日本ペインクリニック学会誌
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症例
Raczカテーテルと硬膜外針を併用した硬膜外自家血パッチが有用であった難治性硬膜穿刺後頭痛の1症例
南 絵里子石川 慎一小橋 真司森本 明浩中村 仁林 文昭
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2020 年 27 巻 1 号 p. 48-51

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Abstract

通常の硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)では効果が得られなかった難治性硬膜穿刺後頭痛に対して,Raczカテーテルと硬膜外針を併用したEBPが有用であったので報告する.症例は,脊髄くも膜下麻酔下に精索静脈瘤手術を受けた16歳の男性である.術後20日になっても,起立性頭痛と嘔気が持続するため当院に紹介された.初回EBPではX線透視下に18 G硬膜外針を用いて,第4/5腰椎レベルより自家血20 mlを投与したが,症状の改善は得られなかった.腰椎MRIでは髄液漏出部位は不明であったが,初回EBP後のCTで腹側硬膜外腔への血液拡散が不十分であったため,硬膜腹側や側方からの髄液漏出の可能性を考慮し再EBPを行った.硬膜外針による背側硬膜外腔穿刺に加えて,仙骨裂孔より挿入したRaczカテーテルの先端を第4/5腰椎レベルの腹側硬膜外腔に留置して,硬膜外針とカテーテルから自家血各10 mlを投与した.再EBP後のCTでは注入した自家血が硬膜外腔の全周にわたり拡散しており,起立性頭痛はすみやかに改善した.Raczカテーテルを併用したEBPは髄液漏出部位に効率的に血液を投与できるため,難治性硬膜穿刺後頭痛に対して有用と考えられた.

I はじめに

安静や補液などの保存的治療で改善しない硬膜穿刺後頭痛(post dural puncture headache:PDPH)では,硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)が適応となる.PDPHにおける漏出部位は,穿刺部に一致した硬膜背面(脊柱管後方)の1~2カ所であり,漏出レベルの特定も容易なため,EBPの治療の有効率は高い.しかしながら,まれにEBP施行後も起立性頭痛が遷延するPDPH症例では,通常のEBPでは自家血が到達し難い部位から髄液漏出が持続している可能性がある.今回,われわれは通常のEBPでは症状が改善せず,Raczカテーテル(Epimedスプリングガイドカテーテル,東京医研株式会社)を硬膜外腹側に併用留置して行ったEBPが有用であった1症例を経験した.

なお,本論文の発表に関しては患者本人と家族に説明し,同意を得た.

II 症例

患者は16歳,男性,身長164 cm,体重63 kg.既往に特記事項なし.前医で左精索静脈瘤に対する顕微鏡下左内精静脈低位結紮術を,脊髄くも膜下麻酔下に施行された.術後より起立性頭痛と嘔気を自覚したため,PDPHを疑い水分摂取と臥床安静を行ったが,薬物療法は行われなかった.症状が改善しないため,術後20日目に精査目的に当院紹介となった.初診時,座位後数分以内に出現する起立性頭痛と嘔気,後頸部痛,腰痛,全身倦怠感,集中力低下,めまいを訴えた.起立性頭痛の視覚アナログスケール(visual analog scale:VAS)は88/100であった.腱反射異常を含む脳神経学的異常を示さず,前医で撮影した単純脳MRIでも頭蓋内血腫などの器質的異常を示さなかった.単純腰髄MRIで神経根鞘周囲に脳脊髄液漏出を疑う水信号病変を示した(図1a,治療前).安静と水分摂取では改善しないPDPHと診断し,術後22日目にEBPを予定した.初回EBPでは,X線透視下に第4/5腰椎レベルより18 G硬膜外針を使用して,血液と造影剤を4:1に混合した自家血計20 mlを投与した.EBP直後のCTで第2腰椎から仙骨レベルまでの背側硬膜外腔に良好な自家血拡散を示した(図2,初回EBP).しかし,初回EBP後も起立性頭痛の改善は得られなかった.初回EBP後3日目に頭部Gd造影MRIを,18日目に頸胸髄MRIを撮影したが,髄液漏出や低髄液圧症を示唆する所見を示さなかった.腰髄MRIでは腰椎・仙骨レベルでの硬膜外腔の水信号病変は残存していたが,明らかな髄液漏出部位は特定できなかった.4週間後もVAS 73/100と起立性頭痛は継続していた.初回EBP後の脊髄CTで自家血が背側硬膜外腔にしか拡散していなかったことから,硬膜腹側や外側からの髄液漏出の可能性を考慮して,初回EBP後33日目にRaczカテーテルを併用した再EBPを施行した.再EBPではまず仙骨裂孔よりRaczカテーテルを挿入し,X線透視下に第4/5腰椎レベルの腹側硬膜外腔に先端を置き(図3a),同時に第3/4腰椎レベルに硬膜外針により背側硬膜外穿刺を行った(図3b).Raczカテーテルと硬膜外針より硬膜外腹側と背側に各10 ml,計20 mlの自家血を投与した(図3c).再EBP直後のCTで硬膜外腔に全周性の血液拡散を確認した(図2,再EBP).再EBP翌日には10分間の座位でも頭痛は増悪せず,VAS 16/100と改善した.2週間後もVAS 13/100と頭痛は改善していたが,全身倦怠感は数値的評価スケールで7/10とEBP前と同程度に残存していた.再EBP 27日後に撮影した単純腰髄MRIでは,腰椎・仙骨レベルの硬膜外水信号病変の減少を示した(図1b).再EBP 1カ月後に復学したところ,頭痛はVAS 30/100と一時的に増悪したが,2カ月後には再び改善したため部活動(野球部)を再開した.5カ月後に随伴症状を含めてすべての症状が消失し,18カ月後でも再発なく通常の学生生活を送っている.

図1

単純腰髄MRI

a:治療前,b:治療後

第3/4腰椎レベルの水平断を示す.破線丸で示した神経根鞘周囲の水信号病変は,脳脊髄液漏出を示唆する所見である.2回目のEBP治療後には同部位の水信号病変は減少している.

図2

EBP直後の脊髄CT

初回EBP後は第2腰椎から仙骨レベルまでの背側硬膜外腔に自家血拡散を示した.再EBP後は腹側硬膜外腔を含めて全周性の自家血拡散を示した.

図3

再EBP透視画像

a:仙骨裂孔よりRaczカテーテルを挿入し,第4/5腰椎レベルの腹側硬膜外腔に先端を置いた.

b:Raczカテーテル留置後,第3/4腰椎レベルに硬膜外穿刺を施行した.

c:Raczカテーテルと硬膜外針よりそれぞれ10 mlずつ,計20 mlの自家血を注入した.

III 考察

国際頭痛分類第3版によると,PDPHは硬膜穿刺後5日以内に発現し,脳脊髄液漏出に起因する頭痛と定義される1).補液や安静などの保存的治療で数週間以内に改善する症例が多いが,症状が残存し慢性化する場合があり,EBPが適応となる.EBPは保存的治療で改善しない脳脊髄液漏出に対して行う治療法である.その機序は注入血による硬膜外圧上昇が脳脊髄液漏出を減少させ,さらに硬膜の破綻部位を凝血のfibrin clotが塞ぐことで症状を改善させる2).PDPHでは脳脊髄液漏出部位は穿刺部位から容易に推定でき,漏出は硬膜背面(脊柱管後方)の1~2カ所に限られるため,EBP治療の有効率は77~96%と高い3).血液注入量と治療の有効率の相関は明らかでないが,一般的には10~20 mlが使用される.1回のEBPで改善が乏しい場合は,さらに1~2回のEBPの追加が検討される.

本症例は初回EBPをX線透視下に施行し,投与した血液の広がりを確認しながら行ったにもかかわらず,治療後の症状改善に乏しかった.EBP直後に撮影した腰部CTでは,背側硬膜外腔以外への血液拡散が不十分であったことから,針が背側だけではなく腹側硬膜まで貫通した可能性や,神経根袖など外側での穿刺となった可能性があり,全周性の自家血投与が必要と考えてRaczカテーテルを用いた再EBPを行った.

Raczカテーテルは,硬膜外腔の癒着剥離や神経剥離,神経根減圧などの硬膜外神経形成術で使用される治療デバイスであり4),脊椎手術後疼痛症候群や難治性腰下肢痛に対する治療効果が報告されている5).先端部にスプリングを有した金属性カテーテルのため,通常の硬膜外カテーテルより操作性に優れており,X線透視下でのカテーテル位置確認,薬液注入が可能である.EBPでRaczカテーテルを使用する場合には,通常の硬膜外針やカテーテルでは自家血注入が困難な部位への治療が可能となる.上位頸椎を含む全脊髄レベル,硬膜外腔の側面や腹側など,さまざまな部位で髄液漏出が生じる特発性脳脊髄液漏出症に対するEBPでは,とくに有用な治療デバイスとなりうる6).これまでPDPHに対するEBPでRaczカテーテルを使用した報告はないが,本症例のように腹側を含む全周性の自家血投与を必要とする症例や,硬膜外癒着などにより通常の方法では自家血拡散が得られないPDPH症例で有用となる可能性がある.本症例はRaczカテーテルと硬膜外針を併用した再EBPにより全周性の自家血拡散が得られ,その後すみやかに起立性頭痛の改善を示した.全身倦怠感などの随伴症状はしばらく残存したが,6カ月以内にすべて消失した.Raczカテーテルを併用したEBPは難治性PDPHに対して有用と考えられた.

IV 結語

Raczカテーテルと硬膜外針を併用したEBPにより全周性の血液拡散が可能となり,起立性頭痛が改善したPDPHの1症例を経験した.Raczカテーテルを併用したEBPは髄液漏出部位に効率的な自家血投与が可能であり,難治症例に対して有用と考えられた.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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