日本公衆衛生看護学会誌
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研究
中堅保健師が認識する「対象としての地域」とその認識に影響する経験
青木 亜砂子
著者情報
キーワード: 中堅保健師, 認識, 対象, 地域, 経験
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2020 年 9 巻 2 号 p. 101-111

詳細
Abstract

目的:中堅保健師が認識する「対象としての地域」とその認識に影響する経験を明らかにする.

方法:対象者は,市町村に勤務する経験年数10~15年目の中堅保健師9名.データは,半構成的インタビューにて収集し,質的記述的に分析した.

結果:認識は【地域資源を含めて個人・家族を捉える】【生活者の視点で地域を見る】【統計データや個別支援から地域の課題が見えてくる】をはじめとする8つのカテゴリに整理された.また,その認識に影響を及ぼした経験は【保健師活動の基本を再確認した経験】【先輩の姿から目指す保健師像を描いた経験】【行政保健師の専門性を自覚した経験】など10カテゴリを抽出した.

考察:認識のカテゴリでは,地域を対象とするとらえ方の視点が整理された.また,多くの住民と関わる経験,住民の生活を実感する経験等が影響していることが考えられた.

Translated Abstract

Objective: To describe midcareer public health nurses perceptions of the general community and their experiences that influence such perceptions.

Methods: We conducted semistructured interviews with nine midcareer public health nurses who worked in the local government and whose professional experiences span 10–15 years. The collected data underwent qualitative and descriptive analysis.

Result: We divided perceptions of the general community into eight categories, some of which included “capturing individuals and families including local resources,” “seeing the community from the residents’ perspective,” and “starting to see issues in the community through statistical data and individual support.” Meanwhile, we zeroed in on 10 categories of experiences that significantly affected such perceptions, including “experience of being reminded of the basics of the work of public health nurses,” “experience of envisaging the role model of public health nurses based on senior colleagues,” and “experience of being aware of the degree of specialization of public health nurses working for the government.”

Discussion: The above categories summarized how public health nurses perceive communities as well as the degree to which such perceptions are shaped by their experiences of interacting with a large number of residents and closely integrating these experiences with their own lives.

I. 緒言

近年,急速に進展する少子高齢化を背景として,生活習慣病予防対策の強化,虐待防止対策の法制化や自殺対策,がん対策,健康危機管理など保健師の活躍が期待される分野が拡大し,保健師の活動のあり方が問われている.特に,1996年の地域保健法施行後,保健師の分散配置が進み,業務ごとに事業が展開されるため,住民の視点で地域全体を捉えて課題を把握することなど,総合的に事業を展開する保健師の機能の低下が指摘されている(内山ら,2013).このような現状の中,改正された「地域における保健師の保健活動について」(厚生労働省,2013)では,地域診断に基づくPDCAサイクルの実施や個別課題から地域課題への視点及び地区担当制の推進等が強調され,地区活動に主軸をおいた活動の強化が示されている.また,地域の健康課題を明確化し課題解決のために各種保健医療計画の策定や施策化していく能力も重要になってきているが,これら施策化については,経験年数10年目以降の保健師にとっての重点課題となることが既に示されている(佐伯ら,2004).先行研究では,専門職としての保健師の実践能力の明確化が進み,熟練保健師を対象として,個別の課題から地域の課題へと広げる方法や保健師の判断などについて明らかにされている(大倉,2004塩見ら,2016).しかし,地域を対象として捉えるという保健師にとって根本となる現象そのものに焦点を当てた研究は見当たらず,地域を対象とするということについて,中堅期までの保健師が実践を通してどのように認識しているのかは明らかになっていない.認識とは,物事をはっきり見分けて,その本質や意義を理解すること,また,その理解された内容(北原,2010)であるが,どのような経験がその認識に影響を与えているのかということも明らかになっていない.そこで本研究では,中堅保健師を対象として地域を対象とするということについてどのように認識しているのかとその認識に影響を与える経験を明らかにすることを目的とした.これらのことを明らかにすることで,意図的な経験学習のあり方について示唆を得ることができると考える.

II. 用語の定義

中堅保健師:本研究では,市町村に勤務する経験10~15年の行政保健師とした.

認識:本研究では,中堅保健師が「地域を対象とする」ということの本質や意義を保健師の経験を通してどのように理解したか,その「理解」された内容とする.

地域:本研究では,中堅保健師が勤務している市町村に居住する人々の集団とこれらの人々を取り巻く環境のこととする.また,地域と区別するため「地区」については,所属する市町村の中でも研究協力者が担当している区域のこととする.なお,地区活動とは,家庭訪問や健康教育,地区組織の育成など担当地区で展開されるあらゆる活動のこととした.

III. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究では,中堅期にある保健師が「地域を対象とする」ということの認識とその認識に影響を与えた経験を明らかにするため質的記述的研究デザインとした.

2. 対象及び対象の選定

研究対象者は,A県内の人口3万人以下の市町村に就業している行政保健師で,経験年数10~15年目の保健師9名を対象とした.A県内の全市町村の87%にあたる自治体が人口3万人以下であることや研究対象となる保健師が捉える地域の人口を一定規模に揃えるため,人口3万人以下の市町村に従事する保健師とした.保健師が捉える地域については,2か所以上の自治体で就業した場合,他地域との比較により地域を捉えることにつながる場合が考えられたため,今回は行政保健師として他の自治体での勤務経験のない保健師を選定した.また,対象選定に当たっては,A県内全域の保健師活動を把握している保健師基礎教育に携わる教育者及び機縁法によりA県内の数か所の自治体の統括保健師に照会し,選定要件に合致する対象となる中堅保健師の紹介を受けた.その後,該当する保健師及びその所属先に研究の趣旨を説明して,協力依頼を行い,同意が得られた者を研究対象(以下研究協力者とする)とした.

3. データ収集方法

インタビューガイドに基づき,半構成的面接を2015年6月から10月の間に実施した.面接は1名につき1回70分程度(60~90分)実施した.また,インタビュー内容は許可を得てICレコーダーやノートに記録をした.

インタビューの内容は,①「あなたは,地域を対象とするということをどのように捉えていますか」,②「そのように捉えるようになったのは,どのような経験からですか」で,研究協力者に自由に語っていただいた.①について語りが出てこない場合には,担当した事業の実践や地区組織活動などを聞き,そのことから地域を対象とするということについて感じたことを確認した.

4. 分析方法

研究協力者ごとに語った内容を逐語録に起こし,中堅保健師が「地域を対象とする」ということの認識とその認識に影響を与えた経験について語っている内容を,意味ごとに文脈を区切り,簡潔に表現しラベル化した.ラベル化したデータを意味内容の同じものをまとめてコードとした.抽出したコードをそれぞれ意味の同質性と文脈に基づいて分類,整理しサブカテゴリを生成した.さらに,類似性と相違性に留意しながらカテゴリを抽出した.分析結果や解釈については,研究の全過程を通じて質的研究及び保健師活動に精通した教育者に適宜スーパーバイズを受けながら進め,信用性の確保に努めた.

5. 倫理的配慮

研究協力者の権利保護のため,研究協力への同意に対する自由意志や研究協力の撤回の自由,データの目的外使用の禁止,データ等個人情報の厳重管理,研究結果の学会・学術誌での公表の可能性について文書と口頭で説明し,同意書への署名をもらうことで同意を確認した.なお,本研究は天使大学研究倫理委員会の承認(2015年5月14日承認番号2015-6号)を受け実施した.

IV. 研究結果

1. 研究協力者の概要(表1

研究協力者9名の平均経験年数は12.8年 ± 1.47で,いずれも女性であった.現在の配置部門は,保健部門が6名,地域包括支援センター及び福祉部門が3名であった.就業する自治体の人口規模は,1万人未満が6名,1万人以上2万人未満が2名,2万人以上3万人未満が1名であった.

表1  研究協力者の概要
ID A B C D E F G H I
対象者の状況 年代 30歳代 30歳代 30歳代 30歳代 40歳代 30歳代 30歳代 30歳代 30歳代
性別 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性
保健師経験年数 12年 14年 14年 10年 13年 11年 13年 15年 13年
所属 保健 保健 保健 保健 包括 包括 保健 福祉 保健
自治体の人口規模 5,000人 9,000人 4,000人 3,000人 11,000人 7,000人 8,000人 20,000人 12,000人

2. 中堅保健師が認識する「地域を対象とする」ことについて(表2

中堅保健師が「地域を対象とする」ことをどのように認識しているかについては,22のサブカテゴリと8のカテゴリを抽出した.以下,カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,コードを〈 〉,代表的な語りの一部を斜体で示し,わかりにくい文脈は( )で言葉を補い説明する.

表2  中堅保健師が認識する「対象としての地域」
カテゴリ サブカテゴリ コード ID
保健師活動の基本である 地域を活動の対象と捉えるのは基本的なこと 対象を個から集団,地域へという押さえがある
地域を活動の対象と捉えるのは基本的なことだと思う
F, G, H
学校で勉強した地域を対象とすることがわからないまま過ごした 学校で勉強はしてきたが,地域を見る,地域を対象とすることが悶々と分からないままずっと過ごしてしまった E
地域資源を含めて個人・家族を捉える 地域の資源を把握し,その人の全体像を捉える 個人だけではなくその人が住んでいる環境や近隣関係,資源を見る
幅広くその人の全体像と地域の状況を捉える必要がある
地域を理解していることで,その人の全体像を捉えることにつながる
F, G, H
家族も支援の対象である 家族も支援の対象ということが分かってきた E
生活者の視点で地域を見る 生活者の視点で生活のしづらさにつながる環境を見る 生活者として気づいたことが地域に暮らしている病気を持った住民にとってはどうなのかと見ていく
個人の問題ではなく,生活のしづらさにつながる環境を見る
環境づくりができればこの町で住みやすくなり,自分らしく生活できる
B, I
ライフサイクルと地域の生活や健康課題のつながりが見えてくる どの世代も対象なのでライフサイクルは繋がっていて,地域の生活も繋がっている
地域には特性があり,生活があって健康課題があるということにつながる
C, F, H
統計データや個別支援から地域の課題が見えてくる 統計的に見ると疾患につながる町の課題が見える データから疾患につながる生活が見えてくる
統計的にみることで町の課題が見えてくる
A, C, F
個人の支援を積み重ねると共通の傾向や地域の課題が見えてくる 個人の支援を通して,似たような課題を持っている人たちの傾向が見える
似たようなケースが出て積み重なってくると町全体の問題になる
個々人の問題だが,集めてみると共通点があり地域の課題となる
一人一人の関わりを大事にしないと地域の課題や具体策が見えない
個人の関わりから地域がどのような生活や課題を持っているか地域全体で見る
何人かにとっての問題点かもしれないが町全体の課題として考える
B, C, D, E, F, G, H, I
地域として計画的に健康課題の解決を図る 地区ごとに特性がある 地区が5つに分かれている町なので,1パターン(の事業)では進まない
町内全体でも地区で特色があり,住民の考え方,性格,生活の違いがある
A, C, D, E, F, H
地域の健康課題には,地域として対策を立てると効果的 個を一つずつ対応していても地域の健康課題解決には至りにくいので,地域として対策を立てたほうが対象者に効果的でメリットがある B, D
住民の声を集約し,地域の仕組みづくりをする 一個一個解決していくのではなく,住民の声を集約し地域のしくみづくりにする E
PDCAサイクルで評価すると効果や改善点が見える 保健計画の5年ごとの評価は,変化や達成度,改善点が見える
PDCAサイクルで仕事をするプロセスが大切で,継続か改善かを話し合い意思決定する
I, F
誰もが住みなれた町で支えあって最期まで暮らせる町づくりが必要である 誰もが住み慣れた町で最期まで暮らせる町づくりが大事 住みなれた町で最期まで住んでてよかったと思える町にしたい
住み慣れた地域で暮らしたいという住民の気持ちを大事にする
障がいがあっても誰でも住み慣れた地域で暮らせる町づくりが大事
B, C, D, E, F, I
地域のつながりを大事にした互いに支えあう地域づくりが必要 地域のつながりを大事にした地域づくりが必要
地域のみんなで支え合うようなケアシステムが必要
お互いに困った時にできる範囲で助け合うような町の仕組みが必要
B, D, E, F, G, H, I
住民の力を引き出し地域の健康レベルを上げる 住民は力を引き出し合い,支えあい,生き生きと暮らしている 住民は,地域の様子を知っていて,色々な力を持っている
住民はそれぞれ考えや意見を持っている
お互いの持っている力を引き出し合い,仲間になって支えあい,生き生き暮らしている
B, C, F, G, H
地域の人材育成をして地域の力が高まると個人の健康レベルが上がる 住民をインフォーマルサービスとして育てていく
地域の人材をどう育てていくかが大事
地域の力を高めていくと個人の健康レベルが上がり,問題を予防していくことにつながる
D, F, G, I
主役である住民自らが地域を住みよくしていかないと健康度は上がらない 主役はここに住んでいる人たち
住民が知識を身に付け,考え,地域を住みやすくしてもらわないと健康度は上がらない
G, I
行政保健師には住民と支え合いながら健康な町づくりをする責任と役割がある 担当地区の健康を支援する責任と役割がある 地区を担当する保健師には責任を持って支援する役割がある
行政保健師は地域の課題を出していく役割がある
行政保健師という立場で仕事をしているので町全体の健康課題に責任を持つ
B, F, G, I
健康施策を考え,町づくりをするのが行政保健師の専門性 住民の声を集め行政の保健師として形にして住民に返す
行政の中で医療の知識を持ち健康面から施策を考え,町づくりを考えていけるのが保健師の専門性である
D, F
地域に住む人々と支え合いながら活動 保健師だけではできないことがあるので,色々な人,事業所,サービスを巻き込む
色々な力を借り,助けられながら保健師の活動はできている
地域の人と関わることで保健師も生き生き,成長できる
A, C, D, F, H, I
横のつながりをつくっていくことが行政保健師の役割 住民同士の横のつながりを作っていけるのが保健師
同じ境遇の人をつなげて,悩みや情報交換できる場をつくる保健師の役割が大事
A, B, E, G
声を上げられない生活弱者の課題解決をはかる 一番声を上げられない生活弱者の辛さを共感し保健師が解決しないで誰がするのか
一人では発信できない人のニーズを保健師なりに考え,形にして住民に還元する
町全体から見たら少数だが,社会的に立場が弱い人たちの声を大事にする
B, E, I

1) 【保健師活動の基本である】

研究協力者たちは,保健師基礎教育で教育されてきたので《地域を活動の対象と捉えるのは基本的なこと》と認識していた.

地域を活動の対象として捉えるって,基本的なことだと思っていて,(中略)そういうものだって教育されて,あまり疑問に思わずにきていた.普通に受け止めていたので,そこは卒業した時からあまり変わっていない.(協力者H)

2) 【地域資源を含めて個人・家族を捉える】

研究協力者たちは,《地域の資源を把握し,その人の全体像を捉える》ことや《家族も支援の対象である》という認識を示していた.

相談を受けた時に,ここの地域には,こういう人が居たりとか,サービスがあったりとイメージしながらその人の全体像を捉えたりする.(協力者H)

3) 【生活者の視点で地域を見る】

研究協力者たちは,生活の場に入り《生活者の視点で生活のしづらさにつながる環境を見る》ことや《ライフサイクルと地域の生活や健康課題のつながりが見えてくる》という認識をしていた.

バスやJRに乗ってみて「病気の人って具合悪いのにこの道のりをバスで通っているのかな,地域の人は困ってないのかな」って,一人の生活者として生活を始めたから気づけたのかな.(協力者B)

4) 【統計データや個別支援から地域の課題が見えてくる】

研究協力者たちは,担当する地域を《統計的に見ると疾患につながる町の課題が見える》ことや《個人の支援を積み重ねると共通の傾向や地域の課題が見えてくる》という個別支援から地域の課題が見えてくるという認識を持っていた.

何となく自殺が多いって思っていたが,(統計的に見てみると)数字が多いっていうことは,原因疾患を持っている人や若い人でも多かったっていうのもわかってきた.(協力者C)

個人個人の問題なんですけど,どこか共通点があったりして,それが地域の課題になっていくんだなって(中略)一人一人は違うけど,集めてみたら同じ課題が出てくる.(協力者E)

5) 【地域として計画的に健康課題の解決を図る】

研究協力者たちは,《地区ごとに特性がある》ことを認識し,さらに地域の健康課題が明らかになると,《地域の健康課題には,地域として対策を立てると効果的》や《住民の声を集約し,地域の仕組みづくりをする》必要性,《PDCAサイクルで評価すると効果や改善点が見える》という健康課題の解決に向けた認識を示していた.

一個一個解決していくのではなくて,それを集約して「地域全体には,こういう傾向の課題があるんだよね」って,それを一人一人困らないように地域の仕組みづくりってことになっていけばいいよねって,それができるのは保健師なんですよ.(協力者F)

6) 【誰もが住み慣れた町で支えあって最期まで暮らせる町づくりが必要である】

研究協力者は,《誰もが住み慣れた町で最期まで暮らせる町づくりが大事》であり,そのために《地域のつながりを大事にした互いに支え合う地域づくりが必要》であると認識していた.

障がいがあっても住み慣れた地域で暮らしたいっていうのがあって,それは小さな子どもであっても誰でも住みやすい町づくりが大事っていうのは,一貫してゆるぎなかった.(協力者B)

7) 【住民の力を引き出し地域の健康レベルを上げる】

研究協力者は《住民は力を引き出し合い,支えあい,生き生きと暮らしている》ので,《地域の人材育成をして地域の力が高まると個人の健康レベルが上がる》ことや《主役である住民自らが地域を住みよくしていかないと健康度は上がらない》という地域住民の力を活用することの効果を認識した内容を語っていた.

(町にサービスがなく)なかなか支援が進んでいかないっていう経験が,その事例の後にも何件もあり,やはり町内の中で地域の力を高めていくっていうところが,個人の健康レベルを上げていくというか,問題を予防していくっていう意味でもやっぱり必要なんだ.(協力者D)

8) 【行政保健師には住民と支え合いながら健康な町づくりをする責任と役割がある】

研究協力者は行政保健師には,《担当地区の健康を支援する責任と役割がある》ことや《健康施策を考え,町づくりをするのが行政保健師の専門性》《地域に住む人々と支え合いながら活動》し《横のつながりをつくっていくことが行政保健師の役割》であることや《声を上げられない生活弱者の課題解決をはかる》ことが大切であるという行政保健師の責任と役割から地域を対象とするということの認識を示していた.

町づくりに,専門性を感じてないと自分たち要らなくなっちゃうって思うので,保健師は何するのってなったときに,やっぱり町づくり,行政の中の健康面からの施策づくりだなというのは思いますね.(協力者D)

3. 中堅保健師が認識する「地域を対象とすること」に影響を与えた経験について(表3

この経験については,23のサブカテゴリと10のカテゴリを抽出した.

表3  認識に影響を与えた経験
カテゴリー サブカテゴリー コード ID
保健師教育での学び 保健師教育での学び 地域を対象とするということを保健師教育で学んだ
PDCAサイクルの必要性を保健師教育で学んだ
D, E, H, G, I
保健師活動の基本を再確認した経験 学生への実習指導で保健師活動の基本を再確認した 学生への実習指導で,保健師としての基本的な部分やどのような活動をしなくてはいけないか再確認した J
新人保健師への指導で保健師の活動目的を再確認した 新人保健師への指導で,個別支援から地域全体に視点が広がらない姿を見て,町の保健師としての活動目的を振り返ることが増えた C
責任ある位置につき,これまでの保健師活動をふり返った 責任ある立場に立った時に,これまでの仕事のやり方や今後の保健師活動の方向性に疑問を持ち,保健師の仕事を振り返った C, H, I
研修会を通して,地域づくりの大切さを再確認した 研修会を受講し,地区分析や保健指導の方法を学び振り返った
中堅保健師研修会を受講し,地域づくりの大切さを再確認した
F, I
学会発表を通して保健師としての考え方や視点を学んだ 学会発表を通して,アンケートやデーター収集をしてまとめ,保健師としての考え方や視点を学んだ B
先輩の姿から目指す保健師像を描いた経験 先輩たちの語りや活動から地域との結びつきや施策化の実際を学んだ 先輩から住民の生活や地区の特徴を聞いた E, H, I
先輩たちの話や地域の課題を解決するための活動を見て,施策化の実際を学んだ
先輩の個別支援の記録から個別支援と地域の結びつきを学んだ
B, E, F, H, I
先輩たちと一緒に経験し目指す保健師像を描いた 先輩たちが何が大事かを語り,一緒に経験させてくれて,目指す保健師像を思い描くことができた B, I
行政保健師の専門性を自覚した経験 他職種から問われ,行政保健師としての専門性を自覚した 他職種から公務員としての保健師を問われ理解してもらうことに苦労し,行政保健師の専門性を自覚した D
PDCAサイクルを実践した経験 地域診断を通して,データ分析の方法が分かった 地域診断を通して町のレセプトや介護申請などのデータ分析の仕方がわかった A, C, F
PDCAサイクルを通して町全体が見えてくることを学んだ 経年的なデータを分析し保健計画の評価をすることで,PDCAサイクルをまわすことの大切さを学んだ
健康増進計画の策定を通して,町全体が見えてくることを学んだ
I
多くの住民と直接関わり地域の保健活動を考えた経験 保健師活動を通して,住民の生活の特徴や意識を把握した 家庭訪問で,相手の生活や生い立ち,周囲の環境,家族背景を知ることができた
住民の生活を目の当たりにすることで,生活の特徴が見えた
健診や教室に来る住民の観察をとおして,住民の意識を把握できた
同じ立場の住民から話を聞き,地域の特性の理解につながることを知った
A, C, E, F, G, H
住民と出会う機会が増え,住民の考えが分かった 家庭訪問に行かなかったので,住民から学ぶということがわからなかった
住民と出会う機会が増えたことで住民の考えていることがわかった
E, F
担当地区に住む人々を把握し地区単位での保健活動を考えた 地区担当制で担当地区の集まりや教室活動に参加し,地区に住み人を把握し地区単位で必要なことを考えた C, G
あらゆるライフサイクルの住民に関った経験 成人,高齢者,母子,精神の方への家庭訪問や事業を体験し地域が分かった 成人,高齢,母子,精神についてバランスよく訪問に行ったり,事業を体験し,地域全体を見ることが分かった
地域住民全体が対象なのに65歳で対象を区切ったことで,地域が分からなくなった
C, E, H
ライフサイクルのつながりが分かった 保健係と包括の二係を経験し,壮年期と高齢期の健康管理がつながって,ライフサイクルのつながりがわかった F
一事例に経年的に関わり支援体制を構築した経験 一事例に経年的に関わり関係者ネットワークや体制を構築した 一事例に経年的に関わったプロセスを通じて,関係者を巻き込み少しづつ保健師活動の幅が広がった D
住民の辛さを身近に実感した経験 住民の困りごとを聞き,病気の辛さや大変さを実感した 難病検診で色々な住民の悩みや困りごとを聞くことで,病気の辛さや大変さに衝撃を受けた B
地域にサービスがないことによる困りごとや辛さを実感した 障がい児への支援を通じて,町内に障害児が使えるサービスがなく困っていることを知った
障害を持った子の子育ての大変さと親の障害を受容していくプロセスの大変さを実感した
社会資源がなく支援が進んで行かなくて切羽詰った
D, I
自分の町への愛着を感じ,住民を身近に感じた この町に自分も生活し,町に愛着を感じ,住民が身近に感じられるようになった B, E, I
住民の力を実感した経験 住民は色々な考えや問題を解決する力を持っていることを学んだ 住民との交流を通して,住民が色々な考えや意見を持っていることを学んだ
住民には自ら問題を解決していく力を持っていることを学んだ
B, C, H, F
キーパーソンとなる人材を見つけ,育成することの大切さを学んだ 地区の組織団体と一緒に仕事をすると大きな力になることを学んだ
キーパーソンとなる人材がいる地域では集団での保健活動が立ち上がり,継続して続いていくことを学んだ
先輩保健師は,人材を見つけ,育成し,意図的に巻き込んでいた
A, B, C, D, F, G, I
住民の地区組織化が難しく,上手く進まなかった 住民の集団化や組織化を図るが,上手く進まず保健事業が広がらなかった B, F, H

1) 【保健師教育での学び】

まず初めに,研究協力者は基礎教育の中で〈地域を対象とすることを保健師教育で学んだ〉と基盤となる学習経験を語っていた.

2) 【保健師活動の基本を再確認した経験】

研究協力者は《学生への実習指導で保健師活動の基本を再確認した》《新人保健師への指導で保健師の活動目的を再確認した》経験や自らが《責任ある位置につき,これまでの保健師活動をふり返った》り《研修会を通して,地域づくりの大切さを再確認した》《学会発表を通して保健師としての考え方や視点を学んだ》という保健師としての基本を再確認する経験をしていた.

新人は,(地域全体に何が必要か)言えない.それで何のために自分たちが活動しているのかを振り返ることが増えて,(自分自身が)町の保健師として何しているのだろうっていう疑問を持つようになりました.(協力者C)

3) 【先輩の姿から目指す保健師像を描いた経験】

研究協力者たちは,《先輩たちの語りや活動から地域との結びつきや施策化の実際を学んだ》経験や《先輩たちと一緒に経験し目指す保健師像を描いた》経験を語っていた.

普段からどういうことを大事にしたいかを語ってくれる先輩たちで,生活弱者に対しての視点がすごくって,(中略)一番声を挙げられない人たちの辛さを保健師が気付いて,解決していくことをしなくて誰がするのっていうことはいつも言っていた.(協力者B)

4) 【行政保健師の専門性を自覚した経験】

同じ職場の《他職種から問われ,行政保健師としての専門性を自覚した》というように保健師の専門性を考えた経験をしていた.

事務の方から,(中略)保健師の専門性は,はたから見ると,何をしているかわからないってよく言われるので,聞かれたときにきちんと伝えられるように,自分でも保健師の専門性ってなんだろうって考えていました.(協力者D)

5) 【PDCAサイクルを実践した経験】

研究協力者の中には,《地域診断を通して,データ分析の方法が分かった》り《PDCAサイクルを通して町全体が見えてくることを学んだ》というように,地域診断や保健計画・健康増進計画の策定や評価をする中で,町の課題が見えてきたという経験をしていた.

PDCAサイクルで,自分たちがやってきたことを評価して,またちょっと変えてやってみるっていうプロセスは大事なんだなって思います.(協力者I)

6) 【多くの住民と直接関わり地域の保健活動を考えた経験】

《保健師活動を通して,住民の生活の特徴や意識を把握した》り《住民と出会う機会が増え,住民の考えが分かった》《担当地区に住む人々を把握し地区単位での保健活動を考えた》というように事業を通して住民と直接的に関わる経験や多くの住民とふれ合う経験が影響していた.

同じ立場の人のところに行って聞いてみたら地域の特性がつながるっていうことがあって,多分その時にこの地域ってこんな感じって(わかって)私が,そこで自信を持ったと思います.(協力者H)

7) 【あらゆるライフサイクルの住民に関わった経験】

《成人,高齢者,母子,精神の方への家庭訪問や事業を体験し地域が分かった》り〈地域住民全体が対象なのに65歳で対象を区切ってしまったことで,地域が分からなくなった〉という経験をするなど《ライフサイクルのつながりが分かった》経験をしていた.

壮年期からの健康管理っていうのが重要で(中略)保健係と地域包括という二つの係を経験させてもらってライフサイクルって繋がっていて,地域って繋がっているのだなって思った.(協力者F)

8) 【一事例に経年的に関わり支援体制を構築した経験】

研究協力者は,《一事例に経年的に関わり関係者ネットワークや体制を構築した》ように事例にじっくりと関わりその経過の中で,様々な関係機関と連携し保健師活動を地域に広げていくという経験をしていた.

保育所と小学校の引継ぎの体制作りをしましょう,学校の先生方と一緒に研修しましょうとか,そんな取り組みが始まってきたところで,その子と出会ってから,5年ぐらいかけて,関係者をどんどん巻き込んでいったっていう感じですかね.(協力者D)

9) 【住民の辛さを身近に実感した経験】

研究協力者は,《住民の困りごとを聞き,病気の辛さや大変さを実感した》り〈社会資源がなく支援が進んで行かなくて切羽詰った〉という《地域にサービスがないことによる困りごとや辛さを実感した》経験をしていた.また,《自分の町への愛着を感じ,住民を身近に感じた》という経験をしていた.

障害を持ったお子さんのお母さんたちの話を聞いて,ほんとに,大変って,子育てすることも大変だけど,それを受け止めていく親としての気持ちだったり,力量だったり,今の段階まで来るのに,きっとすごい悩みながらきたんだよなーっていうのを感じて,そういう苦労してきた人たちをなんかやっぱり救ってあげたい.(協力者I)

10) 【住民の力を実感した経験】

研究協力者は,《住民は色々な考えや問題を解決する力を持っていることを学んだ》り《キーパーソンとなる人材を見つけ,育成することの大切さを学んだ》と同時に《住民の地区組織化が難しく,上手く進まなかった》と組織化に失敗したことも含めて住民の力を育成することの大切さを学んだ経験をしていた.

自分たちで転倒予防教室とかOB会ができたところとできなかったところの違いは,人材がいるいないが大きかったんです.活発に活動している運動指導員さんがいる地区は,凄く続いているっていうのはあるから,地域の人材も,どういうふうに育てていくかっていうのも大事になってくるかなと思います.(協力者G)

V. 考察

1. 「地域を対象とする」ということについての中堅保健師の認識の特徴

本研究では,研究協力者の語りから抽出された認識についての8カテゴリは,対象となる地域を見る視点の拡がりがあることが考えられた.

岡田ら(2004)は,地域ケアシステムを構築するためには,「当事者及び家族の生活実態を知る」ことが基盤の能力として報告しているが,研究協力者たちは〈対象を個から集団,地域へという押さえがある〉という【保健師活動の基本である】の認識のもと,まずは個人・家族の生活実態を知るという実践を行っており,そのため「地域を対象とする」という認識の一つに【地域資源を含めて個人・家族を捉える】があげられたと考えられる.

【生活者の視点で地域を見る】という認識について,岩鶴ら(2002)は,生活者を「生活している場での体験を通して近づくことができる者」と説明している.保健師は,担当する地域で住民の体験を共有する生活者である.地域住民の生活のしづらさという体験を共有するなかで,【生活者の視点で地域を見る】と認識したと思われる.

また,守田(2013)は,保健師は,地域住民の「個」に共通する課題を持つ複数の事例を並べて実態を把握し,日常的に捉えている地域の状況と事業実績,地域の保健統計を組み合わせて,最終的な地域課題を明確にする「地域診断」を行っていると述べているが,研究協力者たちも【統計データや個別支援から地域の課題が見えてくる】という認識を示し,この段階で個人から地域の課題へと視点が拡がっていた.「地域を対象とする」ということの認識を広げていくためには,地域診断により地域の健康課題を明確にすることが必要と考えられた.

「地域における保健師の保健活動について」(厚生労働省,2013)では,地域診断に基づくPDCAサイクルの実施が示されているが,研究協力者たちは,明らかとなった地域の健康課題に対して,個を一つずつ解決していくだけではなく,地域としての対策を立て,PDCAサイクルを回して実施していくという【地域として計画的に健康課題の解決を図る】という認識をしていることが分かった.しかし,この認識を示していたのは少数であった(表2).この背景には,近年の公衆衛生の現場では一時点で網羅的に実施する情報収集が主流となり,コミュニティ・アセスメントが日常的な実践活動と切り離されたものとして捉えられるようになった(大森ら,2019)ことが考えられる.地域の健康課題解決のためには地域診断と合わせてPDCAサイクルを機能させ,計画・実施や事業の評価などその展開を管理していくことが重要である.このことは保健福祉計画立案や施策評価,地域のケアシステム構築が重点課題とされている中堅期の保健師(佐伯ら,2004)が特に積み重ねていかなくてはならない活動であると考えられる.

【誰もが住みなれた町で支えあって最期まで暮らせる町づくりが必要である】という認識について,山田(2007)は,保健師は,住民一人一人のセルフケア力を高めながら支え手としての力も高め,誰でもが安心して暮らせる住みよい地域づくりをめざすと述べているように,この認識は,「地域を対象とする」活動をする上での理念や目標的な認識であると考えられる.

また,【住民の力を引き出し地域の健康レベルを上げる】について,松下(1990)は,「地域の持つ力は,そこに住んでいる人々の必要感によって造り出されてくるもので,住民自らがつくり,造り出したその力で自らが支えられ,その地域の中で住民相互が交流し,連帯し,支え合うことのできるそのこと自体である」と述べている.研究協力者たちは,主役は住民であり,住民自らが地域を住みよくしていかないと健康度は上がらないとし,この地域の持つ力を十分認識し活動していることが分かった.また,地域の持つ力を向上することで地域の健康レベルが上がり,住民一人一人の健康レベルも上がるという認識をしており,このことは,Well-beingの実現やQOLの向上を目指す公衆衛生の理念に通じる認識と考えられる.

【行政保健師には住民と支え合いながら健康な町づくりをする責任と役割がある】は,「地域を対象とする」ということを行政保健師の役割と責任という観点から捉えた認識と考えられる.担当する地区が健康になることへの責任,行政で働く立場としての町全体への責任を強く感じている一方で,その方策として健康面での施策づくりについての認識を語っている者が少なかった(表2).施策化の能力は中堅期の保健師にとって重点課題だが,政策や社会資源を創りだす能力は,経験年数が上がっても,十分でない(佐伯ら,2004)というように,本研究でも同様の傾向が認められた.

2. 「地域を対象とする」ということについての中堅保健師の認識に影響を与えた経験の特徴

【保健師活動の基本を再確認した経験】は,これまでの活動を内省する機会となり,行政で働く保健師の専門性の理解が促進されるとともに,保健師活動の基本を理解することの強化につながっていたと考えられる.省察的実践を継続することは,最善の専門的知識と技術を生み出す方法であり,専門職のコンピテンシーを育む営みである(岡本,2014)ので,省察的実践につながる学会発表や学生指導,後輩指導などを経験する機会を意図的に持つことが必要と思われる.

【先輩の姿から目指す保健師像を描いた経験】について,松尾(2011)は,仕事の信念は「仕事はどうあるべきか」というその人にとって「仕事の成功をもたらす原理・原則」であるとし,個人の経験に基づいて形成される場合もあれば,身の回りの他者が持つ信念の影響を受ける場合もあるとしている.先輩の姿勢を目の当たりに体験するという経験は,仕事に対する態度や行動の方向付けにつながり,保健師としての仕事に対する信念の形成に影響をあたえていたと思われる.

【行政保健師の専門性を自覚した経験】について,平野ら(2012)は,「事務職から行政職としての姿勢や事務能力を学ぶ」としている.本研究では事務職から公務員としての保健師のあり方を問われる経験をし,地域の健康課題には健康政策を考え,町づくりをしていくという理解をしていたが,これは,行政で働く保健師の専門性を考え,公共政策の担い手としての保健師のあり方を考えたためと思われる.

【多くの住民と直接関わり地域の保健活動を考えた経験】,【あらゆるライフサイクルの住民に関わった経験】,【一事例に経年的に関わり支援体制を構築した経験】【住民の辛さを身近に実感した経験】の4つの経験は,家庭訪問や健康診査,相談など多様な保健師活動を通して住民の生活の場に入り,個人の全体像を捉えることに繋がっていた.また,そのような多くの「個人」に出会うことで地域の共通の傾向や課題を理解することに繋がっていた.同様に,あらゆるライフサイクルにある人々に関わることで,世代間の健康課題に共通性を見出し,地域全体を捉えることに繋がっていた.研究協力者たちは,住民がこの地域で生活することの辛さや大変さを実感した経験もしていた.山口ら(2013)は,保健師が心を動かされる体験は,活動を展開していくための大きな推進力になっていると述べている.本研究においても,住民の辛さや大変さを実感する体験は,この町を何とかしたいという保健師自身の心を強く揺さぶる体験となっていた.また,大森ら(2014)は,住民自身がもつ地域への愛着については,愛着形成が進むと地域を志向した行動が促進されると報告している.研究協力者たちの地域への愛着は,事業などを通じて住民と関わる中での相互作用から得られた個人間レベルの愛着から住民の辛さを身近に実感する経験を通して,この町を何とかしたいという思いや困っている「この人」を何とかしたいという思いとなり,地域レベルへの愛着へと拡大したと思われる.そして,地域の課題を解決するためにはどうしたらよいか考え活動することに繋がっていた.保健師自身の地域に対する愛着形成は,保健師の地域志向の認識の促進に繋がるということが示唆される.また一事例を通して,ニーズを把握し支援システムを構築していく関わりは,個から地域へと視点を広げ地域を活動の対象とする理解を体得することに繋がっていたと思われる.これらのことから,新任期から中堅期にかけては,より多くの住民と出会い関わる経験,ライフサイクルの継続性が見える関わりの経験,一事例を丁寧にほり下げる関わりの経験が重要である.そしてこれらの経験を通して,地域への愛着が形成され地域を志向した行動が促進されると思われる.

【PDCAサイクルを実践した経験】については,地域の課題を明確化した直接的な経験である.保健師自身が直接五感を通して経験することで,どのように地域診断を行えばよいのかその方法論を獲得しているとともに地域診断した成果から地域として計画的に健康課題の解決を図るという認識に繋がっていた.地域を対象とするということでは,地域の課題を明確化したこの経験はとても重要である.「地域における保健師の保健活動に関する指針」(厚生労働省,2013)でも,「地域診断に基づくPDCAサイクルの実践」が明記され,地域診断の重要性は高まっている.この経験の機会を十分に持つことがますます重要になると思われる.

【住民の力を実感した経験】について,細谷(2007)らは,保健師は「力のある住民の存在に気づく」,「住民と一緒に活動でき住民から学べた経験に対する価値を実感」ということを学ぶとしているが,本研究においても同様に保健師は様々な活動を通してキーパーソンとなる住民の存在や住民自身に課題を解決していく力があることを実感していた.そして,実感したこの「住民の持つ力」を地域の健康レベルの向上や安心して最期まで暮らせる町づくりに活用する価値を理解することに繋がっていたと思われる.

3. 中堅保健師の「地域を対象とする」という認識から見えてきた課題

佐伯ら(2000)は,地域を対象とする看護とは,地域を看護の対象として認識し,対象である地域をアセスメントし,計画立案,実践,評価という一連の過程を実施することであるとしている.本研究では,中堅保健師には,PDCAサイクルに基づいた計画や事業を展開するという経験の少なさに課題があると考えられた.

また,保健師の「地域を対象とする」という認識に影響した経験については,家庭訪問や健康診査など多様な活動を通して,あらゆるライフサイクルにある住民と多く関わり,生活実態やニーズ,生活環境などを肌で感じられる経験が重要な役割を果たしていたと思われる.研究協力者の中には,住民の辛さを共有する中で強く心を揺さぶられる体験をしていた.この人,この地域を何とかしたいという思いは,地域を対象とした活動を展開するための動機づけや推進する原動力となり,認識に影響していたと思われる.

本研究では,多くの住民に直接出会うことや一事例に経年的に関わるということが貴重な経験となっていたが,地域を対象とする認識を広げていくためには,多くの住民に出会い,ニーズを把握することや交流を深めることとともに,新任期や中堅期の保健師が,一事例から深く学べるようにサポートをしていくことが重要である.

4. 研究の限界

本研究では,経験の時期を個人の経時的な体験として把握することを予定していたが,個別支援や保健事業は複数年にわたって展開され,その一連のプロセス全体が一つの経験となることから経験の時期を明確に抽出することができなかった.また,対象者をA県内の人口3万人以下の市町村の保健師と限定したため,地域を対象とすることの認識は,これらの特性の影響を受けていると思われる.大都市や都道府県保健所の保健師とは認識やそれに影響を与える経験は異なることが考えられ,今後は対象者を都道府県保健所や人口規模が大きい自治体の保健師にも拡大して分析し比較検討を重ねていきたい.

謝辞

本研究の実施にあたりご多忙中にもかかわらずご協力を賜りました保健師ならびに関係者の皆様,ご助言をいただきました天使大学吉田礼維子教授に心から厚くお礼申し上げます.

本研究は2015年度天使大学大学院看護栄養学研究科修士論文を加筆修正したものである.

本研究に開示すべきCOI状態はない.

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