抄録
本論文は,近年国際的に広がりを見せている「生きがい」という用語の背景にある,神谷美恵子の生きがい観を検討するものである。神谷の内容の検討から,彼女は生きがいを日本独自の概念として提案したのではなく,西洋の思想や研究を参照していたことが明らかになった。隔離されていた療養所でのハンセン病患者の人生を分析する中で,神谷は生きがいが人間の重要な機能であり,困難な状況においても全ての人間に共通する「人生の意味」を示すものであると提唱した。しかし,その後の「生きがい」というタイトルの研究をレビューしたところ,神谷の研究が引用されることが徐々に減少し,生きがいが日本独自の概念として主張されることが増え,中には神谷の業績として誤って引用されることもあることが判明した。神谷の生きがい観を詳細に追跡すると,彼女の研究は「人生の意味」に関するポジティブ心理学の先駆的な研究であり,近年発展してきた多くの研究テーマが彼女によっても言及されていることがわかる。したがって,「人生の意味」をテーマとする日本の生きがい研究のさらなる発展と情報発信は,将来的にポジティブ心理学およびその応用分野に大きく貢献する可能性があると考えられる。