2020 年 27 巻 4 号 p. 300-303
慢性痛に対しては心理アセスメントが重要視され,時に精神療法も奏効するが,急性痛においては慢性痛のそれに比して重視されることが少ない.今回,身体症状症および関連症群と判明した急性両下肢痛の小児症例を経験した.10歳の女児が身体的に有意な契機なく両下肢痛,歩行困難を自覚し,両膝屈曲不能で車椅子で受診し入院した.各科診察,各種検査で原因不明であった.入院5病日に学校担任教師の面談後,両下肢痛が消失し歩行可能となった.身体症状症および関連症群に分類される短期身体症状症と診断された.心理社会的因子の解消により急激に改善し得る重度急性痛が存在することが判明した.小児急性痛症例でも心理的アプローチが有用である可能性が示された.
社会的環境の多様化により,心理社会的背景が慢性痛に関与する患者を診察する機会が増えている.慢性痛に対しては心理アセスメントが重要視され,時に精神療法も奏効するが,急性痛においては慢性痛のそれに比して重視されることが少ない.小児急性両下肢痛症例が短期身体症状症と判明し,治癒転機に心理的アプローチが有用である可能性が示唆されたため報告する.
報告に先立ち,親権者より書面による症例報告の同意を得た.
症例は10歳7カ月,150.2 cm,41.3 kgの女児で既往歴には4歳時の血管性紫斑病がある.家族構成は配送業の父,パート社員の母,2歳年上の姉の4人家族.入院7日前に母と足つぼマッサージをして遊び,そのころから左足底に痛みを感じ始めた.入院4日前に新学年で学校が始業した.小学校は小規模で学年1クラス(15人)しかないため,学年が上がっても友人関係は変わっていない.今まで登校拒否はない.担任教師は新学年から新たに就任した.毎週通っているフィットネスクラブにも友人が通っているが,そこでの友人関係にも大きな変化はない.入院3日前にフィットネスクラブで常時どおりエクササイズをした.帰宅後に自宅の庭で友人がライターを使って火遊びをし,そこに参加したため小火の共謀者になってしまった.約10畳分の広さで延焼し,消防隊が出動して消火した.同夜から左つま先の痛み,しびれを自覚した.入院2日前に小火の謝罪のため共謀者が関連する3家族で近所に謝罪の訪問をして回った.同日より左下腿以遠の痛み,しびれ,冷感があったが歩行可能だった.入院1日前には両大腿以遠の痛み,しびれ,冷感があり,朝は歩行可能だったが,昼には痛みで泣き始め,歩行困難となり救急外来を受診した.受診時,両下腿に紅斑を認め,紫斑病の再燃が疑われアセトアミノフェンを処方され帰宅した.入院当日朝より腹部全体の痛みも自覚し,小児科外来を車椅子で受診した.両下肢痛で膝屈曲不能で,しびれ,冷感も自覚あり.受診時に紅斑はなく紫斑病は否定的だった.精査加療目的に入院となった.入院1病日,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)が疑われペインクリニック科紹介受診となった.
初診時理学所見:車椅子で受診し,両膝は屈曲しないように台上に伸展して乗せられていた.入院後のトイレ,入眠中いずれも両下肢痛のため膝関節は伸展のままだった.痛みの部位は強い順に左腓腹部,両膝,右腓腹部であった.診察時点での視覚アナログスケールは67 mmで,ズキズキと痛み,しびれを伴うときと伴わないときがあるが,持続性の波のある痛みだった.両側のつま先にしびれを自覚した.アセトアミノフェン400 mg内服で痛みはまったく改善しないと訴えた.膝関節屈曲不能であり,膝蓋腱反射,アキレス腱反射の評価は回避した.下肢動脈拍動は両側膝窩動脈,足背動脈,後脛骨動脈とも良好に触知した.両下肢に知覚異常,浮腫,アロディニア,冷感,チアノーゼ,発汗異常を認めなかった.両側腓腹部に把持による圧痛があったが,腫脹は認めなかった.自覚症状,他覚所見から関節可動域制限以外に臨床用CRPS判定指標に該当するものはなく,同診断には至らなかった1).身体診察が一通り終わったのちに学校のことやフィットネスクラブのこと,好きな食べ物のことなどを話して疎通性を確保した.本人も付添の母親も笑顔で明るく答えてくれた.新学年になったこと,火事未遂共謀者になったことと下肢痛に関連があるかどうか直接本人に尋ねたが,母親と顔を見合わせながら二人とも笑顔のまま,無関係であることが伝えられた.
血液検査:特記事項なし.
画像検査:両足,両膝の単純レントゲンで骨折や骨融解像含む異常所見を認めなかった.サーモグラフィーで両足底の軽度温度低下はあったものの有意な温度低下ではなかった.超音波検査で下肢動静脈に異常所見を認めなかった.
入院後経過:血液検査を含めた内科診察,整形外科診察でも下肢痛の原因は不明だった.入院5病日の18時ごろに新任した学校担任教師が見舞いに訪れた.その直後から膝関節屈曲可能となり,痛みも消失し歩行も可能となった.入院7病日に痛みなく歩行退院となった.身体症状症および関連症群に分類される短期身体症状症の診断となった.のちに電話で学校担任教師から聴取した会話の内容は,患児が登校することを楽しみに待っていること,小火事件に巻き込まれたのは残念だったが,学校担任教師にも失敗の経験があり軽率な失敗は多くの人々が経験すること,そしてお菓子を食べながら楽しく談笑したことであった.
本症例で以下の2点が示された.心理社会的因子の解消により急激に改善し得る重度急性痛が存在することが判明した.また小児急性痛症例でも心理的アプローチが有用である可能性が示された.
従来,痛みの分類には侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,心因性疼痛が用いられてきた.現在は心理社会的疼痛とされる心因性疼痛は,過去にはその診断基準の一つに「既存の身体的検査と治療にもかかわらず6か月以上臨床像の中心を占めている」とあり,慢性痛とならなければ診断されない側面があった2).心因性疼痛はDSM-III(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition)(1980年)で心因性疼痛障害,DSM-IIIR(1987年)で身体表現性疼痛障害,DSM-IV(1994年)やDSM-IV-TR(2000年)では疼痛性障害が精神医学会の診断名としてほぼ同義と考えられてきた.最新のDSM-5(2013年)では身体症状症および関連症群のなかの身体症状症であり,小項目を付記すれば疼痛が主症状の身体症状症が従来の疼痛性障害に該当する.
身体症状症は2013年にDSM-5で紹介され,DSM-IV-TRでは身体表現性障害に分類されていた,身体化障害,鑑別不能型身体表現性障害,疼痛性障害,心気症が含まれる(図1).DSM-IV-TRでの身体表現性障害は,医学的に説明不可能な身体症状を診断基準としていたが,医学的に説明不可能な症候は証明困難で信頼性は低かった.その点,DSM-5での身体症状症はよく知られた一般的な医学的所見により診断できる3).
DSM-IV-TRからDSM-5への変遷
DSM:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders
身体症状症はその診断基準の一つに,「C.身体症状はどれひとつとして持続的に存在していないかもしれないが,症状のある状態は持続している(典型的には6か月以上)」との項目がある.また該当すれば特定する小項目として,「持続性:持続的な経過が,重篤な症状,著しい機能障害,および長期にわたる持続期間(6か月以上)によって特徴づけられる」とある.身体症状症および関連症群の診断分類のいずれも完全には満たさない場合に適用される診断名として,「他の特定される身体症状症および関連症」が用意されている.これには短期病気不安症,過剰な健康関連行動を伴わない病気不安症,想像妊娠と並んで,6カ月未満の短期身体症状症が含まれる4).心因性疼痛の診断に,6カ月以上の臨床経過が求められていた要素を含まずとも診断に至る精神科的診断名を得られる形となる.
われわれが経験した症例は,図らずも学校担任教師の面談という介入により改善した,医学的には説明不可能な身体症状を有し,むしろDSM-IV-TRに回帰して診断に至った.また入院7日前より自覚症状があり,入院5病日に改善,7病日に退院したため,発症から軽快までは長く見積もっても15日間という急性経過をたどった.心理社会的因子の解消により急激に改善し得る重度急性痛が存在することが判明した.
身体症状症および関連症群の治療としておもな医療介入は精神療法である.米国では厳密には医学領域では精神療法,心理学領域では心理療法といわれ,それに対し日本ではカウンセリングを含めて明確に区別しないで混同して用いているのが現状である.学校担任教師は治療の意図はまったくなく面談にあたったので,医療行為つまりは医学的精神療法を行ったとはいえないが,対応が心理療法的であったと推察できる.後日,学校担任教師へ電話で聴取したところ,彼の意図は純粋に患児が学校へ通常どおり登校することを望むのみだった.そのために傾聴し,自分の失敗を例にあげて共感し,相互に理解を示して楽しい雰囲気を醸し出し,受け入れることができた.ロジャーズが提唱した来談者中心療法においては建設的なパーソナリティの変化が起こるための6条件が提示されおり,内部的準拠枠についてのクライエントに伝達される共感的理解が重要視されている5).クライエントがどのような精神病理に陥っているのかの明確な把握や,クライエントの訴えの原因推測のような,クライエントを客観的に外側から理解しようとする意識の集中の仕方を外部的準拠枠という6).これは精神科以外のわれわれ医師が患者を診る際の一般的な視点と同一である.これに対し内部的準拠枠とは,クライエントのいる場所からの世界の見え方・自分自身の見え方をセラピストが共有しようとする活動を指す.クライエントの私的な世界を,あたかも自分自身のものであるかのように感じとり,しかもこの“あたかも…のように”という性格を失わないで,クライエントの怒りや恐怖や混乱を,あたかも自分自身のものであるかのように感じとり,自分の怒りや恐怖や混乱がそのなかに巻き込まれないようにすることである.簡単にいえば,傾聴する,親身になって聞く,であろうが,学校担任教師は,患児の内部的準拠枠について共感的に理解し,これをうまく患児に伝達することができたのであろうと推測される.人間は本来自己存在(理想)に向かって進むものであり,環境がそれを阻害するため自分本来の存在からそれる,だから人間は自己の存在を維持し強化するものしか学ばない,とロジャーズは人間存在を規定している.ここで理想自己(自分が思う理想の自己)と現実自己(自己が置かれている現実)の解離によって心理的不適応が生じる.本症例においても患児は,受け入れられ理解されることで本来の自己と現実を見つめられるようになり,理想自己と現実自己の解離が減少し,心理的不適応が解消されたと推測される.小児急性痛症例でも心理的アプローチが有用である可能性が示された.
今回,身体症状症および関連症群と判明した急性両下肢痛の小児症例を経験した.心理社会的因子の解消により,急激に改善し得る重度急性痛が存在することが判明した.小児急性痛症例でも心理的アプローチが有用である可能性が示された.