2020 年 27 巻 1 号 p. 27-31
オピオイド鎮痛薬は非がん性痛患者の痛みを和らげるが,オピオイド誘発性便秘(opioid induced constipation:OIC)が生じる.OICに対しては緩下剤で治療を行うが,治療に難渋することがある.非がん性痛患者では,がん性痛患者に比べ,オピオイドやOICに対する治療薬の投与期間が長くなることが考えられるため,副作用や経済的負担を考慮する必要がある.今回,これまでの緩下剤治療では排便コントロールが困難な非がん性痛患者で,ナルデメジンを新しく使用開始したことによる効果,副作用および費用について後ろ向き観察研究を行った.症例数は36症例(男性17症例,女性19症例)であった.便秘が改善したのは33症例(92%),改善なしが3症例(8%)であり,26症例(72%)は併用していた他の緩下剤を減量あるいは中止できた.17%で一過性下痢,8%で軟便がみられたが重篤な副作用は認めなかった.患者が負担する緩下剤内服にかかる費用については,ナルデメジン開始前は1カ月あたり平均1,148円であったが,開始後は同6,102円と5.3倍に増加した.
モルヒネ,フェンタニル,トラマドールなどのオピオイドは中枢性μオピオイド受容体に作用し鎮痛作用を発現する.その一方でオピオイド誘発性便秘(opioid induced constipation:OIC)が高率に生じる.OICは患者によってはオピオイド治療を断念せざるを得ない原因になる場合もあるため,適切に予防あるいは治療を行う必要がある.
一方,近年,非がん性痛患者にも複数のオピオイドが投与できるようになった.非がん性痛患者では,がん性痛患者に比べ,通常オピオイドの投与期間が長くなりやすいと考えられる.そのため非がん性痛患者ではOICに対する治療薬の投与期間もがん性痛患者に比べて長くなり,治療薬の長期投与に伴う副作用や患者への経済的負担を考慮する必要がある.
OICの治療薬であるナルデメジンは血液脳関門(blood brain barrier:BBB)を通過せず,腸管の末梢性μオピオイド受容体に選択的に結合してオピオイドがμ受容体に結合することを拮抗的に阻害することから,オピオイドの鎮痛効果を損なうことなくOICに対して効果を発現し,がん性痛患者のOICに対して有効であると報告されている1).一方,非がん性痛患者のOICに対するナルデメジンの効果を検証した報告は少ない.今回われわれは,非がん性痛患者のOICに対するナルデメジンの効果,副作用などを後ろ向きに調査した.
なお,本研究は神戸大学医学部附属病院倫理委員会(B190049)および北播磨総合医療センター倫理委員会(倫理31–5)の承認を得て行った.
本研究は,OICの治療のためにナルデメジンを導入した非がん性痛患者を対象とした単施設後ろ向き観察研究である.対象は2017年6月から2018年3月末までの期間に神戸大学医学部附属病院麻酔科・ペインクリニック科外来を受診した患者とした.検討項目は年齢,性別,疾患名,オピオイドの種類・投与量,ナルデメジン投与開始前に使用していた緩下剤の種類,ナルデメジン内服開始後の便秘改善の有無,ナルデメジンの内服状況,副作用とし,電子カルテから情報を抽出し後ろ向きに調査を行った.また,ナルデメジン投与前後で緩下剤として処方された費用を比較するため,使用した緩下剤の1カ月あたりの費用を内服状況と薬価から算出した.トラマドール,フェンタニル貼付剤のモルヒネ換算(morphine milligram equivalents:MME)についてはモルヒネ10 mg=トラマドール100 mg,モルヒネ30 mg=フェントス®テープ1 mg=デュロテップ®MTパッチ2.1 mg=ワンデュロ®パッチ0.84 mgで計算した2).便秘の改善は,患者の自己申告により以前より排便回数が増えたものと定義した.主要アウトカムはナルデメジン内服開始後の便秘改善の有無とした.患者背景については平均値±標準偏差あるいは割合で計算した.
観察期間中に非がん性痛患者のOICに対してナルデメジンを投与した症例は42症例であった.このうち排便回数の評価がない5症例,追跡調査のできなかった1症例を除外した36症例(男性17症例,女性19症例)が本研究の対象となった.平均年齢は60.3±15.8(28~87)歳であった(表1).原因疾患は腰部脊柱管狭窄症6症例(17%),failed back syndrome 6症例(17%),頸椎症5症例(14%),複合性局所疼痛症候群4症例(11%),遷延性術後痛3症例(8.4%),外傷性頸部症候群3症例(8.4%),帯状疱疹後神経痛2症例(5.6%),腰椎椎間板ヘルニア1症例(2.8%),脊髄空洞症1症例(2.8%),頸髄中心性損傷1症例(2.8%),脊椎圧迫骨折1症例(2.8%),慢性膵炎1症例(2.8%),systemic lupus erythematosus 1症例(2.8%),会陰部痛1症例(2.8%)であった.ナルデメジン開始時点で内服していたオピオイドは,トラマドール製剤22症例(うちアセトアミノフェン合剤11症例),フェンタニル貼付剤13症例,モルヒネ1症例であった(表2).MMEは平均34.6±27 mg/日(7.5~110)であった.ナルデメジン開始前の緩下剤の種類は平均1.6±0.7種類であった(表1).本研究はナルデメジンが販売されてから1年以内の患者を対象とした研究であったため,2週間の処方期間制限があった.そのため外来医師の判断で,ナルデメジンの内服頻度は症状に応じて患者自身で調整する,あるいは次回診察までの期間を考慮し内服の間隔を設定されていた.
対象患者数(人) | 36 |
男性(%) | 17(47) |
年齢(歳) | 60.3±15.8(28~87) |
オピオイドの投与量(モルヒネ換算)(mg/日) | 34.6±27(7.5~110) |
ナルデメジン開始前の緩下剤の種類(種類) | 1.6±0.7 |
ナルデメジン開始前の1カ月あたりの緩下剤費用(円) | 1,148 |
トラマドール製剤 | 11症例(31%) |
トラマドール製剤 (アセトアミノフェン合剤) |
11症例(31%) |
フェンタニル貼付剤 | 13症例(36%) |
モルヒネ | 1症例(2.8%) |
便秘が改善したのは33症例(92%),改善なしが3症例(8%)であった.便秘が改善した33症例のうち26症例は併用していた他の緩下剤を減量あるいは中止できた.減量できた下剤の種類では酸化マグネシウムが83%から44%,センノシドが58%から47%,ピコスルファートが8%から0%であった.漢方薬は17%から17%と大きな変化は認めなかった(表3).ナルデメジンの内服頻度は1回/1日が15症例(42%),1回/2日が12症例(33%),1回/3日が2症例(5.6%),頓用が7症例(20%)であった.副作用は一過性下痢,軟便がそれぞれ6症例(17%),3症例(8.4%)で認められた.便秘の改善を認めなかった3症例の内訳は男性2症例,女性1症例で内服していたオピオイドのMMEは15~30 mg/日,1症例では直腸瘤を認めた.
緩下剤の種類 | 内服開始前 | 内服開始後 |
---|---|---|
酸化マグネシウム | 83%(30/36) | 44%(16/36) |
センノシド | 58%(21/36) | 47%(17/36) |
ピコスルファート | 8%(3/36) | 0%(0/36) |
漢方薬 | 17%(6/36) | 17%(6/36) |
患者が負担する緩下剤内服にかかる費用については,ナルデメジン開始前は1カ月あたり平均1,148円であったが,開始後は同6,102円と5.3倍に増加した(表4).使用していたオピオイドのMMEはナルデメジン開始前34.6±27 mg/日から34.7±27 mg/日と大きな変化は認めなかった.
ナルデメジン 開始前 |
ナルデメジン 開始後 |
|
---|---|---|
酸化マグネシウム | 453 | 238 |
センノシド | 196 | 103 |
ピコスルファート | 2.3 | 0 |
漢方薬 | 497 | 325 |
ナルデメジン | 0 | 5,436 |
費用合計 | 1,148 | 6,102 |
今回の結果では,ナルデメジンを投与した非がん性痛患者において92%で便秘の改善を認め,72%で併用していた他の緩下剤を減量あるいは中止できていたことから,ナルデメジンは非がん性痛患者におけるOICに対して有効であったと考えられる.アメリカ,ヨーロッパなどを中心にWebsterらが行った非がん性痛患者を対象としたランダム化二重盲検プラセボ比較試験では,ナルデメジン投与群で1週間あたりの排便回数が内服前と比べて平均3.8回増加を認めたことが報告されている3).また,日本人の非がん性痛患者を対象とした非盲検単群試験でもナルデメジン投与により81%で排便回数の増加を認めたという報告がある4).今回のわれわれの結果も過去の報告と同様に,ナルデメジンが非がん性痛患者のOICに有効であることを示唆する結果となった.
副作用に関しては,17%で一過性下痢,8%で軟便といった消化器症状が出現したが重篤な副作用は認めなかった.これまで52週間のランダム化二重盲検試験で下痢が11%,腹痛が8.2%で認められたという報告3)や,下痢が23%,腹痛が9%で認められたという報告4)がある.今回の検討では長期的な副作用に関して検討できていないが,副作用やその出現頻度は非がん性痛患者を対象とした過去の報告と同様であった.
疼痛管理について,ナルデメジン内服前後でMMEは34.6±27 mg/日,34.7±27 mg/日と大きな変化はなくオピオイドの使用量が増加することはなかった.Haleら5)は,ナルデメジンの服用により鎮痛作用の減少や退薬症状が出現することはないと報告している.今回のわれわれの検討でもナルデメジン投与前後でMMEは変わらなかった.これはナルデメジンの投与はオピオイドの鎮痛効果に影響を及ぼさないことを示している.ただし,BBBが破壊されるような頭蓋内病変を合併している場合は,ナルデメジンが中枢に作用し鎮痛効果を低下させ退薬現象を引き起こす可能性があり注意が必要である6).
本邦でも医療費の増大は社会問題となっており,今回は一側面からではあるがOICに対して処方された薬剤に関しナルデメジン投与前後での費用の検討を行った.その結果,ナルデメジン開始前の緩下剤による費用は1カ月あたり平均1,148円であったが,開始後は同6,102円と5.3倍上昇した.非がん性痛患者ではがん性痛患者に比べてオピオイドやその副作用であるOICに対しての緩下剤を内服する期間が長くなりやすいと考えられる7).過去の後ろ向きコホート研究ではオピオイドの副作用に伴う費用は,副作用が生じない場合に比べてより多くの費用負担が生じるとされている8,9).OICの治療薬であるナルデメジンは1剤あたりの薬価が他の緩下剤に比べ高価である.過去の報告ではいずれもナルデメジンは連日服用されているが,本研究では連日服用していたものは42%であった3,4).しかし便秘の改善率については差を認めなかったことから費用対効果を考えると,ナルデメジンの服用頻度については検討する余地がある.一方で費用負担以外の問題を考えると,他の緩下剤で報告されている酸化マグネシウム長期服用での高マグネシウム血症や腎障害10),センノシド長期服用での耐性や低カリウム血症11)などの副作用がナルデメジンでは消化器症状以外に目立った報告がない.多剤内服による副作用が生じやすい高齢者や長期投与による副作用発生を考えるとナルデメジンを使用することは有用であることも考えられ,今後の検討が必要である12).
本研究は単施設後ろ向き観察研究であり,今回,電子カルテ上での内服状況や便秘改善の有無で評価を行った.また排便については患者の自己申告に基づいている.今後,ナルデメジンの内服と排便回数との関係や長期的な副作用,それに伴う費用について評価を行ううえで前向きでの調査が必要になると考える.
非がん性痛患者のOICに対してナルデメジンを使用し,92%で便秘の改善を認めた.17%で一過性下痢,8%で軟便といった消化器症状を認めたが,重篤な副作用は認めなかった.一方でナルデメジンを使用することでOICの治療に伴う費用は5.3倍に増加した.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.