抄録
近年,栽培面積が広まっている黄緑色系ブドウ‘シャインマスカット’(Vitis labruscana Bailey × V. vinifera L.)は収穫期直前の成熟ステージに果皮が褐変すること(通称,カスリ症)が問題となっている.果粒表面に小さな赤褐色の染みが現れ,ブドウの市場価値を著しく減少させる.しかしながら,褐変のメカニズムや要因は明らかとなっていない.我々はポリフェノール化合物やそれらの酸化反応の関与を仮定している.本研究では,褐変現象に関する分子レベルでの知見を得るために,ポリフェノールの代謝経路における鍵酵素であるポリフェノール酸化酵素(PPO),スチルベン合成酵素(STS)およびカルコン合成酵素(CHS)の果粒成熟期における遺伝子発現を解析した.カスリ症は‘シャインマスカット’果房内のいくつかの果粒で満開後 80 日から認められ,その後,褐変する果粒数は増加し,成熟とともに果粒表面の褐変部位は拡大する.カスリ症が発生した果皮では VvPPO2 遺伝子,VvSTS タイプ B 遺伝子および VvCHS1 遺伝子の発現量が増加し,trans- レスベラトロールの含量も増加した.これらのことからフェノール化合物の生合成および代謝経路が活発化していることが示唆された.PPO 遺伝子では,VvPPO1 遺伝子に比較して VvPPO2 遺伝子の発現がカスリ症発生果において特異的に上昇することが観察された.VvPPO2 遺伝子のプロモーター配列では VvPPO1 遺伝子よりも多くの Myb 転写因子の結合モチーフや W-Box モチーフが含まれていた.カスリ症発生果における VvPPO2 遺伝子の特異的な発現上昇は‘シャインマスカット’果実の褐変メカニズムを理解するうえでの手がかりとなるだろう.