抄録
神奈川県鎌倉市にある 「やぐら」 と呼ばれている鎌倉時代の石窟を例に, 塩類風化の季節変化観察と析出物のXRDによる鉱物鑑定を行った. その結果, 析出物は石膏・エプソマイト・テナルダイト・方解石で, このうち可溶性のエプソマイトとテナルダイトは冬から春先にかけて析出し, 難溶性の石膏や方解石は通年で観察された. この観察結果を考察するために, 石窟内の温度湿度測定とやぐらが造られている岩石の溶出実験とを行った. その結果, 塩類析出の季節変化が湿度の季節変化と対応し, 塩類を構成する多量の成分が岩石から溶出することがわかった.
塩類は, 水・岩石の相互作用によりつくられた溶液がとくに冬の乾燥期に岩石表面で蒸発することにより析出する. 塩類によるやぐら表面の崩壊には3タイプが認められる: (1) 塩類が基岩表面を粉状に破砕する粉状崩壊, (2) 塩類が基岩表面に皮殻を形成し, これがはがれると同時に岩石表面も剥離する皮殻状崩壊, (3) 塩類が基岩の割れ目に析出してそこを割るブロック状崩壊. 塩類風化は乾燥/半乾燥地域における岩石の風化として多数報告されているが, 日本のような湿潤な地域においても乾燥期と湿潤期がはっきりしている所では無視できない. 石膏は各地の遺跡の塩類風化で報告されているが, 鎌倉では, 可溶性のエプソマイトとテナルダイトが季節的に消長して粉状崩壊を起こすことによりやぐらに対して大きな影響を与えている.