日本ペインクリニック学会誌
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症例
不対神経節ブロック後に会陰部痛と吻合部腸管の虚血性腸炎様粘膜が改善した1例
唐澤 祐輝中川 雅之林 摩耶上島 賢哉安部 洋一郎
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2021 年 28 巻 6 号 p. 114-117

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Abstract

会陰部痛の原因疾患はさまざまで治療は確立していない.今回,S状結腸切除術後の会陰部痛患者に対し不対神経節ブロックを行ったところ,会陰部痛が消失し,虚血性腸炎様変化が改善した症例を経験した.症例は48歳男性で,S状結腸切除術7カ月後から排便時に増悪する会陰部痛が出現し,下部内視鏡検査で吻合部から肛門側の虚血性腸炎様変化を認めた.透視下不対神経節ブロック(無水エタノール注入,高周波熱凝固)を施行したところ,治療後徐々に痛みが軽減し,5カ月後に痛みが消失した.痛み消失後の下部内視鏡検査で,虚血性腸炎様粘膜の改善を認めた.不対神経節ブロックによる血流改善効果は過去に報告がないが,本症例では会陰部痛が改善し,ブロック5カ月後時点で腸管血流が改善している可能性が考えられた.

I はじめに

会陰部痛の原因はさまざまで薬物治療に抵抗性であることが多いが,不対神経節ブロックの有効性が報告されている1).しかし非悪性疾患による会陰部痛に関する報告は少なく2),腸管虚血の改善作用は報告されていない.今回,S状結腸切除術後の会陰部痛患者に対し不対神経節ブロックを行い,痛みと虚血性腸炎様粘膜が改善した症例を報告する.

本症例の発表については,所属施設の承認を得ている.

II 症例

患者は48歳の男性で,会陰部痛を主訴に受診した.42歳時に右腎細胞がん切除の既往があった.47歳時にS状結腸がんに対し腹腔鏡下S状結腸切除術を行い,術後7カ月から排便時に増悪する会陰部痛が生じた.前医消化器内科での腹部CTで粗大病変はなく,下部消化管内視鏡でS状結腸吻合部から肛門側に虚血性腸炎様変化(発赤・浮腫・潰瘍)を認めた.炎症性腸疾患など鑑別にあげステロイド注腸されたが,無効だった.オキシコドン徐放錠20 mg/日,ロキソプロフェン,アセトアミノフェンを投与し痛みが軽減したが,さらなる痛みの緩和を目的に当院を紹介受診した.

当院初診時,身体所見では会陰部正中に持続痛を認め,NRS(numerical rating scale)は安静時に3,排便時に5~8だった.血液検査では,BUN 20.3 mg/dl,Cre 1.26 mg/dl,白血球10,200/µlだった.改めて当院でも消化器内科に紹介したが,腸管の虚血性変化以外指摘されなかった.発症時期から手術時の物理的神経障害は考えにくく,画像上その他の神経障害も可能性は低いと考えた.腸管虚血による会陰部痛を疑い,持続的な骨盤内臓器血流改善を目的とし神経破壊薬による不対神経節ブロック(側方アプローチ)を予定した.エタノールを注入できない場合にも高周波熱凝固に切り替えられるよう,ブロック針は21G-144 mmスライター針を用いた.1%メピバカインで局所麻酔後,透視下でスライター針を仙尾関節のやや頭側から刺入し,先端を仙骨中央の表面部分に進めた.50 Hz,0.5 Vで刺激し,再現痛を得た.イオヘキソール少量を造影剤として注入後,2%リドカイン3 mlを注入し,運動麻痺や他部位の知覚低下がないことを確認した.90度120秒の高周波熱凝固後に,無水エタノール0.5 mlを注入した(図1).ブロック直後からNRSは8から3に改善した.その後5カ月で痛みは徐々に軽減し,初診時からのすべての鎮痛薬を中止してもNRSは0となった.不対神経節ブロック5カ月後の下部内視鏡検査で発赤・浮腫は消退,潰瘍は瘢痕化し,虚血性腸炎様変化の改善を認めた(図2).

図1

透視下不対神経節ブロック

図2

不対神経節ブロック前後の下部内視鏡所見

III 考察

会陰部痛の原因となる病態は,婦人科・泌尿器・皮膚・消化器・精神疾患,筋骨格・神経原性など多岐にわたる.不対神経節ブロックは最初に会陰部のがん性痛に対する治療効果が報告1)されて以降,骨盤内や会陰の内臓性痛,交感神経性痛に用いられている2)

不対神経節は交感神経幹末端に位置し(図3),侵害受容線維・交感神経線維を会陰,遠位直腸,肛門周囲,遠位尿道,女性の外陰部/男性の陰嚢,膣遠位1/3に供給する3,4).したがって,不対神経節ブロックが考慮される疾患は多様である.悪性疾患では子宮頚部・S状結腸・直腸など骨盤内病変に伴う会陰部痛,尾骨痛が多く報告されている.一方非悪性疾患では特発性会陰部痛・尾骨痛・慢性前立腺炎・慢性肛門痛・慢性直腸炎などが報告されているが,小規模の報告のみで適応疾患は確立していない2).われわれが検索した限り,S状結腸の非悪性虚血性変化に対する不対神経節ブロックの使用報告はない.

図3

不対神経節ブロックの解剖

交感神経ブロックは,交感神経の関与する内臓由来の痛みを改善するとされてきた.例えば,膵がんの上腹部痛に対し腹腔神経叢ブロックが有効という信頼性の高い報告がある5).会陰部痛では,小規模の報告だがS状結腸がんの痛みに対する不対神経節ブロックの有効性が示唆されている6).会陰部交感神経節と感覚神経との連絡が示されており7),従来から報告されている不対神経節ブロックの鎮痛機序は交感神経のほか,一部の感覚神経も同時に遮断されることも関与している可能性がある.

交感神経ブロックのもう一つの効果として,血流改善が考えられる.腰部交感神経節ブロックは下肢虚血性潰瘍症例で痛みを軽減し潰瘍治癒を促進した報告8)があるが,不対神経節ブロックの血流改善効果は過去に報告がない.結腸切除術後に吻合部腸管に虚血が生じることは過去にも報告されており9),本症例も下部内視鏡所見から腸管虚血が存在していたと考えられる.今回,不対神経節ブロック施行5カ月後に虚血性腸炎様変化が改善していることが確認できた.交感神経性血管収縮線維はとくに細動脈に多く分布し,不対神経節遮断は支配領域の骨盤内臓器の血流を増加させる可能性がある.

本症例では,排便時に増悪していた会陰部痛がブロック直後から軽減した.排便時は副交感神経優位となるが10),一定以上のいきみ圧では筋の交感神経活動増加が報告されている11).排便時に交感神経が興奮することで腸管血流が一時的に低下し,痛みを増強させた可能性がある.

会陰部痛には陰部神経,S3神経根など感覚神経のブロックも用いられるが,本症例では虚血の関与した痛みを疑い,交感神経遮断を選択した.過去の報告では会陰部痛に対する交感神経遮断として,不対神経節ブロックのほかに上下腹神経叢ブロック,下腸間膜動脈神経叢ブロックなどが行われているが,規模の大きい研究は骨盤内悪性腫瘍を対象としている1,12,13).上下腹神経叢ブロックは,非悪性疾患に関しては子宮内膜症や一過性直腸痛などの症例報告のみである14).下腸間膜動脈神経叢ブロックは報告自体少なく,腹腔神経叢ブロックや上下腹神経叢ブロックと併用されているため単独での効果は不明である13).不対神経節ブロックにおける神経破壊方法としてはエタノール注入,高周波熱凝固が知られている.テストブロックで造影剤・局所麻酔薬が陰部神経叢や尾骨神経叢近傍まで広がっていなければ,エタノール注入の方が高周波熱凝固より広範囲に有効と考えられる.過去の報告ではエタノールは1 ml以上注入されているが,本症例では造影剤がやや腹側に分布したため,0.5 mlに減量した.検索した限り,エタノールと高周波熱凝固の併用で効果が増強するという報告はないが,エタノール注入量を減量した点を踏まえ,今回は高周波熱凝固を併用した.

大腸の交感神経支配は,近位大腸では腹腔神経叢からの入力が多い一方,遠位大腸ではより尾側の下腹神経叢や上下腸間膜動脈神経叢からの入力が多いという報告15)があるが,不対神経節については述べられていない.本症例の鎮痛効果が交感神経遮断によるものであるならば,下腹神経叢ブロックや下腸間膜動脈神経叢ブロックも有効であった可能性がある.それぞれのブロックや併用の有効性について,さらなる検討が必要である.

IV 結語

不対神経節ブロックにより,S状結腸切除術後の慢性会陰部痛が改善した.不対神経節ブロック5カ月後に吻合部腸管虚血所見が改善した.

この論文の要旨は,第49回日本慢性疼痛学会(2020年7月,Web開催)において発表した.

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