2020 年 27 巻 1 号 p. 43-47
腰痛,下肢痛に対する神経ブロックはさまざまあるが,大腰筋筋溝ブロックは,重篤な合併症として後腹膜血腫や腎・内臓損傷などがある.今回,大腰筋筋溝ブロック施行患者における大腰筋の解剖学的位置を調査した.研究方法は,後ろ向き観察研究で,当院で大腰筋筋溝ブロック施行した患者を対象に主要評価項目として第4腰椎(L4)レベルで,①棘突起正中から外側40 mmの体表から大腰筋膜の垂直距離(深さ),②棘突起正中から大腰筋外縁までの距離を核磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging:MRI)を用いて測定した.副次評価項目として合併症の発生率,腎臓下縁の腰椎の高さ,大腰筋の解剖学的位置と患者背景との関連性を調査した.結果として,対象患者は100名で主要評価項目①は63 mm,②は男性63 mm,女性53 mmであった.合併症はなく,腎臓下縁は左右ともにL3下縁より頭側が多かった.また,体重が大きいほど大腰筋は深く,女性よりも男性で大腰筋が正中より外側に位置する可能性が示唆された.
ペインクリニック領域で腰痛,下肢痛に対して施行する神経ブロックはさまざまあるが,大腰筋筋溝ブロックは腰部脊柱管狭窄症,腰椎椎間板ヘルニア,脊椎手術後患者などの腰痛,股関節や大腿部の痛みに施行され,近年では股関節や膝関節手術の術中・術後痛の管理にも施行されている1).アプローチ方法として,ランドマーク法,透視下法,超音波ガイド下法があり,従来はランドマーク法が主流であったが,近年は安全かつ確実に施行可能な超音波ガイド下法が主流になりつつある.合併症としては出血,感染や重篤なものとして後腹膜血腫,腎・内臓損傷などが報告されている1,2).今回われわれは,大腰筋の解剖学的位置と大腰筋筋溝ブロックの合併症の発生率を明らかにすることを目的に調査した.
研究デザインは単一施設後ろ向き観察研究とした.本研究は当院の倫理委員会の承認(東総人医関病企第16–1337号)後,調査期間は2005年4月1日から2011年10月31日までの期間に当科の1名の日本ペインクリニック学会専門医によってランドマーク法(23ゲージ60 mmカテラン針を使用し患者腹臥位にて第4~5腰椎レベルで,棘突起から外側約45 mmで穿刺し,体表から約60 mmの深さで抵抗をみながら0.5%メピバカインを5 ml注入)で大腰筋筋溝ブロックを施行した患者150名を対象に,主要評価項目として腰椎MRI横断像で第4腰椎(L4)レベルにおける,(1)棘突起正中から外側40 mmの体表から大腰筋膜までの垂直距離(図1の①値)と,(2)棘突起正中から大腰筋外縁(図1の②値)の距離を測定した.MRI撮像条件は1.5 T 5 mmスライスで仰臥位・下肢伸展位で撮影した.側弯や範囲不十分などで測定不能や,当院でMRIを撮像していない患者は除外した.また,副次評価項目として合併症の発生率,腎臓下縁の腰椎の高さと,患者背景(性別,年齢,身長,体重)と大腰筋の解剖学的位置の関連性を調査した.
MRI横断像で第4腰椎(L4)レベルにおいての測定値
①:棘突起正中から外側40 mmにおいての体表~大腰筋膜の垂直距離(深さ)
②:棘突起正中から大腰筋の外縁までの距離
結果は平均値±標準偏差[範囲]で表した.統計学的検討は性別と主要評価項目の比較をMann–WhitneyのU検定を用い,患者背景(年齢・身長・体重)と主要評価項目の関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討を行った.統計解析はJMP(Ver 14)を使用し,p=0.05を有意水準とした.
観察期間中に大腰筋筋溝ブロックを施行した患者は150名で,50名が除外され100名を調査した.患者背景を表1に示す.性別は男性36名,女性64名であった.年齢(歳)は男性64.0±15.6[29–92],女性68.5±13.3[39–89],身長(cm)は男性165.8±6.9[152–180],女性151.9±7.9[134–175],体重(kg)は男性65.5±14.3[39.0–111.0],女性53.2±11.4[30.2–90.3]であった.
男性 | 女性 | |
---|---|---|
性別(名) | 36 | 64 |
年齢(歳) | 64.0±15.6[29‐92] | 68.5±13.3[39‐89] |
身長(cm) | 165.8±6.9 [152‐180] | 151.9±7.9 [134‐175] |
体重(kg) | 65.5±14.3[39.0‐111.0] | 53.2±11.4[30.2‐90.3] |
(平均値±SD[範囲])
主要評価項目の,第4腰椎(L4)レベルにおける棘突起正中から外側40 mmでの体表から大腰筋膜までの垂直距離(mm)(図1の①値)は,右側で男性64.9±8.7[46.6–95.3],女性61.2±9.8[40.3–83.5],左側で男性63.6±9.9[47.2–91.7],女性61.7±10.7[34.2–87.4]であった(表2).棘突起正中から大腰筋外縁の距離(mm)(図1の②値)は右側で男性62.4±7.7[47.8–83.8],女性53.3±5.8[40.5–70.8],左側で男性64.5±9.0[49.2–89.3],女性53.5±6.6[41.8–70.5]であった(表3).
副次評価項目に関して,合併症は認めなかった.腎臓下縁の腰椎レベル(図2)は右で87%,左で89%がL3下縁より頭側に位置し,全体の約12%でL4より尾側に腎臓下縁が位置し性別や左右に差は認めなかった.また,患者背景と大腰筋の位置に関しては,体表から大腰筋膜までの垂直距離(図1の①値)に性差はなく,男性の右側以外で,身長と正の相関,年齢と負の相関を認めた.体重とは左右差なく正の相関を認めた(表2).棘突起正中から大腰筋外縁の距離は左右とも男性のほうが有意に大腰筋を正中から外側に認め,女性の右側以外は体重と正の相関を認めた(表3).
左右の腎臓下縁の位置
本研究では,体表から大腰筋までの距離は男女ともに平均60 mm前後であった.体表から大腰筋までの距離は本邦では55~70 mm3),外国では女性57~93 mm,男性61~101 mm4)との報告があり,本研究はそれらの結果と相当する.また,体表から大腰筋までの距離が男性の右側以外で,身長,体重と正の相関,年齢と負の相関を認めたことから,身長,体重が大きいほど,年齢が若いほど大腰筋までの深さは深くなる可能性が示唆された.大腰筋は年齢による筋量低下が早く,70歳以上で筋横断面積低下が著しいとの報告5)があり年齢に関してはその影響が考えられる.
棘突起正中から大腰筋外縁の距離に関しては,従来のランドマーク法での大腰筋筋溝ブロックでは刺入点が棘突起から第3~5腰椎レベルの外側50 mm以内から穿刺している報告6)が多く,本研究結果も正中から約50~60 mm外側に大腰筋は存在していた.左右とも男性のほうが有意に大腰筋を正中から外側に認めており,男女では大腰筋の外側への広がりに差があることが示唆された.大腰筋は一般的に男性のほうが発達しており,その影響もあると思われるが,閉経後女性において大腰筋の断面積が低下するとの報告7)もある.とくに閉経後女性に多い圧迫骨折患者では車椅子や杖歩行の患者が多いことを考慮すると,他疾患よりも筋萎縮を呈している可能性もあり,安全かつ正確に神経ブロックを行うためにはMRIや超音波装置での確認が有用な可能性がある.また,今後,基礎疾患も考慮した研究も必要と考える.
主要評価項目と患者背景の関係に関して,体表から大腰筋膜までの垂直距離は,男性の右側以外で身長と正の相関,年齢と負の相関を認め,体重では男女ともに左右差なく正の相関を認めた.垂直距離と体重との相関に関しては皮下脂肪の厚みの関与も考えられるため,その影響を除外して検討する必要があると考える.また,左右差に関しては棘突起正中から大腰筋外縁の距離でも男女ともに右側以外で身長と正の相関を示し,女性の右側以外で体重と正の相関を示した.男女の人数差の考慮も必要ではあるが,腰椎椎間板ヘルニアの症例で患側の大腰筋横断面積が有意に小さいとの報告8)もあるため,今後,患側も加味した検討が必要だと考える.
腎臓の位置に関してはTh12からL2~3の高さに存在し,右腎のほうが低位に存在する9)といわれるが,今回の結果では左右で腎下縁のレベルに差は認めなかった(図2).しかし約1割の症例ではL4レベルで腎下縁を認めており,腎臓の大きさには個人差があり腎機能や体格だけでは腎下縁の位置は推測できず,大腰筋の筋萎縮を合併している場合,より内側や下側に腎臓が移動している可能性があるため,大腰筋筋溝ブロックを施行する際にはMRIや超音波で腎臓の位置と大腰筋の位置を確認しながら神経ブロックを行ったほうが安全かつ正確に神経ブロックを施行できると考える.
本研究の限界としては,対象人数が少ないこと,単一施設で日本人のみが対象であること,大腰筋筋溝ブロック施行症例のみであること,実際に大腰筋筋溝ブロック施行時にはMRI撮影時の体位と異なり腹臥位でブロックを施行すること,針の刺入角が垂直とは限らないことなどがあげられる.今後はサンプルサイズを増やし原因疾患などを加味して研究していく必要性が示唆された.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.