2020 年 27 巻 2 号 p. 172-175
フェンタニル経皮吸収型製剤(8.4 mg/3日)貼付中に発熱し意識レベルが低下し,ナロキソン塩酸塩0.2 mg投与にて意識改善を認めた症例を経験した.60歳男性,血液透析歴34年,透析アミロイドーシス,脊柱管狭窄症による全身痛があった.40.0℃の発熱時に意識レベル(Japan coma scale: JCS,10~20),収縮期血圧60~70 mmHg,呼吸数10回/分の低下を認めナロキソン塩酸塩0.2 mg投与にて速やかに症状改善を認めた.フェンタニル血中濃度は呼吸抑制を引き起こすと報告されている値より低値であったが,ナロキソンで症状改善したためフェンタニルが原因と推測された.
フェンタニル経皮吸収型製剤は体温の影響を受けやすく,体温上昇により経皮吸収量が増加する性質があり,40.0℃以上の発熱時や激しい運動による体温上昇時には注意が必要であるといわれている1,2).今回,フェンタニル経皮吸収型製剤使用中の熱発をきっかけに意識レベルが低下したが,ナロキソン塩酸塩の静脈投与後に速やかに症状改善した症例を経験した.フェンタニル血中濃度を測定3)したので報告する.
患者は60歳,男性.身長159 cm,体重51 kg,慢性腎不全(原因不明)に対して血液透析を34年(3回/週,除水量1.3~1.5 kg)施行しており,透析アミロイドーシス,脊柱管狭窄症による全身痛,下肢痛に対しフェンタニル経皮吸収型製剤8.4 mg/日が使用されていた.中枢神経抑制薬やCYP3A4阻害薬の併用はなかった.背部痛,腹痛に対し当院救急外来を受診した.受診時血液検査でアミラーゼ612 U/ℓ,リパーゼ884 U/ℓ,腹部CT検査にて膵尾部周囲を中心に左腎下極から尾側腎周囲腔の液性変化を認め,重症急性膵炎の診断で集中治療室管理となった.体温は来院時より37.2~38.0℃(膀胱温)であった.腹痛に対し入院2日目に当院ペインクリニック受診となった.受診時の痛みはnumerical rating scale(NRS)10であった.入院中であり末梢静脈路が確保され,痛みが強く不安定であり,投薬量微量調整目的に同日よりフェンタニル経皮吸収型製剤をフェンタニルによるintravenous patient controlled analgesia(IV-PCA,持続投与20 µg/時,ボーラス投与20 µg,ロックアウトタイム10分)に切り替えた.初日はPCAボーラス1~2回/時を使用し,総フェンタニル投与量960~1,440 µg/日であった.翌日からPCAボーラスは使用せず480 µg/日で経過した.入院4日目より疼痛が再燃し,入院8日目からIV-PCA設定変更(持続投与30 µg/時,ボーラス投与30 µg,ロックアウトタイム10分)を行った.突出痛に対しモルヒネ静注5 mg/回を併用し,NRS 3で安定した.初日はPCAボーラス1~2回/時,モルヒネ静注のレスキュー7回/日を使用し,総フェンタニル投与量2,160 µg/日であったが,以降レスキューは1回/日に減り816 µg/日であった.入院18日目よりフェンタニルIV-PCAを中止し,経皮吸収型製剤8.4 mg/3日に切り替えた.貼付部位は胸部であった.入院30日目の早朝6時に急激な体温上昇(膀胱温40.0℃)を認め,カテーテル感染の可能性を疑い,入れ替えを行った.腹痛の訴えもあったが追加投薬はせず経過した.同日12時に意識レベル低下(JCS 10~20),呼び掛けに容易に開眼するが持続せず,数秒で傾眠傾向を示す状態となった.明らかな四肢運動麻痺は認めず,対光反射,眼球運動,口角下垂の脳神経障害所見を認めなかった.収縮期血圧60~70 mmHg,下肢挙上90 mmHg,呼吸数10~12回/分,心拍数100~120回/分を認めた(図1).四肢末梢の温感は認めなかった.経胸心エコー検査では心機能に著変は認めなかった.アルブミン値3.0 g/mlであり12時30分よりアルブミン20% 50 ml製剤を投与し,13時10分よりドパミン塩酸塩0.3% 3 ml/時を投与したが,循環動態が不安定であり15時25分に集中治療室管理となった.オピオイド過量投与の可能性を疑い,16時18分にナロキソン塩酸塩0.2 mg投与を試行した.投与後早期に意識覚醒し,発語および呼吸数(15~20回/分)の改善を認めた.17時15分にフェンタニル経皮吸収型製剤を除去した.翌日は血液透析を施行し,意識レベル,血圧,心拍数,呼吸数に著変を認めなかった.われわれは,意識レベル低下の原因をフェンタニル血中濃度上昇と考えた.発熱2日前の既採血液,当日,1日後,2日後の血液を液体クロマトグラフィー質量分析法にて測定した3).結果は,発熱2日前11時20分値0.63 ng/ml,当日13時30分値0.67 ng/ml,1日後8時00分値0.53 ng/ml,2日後9時00分値0.35 ng/mlであった.明らかなフェンタニル血中濃度の上昇は認めず,呼吸抑制を引き起こすといわれている濃度2 ng/ml以下4)であった.
オピオイド治療の経過とnumerical rating scale(NRS),Japan coma scale(JCS)の変化
□:呼吸数,◇:血圧,△:心拍数,×:体温
*1:960~1,440 µg/日,*2:480 µg/日,*3:2,160 µg/日,*4:816~1,200 µg/日
健康成人(外国人40名)においてフェンタニル経皮吸収型製剤4.2 mg(25 µg/時相当)を0~36時間貼付し,電気パッドで皮膚加温した群と非加温群では血中濃度時間曲線下面積の比較5)は,0~10時間の加温群と非加温群では,加温群が非加温群の約2倍であったが,26~36時間の加温群と非加温群はほぼ同じである2)とする報告がある.しかし,貼付部位の温度上昇によるフェンタニルの吸収量増加の可能性2,6,7)についての報告や,ナロキソン塩酸塩の静脈投与によりオピオイド離脱の症状を呈したとしている報告があり8),貼付時の外部熱源への接触や高温の入浴などを避けることとしている2).
本症例において意識障害の原因を,1)感染による敗血症症状,2)心機能低下,3)フェンタニル血中濃度上昇の観点から考察してみた.
1)まず,右内頸中心静脈カテーテルが感染源となった可能性がある.集中治療室入室時の血液培養検査では,グラム陽性球菌が検出されていたため感染による発熱の可能性がある.炎症反応によりカルシウム受容体機能が障害9)され,オピオイド感受性が上昇したと考えることは可能である.しかし,敗血症診断基準のうち,発熱,心拍数以外に該当する値はなく敗血症症状にまで陥っていたかは不明であり,それによる意識障害の可能性も不明である.また,われわれの知る限りでは,ナロキソン塩酸塩が感染による意識障害を改善したという報告はなく,ナロキソン塩酸塩投与直後に意識レベルが改善したことを説明するのは難しい.
2)次に,本症例は血液透析歴34年の患者であり,心機能が急激に低下し意識レベルの低下をきたした可能性も考えられる.しかし,2日前の血液透析では除水量,血圧の明らかな変化はなく,意識レベル低下時の経胸心エコー検査では,左室・右室機能良好,心電図では正常洞調律であり明らかな原因とは考え難い状況である.
3)入院当初より体温(膀胱温)は37.2~38.0℃であったが,40.0℃に発熱したのは意識障害を認めた日が初めてであった.また,本症例の体温測定は膀胱温であり,皮膚温測定は行っていない.本症例は発熱前日の9時にフェンタニル経皮吸収型製剤(8.4 mg/3日)に貼り替えており,意識レベル低下を認めたのは貼付後27時間後である.オピオイド拮抗薬のナロキソン塩酸塩投与にて速やかに意識障害の改善を認めた状況から,発熱によりフェンタニル経皮吸収量が急激増加し,意識障害を生じた可能性が高いと考えた.これまでの症例報告では血中濃度の測定はないため,われわれは40.0℃熱発前後のフェンタニル血中濃度を測定した.その結果,呼吸抑制を生じると考えられている血中濃度値は得られず,文献上の予測値より遥かに低い値であった.しかし,フェンタニルの血漿蛋白結合率は84.4%と高い薬物である10).血漿蛋白結合率の高い薬物は血漿蛋白濃度の変動により薬物動態に影響が出る可能性が考えられる.本症例では血中フェンタニル濃度は低かったが,血漿アルブミン濃度低下があったため,血中遊離型フェンタニル濃度は上昇し上記症状を生じた可能性がある.
熱発時のフェンタニル貼付剤の慎重投与は添付文書に記載されている事項ではあるが,継続して啓蒙することが不可欠であると考え報告した.とくに低アルブミン血症が存在する場合には,より注意が必要かもしれない.また,貼付剤剥離後も血中濃度低下に時間がかかるため,剥離後も意識,呼吸状態に注意が必要である.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第49回大会(2015年7月,大阪)において発表した.