抄録
組織培養時の体細胞突然変異体の発生における内生的あるいは外生的な原因を特定することを目的とし,セントポーリア(アフリカスミレ)‘タミレス’を用いたバイオアッセイ系を開発した.本品種はピンク色の花弁に青い斑点を持つ品種であるが,これは flavonoid 3′,5′-hydroxylase(F3′5′H)のプロモーター領域に存在するトランスポゾン VGs1(Variation Generator of Saintpaulia 1)の切り出しによる.本品種から不定芽を誘導すると親タイプの他に,多くの青色変異体やキメラ変異体が発生する.これらの親タイプと変異体を識別することができるマルチプレックス PCR を用いて,組織培養変異を引き起こす 4 つの候補,すなわち既に外植体に存在している変異細胞の影響,in vitro あるいは ex vitro といったシューティング環境の違い,外植体の切断,さらに植物ホルモン添加の影響を評価した.まず,葉身断片と雄ずいから発生した全シュートに占める組織培養変異率はそれぞれ 46.6%と 56.5%であり,外植体に存在していた変異細胞率から推定された変異体発生頻度(それぞれ 3.6%と 1.4%)よりも高かった.この結果は外植体に既に存在していた変異細胞は体細胞突然変異体発生の主な原因ではないことを示す.in vitro と ex vitro で育成した親株の葉身を用いて ex vitro でシュートを誘導した場合,体細胞突然変異体の発生はそれぞれ 9.2%と 8.5%であったことから,培養変異の発生には外植体を採取する親株の影響はほとんどないと考えられた.また,in vitro で育成した親株から採取した葉身を in vitro で不定芽誘導した場合の体細胞突然変異体の発生率も 4.9%と低かったことから,in vitro 環境そのものは体細胞突然変異体の発生原因ではないと考えられた.一方,10 × 5 mm に切った葉身断片を外植体として植物ホルモンフリーの培地で不定芽誘導した場合,体細胞突然変異体の発生率は 26.4%であった.さらに,植物ホルモンは非切断葉身および切断葉身の体細胞突然変異体の発生率を上昇させた(それぞれ 39.9%と 46.6%).セントポーリア‘タミレス’を用いたバイオアッセイは短期間かつ簡便なことから,多くの環境要因をスクリーニングすることを可能とし,変異を回避する新しい組織培養技術の開発に寄与するものと考える.