抄録
病原菌の營養の關係は、菌の寄生性及び寄主植物の免疫性或は抵抗性に影響する點に於て、特に興味深き問題なり。余は亞麻立枯病菌の生理的研究の一部として、炭素源及び窒素源に關する試驗を行ひ、次の如き結果を得たり。
本菌の炭素源としては各種の炭水化物、有機酸、高級酒精及びフエノール化合物を以て試驗を行ひたり。
炭水化物にありてはイヌリン及葡萄糖ほ最適當にして、乳糖は最不適當なり。一般に多糖類は良好なる發育をなさしめてり。
有機酸は本菌に對する炭素源としては不適當にして、菌の發育貧弱なうき、有機酸の分子構造の差が、其の營養價に比較的明かなる差違を生ぜしむる事は著しき事實にして、例へばマレイン酸とフマール酸とは同一の分子式を有し、僅加に其の構造式に於て異るのみなれども、菌の發育はフマール酸に於てよう良好なりき。又ラセミ酸を炭素源として與へたる場合に、本菌は右轉性酒石酸を多く消費し、培養液に左轉性を現ぜしめたり。有機酸のうちにては現珀酸は比較的適當なる炭素源なり。
高級酒精のマンニツトは本菌に對し良好なる炭素源にして、フエノール誘導體は一般に有害作用を呈す。
窒素源としては有機窒素化合物は無機含窒素鹽類よりも適當にして、安母尼體の窒素と硝酸體窒素との間には營養上の差なく、亞硝酸體の窒素は不適當なり。
アミド類は一般に、本菌の窒素源として適當にして、就中アスパラギンは最も良好なり。