日本公衆衛生看護学会誌
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研究
ポピュレーションアプローチ事業に見られる保健師が行う個別支援の特徴
―生活習慣病予防の運動普及事業より―
丸谷 美紀雨宮 有子細谷 紀子
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2020 年 9 巻 1 号 p. 2-9

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Abstract

目的:生活習慣病予防の運動普及ポピュレーションアプローチ事業(以下事業とする)実施場面における保健師による個別支援の特徴を明らかにする.

方法:3市の事業実施場面を参加観察し,個別支援の対象,機会,内容を分類整理した.

結果:個別支援の対象は参加者・参加者の家族・居合わせた住民,機会は「事業準備中に保健師から声をかける」等であった.内容は,参加者へは【個々の心身の状態に応じた安全で効果的な運動参加・継続支援】等,参加者の家族は【参加者を含む家族の健康と運動継続の支援】,居合わせた住民へは【事業拡大を意図した運動普及の支援と健康支援】等に分類された.

考察:看護の基本と地域住民の健康に対する責任に基づき,事業準備から終了後まで,個人と環境へ働き掛けて,安全・効果的で主体的な運動習慣の定着を図り,ハイリスクアプローチを補完し,参加者以外との接点をも好機と捉えて運動普及・健康を支援する特徴が得られた.

Translated Abstract

Aim: This study aimed to clarify the primary features of healthcare provided by public health nurses (PHNs) to participants (including family members and bystanders) of a public health program designed to increase physical exercise to prevent non-communicable diseases (NCDs).

Methods: Clinical participant observation was conducted at a public health program designed to prevent NCDs. The practices of five PHNs in three cities were observed. Data on participants, opportunities, and nursing practices were obtained from clinical notes and categorized according to similarities.

Results: The occasions were categorized such as, “Call over during the preparation.” The nursing practices for the participants included “support efficient and safe exercise according to each participant’s physical and mental condition.” The nursing practices for the participants’ families included “support health condition and promote exercise among the family as a whole”. And that for the bystanders included “support for promoting exercise and health status with the aim to develop the program.”

Discussion: Based on the nursing principal of responsibility to the community, the following features of nursing practice were identified: PHNs should provide care to participants, participants’ families, and bystanders; care should be provided throughout the program; PHNs should support safe and independent exercise habits, compensate the high-risk approach, and utilize meetings with families and residents to further develop the program and support their health.

I. 緒言

生活習慣病は世界の総死亡の71%を占め(WHO, 2018),WHOは2030年までに生活習慣病による死亡を3分の1に減少する目標に向け,飲酒・喫煙・運動不足等のリスク低減のアクションプランを打ち立てている(WHO, 2017).我が国も「健康日本21」を掲げ,一次予防に重点を置く施策が展開され(厚生労働省,2012),第2次中間評価では「住民が運動しやすいまちづくり・環境整備に取り組む自治体数の増加」が見られたが,引き続き「週2回以上,1回30分以上」の運動習慣者の増加を積極的に展開する必要を示している(厚生科学審議会,2018).

予防医学の戦略として,リスクの高い人々を対象とするハイリスクアプローチと,集団全体へ働きかけ健康に対する社会規範を醸成するポピュレーションアプローチがある(Rose, 2006, p. 14).近年ではポピュレーションアプローチが着目され(厚生労働省,2005城,2012),多様な保健事業が実施されてきた.研究知見も,食と運動を組み合わせた事業の効果(Puska et al., 2016),事業への継続参加の要因(中根ら,2011),さらに事業評価方法の開発(重松ら,2016)等,蓄積されてきた.留意すべき点として,Rose(2006, p. 5, p. 119)は,ポピュレーションアプローチにおいても,選択を決めるのは個人であり,個人が正しく判断するためには,専門家の助けが必要と述べている.その際は,専門家と人々の価値の違いを意識し,専門家の価値の押し付けにならないよう(Purnell, 2013Rose, 2006, p. 128),個別に丁寧に支援していくことが求められると考える.

我が国の保健師は,黎明期より予防活動に取り組んでおり,全ての住民を対象とし,個別支援と集団や地域全体への支援を連動させて実施し,施策へと結び付けてきた(宮﨑ら,2014).昨今取り組みが進んでいる運動普及のポピュレーションアプローチ事業においても,保健師は個別に支援していると考える.しかし,保健師が行う生活習慣病対策のポピュレーションアプローチ事業と個別支援は,両者が分断されて報告や研究がされてきた.例えば,ポピュレーションアプローチ事業に関しては,展開の仕方(日本看護協会健康政策部保健師課編,2018,pp. 19–33),分野を横断した方法の成果(後藤,2008)等が示されている.一方で個別支援は,スキル向上の追究(水野ら,2016),重症化予防のための家庭訪問の成果(高塚,2018)等が示されている.このように,ポピュレーションアプローチ事業と個別支援は別個に報告されてきた.

保健師がポピュレーションアプローチ事業で行っている個別支援に関する報告がなされて来なかった理由として,個別の保健指導事業と異なり,対象や機会が予め定まっていないことが考えられる.即ち,ポピュレーションアプローチ事業内では,主に不特定の対象に,任意の機会に個別援助が行われているため,調査や実践報告として示すことが難しかったと思われる.

運動普及のポピュレーションアプローチ事業は,栄養士や運動指導士等も実施し,外部委託も可能である(厚生労働省,2013).保健師がポピュレーションアプローチ事業で,どのような対象に,どの機会を捉えて,どのような内容の個別支援をしているか調査し,特徴を示すことで,保健師が事業担当する意義が明確になる.さらには,事業の効果を高めることにつながると考える.

本研究の目的は,生活習慣病予防の運動普及のポピュレーションアプローチ事業実施場面における,保健師による個別支援の対象・機会・内容を調査し特徴を明らかにすることである.

《用語の定義》

・ポピュレーションアプローチ:対象を一部に限定せず,一定地域の集団全体へ働きかける予防戦略(Rose, 2006, p. 25)

・生活習慣病予防の運動普及のポピュレーションアプローチ事業:各自治体の保健計画等に生活習慣病対策として位置付けられ運動普及を目的としている事業

・個別支援:対象が持てる力を最大に活かし,自分らしい生活が送れるよう,対象の能力を高め環境を改善する意図を持った行為

II. 方法

1.研究デザイン:質的帰納的研究

2.対象:首都近郊3市で,生活習慣病対策のポピュレーションアプローチ事業として保健計画に位置づけられている運動普及事業(以下,事業)を直接担当する保健師(以下,保健師)5名.事業は創設期を避け3年以上継続して実施されているものとし,保健師の経験年数は8年~25年(平均21.3年)であった.

3.調査方法・内容:事業実施場面における,保健師による①個別支援の対象,②機会,③内容を明らかにするために,筆者らが事業に参加し,保健師の援助行為を参加観察した.具体的には,まず住民に目的を説明して各市の事業に研究者が2名一組で参加し,保健師の援助行為を観察してメモを作成した.事業終了後に保健師に,援助行為の意図について聞き取り,観察内容のメモに意図を加筆し「保健師の援助行為と意図を対応させた記録」を時系列に作成した.なお,参加観察は当該事業に直接従事している時間,即ち事業直前の準備から事業終了直後まで行った.

4.調査期間・回数:平成26年5月から平成27年3月に調査を行った.調査回数と時間は,A市は5回(平均180分),B市は6回(平均190分),C市は5回(平均125分)であった.

5.分析方法:1)個別支援の対象,機会,内容の抽出:記録から,対象や機会を限定せずに,個別支援が行われていると読み取れる場面を全て抽出し,「どのような対象に,どの機会に,どのような支援をしたか」を一文で記述した.作成した個別支援場面から,①個別支援の対象,②機会,③内容を,それぞれ抽出した.「③内容」は複数の支援が行われている場合は複数を抽出し,各々コードを作成した.

2)個別支援の対象,機会,内容の導出:①個別支援の対象,②機会,③内容を,類似性を捉えて分類整理した.「③内容」は,コードの類似性を捉えてサブカテゴリを作成し,さらにサブカテゴリの意味内容を表すカテゴリを導出した.

6.研究の厳密さの確保:全過程で公衆衛生看護に精通する研究者3名から助言を受けた.参加観察と聞き取りの内容は調査対象保健師に確認を行った.

7.倫理的配慮:千葉県立保健医療大学研究等倫理審査委員会の承認を得た(012-020).その上で,保健師へ文書を用いて研究の主旨,研究参加の任意性,個人情報の保護,公表等について説明し,文書で同意を得た.住民へは保健師と研究者から口頭で説明し,研究の主旨,研究参加の任意性,個人情報の保護,公表等について説明し,口頭で同意を得た.

III. 結果

1. 個別支援場面

各市の個別支援場面は,A市は,42場面(平均6.1場面/回),B市は39(平均5.8/回),44(平均6.4/回)であった(表1).

表1  各市の事業概要・調査対象者
A市X区 B市 C市
総人口 15万人 9万人 10万人
事業内容 目的:市民の運動習慣定着に向けて住民主体の取り組みを推進する 目的:健康づくりボランティアと共に市民の健康づくりのため主体的活動を支援する 目的:気軽にできる運動習慣を身につける.
方法:市が育成した保健活動のボランティアや自主的な体操グループと共に体操・ウォーキング等の運動普及活動を行う 方法:市が育成した健康づくりボランティアと共に市独自の体操やウォーキングを年間計画に沿って普及する 方法:市独自の体操の指導者と共に,任意団体での体操指導や市の行事等で体操を普及する
事業の上位政策・施策 ・支え合い安らぎを生む,あたたかなまち
・自分は健康であると感じ,生き生きと暮らしている市民を増やそう
・生活習慣病の発症・重症化予防の徹底
・健康で生きがいのある安心して暮らすことができる町
・生活習慣病の発症予防と重症化予防
・誰もが健康に暮らせる生涯福祉社会をつくります
・糖尿病・高血圧・脂質代謝異常・高血糖の人の減少
調査対象者 保健師:2名:30歳代・40歳代
(各会交代で1名ずつ)
保健師:2名:30歳代・40歳代
(各会交代で1名ずつ)
保健師:1名:50歳代
参加観察回数 5(平均180分) 6(平均190分) 5(平均125分)
個別支援場面数 42(平均6.1/回) 39(平均5.8/回) 44(平均6.4/回)

2. 個別支援の対象

個別支援の対象は,事業の参加者・参加者の家族・居合わせた住民の3者に分類された.延数は,参加者が103と最も多く,参加者の家族が11,居合わせた住民が11であった.参加者の家族を例示すると「参加者の孫と見学に立ち寄った娘」「参加者の様子を見に来た妻」等であった.居合わせた住民とは「他の事業に参加するために公民館に来た母子」「会場内でうずくまっている中年女性」等であった.

3. 個別支援の機会

個別支援の機会は,「1. 事業準備中に保健師から声をかける」「2. 事業準備中に参加者の家族・会場を訪れた住民から相談・質問を受ける」等,7種の機会に分類された(表2).「3. 事業実施前の健康確認時に保健師から尋ねる/参加者から相談を受ける」が最多で延数33であった.

表2  個別支援の機会(延数)
機会 延数
1 事業準備中に保健師から声をかける 7
2 事業準備中に参加者の家族・会場を訪れた住民から相談・質問を受ける 7
3 事業実施前の健康状態の確認時に保健師から尋ねる/参加者から相談を受ける 33
4 事業実施中/休憩中に保健師から声をかける 27
5 事業実施中/休憩中に参加者・保健師を見かけた住民から相談を受ける 24
6 事業終了後に保健師から声をかける 6
7 事業終了後に参加者から相談を受ける 21
125

「1. 事業準備中に保健師から声をかける」を例示すると「会場準備中に入り口から会場を覗き込んでいる女性に保健師から声をかける」等であった.「2. 事業準備中に参加者の家族・会場を訪れた住民から相談・質問を受ける」とは「趣味の会に参加するために会場前を通った中年女性から運動事業の内容について質問される」であった.「5. 事業実施中/休憩中に参加者・保健師を見かけた住民から相談を受ける」は「ウォーキング事業の休憩中に向かいのカフェ店主から声をかけられる」であった.「6. 事業終了後に保健師から声をかける」とは「参加者を迎えに来た妻へ保健師から声をかける」であった.

4. 個別支援の内容

参加者への個別支援のコードが189と最多で,参加者の家族が12,居合わせた住民は13であった(表3).以下に,カテゴリを【 】で示し,内容を説明する.

表3-1  参加者に対する個別支援の内容(右欄の述数はコードの述数)
カテゴリ サブカテゴリ コード例 述数
1 個々の心身の状態に応じた安全で効果的な運動参加・継続支援 1a 各自の運動経験や当日の心身の状態に合わせて運動量や方法を調整する 顔色のすぐれない女性に声をかけると月経前緊張症状を訴えるため,当日の体操の内容は症状の緩和には効果的だが実施中に様子を見て調整しようと伝える 21
1b 当日の運動や日常の運動継続に向けて急性・慢性症状等の自己管理方法を共に考える 降圧剤服用開始後に気持ちが落ち込みがちになったことに関して事業参加初期からの血圧値の変化を共に確認し,処方の調整を主治医へ相談するよう伝える 19
1c 事業参加や運動継続に関して各自の目的や状況に応じて効用を解説・確認する 妻に連れられてきたので気乗りしないという参加者に体操後の感想を尋ね爽快感を共に確認する 18
1d 各自の事業参加や運動継続の障壁を把握し継続方法を共に考える 毎夕のウォーキングの様子を尋ねたところ,仲間が転居したので中断したということに対し,主婦が多いウォーキングコースを共に探す 10
1e 各自の生活状況や環境に応じ日常生活での運動実施・継続方法を共に考える 毎回参加したいが午後は外出しにくいということに対し,午前の早い時間に開催している体操会場を共に探す 15
1f 運動の心身への効果や継続の喜びを受容・強化する 体重は変わらないが便秘が解消したとことを共に喜び姿勢の改善も伝える 10
2 個々の事情に応じた快適で効果的な運動環境整備 2a 運動プログラムの強度や難易度について説明・調整を図る 寺の階段は予想以上にきついので上らないという参加者と共にふもとを散策して運動の効果を保つ 9
2b 事業会場や時間帯等の適否に関して調整したり次年度の課題とする 真夏に長袖を着ている参加者に声をかけると,クーラーで肩肘が痛むことを心配しているため,風量の少ない場所に移動してもらい,水分補給と細目に衣類を調整するよう勧める 6
2c 他の参加者の健康状態・生活状況に関して確認や連絡・調整する 農家の嫁は家族に気兼ねしながら運動に参加していることを聞き,事業の途中参加・退出の希望を尋ねる 4
2d 他の参加者との関係性に関して仲介したり構成等を調整する 初めて参加する転入者が他の参加者の輪に入りにくい様子に対し,リーダー的な参加者に紹介しサポートを頼む 4
3 生活習慣病の予防・管理と運動の両立支援 3a 血圧・体重等から食事や活動等の生活状況を確認し生活習慣の継続・改善方法を共に考える 運動しても体重が変わらないという疑問に対し,自営業で夕食が遅いことがわかり,夕食を夕方と閉店後に分割する案を共に考える 15
3b 生活習慣病の管理状況を確認し食事や活動・服薬等の継続・改善を提案する 血糖値が不安定なことに対し,運動仲間と楽しんでいる間食の量と内容を確認し,工夫できる点を探す 10
3c 専門性の高い生活習慣病の管理・医療に関し解説・連絡する 頸動脈アテロームの治療への疑問について,治療方針と運動時の注意事項の有無を共に確認する 5
4 参加者を通じた家族への運動普及と健康支援 4a 同居・別居家族との運動開始・継続の工夫や喜びを強化する 転勤先から戻ってきた娘と体操の活動に参加し,交流が広がったことを共に喜ぶ 9
4b 同居家族の食生活や運動習慣に関して助言・連絡する 夫はゴルフはするが年々太ることに対し,飲酒の付き合い等の状況を確認しつつゲーム性のある運動事業への参加の可能性を探す 8
4c 同居・別居家族の生活習慣病や療養状況について助言・連絡する 難病をもつ夫の災害時の対応を心配することに対し,支援体制を確認するとともに担当保健師に連絡する 7
4d 同居・別居家族の出産・育児に関して助言・連絡する 里帰り出産する娘の産前産後の世話への不安について予定日や経過等を確認し孫育児教室の情報を提供する 3
4e 同居・別居家族の介護に関して確認・助言・連絡する 体操事業に来ると義母の介護の疲れが癒されることを受容し,今後の支援体制について確認する 3
5 近隣と調和した運動普及と健康支援 5a 近隣者の運動参加への希望に関して助言・連絡する 趣味の仲間も運動したいが持病があるため不安らしいということに対し,軽めの体操事業を紹介すると共に主治医に運動強度を確認するよう勧める 6
5b 近隣者との運動状況や問題を確認し強化・助言する 公園で音楽をかけて体操すると近隣から苦情が出たということに対し,人数と公園の広さを確認し,プレーヤーを分散して小さい音量で体操する工夫を伝える 4
5c 近隣者の心身・生活状況への心配・配慮に関し助言・連絡する 独居高齢者が多い団地の参加者が,同じ団地の住民の膝痛を心配することに対し,状況を確認すると共に民生委員の役割を紹介する 3
表3-2  参加者の家族に対する個別支援の内容(右欄の述数はコードの述数)
カテゴリ サブカテゴリ コード例 述数
F1 参加者を含む家族の健康と運動継続の支援 f1a 参加者の健康状態・生活習慣に関して助言・連絡する 参加者の物忘れや奇妙な言動を心配することに対し,事業実施中の参加者の様子から専門医へ相談することも一つの方法であると伝える 7
f1b 孫の発育・保育に関して確認・情報提供・助言する 孫の偏食を心配することに対し,間食を加減する等の工夫を家族と相談する方法もあると話す 5
表3-3  居合わせた対象に対する個別支援の内容(右欄の述数はコードの述数)
カテゴリ サブカテゴリ コード例 述数
R1 事業拡大を意図した運動普及の支援と健康支援 r1a 意図的な会場・時間設定による運動や健康面の相談を受け助言・連絡する 若年層への体操普及を意図して保健センターで事業を実施したところ,会場前を通りかかった母子から体操の参加方法を尋ねられ,地区と参加可能な時間帯を確認し,体操マップを示して説明する 3
r1b 予期していた運動普及に関する相談を受け助言・連絡する 事業を見かけた住民から自分の地区でも体操サークルを作りたいと相談を受け,動機や準備状況を確認し,後日関係者と話し合う時間を取る約束をする 2
R2 事業目的を超えた生活・健康の支援と環境整備 r2a 事業会場・経路で気づいた対象の健康・生活に関して助言・連絡する 会場でうずくまっている就労移行支援事業所の利用者へ,当日の気分と体調を確認し,体操の輪に入るよう誘う 4
r2b 事業途中で声掛けされた対象の生活・環境問題に関して情報収集・助言する ウォーキング事業の休憩時に,台風の浸水被害を受けた住民から声をかけられ,復旧状況を確認する 4

1) 参加者

参加者に対する個別支援の内容は5つのカテゴリに分類された.コードの例を示すと【1 個々の心身の状態に応じた安全で効果的な運動参加・継続支援】のサブカテゴリ1aは「顔色のすぐれない女性に声をかけると月経前緊張症状を訴えるため,当日の体操の内容は症状の緩和には効果的だが実施中に様子を見て調整しようと伝える」であった.【2 個々の事情に応じた快適で効果的な運動環境整備】のサブカテゴリ2bは「真夏に長袖を着ている参加者に声をかけると,クーラーで肩肘が痛むことを心配しているため,風量の少ない場所に移動してもらい,水分補給と細目に衣類を調整するよう勧める」であった.【3 生活習慣病の予防・管理と運動の両立支援】のサブカテゴリ3cは「頸動脈アテロームの治療への疑問について,治療方針と運動時の注意事項の有無を共に確認する」であった.【4 参加者を通じた家族への運動普及と健康支援】のサブカテゴリ4eは「体操事業に来ると義母の介護の疲れが癒されることを受容し,今後の支援体制について確認する」であった.【5 近隣と調和した運動普及と健康支援】のサブカテゴリ5bは「公園で音楽をかけて体操すると近隣から苦情が出たということに対し,人数と公園の広さを確認し,プレーヤーを分散して小さい音量で体操する工夫を伝える」であった.

2) 参加者の家族

参加者の家族への個別支援の内容は【F1 参加者を含む家族の健康と運動継続の支援】に集約された.コードの例を示すと,サブカテゴリf1aは「参加者の物忘れや奇妙な言動を心配することに対し,事業実施中の参加者の様子から専門医へ相談することも一つの方法であると伝える」であった.サブカテゴリf1bは「孫の偏食を心配することに対し,間食を加減する等の工夫を家族と相談する方法もあると話す」であった.

3) 居合わせた住民

居合わせた住民への個別支援の内容は,2つのカテゴリに集約された.コードの例を示すと【R1 事業拡大を意図した運動普及の支援と健康支援】のサブカテゴリr1aは「若年層への体操普及を意図して保健センターで事業を実施したところ,会場前を通りかかった母子から体操の参加方法を尋ねられ,地区と参加可能な時間帯を確認し,体操マップを示して説明する」であった.【R2 事業目的を超えた生活・健康の支援と環境整備】のサブカテゴリr2aは「会場でうずくまっている就労移行支援事業所の利用者へ,当日の気分と体調を確認し,体操の輪に入るよう誘う」,サブカテゴリr2bは「ウォーキング事業の休憩時に,台風の浸水被害を受けた住民から声をかけられ,復旧状況を確認する」であった.

IV. 考察

結果で示した個別支援の対象・機会・内容から,生活習慣病予防の運動普及ポピュレーションアプローチ事業実施場面における,保健師による個別支援の特徴を考察する.

1. 個別支援の対象

事業の主たる対象である参加者が大多数を占めたが,参加者の家族や居合わせた住民も個別支援の対象であった.公衆衛生看護の対象は地域で暮らす全ての人々であり(金川,2015),参加者以外であっても事業の場にいる人々に個別支援を実施することは必然と思える.しかし,ポピュレーションアプローチ事業に関する既存の研究や実践報告では参加者以外への支援に言及したものはなく,意図的な実践により効果的な保健活動となると考える.

2. 個別支援の機会

事業実施中のみならず,事業準備から終了後まで,保健師は偶発的な機会も好機と捉えて,意図的に支援の機会を作り出し,個別支援を実施していた.本研究の個別支援内容は表3-13-3に示すように相談が主で,看護相談は看護のあらゆる場面で行われるため(宮本,1998),事業準備や終了後も実施されていたと思える.これは,地域に責任を持つ看護職として(井伊ら,2019)の責務ともいえ,意図的に実施・継承していく必要があると思われる.

3. 個別支援の内容

個別支援の内容は,下記の3つの特徴があると考える.

1) 安全・効果的で主体的な運動習慣の定着

3-1カテゴリ1・2は,健康管理・動機の支持・環境整備により,安全・効果的で主体的な運動習慣の定着を図っていたと考える.

カテゴリ1では,サブカテゴリ1a,1b,1eのように,個々の体調,疾患,生活状況や環境等を捉えて安全・効果的な運動を支えていた.また,サブカテゴリ1c,1d,1fでは,運動の動機を強化していた.習慣などの変化には段階があり(麻原,1997,p. 120),変化に応じた支援が求められる.また,実際に効果を体感することは効力感を高めることにつながる(麻原,1997,p. 177).本研究で保健師は,安全と効果に配慮すると共に,個々の変化の状況も捉えて主体性を支えていたと考える.

カテゴリ2では,環境に働きかけて快適で効果的な運動を支えていた.前段落の個々への配慮と併せて考えると,個人と環境に働きかけていると言え,看護の原則に則った支援と考える(Tomey et al., 2002).運動普及事業は栄養士や運動指導士も担当することができるが(厚生労働省,2017),看護職ならではの支援と考える.

保健師は一律な運動普及ではなく,個人と環境へ働き掛け,安全と効果に配慮し主体性を支えていた.このことは,単発の事業参加で終わらず運動習慣の定着につながると考える.

2) ハイリスクアプローチの補完

3-1カテゴリ3の,サブカテゴリ3aでは生活習慣の改善による予防,サブカテゴリ3bと3cは生活習慣病の自己管理を支援していた.これらは生活習慣病のハイリスク者への個別支援といえる.

生活習慣病対策では,ハイリスクアプローチ事業とポピュレーションアプローチ事業は,別事業に位置付けられ(津下,2018),本研究の調査対象の自治体でも,保健指導事業や訪問事業等がハイリスクアプローチ事業として行われていた.ハイリスクアプローチは,ある水準以下を対象とするため,その水準のすぐ上の人たちが対象外とされるという限界がある(日本看護協会,2018,p. 5).本研究で保健師はポピュレーションアプローチ事業内で,予防から専門医受診レベルまで水準を設けずに支援しており,ハイリスクアプローチの限界を補っていたと考える.

3) 参加者以外との接点を活かした運動普及と健康支援

3-1カテゴリ4のサブカテゴリ4a,及びカテゴリ5のサブカテゴリ5a,5bでは,参加者を通じて家族や近隣者の運動実施・継続を間接的に支持していた.また,表3-3カテゴリR1のサブカテゴリr1aは,近隣者との直接的な接点を活かして運動への関心を高めていた.これらは運動普及の事業目的を参加者以外へ拡大していたといえる.ポピュレーションアプローチで留意する点として,健康に関心の高い人が参加し,必要な人を見落とすことがあると言われている(福田,2008医療科学研究所,2017).本研究で保健師は,間接・直接の接点を活かし,見落としのないようにしていたと考える.これは,事業を外部委託せず,保健師が直接担当していたため可能となったと考える.

3-1カテゴリ4のサブカテゴリ4b,4c,4d,4e,及び カテゴリ5のサブカテゴリ5cでは,参加者を通じて家族や近隣者の健康や育児・介護を間接的に支援していた.表3-2カテゴリF1のサブカテゴリf1a,f2は家族との接点を通じて参加者の健康や家族の育児・介護を支えていた.表3-3カテゴリR2では,近隣者との直接的な接点を活かして健康や環境整備を支援していた.これらは事業目的外に映り得るが,上位施策・政策に位置づいている支援内容である(表1中段).保健事業は上位の施策・政策に位置付けられており(佐伯ら,2014),本研究においても保健師は上位の施策・政策に結び付け,分野横断的に家族や近隣者に支援していたといえる.

これらの見落としがない運動普及や上位の施策・政策に結び付けた支援は,地域責任性(井伊ら,2019)に基づいた支援といえる.即ち,本研究で保健師は地域住民の健康に責任を持つ看護職として,事業参加者以外の者との接点を好機と捉えて運動普及・健康支援をしていたと考える.

4. 保健師が行うポピュレーションアプローチに見られる個別支援の特徴

保健師が行うポピュレーションアプローチに見られる個別支援の特徴とは,次のように考える.参加者のみならず家族や居合わせた住民も対象とし,事業準備から終了後まで支援の機会を意図的に創る.看護の基本と地域住民の健康に対する責任に基づき,個人と環境へ働き掛けて安全・効果的で主体的な運動習慣の定着を図り,ハイリスクアプローチを補完し,参加者以外との接点をも好機と捉えて運動普及・健康支援する.

V. 実践への示唆と研究の限界

本研究の結果は,外部委託する際も応用可能と考える.留意点として,参加者以外や準備時間等にも事業拡大の意味で対応するよう依頼する場合,支援内容を保健師へ報告するよう確約することが必要である.

また,本研究は3つの事業の調査であり,対象の反応を分析してはいない.今後は,多様な自治体や事業で調査を重ね,知見を充実する必要がある.

謝辞

調査にご協力いただいた皆様に感謝を捧げます.

本研究は文科省科学研究費基盤C(4593446)を受けて行い,開示すべきCOIはない.

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