日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
症例
胆道ジスキネジアによる難治性腹部内臓痛に対して脊髄刺激療法が有効であった1症例
湊 文昭林 千晴萩原 信太郎林 摩耶上島 賢哉安部 洋一郎
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 28 巻 11 号 p. 235-238

詳細
Abstract

脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)の慢性腹部内臓痛に対する効果は,いまだエビデンスが十分でない.今回われわれは,胆道ジスキネジアによる難治性腹部内臓痛に対してSCSを導入し,疼痛が軽減した症例を経験したので報告する.患者は44歳,女性.右上腹部痛,numerical rating scale(NRS)7.18年前に胆嚢摘出術後に胆道ジスキネジアを発症した.他院で腹腔神経叢ブロックを8回施行したが,次第に効果が減弱し,X年当科を受診した.高周波パルス法による腹腔神経叢ブロックを2回施行するも効果が一時的であったため,SCSを導入した.16極リードを1本使用し,リード先端はTh5上縁に留置した.刺激モードはトニックや1,000 Hzの高頻度刺激を用い,13日間試験刺激を行った.疼痛の軽減とともにオピオイドの使用量も減少した.胆道ジスキネジアなどの内臓神経由来の疼痛はおもに交感神経系が関与している.SCSはその過剰活動性を減弱させる作用があると考えられ,腹部内臓痛に対する治療手段となることが期待される.

I はじめに

脊髄神経刺激療法は神経障害や虚血障害による難治性疼痛に対して,可逆性で安全性の高い治療法である.The British Pain Society1)によれば,①頚椎・腰椎術後疼痛症候群,②複合性局所疼痛症候群,③末梢神経障害性疼痛,④末梢血管障害による疼痛,⑤治療抵抗性の狭心症,⑥外傷/放射線照射後の腕神経叢損傷に対して有効とされているが,内臓痛への効果は言及されていない.

胆道ジスキネジアは,胆嚢・胆管・十二指腸の協調運動失調により胆汁の流出障害をきたし,疼痛や悪心・嘔吐を生じる病態である.これには自律神経系が大きく関わっている2).今回われわれは,胆道ジスキネジアによる難治性腹部内臓痛患者に対してSCSを導入し,良好な結果を得たので報告する.

本症例の報告には書面で患者から同意を得ており,提示すべき利益相反はない.

II 症例

44歳,女性.主訴は右腹部痛.18年前に胆嚢結石症に対し腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行し,直後より右季肋部と腹部の疼痛が出現した.胆道ジスキネジアと診断され,他院で腹腔神経叢ブロックを8回施行したが,効果が徐々に減弱してきたこともありX年に当科に紹介された.初診時,右上腹部に持続する鈍痛,numerical rating scale(NRS)7を訴えたが,圧痛は認めなかった.血液検査ではCRPが0.40 mg/dlと軽度上昇していたが,血算や凝固系に異常はなかった.腹部CTや胸腹部MRIでは明らかな異常はなかった.腹痛に対しては,1日量としてジクロフェナク75 mg,トラマドール125 mg,フェンタニル経皮吸収型製剤4.2 mgとモルヒネ塩酸塩を頓用で30 mg使用していた.その後,当院でパルス高周波法による腹腔神経叢ブロックを2回施行したが効果が一時的であったため,2年後にSCSを導入した.

この時点のNRSスコアは9,疝痛を伴う重苦しい疼痛と表現された.疼痛が原因で抑うつ傾向ではあったが,血液検査では肝機能や炎症反応を含め,明らかな異常はみられなかった.また,医療関係の仕事をしており,SCSに対する理解は良好であった.

SCS試験刺激にはBoston Scientific社の16極リード(InfinionTM CX 16)を1本使用した.Th9/10椎体レベルで硬膜外腔に到達し,リードを正中右側,先端をTh5椎体の上縁に留置した(図1).SCSの効果判定のために13日間の試験刺激を行った.

図1

リード先端はTh5上縁に留置(腹臥位)

試験刺激期間に,トニック刺激(5 Hz,パルス幅300 µs,5.3 mA),バースト刺激(40 Hz,パルス幅1,000 µs,1.5 mA),高頻度刺激(1,000 Hz,パルス幅90 µs,3.1 mA)に加え,トニックとバースト刺激を組み合わせたコンボ刺激(5 Hz,パルス幅400 µs,6.1 mA/80 Hz,パルス幅1,000 µs,2.6 mA)を試みた.なお,コンボ刺激の設定はリード頭側より6,7番目の電極を+:4,5番目を−としてトニック刺激を,5,6,7番目を+:3,4,8番目を−としてバースト刺激を行っており,おもにTh5下縁からTh6上縁にある電極を使用した.

結果,本患者はトニック刺激に対しても心地よさを感じ,SCS療法開始2日目より腹部痛は軽減した.モルヒネも3日後には30 mg/日から10 mg/日に減量できた.退院時にはNRSスコアが9から1に低下し,これに伴い活動量は増加した.また,治療期間中に明らかな合併症はみられず,13日後に刺激リードを抜去,退院した(図2).

図2

腹部内臓痛の推移(NRS)

day1がSCS導入日,day13に抜去,day14に退院.

退院後2カ月より腹部痛が再燃しモルヒネ使用量も再び30 mg/日まで増加したため,7カ月後にBoston Scientific社の8極リード2本を使用し本植込み術を行った.刺激モードはおもにバーストとコンボ刺激を用いた.術直後は創部痛が強かったが,退院後1カ月の腹部痛のNRSは1となりモルヒネは中止できた.6カ月までの経過で疼痛の再燃はなく,トラマドールとジクロフェナクもともに50 mg/日まで減量できた.

III 考察

SCSは脊髄後索を直接刺激することで,①上位中枢の抑制系賦活化,②交感神経活動の抑制,③下行性疼痛抑制系の賦活化,④後角ニューロン過剰興奮抑制に導き,鎮痛効果を示すと考えられているが,厳密な作用機序はいまだ不明である.

難治性腹部内臓痛に対するインターベンショナル治療としては,腹腔神経叢ブロックが広く行われてきた.内臓神経と自律神経は互いに並走しており,腹腔神経叢ブロックにより交感神経活動が抑制されることが,鎮痛効果を示す一因と考えられている.一方でSCSも,Aβ後根神経節内への逆行性伝搬によりcalcitonin gene-related peptide(CGRP)が放出されることで,交感神経活動が抑制されると考えられている3).内臓の血流不足が原因となっている腹部アンギナに対してSCSが効果を示した報告4)があり,CGRPが放出されたことにより末梢微小循環が改善したと考えられる.このことからSCSは内臓交感神経系に対しても同様の効果があると考えられる.

今回,難治性腹部内臓痛患者に対してSCSを導入し,鎮痛効果を認めた.本症例ではトニック刺激とバースト刺激を組み合わせた新しい刺激方法であるコンボ刺激が可能なBoston Scientific社の刺激リードを使用した.胆管にはおもにTh5~9が関与しているため,Th5上縁に16極リードの先端を留置した.

本症例では,疼痛の原因が胆道ジスキネジアに由来していたことも重要な事項である.この疾患は胆嚢,胆嚢管,Oddi括約筋などの胆汁排泄機能の異常によって引き起こされる.この病態にはおもに自律神経失調が関与しており,SCSの交感神経系を調節する効果により胆汁排泄機能が改善し,その結果鎮痛が得られたと推測する.このように硬膜外ブロックや交感神経節ブロック,腹腔神経叢ブロックなどの交感神経活動を抑制する治療が一時的にでも効果を示すことは,SCS療法が有効かどうか見極める大きなポイントである.

近年,腹部内臓痛に対するSCSの効果についての報告が増えている.Kapuralら5)は2010年には慢性膵炎患者26人,癒着や腸間膜虚血による内臓痛の患者9人に対してSCSを導入した.上腹部痛患者ではリード先端をTh5またはTh6椎体レベルに,下腹部痛患者ではTh11またはTh12椎体レベルに留置したところVASスコアが有意に低下し,オピオイド使用量も減少した.また,刺激リードの本数(1~3本)にかかわらず同様の鎮痛効果を認めた.同じくKapuralら6)は2020年に高頻度刺激(10 kHz)の腹部内臓痛に対する有効性と安全性を調べるために多施設前向き研究を行っている.この研究では疼痛の評価だけではなく,患者の満足度,精神的・身体的幸福度,理解力の改善,睡眠の質についても調べておりそれぞれ有意差をもって改善した.また交感神経系抑制による胃腸蠕動の改善が嘔気・嘔吐の減少につながることについても述べられている.SCSを導入した腹部内臓痛の原疾患としては慢性膵炎が多いが,Ranaら7)は過敏性腸症候群,Leeら8)はOddi括約筋機能障害に対して有効であったと報告している.これらの疾患は交感神経系の関与が示唆されており,SCSの良い適応であったと考えられる.

本症例のようにパレステジアを好む場合もあるが,内臓痛は疼痛部位が明確でないことや,交感神経系の異常が関与していることなどから,疼痛部位へのパレステジアは必要性が低く,高頻度刺激やバーストDR刺激のようなパレステジアフリーの刺激方法がより適しているかもしれない.

慢性腹部内臓痛に対する治療には内服薬が必要不可欠であるが,本邦でもしばしばオピオイドが用いられる.しかしながら,オピオイドの有害事象は患者のADLやQOLを損ない,二次的に転倒や認知機能の低下にもつながりかねない9).また,オピオイド乱用に関する問題も世界的なトピックであり,いかに使用量を減らせるかが慢性痛治療の重要なテーマの一つである.Falowskiら10)はバーストDR導入によりオピオイド使用量を減らすことができることを2020年に報告している.これは腹部内臓痛患者においても例外ではなく,SCSが新たな鎮痛法として確立されれば,本症例のようにオピオイド使用量を減らせるかもしれない.さらに,オピオイドにはOddi括約筋収縮作用があるため,減量することで胆汁排泄が促進され,胆道系疾患関連の疼痛はより軽減されうる.

今後はさらなる大規模研究や長期的予後の検討が必要である.

IV 結論

胆道ジスキネジアによる慢性腹部内臓痛に対してSCSが有効であった症例を経験した.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top