2020 年 27 巻 1 号 p. 95-98
X線透視下脊柱起立筋ブロックが著効した慢性腰痛を1症例経験したので報告する.症例は58歳,男性.主訴は腰痛.建設作業中の転落によりL3腰椎圧迫骨折.保存的治療では改善せず神経ブロック治療目的で受傷6カ月後に当科紹介となった.初診時,腰部全体の局在不明な鈍痛と歩行や立位の保持で誘発される疼痛があった.神経根ブロック,硬膜外ブロック,腰部交感神経節ブロックを施行するも無効であった.L3横突起からの脊柱起立筋ブロックを行ったところ自覚症状が著明に改善した.計8回施行後には,復職するまでに疼痛改善した.脊柱起立筋ブロックは術後鎮痛目的で超音波エコーガイド下に施行されることが多い.本症例ではX線透視下に行うことで,造影剤を併用し,血管や内臓を穿刺することなく安全に行えた.さらにブロック施行後CT撮影し,造影剤の広がりを確認した.造影剤が脊柱起立筋内で広範囲に広がっていたことから,本症例のこの時点の腰痛は筋・筋膜性腰痛であり広範囲な後枝外側枝ブロックが有効であったと考えられる.今後,筋・筋膜性疼痛が疑われる慢性腰痛症例に対して,外来で安全にできるX線透視下脊柱起立筋ブロックを試してみる価値があることが示唆された.
腰痛の原因には椎間板性腰痛,椎間関節症,筋・筋膜性腰痛などがある.それぞれ椎間板ブロック,後枝内側枝ブロック,トリガーポイント注入などが診断・治療として行われるが,難治性の症例もある.一方,近年,超音波ガイドの脊柱起立筋・筋膜面ブロック(erector spine plane block:ESP block)が腰椎手術の術後鎮痛に用いられている.今回,われわれは難治性の腰痛に対してX線透視下にESP blockを施行し,著効した1症例を経験したので文献的考察を加え報告する.
なお,本報告は患者本人から承諾と同意を書面にて得ている.
患者は58歳,男性.身長174 cm,体重57 kg,建設作業従事者であった.主訴は腰痛で既往歴として特記事項はなかった.
X−1年10月,解体作業中に3 mの高さから転落し受傷した.第3腰椎圧迫骨折と診断され,入院し1カ月半安静,保存的に治療された.しかし退院後も腰痛が改善しなかった.レントゲン上,偽関節は確認できなかったが,骨癒合不全の可能性も考慮されテリパラチドが投与されたが腰痛は改善しなかった.さらにトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠(トラマドール塩酸塩37.5 mg+アセトアミノフェン325 mg)3錠/日を処方され,安静時痛は改善し睡眠可能となったが,動作時の腰痛のため復職できなかった.神経ブロック治療を目的にX年4月に当科に紹介受診となった.
初診時の症状は,腰部全体に局在不明瞭な鈍痛があった.10分間の歩行や立位の保持で痛みが誘発されたが,下肢痛はなかった.下肢筋力低下はなく,知覚低下やアロディニアも認められなかった.単純レントゲンではL3椎体の圧潰(図1)が認められた.受診時のMRIにてL3は楔型状の変形を呈しており,T2強調脂肪抑制画像でわずかに高信号を示していた.L3/4,L4/5,L5/S1の椎間板の広基性の膨隆と変性があり,L4/5に脊柱管狭窄が認められた.一般採血検査では異常を認めなかった.
単純X線側面像
L3椎体の圧潰を認める.
当科において,内服は前医で処方されたトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠(トラマドール塩酸塩37.5 mg+アセトアミノフェン325 mg)3錠/日を継続した.まずはL3神経根ブロックを施行した.また椎間板性腰痛を疑いL2神経根ブロックを施行したが腰痛の改善はみられなかった.さらに腰痛が増悪したため,X年5月から内服をデュロキセチン20 mg,トラマドール徐放剤100 mgに変更した.仕事は不定期で出かけるが,1日働くとその後2日は痛くて寝込んでしまう状態であった.さらにL3/4硬膜外ブロック,両側腰部交感神経節ブロック,L2/3右洞脊椎神経ブロックを試したが効果が得られず,心理社会的因子の強い慢性腰痛と判断して,X年7月にブロック治療を離脱した.この頃15分程度の歩行で腰痛が強くなり歩けなかった.しかし寝込んでも毎日欠かさず2時間犬の散歩を行うようにしていた.X年10月,労災保険の補償が打ち切られたことをきっかけに復職した.2日勤務した後,腰痛のために2日寝込むサイクルを継続していた.
X+1年3月,痛みが腰部から背部にまで及んで一週間仕事を休まざるを得なくなった.そこでX線透視下にてL3横突起からESP blockを施行した.針は25G 60 mm長のカテラン針を使用し,体位は腹臥位で行った.L3横突起中央部下端を穿刺点とし,横突起下端上に針先が当たるように針を進めた.針先が当たったのちイオヘキソール2 mlを注入し,筋層造影が得られ血管内投与でないことを確認した後,ネオビタカイン® 5 ml,デキサメタゾン1.65 mg,0.5%メピバカイン5 mlを注入した(図2).手技は左右それぞれ行った.1時間の安静時間ののち,下肢筋力に低下のないことを確認し終了した.一連の治療の中で初めて自覚症状が著明に改善し,その後もESP blockを隔週で継続し計8回施行した.デキサメタゾンは最初の2回のみ投与した.また2回目の施行の際に,注入1時間後に脊椎CTを撮影した.その造影像は脊柱起立筋・筋膜に限局していた(図3).X+1年6月には北海道旅行に出かけ,仕事は週4日に増やすことができた.
ESPブロック施行時のX線画像(L3)
ESPブロック後1時間のCT画像
(上段)左からL3レベルの水平断像,右側の矢状断像,左側の矢状断像,L2レベルの水平断像.
(下段)左からL2/3椎体間,L4,L4/5椎体間レベルの水平断像.
造影剤は筋層内のみにとどまり,傍脊椎・神経根・硬膜外の造影はみられない.またL1-L5領域に幅広く拡散している.
本症例は保存的治療のため1カ月半の入院を要しており,筋力低下が腰痛の一因にあったと考えられる.初診時に各種ブロック治療の効果が乏しかったことは,器質的異常の残存だけではなく,心理社会的な問題(労災)により慢性腰痛化していた可能性がある.支持的な診療と運動で腰痛が軽減し復職できた.肉体労働への復職後,腰部から肩甲骨まで走る以前より広範囲の体動時痛が出現した.症状からも復職の期間に筋・筋膜性腰痛を悪化させていた可能性があり,ESP blockが著効したものと考える.
ESP blockは比較的新しい手技で,超音波ガイドで施行され胸部から腹部にかけて広範囲の鎮痛手段として利用されている.椎弓切除術1)や腹腔鏡下胆のう摘出術2)や乳腺手術3)の術後痛に有効であったという報告がある.作用機序は,内肋間膜,外肋間膜上肋間膜に囲まれた傍脊椎腔に薬液が浸潤し脊髄神経の前枝と後枝をブロックすることで効果を得られる経路と,外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の腹筋3層の筋層間を伝い脊髄神経の後枝外側枝をブロックする経路によると考えられている4).過去の報告で献体にTh5から穿刺したESP blockで傍脊椎腔への色素の浸潤が確認されたものがある5).しかし今回施行1時間後のCTで得られた画像では造影剤は脊柱起立筋内にのみ分布し,傍脊椎腔や腹筋層間にはみられなかった(図3).薬剤の分布の差異については下記の2点が原因として考えられる.1点目は献体と生体の違いである.過去の報告は献体に色素を投与して確認したものであり,今回のように生体でかつ造影像が確認できたものは報告されていない.献体は生体より組織間が疎になっている可能性があるため薬液が上肋横突靭帯を経て傍脊椎腔に浸潤しやすい可能性が考えられる.2点目は,色素液は造影剤より粘性が低いため容易に傍脊椎腔へ浸潤した可能性が考えられる.
本症例では造影(図3)で示されるように外側の脊柱起立筋膜に注入薬液が留まり,広範囲の脊椎神経後枝を一度にブロックできたため有効であった可能性がある.
さらに,脊柱起立筋内のみ注入薬液が分布したことは,下肢筋力低下を起こす可能性が低く,ESP blockは外来で施行するうえで安全性が高いと考えられる.穿刺方法についても横突起上の穿刺のため簡単かつ安全で,腹腔内穿刺や血管損傷,神経損傷のリスクを低くすることができる.この手技の安全性は外来でのブロックを主に行うペインクリニックに適しているといえる.本ブロックは超音波ガイド下でもよく施行される手技であるが,実際に薬液がどこに広がるかは不明である.容量の違いや患者によって分布が異なる可能性があり,今後,X線透視下での施行を重ねることにより知見を蓄積する必要がある.
今回,治療抵抗性の慢性腰痛に対してX線透視下ESP blockが有効であった症例を経験した.X線透視下ESP Blockは手技も容易であり,筋膜のみに分布することから安全に施行できた.筋・筋膜性による腰痛が疑われるときは一度試みる価値があると考える.
この論文の要旨は,第48回日本慢性疼痛学会(2019年2月,岐阜)において発表した.