抄録
アドレナリンやエフェドリンは,日本人が抽出,精製したものとして知られているが,その化学的労務を担当した技術者 上中啓三の名を知る人はほとんどいない.上中は日本薬学の祖として知られる長井長義の門下生で,長井流の化学薬学技術を習得した後,単身米国に渡る.そこで,高峰譲吉の助手となり,アドレナリンの結晶化に成功する.その後,アドレナリンの量産やタカジアスターゼ,ベークライトなどの生産技術向上に尽力する.上中のアドレナリン精製法は比較的単純であるが,細かい配慮がなされており,化学的,薬学的に大いに示唆に富んでいる.また,当時の研究環境や上中の名が世に知られなかった社会的背景は大変興味深い.