日本ペインクリニック学会誌
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原著
がんの支持療法や緩和医療における漢方薬治療―低温少量水での漢方エキス顆粒の懸濁時沈殿率について―
松岡 由里子中西 美保
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2019 年 26 巻 4 号 p. 297-302

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Abstract

【目的】がんの支持療法や緩和医療では,飲水量が低下しても漢方薬が有効で継続内服を希望する症例を経験する.漢方エキス剤を少量水でも効率よく内服するために,内服直前にあらかじめ懸濁する方法がある.懸濁法では,沈殿率を下げて内服効率を上げることが重要である.現在,漢方エキス剤の懸濁の報告は,室温や高温の水使用に限られるが,食欲不振・嘔気時は,低温の飲食物が摂取しやすい.そこで支持療法や緩和医療で頻用する漢方エキス剤の少量水での懸濁時沈殿率と低温を含む懸濁温度との関連を検討した.【方法】20 mlシリンジ内の0,20,40℃の蒸留水各15 mlに,24種の漢方エキス顆粒剤各0.5包を1種ずつ入れ,各温度で懸濁直後と5分後に各1分間転倒撹拌し,10分後の沈殿量から沈殿率を計算した.【結果】0℃かつ20℃での沈殿率が40℃でのそれより高値を示さない9方剤,またその中に全温度で肉眼的沈殿を認めない1方剤が存在した.【結論】漢方エキス顆粒剤を懸濁する際には,症例や方剤によっては,より安全で簡便な室温水や冷蔵水の使用も考慮すべきである.

I はじめに

近年,多くの疾患や病態の診療ガイドラインに漢方薬が記載されるようになり1),実際にがんの支持療法や緩和医療現場においても,その有効性が広く認められている27).このため,飲水できる量が少なくても,効果のある漢方薬の継続内服を希望する症例をしばしば経験する.漢方薬の処方は,多くの施設では煎剤ではなくエキス剤に限られており,エキス剤を少量水でも効率よく内服するために内服直前にあらかじめ懸濁する方法がある8,9).懸濁時沈殿率が少なければ,容器内残留が減り,内服効率が上がる.現在,漢方エキス顆粒剤の懸濁時沈殿率の報告は,室温および高温の水(湯)使用に限られる1012).一方で,がん患者の緩和医療において食欲不振のある場合の食事指導として,「冷たい」食品が推奨されている13).そこで当院でがんの支持療法や緩和医療のために頻用する漢方エキス顆粒剤について,0℃を含む異なった温度の少量水を用いて懸濁時沈殿率を検討した.

本研究は,国立病院機構大阪刀根山医療センターの臨床研究審査委員会の承認を得て行われた(承認番号1646).

II 方法

本研究の対象薬は,当院でのがんの支持療法や緩和医療のために頻用する24種の漢方エキス顆粒剤(医療用,株式会社ツムラ)とした.24種の内訳は,八味地黄丸,半夏瀉心湯,半夏厚朴湯,五苓散,桂枝加朮附湯,防已黄耆湯,当帰芍薬散,麦門冬湯,補中益気湯,六君子湯,十全大補湯,疎経活血湯,抑肝散,芍薬甘草湯,清肺湯,柴朴湯,大建中湯,牛車腎気丸,人参養栄湯,柴苓湯,麻子仁丸,啓脾湯,加味帰脾湯,桔梗湯である.

懸濁の設定温度は,0,20,40℃の3種とした.

懸濁や撹拌方法の概要は,倉田らの簡易懸濁法12)を参考にした.ただし,さらに測定精度を上げるため,作業工程中の各温度の厳密な維持管理と薬剤の容器入れ替えによるロスを防ぐ工夫を加えて,以下の方法で行った.

事前の準備として,蒸留水(日本薬局方注射用水大塚蒸留水 株式会社大塚製薬工場)だけでなく,個包装された20 mlシリンジ(テルモシリンジ®SS-20ESZ テルモ株式会社)も,氷冷(0℃),あるいは保温庫[20℃:MIR-262 三洋電機株式会社(現:PHCホールディングス株式会社),40℃:FH-600T ホステックアイレ株式会社]内で,各設定温度になるまで保管した.

最初に,シリンジの押し子を外し,保護栓(トップ保護栓ロックタイプ 株式会社トップ)を接続したシリンジの筒先を下に向ける.シリンジ上側(押し子を外した側)から,別シリンジに取り分けた各温度の15 mlの蒸留水と0.5包の漢方エキス顆粒剤を入れて押し子をはめ込み,上下を反転させて保護栓を外して脱気後,保護栓を再接続して撹拌を開始した.撹拌は,各温度の水(0℃は氷水)を入れた保冷・保温容器内で行った.各容器内に温度計(本体:ベッドサイドモニタBSM-6701 日本光電工業株式会社,センサー:モナサーム4070 TM温度計 コヴィディエンジャパン株式会社)を差し込み,連続的にモニターすることにより温度管理を徹底した.撹拌は懸濁直後と5分後に各1分間,1往復/秒の180度転倒撹拌を採用し,撹拌以外の時間は,シリンジ筒先・保護栓接続部を下にした垂直状態を試験管立で保ちながら,0℃はそのまま氷冷し,20℃と40℃は各温度の保温庫に戻した.

懸濁開始から10分後の各沈殿量を各シリンジ内の目盛りを使って測定した.各方剤と各温度につき2回測定し,平均沈殿率(%,沈殿体積/全体体積×100)を計算した.

III 結果

各方剤の異なる温度における沈殿率を図1に示した.沈殿率の24剤平均値は0℃で11%,20℃で9.3%,40℃で7.2%であった.3段階の温度の上昇に伴い沈殿率の低下を認めたのは,八味地黄丸,五苓散,麦門冬湯,六君子湯,十全大補湯,人参養栄湯であった.また温度の上昇と並行せずとも,0℃の沈殿率よりも40℃のそれが低い値を示したのは,半夏厚朴湯,防已黄耆湯,補中益気湯,抑肝散,柴朴湯,牛車腎気丸,柴苓湯,麻子仁丸,桔梗湯であった.一方,0℃かつ20℃での沈殿率が40℃でのそれより高値を示さなかったのは,半夏瀉心湯,桂枝加朮附湯,当帰芍薬散,疎経活血湯,芍薬甘草湯,清肺湯,大建中湯,啓脾湯,加味帰脾湯であり,そのなかでも大建中湯は,0℃を含む全温度にわたり肉眼的沈殿を認めなかった.

図1

漢方エキス顆粒の沈殿率(%)

例として,半夏瀉心湯の懸濁液(0℃,懸濁開始から10分後)の写真を図2に示した.

図2

半夏瀉心湯の懸濁液(0℃,懸濁開始から10分後)

IV 考察

伝統的な漢方薬の剤形としては,煎剤(湯液),丸剤,散剤,外用剤(おもに軟膏剤)がある.さらに,近年に開発され,漢方医学の普及に大きく貢献した剤形がエキス剤であり,これは従来の煎剤や丸剤,散剤の特徴を兼ね備えた剤形ともいえる14).多くの施設においては,生薬の在庫管理,煎じるための人件費や調剤設備などの問題で,煎剤での処方はできず,エキス剤の処方に限られる.またエキス剤のなかでも,錠剤やカプセル剤として製造販売されている方剤の種類は非常に少なく,現在,最も方剤の種類が豊富で処方選択の範囲が広いのは,顆粒剤である.各施設において同一方剤の異なる剤形を常備できればよいが,実際には困難な場合が多い.当院では,入院患者における処方など院内で方剤の確保が必要となる場合には,適した方剤や剤形が院内になければ当該患者限定処方として取り寄せることになる.しかし,手元に届くまでには日数を要し,また箱単位のまとまった量で購入せざるを得ない一方で,購入後の未使用残薬は極力回避するように要請を受ける.したがって,当院に限らず,施設内採用漢方薬の剤形選択では,分包が比較的容易で汎用性が高いと考えられる顆粒剤が多くの施設でも処方されていると考え,顆粒剤を本研究の対象とした.

一般的には,漢方薬は,構成生薬全体のバランスを崩さない全量内服が原則となる.なぜならば,各方剤は,長年の膨大な症例数での実績や成果に基づき,その効果を最大限に発揮することを目標に,各生薬の量や組み合わせを検討して編纂されたものである.そのなかでもエキス剤は,安全性,有効性,簡便性などの視点から汎用しやすいように開発されたものである.ただし,がんの支持療法や緩和医療において,食事や飲水できる量が低下した患者は,エキス剤を少量の水で内服することになる.エキス剤を少量の水でも効率よく内服するために,直前にあらかじめ懸濁する方法がある8,9).懸濁法では沈殿が生じることがあり,その沈殿の一部が容器に残って全量内服できない場合があることや,沈殿が一時的でも口腔内に残留することによる不快感を訴える患者の存在を考慮すると,一般的には沈殿率が低いほうが望ましいと考えられる.

本研究のプロトコールで用いた15 mlの水は75歳以上の約1口分の量とされ15),それに0.5包を懸濁した.したがって,1包であれば使用する水の量としては,その年齢で換算するとほぼ2口に相当する.ただし懸濁すれば,全体の体積としては,顆粒分が15 mlより増えることを念頭におく必要がある.また臨床現場では,懸濁に水道水を用いることも想定しているが,本研究では蒸留水を用いた.その理由は,本邦の水道水は,厚生労働省のホームページに掲載されている水道水質基準に則しているが,実際の水質データは完全に均一ではない16).そのために,これらが結果に影響を与える可能性があるからである.懸濁10分後の内服は,倉田ら12)の「簡易懸濁法」で広く採用されている方法であり,実際の臨床の現場において妥当な時間と考えられるが,今後,各薬剤の懸濁10分後の安定性については確認する必要がある.

緩和領域の漢方薬内服方法については,エキス顆粒を使って,坐剤17)や懸濁後の凍結塊17,18)に院内で加工して投与した報告があり,飲水量が限られる症例においては,投与法の一つの選択肢となり得る可能性がある.しかしながら,製薬会社の添付文書に記載されている一般的な投与方法から逸脱する場合には,各エキス顆粒からの加工による成分劣化や体内吸収率の変動の有無の確認,衛生上の問題,また予期せぬ有害事象が発生した際の責任の所在の明確化など,克服すべき課題はなお多い.またエキス剤の懸濁目的で電子レンジ使用の報告18)もあるが,エキス剤として頻用されている複数の生薬において,電子レンジ使用により,成分に有意な変化が起きたという報告19)がある.さらに,エキス剤とわずかな水を容器に入れて電子レンジで加熱すると,容易に突沸し12),容器からこぼれた分の薬剤を失うことになりかねず,さらに熱湯による熱傷など,施行者の身体に危険が及ぶ可能性もある.

漢方エキス顆粒の懸濁についてのこれまでの報告は,室温および高温の水(湯)に限られている1012).考えられる理由としては,伝統的漢方薬のおもな剤形の一つが煎剤であり,漢方薬の方剤名の末尾が「湯」であることが多く,実はそのなかでも冷服を推奨する方剤がある14)にもかかわらず,代表的な内服方法として温服が広く一般的に定着していることがあげられる.また,「高温ほど溶解度が上昇する」という一般論も,懸濁液の温度をあらかじめ上げるきっかけとなることが考えられる.

一方,臨床現場において,がんの支持療法や緩和医療対象患者の食欲不振に対しては,一般的に「冷たい」食品が推奨される13).また悪心・嘔吐や口内炎などで温度の高い飲食物を避けることも多い.前述の凍結塊は,その患者傾向をふまえての提案であると考えられる.温水使用の場合には,施行者が目標とする温度に調節する際に用いる熱湯による熱傷の危険があり,またその目標温度での懸濁や患者の内服に至る間の適切な温度管理とタイミングが要求される.一方,室温水や冷蔵庫に保管されている水の場合は,そのまま使用できる点で,より安全かつ簡便であると考えられる.懸濁して内服に至るまでの経時的な薬の吸湿・露光による質の変化をできるだけ防ぐためにも,簡便で迅速に作業ができるほうが望ましい.顆粒剤開封後の経時的変化の報告20)として,抑肝散エキス顆粒(TJ-54),安中散エキス顆粒(TJ-5),および補中益気湯エキス顆粒(TJ-41)の3方剤を開封・分包後,常温(25℃で81%相対湿度)と冷蔵(5℃で40~90%相対湿度)との2群に分けて保管して品質を比較検討した結果,冷蔵保管が3種すべての方剤において劣化速度が遅く,いったん吸湿した場合においても,低温のほうが品質管理としてより有利であった.

懸濁温度以外に沈殿率に影響を与えるものとして,賦形剤がある.本来,エキス剤は,顆粒や細粒状にする製造過程において,乳糖やデンプンなどの賦形剤を加えて,吸湿性を抑え,均一性を高めているため,懸濁時に沈殿しやすい状況にある.実際,添付文書21)によると,本研究で使用したエキス顆粒剤のすべてにおいて,日局乳糖水和物が含まれている.そのなかで,0℃を含むすべての温度において,肉眼的には沈殿を認めなかった大建中湯の存在は,興味深い.各製薬会社や各方剤により,賦形剤の種類や量が異なるが,今回,使用した方剤の製造販売会社では,各方剤に含有している乳糖量の詳細値は非公表にしているため,不明である.単独の生薬成分自体や複数の生薬配合による相互作用だけでなく,このような乳糖量の違いも,沈殿率の結果に影響を与えている可能性がある.

漢方薬の服用方法は,漢方処方の原典あるいはそれに準ずる出典の条文に記されている方剤もあるが,エキス剤については後世に開発された製法であるために,そのまま適用するのは難しい方剤もある.そこで,各方剤の生薬構成を理解しつつ,治療の方向性や目標に合わせ,また各患者の希望も考慮して,実際に最も効果的で内服しやすい懸濁方法を選択する必要がある.一般的には,身体を温めることを目標に処方する場合,あるいは高めの温度で内服を希望する症例には,温服のほうが適すると考えられる.一方で,身体の熱を冷ますことを目標に処方する際はもちろん,そうでなくとも,がんの支持療法や緩和医療においては食欲不振,悪心・嘔吐,口内炎,のぼせを伴う症例が多く,その場合には一般的に温度が低いほうが内服しやすく,その他,出血傾向を認める場合にも,温服よりも冷服が推奨されている22).そのため,これらの症状を認める症例には,低温での内服も選択肢の一つと考えられる.今回われわれが調べた結果として,0℃かつ20℃での沈殿率が40℃でのそれより高値を示さなかった,すなわち低温による沈殿率増加を認めなかった方剤と,それら方剤の漢方的および緩和領域でのおもな効能を表123,24)にまとめた.

表1 低温による沈殿率増加を認めなかった方剤
方剤 八綱分類23 漢方的な効能24 緩和領域での効能
半夏瀉心湯 裏熱虚証 和胃降逆,消痞,止瀉,清熱,調和腸胃 胃腸カタル,下痢,消化不良,胃下垂,神経性胃炎,胃弱,げっぷ,胸やけ,口内炎,神経症
桂枝加朮附湯 表寒虚証 散寒祛湿,止痙,解表 関節痛,神経痛
当帰芍薬散 裏寒虚証 補血活血,健脾利水,調経止痛 貧血,倦怠感,動悸
疎経活血湯 裏寒虚証 祛風湿,補血,活血化痰 関節痛,神経痛,腰痛,筋肉痛
芍薬甘草湯 裏熱(寒)虚証 平肝,解痙止痛 急激に起こる筋肉のけいれんを伴う疼痛,筋肉・関節痛,胃痛,腹痛
清肺湯 裏熱虚証 清肺止咳,祛痰,滋陰 痰の多く出る咳
啓脾湯 裏寒虚証 補気健脾,理気化痰,止瀉 胃腸虚弱,慢性胃腸炎,消化不良,下痢
加味帰脾湯 裏熱虚証 気血双補,補脾,養心安神,疏肝清熱 貧血,不眠症,精神不安,神経症
大建中湯 裏寒虚証 温中散寒,解痙止痛,補気健脾 腹が冷えて痛み,腹部膨満感のあるもの

本研究では,各温度による沈殿率の違いを調べ,室温水や冷水が温水と遜色のなかった各方剤について文献的,臨床的に考察を行った.ただし,前述の半夏瀉心湯や啓脾湯は,低温による沈殿率増加を認めなかったものの,今回調べた他の方剤と比較すると沈殿率が高い.一方で,たとえ室温水や冷水の沈殿率が温水と比較して高い結果が出ても,沈殿率の絶対値としては低く抑えられている方剤もある.全量投与の視点からは,これらの方剤も状況によっては,室温水や冷水での投与も考慮できる可能性があり,治療目標,方剤の特性,患者嗜好などで総合的に判断する必要がある.

本研究の限界は,同じ方剤名でも,各製薬会社や製造過程の変更などにより構成生薬や賦形剤の種類や量などが異なる場合があり,また水道水を用いる場合には,前述のとおり,各地域や施設間で完全に均一の水質データではないために,それらによって沈殿率も若干変化する可能性がある点である.

以上,今回の研究により,全温度で肉眼的沈殿を認めない方剤,また0℃かつ20℃での沈殿率が40℃でのそれより高値を示さない複数の方剤が存在することが判明した.漢方エキス顆粒の少量水での懸濁の際は,高温よりも低温のほうが安全性や簡便性,さらに品質管理面において優れていることが示唆される.このため,とくに身体の熱を冷ますための手段として,あるいは食欲不振,悪心・嘔吐,口内炎,のぼせ,出血などの症状がある時,また,たとえそれらの症状がなくても高温よりも低温のほうが内服しやすい場合には,これら方剤の冷服も選択肢の一つとして考慮すべきである.とくにがんの支持療法や緩和医療においては,薬剤自体の効果の検討は当然であるが,さらに各患者がより内服しやすいように投与方法を工夫することが,内服効率を上げ,投与できる期間を延長し,その結果として生活の質の向上につながるために,非常に重要であると考えられる.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜),(続報)日本臨床麻酔学会第37回大会(2017年11月,東京)において発表した.

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