抄録
イネいもち病菌78菌株と28種類の他種寄主から分離された272菌株とを供試し,いもち病菌の性に関する若干の実験を行なった。子のう胞子は交配型により2群(A, a)に分けられ,子のう殻は交配型を異にする菌株の交配によってのみ得られた。いもち病菌はヘテロタリックである。秋田県,栃木県,熊本県で交配型の分布調査を行なったが,いずれの地点においても両交配型の共存が確認された。菌株の子のう殻形成能は分離寄主の種類により著しく異なった。すなわち,シコクビエや他14種の寄主から分離された菌株は全て子のう殻を形成したが,ヌカキビ等計10種からの菌株はいずれの菌株との交配においても子のう殻の形成を全く認めなかった。一方メヒシバいもち病菌ではごく一部の菌株だけが子のう殻を形成した。子のう殻を良く形成するオヒシバいもち病菌から時に白い菌叢の変異株が得られた。この変異株は野生種との交配では多数の子のう殻を形成したが,変異株同士の交配では殆んど形成しなかった。変異株の菌叢の特徴は交配型とは独立に遺伝する。
イネいもち病菌の交配型は,子のう殻を良く形成するEleusine属植物からの菌株をテスターに用いる事により検定できる。イネいもち病菌にも両交配型の存在する事が確認されたが,イネいもち病菌同士の交配では今迄のところいずれも子のう殻を形成しなかった。イネいもち病菌とオヒシバいもち病菌との交配から得られた子のう殻には,大抵の場合正常な子のう胞子が少なく,子のう胞子形成を妨げる遺伝的障害のある事を暗示しているものと思われる。いもち病菌相互間の交配結果は,これら多数の菌株を分類整理する上に有用な情報を提供するであろう。