日本ペインクリニック学会誌
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症例
デュロキセチン内服中に褐色細胞腫との鑑別を要する高血圧が生じた1症例
松岡 豊天谷 文昌
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2022 年 29 巻 3 号 p. 27-30

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Abstract

三環系抗うつ薬やモノアミンオキシダーゼ阻害剤は血中のカテコラミン上昇に伴う薬剤誘発性高血圧症を発症しうる.セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤であるデュロキセチン内服中に高血圧症を呈し,褐色細胞腫との鑑別が必要となった症例を経験したので報告する.【症例】57歳男性.右上肢CRPSに対し6年前よりデュロキセチンを内服していた.高血圧が指摘され近医で降圧薬が開始された.24時間蓄尿カテコラミン値が高値を示し,CT検査では左副腎に1 cm大の腫瘤が指摘され,褐色細胞腫が疑われた.一方,MIBGシンチグラフィ検査で有意な集積を認めず,MRI検査で非機能性副腎腺腫と診断された.腫瘤サイズが小さく褐色細胞腫の可能性も否定しきれず,経過観察となった.頭痛・顔面蒼白・冷汗などの発作症状を以前より認めており,デュロキセチンのノルアドレナリン再取り込み抑制作用による血中・尿中カテコラミン値上昇の可能性が考えられた.【結語】本症例では副腎に小腫瘤が指摘され,高血圧の原因として褐色細胞腫との鑑別を必要とした.

I はじめに

ペインクリニック外来において,デュロキセチンは多くの症例に投与される薬剤である.デュロキセチンはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor:SNRI)として,神経終末に放出されたノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで,下行性疼痛抑制系を賦活化し鎮痛効果を発揮する.神経障害性疼痛に有用で第一選択薬として使用されることが多く,わが国では糖尿病性神経障害,線維筋痛症,慢性腰痛症,変形性関節症に適応症を有する.副作用に嘔気,眠気,口渇などが広く知られており,それら副作用への対処が時として必要とされる1)

SNRIは痛みの治療に広く用いられている他に,精神科外来でも向精神薬としても処方される.シナプス間隙でのノルアドレナリンの再取り込みを阻害し,濃度を上昇させることで神経伝達に影響を及ぼすが,血中カテコラミン濃度に作用しそれによると考えられる症状をきたした症例が精神科領域でいくつか報告されている2,3)

今回,われわれはデュロキセチン内服中に高血圧症状を呈し,尿中カテコラミン代謝産物値が高値であった症例を経験した.精査の過程で褐色細胞腫との鑑別を要したので報告する.

本報告に対しては患者から書面で同意を得た.

II 症例

57歳,男性.身長164 cm,体重80 kg.

現病歴:患者はX−7年に右手のしびれと痛みを自覚し,他院にて手根管症候群と診断され,手根管開放術を受けた.術後より右手の痛み,腫脹,関節拘縮が出現・持続し,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)の疑いでX−7年に当院に紹介された.当院初診時VAS 43 mmの疼痛強度で,交感神経依存性疼痛の要素があり,星状神経節ブロック・胸部交感神経節ブロックを複数回施行した.その後の診療の流れでCRPSと診断した.両ブロックは右手のしびれと痛みの症状に対しての効果は一時的であった.内服加療としてまずプレガバリン,トラマドールを導入したが眠気,吐き気の副作用で続かなかった.X−6年よりデュロキセチンを20 mg/日で開始し,その2週間後より40 mg/日に増量した.デュロキセチン導入後に効果を認め,同量で継続していた.その後の症状の変動に合わせて,X−5年よりプレガバリンを再導入し75 mg/日で継続,トラマドールも再導入し225 mg/日で併用していた.なお,X−6年からX−5年にかけて一時期ツムラ治打撲一方を内服していた.

経 過:患者は毎年の健康診断では血圧120/80 mmHg程度で高血圧は指摘されていなかった.X年の当院受診時に高血圧(血圧170/110 mmHg)があり,近医を紹介受診した.家庭血圧でも170/100 mmHgと高値が続き,降圧薬(カルシウム拮抗薬;シルニジピン2.5 mg)の内服を開始した.血圧は徐々に120/80 mmHg程度に安定していった.高血圧に対する精査として随時尿ノルメタネフリン(クレアチニン補正)値を測定したところ,0.52 mg/g・Cr(正常値:0.5 mg/g・Cr未満)と高値を示し,また腹部単純CT検査で左副腎に結節影を認めた(図1).

図1

副腎CT画像

左副腎に1 cm大の結節影を認める(白矢印).

褐色細胞腫が疑われ内分泌内科での精査が行われた.24時間蓄尿ノルアドレナリン・ノルメタネフリン値は2回測定したが,2回とも正常上限値の3倍近くの高値(尿中ノルアドレナリン値:476.5,347.1 µg/日〈正常値:31.0~160.0 µg/日〉,尿中ノルメタネフリン値:0.74,0.75 µg/日〈正常値:0.10~0.28 µg/日〉)であった.I123-MIBGシンチグラフィ検査では有意な集積はなかった.副腎MRI検査では脂肪抑制画像で低信号であり,皮質腺腫を疑う所見であった.これらの画像所見から非機能性副腎腺腫の可能性が高いと判断され,経過観察の方針となった.なお原発性アルドステロン症についても精査されたが否定された.詳細な病歴聴取の結果,空腹時の気分不良・嘔気・冷や汗・顔面蒼白・あくび・頭痛などのカテコラミン分泌の急激な増加を疑う発作症状(高血圧症状)がX−6年前より10日~1カ月ごとに生じていたことが明らかになった.

高血圧症状,尿中カテコラミン高値にデュロキセチンが関与している可能性を内科から指摘された.CRPSによる疼痛症状が落ち着いていることからデュロキセチンの減量を試みた.完全な休薬は困難であったため20 mg/日に減量したが,随時尿ノルメタネフリン値は減少しなかった(0.74 mg/g・Cr).高血圧および高血圧症状は降圧薬内服で良好にコントロールされており,半年後に撮像されたCT検査でも左副腎の結節影の大きさに変化はなかった.デュロキセチンの影響による尿中カテコラミン高値の可能性を考え慎重に経過観察している.

III 考察

デュロキセチン内服中の患者に生じた高血圧の精査として,尿中カテコラミン代謝産物値が高値であったため,褐色細胞腫の関与が疑われ精査が開始された.褐色細胞腫の診断は診療アルゴリズム4)に沿って行われ,本症例もこれに従った.随時尿中のノルメタネフリン値で高値を認めた場合,24時間蓄尿中のノルアドレナリン・メタネフリン値で機能診断され,正常上限の3倍以上の値は異常とされる.画像検査では,副腎腫瘍もしくはパラガングリオーマの検索がCT・MRI・I123-MIBGシンチグラフィ検査で施行され,診断が確定する.本症例ではCT検査で副腎に偶発腫瘍が検出されたことから,より精密な検査としてMRI・シンチグラフィ検査が施行された.結果として褐色細胞腫の可能性は低いことが判明した.

次いで尿中カテコラミン値に影響しうる薬剤,食品について検討した.診療ガイドライン4)では尿中カテコラミン値に影響しうる薬剤として三環系抗うつ薬やパーキンソン病治療薬(レボドパ)など多くの向精神薬,エタノール,アンフェタミン,メトクロプラミドが挙げられ,食品としてカフェイン含有のコーヒー,バナナ,柑橘類,バニラ,チラミン含有のチーズ,赤ワインなどが挙げられている.これらの薬剤の摂取,また食品の過剰摂取は本患者では見られなかったが,内服中のデュロキセチンのノルアドレナリン再取り込み阻害作用によって血中・尿中カテコラミン値に影響を及ぼす可能性が内科から指摘された.

デュロキセチンは副作用として口渇,眠気,嘔気などを生じることがあるものの,神経障害性疼痛に限らず,うつ病,不安障害などに対する治療効果があるとして臨床的に有用と結論づけられている5).心血管系の副作用として,高血圧,心筋梗塞,一過性脳虚血発作(TIA),頻脈性心房細動,脳血管系イベントが報告されている6).デュロキセチンを治療に用いられる用量以上で使用した際の心血管系への影響を検証した研究結果では,収縮期血圧が12 mmHg,拡張期血圧が7 mmHg上昇すると報告されており7),デュロキセチンの投与は少なからず心血管系に影響を与えるものと推察される.

デュロキセチンが血中カテコラミン値に影響したと考えられるいくつかの報告がある.60代女性がデュロキセチンを開始2日後に高血圧に由来する症状を呈して救急受診し,デュロキセチンの中止および降圧治療によって改善した症例2)や,50代の女性がデュロキセチンを40 mg/日に増量した1週間後に胸痛,発汗,軽度の呼吸困難を訴え,たこつぼ心筋症と診断された症例などがある.50代女性の症例では血漿ノルアドレナリン値は1,864 pg/ml(正常値:399 pg/ml以下)と高値であり,デュロキセチン中止24時間後にノルアドレナリン値は568 pg/mlに減少した3).デュロキセチンはノルアドレナリンの再取り込み阻害薬であり,その増加したノルアドレナリンが血管平滑筋アドレナリン受容体に作用して血管平滑筋の収縮作用をきたしたと考えられる8)

本症例でもデュロキセチンが高血圧症状の原因となっている可能性を考慮し,デュロキセチンの休薬を試みた.減薬に従ってCRPS症状が強くなり,実際に中止にすることは困難であった.高血圧症状とデュロキセチンとの明確な因果関係を示すことはできず,尿中カテコラミン高値の原因も確定することはできなかった.

本症例の患者はデュロキセチンの他にトラマドールを服用している.トラマドールのノルアドレナリン再取り込み阻害作用は,デュロキセチンと比較すると数百倍~千倍程度弱いため,同薬剤による血中カテコラミン値への影響は限定的であると考えられる9)

本症例では,デュロキセチンと尿中カテコラミン高値および高血圧症状との関係を直接的に示すことはできなかったが,デュロキセチンのSNRIとしての機序を考慮すると,デュロキセチンがこれらの有害事象と関連している可能性が極めて高いと考えられる.

IV まとめ

高血圧精査として褐色細胞腫疑いで各種精査が施行され,結果的にデュロキセチンの関与が疑われた症例を経験した.痛みの治療に広く用いられている薬剤により,薬剤誘発性高血圧症を発症しうることを念頭において診療する必要がある.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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