2019 年 26 巻 2 号 p. 93-100
遷延性術後痛の発症危険因子は明らかではないが,内因性鎮痛系の減弱も一部関与している可能性がある.生体に備わっている内因性鎮痛系の一種に,身体のある部位に与えた刺激により別の部位の痛みが抑制される現象があり,これは,動物においては広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls:DNIC),またヒトにおいてはconditioned pain modulation(CPM)と呼ばれる.DNIC/CPMは中枢性の抑制性修飾であり,セロトニン作動系やノルアドレナリン作動系などの内因性鎮痛系が関与する.健康成人を対象にCPM評価を行うとCPM効果の大きさに個人差が認められることから,CPM効果は内因性鎮痛系の評価法として応用できると考えられる.さらに,予定手術患者を対象に術前のCPMを評価した結果,術後痛とCPM効果の関連が示されたことから,CPMは遷延性術後痛発症危険因子スクリーニング検査として応用できる可能性がある.本総説では,DNIC/CPMの概要,CPM評価法について概説し,さらにCPMの遷延性術後痛発症危険因子スクリーニング検査としての可能性について,最新の知見を自験例とともに報告する.
遷延性術後痛の発症危険因子は明らかではない.手術による神経障害,術前の疼痛の程度,術後急性痛などが関与する可能性1),脊髄後角ニューロンの感作2)などの他,遷延性術後痛の発症には内因性鎮痛系の減弱も一部関与する可能性が示唆されている3,4).
本稿では,内因性鎮痛系の一種である広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls:DNIC)とconditioned pain modulation(CPM)について概説しCPM評価法を紹介するとともに,CPMの遷延性術後痛発症危険因子のスクリーニング検査としての可能性について述べる.
DNICは,“痛みが痛みを抑制する”現象,たとえば,手の痛みが手と離れた部位である足の痛み刺激で減弱する現象をさす.本現象は,1979年フランスのLe Barsらのグループによって初めて報告された5,6).DNICは,離れた部位の侵害刺激[条件刺激(conditioning stimulus:CS)]により,下位脳幹を経由して脊髄後角・三叉神経脊髄路核尾側亜核V層の広作動域(wide dynamic range:WDR)ニューロンが抑制されることで痛みの伝達を抑制する現象である5,6)(図1).
DNICのシェーマ
離れた部位の侵害刺激[条件刺激(conditioning stimulus:CS)]により,脳幹を経由して脊髄後角または三叉神経脊髄路核尾側亜核V層の広作動域ニューロンを抑制し,痛み[テスト刺激(test stimulus:TS)]の伝達を抑制する.たとえば,足の痛み(①)により,もとからある手の痛みが,中枢神経系(②)を介したDNIC(③)により減弱する(④).
DNIC:diffuse noxious inhibitory controls
その後数々の研究が行われ,DNICは動物およびヒトで生じることが報告された7).ヒトにおけるDNICに関する研究において,DNIC現象はDNIC他さまざまな呼称が用いられたことから,ヒトにおけるDNIC様現象をconditioned pain modulation(CPM)と呼ぶことが2010年Yarnitskyらにより提唱された8).それ以降,臨床研究においてCPMが一般的に使用されている.本稿でも,ヒトにおける報告は原則としてCPMと記載することとする.
われわれの研究グループは,1990年代より健康成人を対象とし,CPM評価のための刺激[テスト刺激(test stimulus:TS)]として歯の電気刺激,CPM誘発のための条件刺激として炭酸ガスレーザー刺激などを用い研究を行った.その結果,ヒト三叉神経領域でCPMが生じること(図2)9–14),CPM効果は条件刺激強度と比例すること14),テスト刺激強度に比例しないこと13)などを明らかにした.
ヒト三叉神経領域におけるconditioned pain modulation(CPM)
上段:テスト刺激のみ(ベースライン).歯牙電気刺激(テスト刺激,刺激強度B,C,D)による体性感覚誘発電位[somatosensory evoked potential(SEP),記録部位:頭頂部(Cz)].潜時150~300 msに認められるN2-P2の振幅が主観的痛みを表す.
下段:テスト刺激+条件刺激投与(テストセッション,左)もしくはシャム刺激投与(コントロールセッション,右).左:手背への炭酸ガスレーザーによる条件刺激中,上段のベースライン(テスト刺激のみ)と比較してN2-P2の振幅が減弱した(CPM効果).右:シャム群(レーザー出力なし)では上段のベースライン(テスト刺激のみ)と比較してN2-P2の振幅の減弱を認めなかった.
DNICに関連する神経回路は1990~2000年代にLe BarsやBouhassiraらのグループにより行われたラットの脳切断実験から,DNICに大縫線核(nucleus raphe magnus:NRM)は関与せず,延髄背側網様亜核(subnucleus reticularis dorsalis:SRD)を含む下位脳幹を経由するとされた15,16).
α2受容体は脊髄レベルでノルアドレナリンの放出抑制を起こす17,18)ことから,われわれは,α2受容体刺激薬は脊髄後角において痛覚伝導を抑制するノルアドレナリン作動性神経の神経末端におけるノルアドレリン放出抑制を起こし,DNIC効果が抑制されると予想した.そこで,α2受容体刺激薬であるデクスメデトミジン塩酸塩をラットに全身投与した.その結果,ラット後肢足底部電気刺激(テスト刺激)による大腿二頭筋筋電図反応(C-fiber reflex)の,尾の熱刺激(条件刺激)による抑制(DNIC効果)が抑制された19).すなわちα2受容体刺激薬によりDNICが抑制された.さらに,アチパメゾール塩酸塩(デクスメデトミジン塩酸塩拮抗薬)投与によりこの抑制が回復した19).このことから,DNICには脊髄後角に投射するノルアドレナリン作動性神経の関与が示唆された.
そこで,もしデクスメデトミジン塩酸塩が,脊髄後角に投射するノルアドレナリン作動性神経の神経末端に存在するα2A受容体に作用し,ノルアドレナリン放出抑制によりDNIC効果の減弱をもたらしたのであれば,脊髄後角に投射するノルアドレナリン作動性神経のシナプス後膜に存在するα1受容体刺激を行えば,DNICは変化しないかあるいは促通するかのいずれかであろうと考えた.そこで,α1受容体刺激薬であるフェニレフリン塩酸塩をラットに全身投与した.しかし想定に反し,デクスメデトミジン塩酸塩同様フェニレフリン塩酸塩投与によってもDNICが抑制され,さらにフェントラミンメシル酸塩(フェニレフリン塩酸塩拮抗薬)投与により抑制が回復した19).これらのことから,ノルアドレナリン作動性神経のDNICへの関与,すなわちα1・α2受容体刺激薬の作用点は,脊髄レベルではなく中枢神経系内にあると予測し,次の研究を行った.
小長谷らはラットの大縫線核近傍にα1受容体刺激薬であるフェニレフリン塩酸塩を局所投与しDNICを評価した(TS:ラット後肢足底部電気刺激,CS:尾の熱刺激).すると,C-fiber reflexの抑制が有意に抑制され,DNICは減弱した20).大縫線核に存在するセロトニン作動性神経にはα1受容体が存在し,セロトニン作動性神経に対して抑制性に作用すると考えられることから,α1受容体刺激薬により大縫線核から脊髄後角に投射するセロトニン作動性神経の活動性が低下し,DNIC効果が減弱することが示唆された20).また,青斑核(locus ceruleus:LC)近傍にα2受容体刺激薬であるデクスメデトミジン塩酸塩を局所投与したところ,フェニレフリン塩酸塩同様C-fiber reflexの抑制が有意に抑制され,DNICは減弱した.α2受容体刺激薬投与により青斑核のα2A受容体が賦活化され,負のフィードバック機構による青斑核から脊髄後角へ投射するノルアドレナリン作動性神経の活動性低下により,DNIC効果が減弱することが示唆された.
以上から,DNIC機構は大縫線核,青斑核を介する,セロトニン作動系,ノルアドレナリン作動系の内因性鎮痛系が関与することが示唆され,DNICは大縫線核より下位の脳幹を経由するとするLe BarsやBouhassiraらの説とは異なる結果となった.
動物による研究に引き続き,われわれは健康成人を対象に研究を行った.健康成人にデクスメデトミジン塩酸塩を全身投与したところ,炭酸ガスレーザーを用いて手に与えた侵害熱刺激(CS)中の歯牙電気刺激(TS)により生じた体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential:SEP)の振幅と歯の痛みの視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)の抑制(CPM効果)が,デクスメデトミジン塩酸塩濃度依存性に有意に抑制された21).続いて,フェニレフリン塩酸塩全身投与でも同様にCPM効果が抑制されフェントラミンメシル酸塩(フェニレフリン塩酸塩拮抗薬)投与により抑制が回復したことから,CPMは動物実験同様,ヒトにおいてもセロトニン作動系やノルアドレナリン作動系などの内因性鎮痛系が関与することが示唆された21).
以上,われわれの動物および健康成人における一連の研究から,DNIC/CPMの神経回路は,下部脳幹などの以前から想定されていた部位15,16)より高位の,大縫線核や青斑核を含む上位脳幹の関与,すなわちセロトニン・ノルアドレナリン作動系などの内因性鎮痛系が関与することが明らかになった(図3).
DNIC/CPM抑制のメカニズム
大縫線核近傍へのフェニレフリン塩酸塩投与,および青斑核近傍へのデクスメデトミジン塩酸塩投与により,DNICが減弱した.大縫線核へ投射する抑制性のノルアドレナリン(NA)介在神経の終末にある,セロトニン作動性神経に発現しているα1受容体を刺激して抑制をさらに強める結果,大縫線核のセロトニン作動性神経が抑制され,脊髄後角第V層の広作動域(wide dynamic rang:WDR)ニューロンの脱抑制を生じる.またα2受容体刺激薬により生じた,青斑核から脊髄後角へ投射するNA作動性神経の抑制が,WDRニューロンの脱抑制を生じる.DNICにはセロトニン・NA作動系などの内因性鎮痛系が関与することが示唆された.
慢性疼痛患者ではセロトニン・ノルアドレナリンの枯渇など,セロトニン・ノルアドレナリン作動系の変調があることが以前より指摘されていた22).また,われわれを含め多くの研究者から,慢性疼痛患者ではCPM機構に変調があるという報告が相次いだ.
デンマーク人を対象としたわれわれの研究で,顎関節症患者ではCPMが抑制されること,CPMの抑制は疼痛部位(顎関節,咬筋)のみならず全身で生じること23)から,慢性疼痛患者ではCPMが低下し,痛みの調節機能が減弱していることが示された23).さらに,線維筋痛症24,25),骨関節炎26),過敏性腸症候群27),慢性緊張型頭痛28),片頭痛29,30),非定型三叉神経痛31)など,他の慢性疼痛患者でもCPMが減弱することが報告された.
このように,慢性疼痛患者では健康成人と比較してCPMが減弱する,すなわち痛みの調節機能が減弱しているという報告がなされた.CPMは内因性鎮痛系の機能を反映しており,内因性鎮痛系の評価法として応用できる可能性があると考えられるようになった32).
さらに,CPMと術後痛の関連についても研究が行われた.開胸術施行予定患者および腹部手術患者を対象に術前のCPM評価を行ったところ,術前のCPM効果の大きさと術後痛の発現には関連があり,CPMの小さい人は慢性痛発症リスクが高く,大きい人は慢性痛発症リスクが低いこと3),術前のCPM効果が大きいほど術後6カ月時の慢性痛が減る4)ことが報告された.遷延性術後痛の発症には内因性鎮痛系の減弱が一部関与する可能性が示唆された.
そこでわれわれは,CPMは内因性鎮痛系の評価法として応用できる可能性があること32),遷延性術後痛の発症には内因性鎮痛系の減弱が一部関与すると考えられること3,4)から,CPMは遷延性術後痛発症危険因子スクリーニング検査として応用できるのではないかと考えた.
健康成人を対象にCPM評価を行うと,慢性疼痛患者だけでなく健康成人においてもCPM応答性の高い個体と低い個体が認められ,痛みの変調作用および認識には個体差があることが示された33).これらの背景をもとに,痛みの客観的評価に定量的感覚試験の一つとしてCPMを利用する試みがなされた.
CPM評価には,CPM誘発のための条件刺激(CS)とCPM評価のためのテスト刺激(TS)の2種の刺激が必要である.条件刺激は,冷刺激,温刺激,レーザー刺激,虚血刺激など,テスト刺激は圧痛覚閾値(pressure pain threshold:PPT),VAS,温刺激,電気刺激の他さまざまな試験法がある.CPMのテスト法は各研究室で異なりいまだ標準化試験法がないのが現状である.CPM効果はCS前後のTSの応答(C-fiber reflex,SEPの振幅,VAS値など)の変化(比,差分)により表すことが一般的であり,Pudらのreviewによると平均CPM効果は29%であった34).
CPMの試験法とその再現性について調べたところ,CPMの試験法としてテスト刺激にPPT,条件刺激に冷刺激(氷水)を用いる場合が最適であった33).さらに,13種の定量的感覚試験(quantitative sensory testing:QST)35)をテスト刺激としてCPMを評価したところ,PPTが最も有用であることが明らかとなった36).
PPT測定装置はこれまでにもSomedic社製など複数あったが,刺激圧の定量性が担保されないという問題があった.そこでわれわれは定量的なCPM測定を目指し,テスト刺激法として定量的PPT測定装置を開発した(AIKOH Engineering,大阪)37)(図4).本装置は,圧刺激直線をディスプレー上で可視化することで,PPTの定量的測定を可能にした37).また条件刺激を行うため,ペルチェ素子を電流制御し冷温パルス刺激を与えることが可能な定量的冷温刺激装置(cold-heat pulse stimulator:CHPS)を開発した(VICS,東京)37)(図4).さらに,条件刺激に対する痛みのVASの持続記録が可能な電子VAS装置を作製した37)(図4).
conditioned pain modulation(CPM)測定
条件刺激(conditioning stimuli:CS)として冷温パルス刺激を,定量的冷温刺激装置(VICS,東京)により利き手反対側前腕に与えながら,テスト刺激(test stimulus:TS)として圧痛覚閾値(pressure pain threshold:PPT)を,定量的PPT測定装置(AIKOH Engineering,大阪)により利き手前腕で測定する.患者には,PPT測定装置による知覚が圧覚から圧痛覚に変わったら,すぐにストップボタンを押すよう指示する(圧痛覚閾値の記録).なお,条件刺激の痛み強度は電子視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)記録装置を用いて経時的に記録する.
これまで条件刺激として冷温パルス刺激を用いた報告はなかった.そこで,条件刺激として上記CHPSによる冷温パルス刺激を用いCPMを測定した.冷温パルス刺激に用いる冷刺激温度および温刺激温度は,最低温度−10℃,最高温度47℃の範囲内で,被験者がVAS=70/100の痛みを感じる温度とした(図5).本条件における冷温パルス刺激を条件刺激として与えた結果,51.0%と大きなCPM効果が得られたことから,CHPSによる冷温パルス刺激は条件刺激として感度が高い試験法であることがわかった.また副次的に,一部の被験者で冷刺激時に熱く感じる,冷温覚消失などの錯感覚を認めた.われわれはこれをthermal pain illusion(TPI)と名づけた.さらに,CPMとTPIの関係について探索したところ,CPMとTPIは関連がある(TPIのある人はCPMが小さい)ことが判明した.したがって,術前にCPMとTPI測定の2つの試験を行うと,より精度の高い術後疼痛予測が可能となる可能性がある.
冷温パルス刺激の1例
冷刺激温度を0℃,温刺激温度を45℃とした場合の冷温パルス刺激の波形を示す.20秒ごとに冷刺激および温刺激を繰り返し与える.冷刺激温度から温刺激温度に達するまでのオンセット時間は約5秒,温刺激プラトーの持続時間は約15秒,温刺激温度から冷刺激温度までのオンセット時間は約5秒,冷刺激プラトーの持続時間は約15秒である.
DNIC/CPMの概要,そのメカニズムおよびCPM評価法について概説した.CPMを応用した痛みの識別は,遷延性術後痛発症危険因子スクリーニング検査として応用できる可能性があり,今後の研究発展が望まれる.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.