の実践に関連する要因になっており,業務上の必要性とはどのような点と感じているのかを明確にしていく必要がある.

現任教育との関連をみると,現任教育で地域診断に関する研修を受けた人の割合が5割を超え,研修を受講した保健師は有意に地域診断を実践しており,研修の関連が示された.現任教育研修については,Jakeway et al.(2006)もその効果を報告している.しかし,山路ら(2010)は,研修後の実践への活用が課題であることを示している.そのため,今後も実践につながるような研修の内容・方法を検討し,継続する必要がある.さらに,現部署での助言・指導を受けられる保健師と現部署外からの助言を受けられる保健師は,地域診断の実践が有意に高かった.地域診断について助言や指導を受けられる現任教育体制は,地域診断の実践に関連することが明らかになった.地域診断について指導を受けられる体制づくりの重要性は,浦松ら(2012)平澤ら(2013)が示している.しかし,研修受講や職場外の指導のみでなく,職場内でも指導を受けられる体制づくりが重要である.

職場の業務環境と地域診断実践得点の関連では,現部署内に地域診断の実施勧奨者がいることと現部署で地域診断を実施していることが,有意に地域診断の実践を高める要因となっていた.また,重回帰分析の結果,現部署で地域診断を実施していることは,地域診断実践の最も大きな関連要因であった.職場の業務環境と保健師個人の地域診断実施状況との関連はこれまで明らかにされていない要因である.細谷ら(2013)は,А県内の行政に所属する保健師が,看護専門職としての機能を発揮するための課題を明らかにするために,半構成的面接による質的記述的研究を行い,【家庭訪問や地区診断に関する意見交換や情報の共有化を可能にするシステムづくり】というカテゴリーを抽出している.職場内で日常的に地域診断を実施し,意見交換や情報の共有化を図るような職場環境が,保健師個人の地域診断の実施に影響を与える可能性が示唆された.保健師個人を対象にした研修受講や職場内外における指導等の現任教育の充実と同時に,部署としての地域診断の取り組み状況も強化していく必要がある.

V. 研究の限界と今後の課題

本研究では,地域診断の実践状況は自己評価によるもので,各項目の捉え方が個人の主観的な判断によるものであることを考慮する必要がある.

次に回収率の問題がある.今回,全国の保健師を対象に無作為抽出により対象を選定し,全国の保健師全体の傾向を把握することを目指した.回答者の年齢構成や保健師経験年数および職位等について,平成22年度に全国保健師を対象に実施した基礎調査の対象特性と大きな違いは見られず,概ね全国保健師の傾向を示していることを確認できた.しかし,回収率が28.0%と低く,回答者は日頃から,地域診断の実践に関心の高い保健師である可能性がある.

また,地域診断の実践には職場環境が関連していた.職場全体の地域診断の実践を推進していくため,職場における地域診断を推進する人材の育成や,実践を支援するための教育・研究機関,保健所等の外部機関との連携の強化等を検討する必要がある.

VI. 結語

1.地域診断の実践状況を項目別にみると,「地域をアセスメントするために必要な情報を,保健統計,活動報告等の既存資料や,地区踏査等における地域の人々との面接から得る.」が一番高い実践状況であった.「自然環境及び生活環境が及ぼす地域の人々の生活と健康への影響についてアセスメントする.」,「顕在化している健康課題について,統計学,疫学等の研究手法を用いて分析し,住民と共同し根拠や関連要因を明確にする.」,「今後起こりうる健康課題や潜在化している健康課題を根拠に基づいて明らかにする.」等,自然環境及び生活環境の情報収集・アセスメント,統計学,疫学を用いて分析を行うこと,潜在化した健康課題を見出すことに関連した項目は低い実践状況だった.

2.地域診断実践得点は,「現部署での実施」,「地域診断の必要性についての認識」,「現部署外からの助言・指導」と強く関連しており,特に「現部署での実施」が関連していた.

謝辞

本研究調査の実施にご理解,ご協力をいただきました全国都道府県保健所および市町村で勤務する保健師の皆様に深く感謝申し上げます.

文献
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