日本ペインクリニック学会誌
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症例
亜急性期帯状疱疹痛に対して脊髄刺激装置植込み術に至った1症例
岩崎 洋平恒遠 剛示岡田 文明森山 萬秀
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2022 年 29 巻 3 号 p. 31-35

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Abstract

患者は70歳代男性.上肢帯状疱疹痛を発症後に複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)症候,筋力低下を認め,紹介受診となった.持続硬膜外ブロックは効果不十分で,発症40日目から一時的脊髄刺激療法(temporary spinal cord stimulation:t-SCS)を13日間施行した.リード抜去後早期に疼痛再燃したため,発症60日目で脊髄刺激装置植込み術を施行した.その後は疼痛増悪なくリハビリテーションを継続できた.t-SCS後の電気生理検査では尺骨神経のF波は消失していたが,植込み術後8カ月目にはF波の出現を認めた.早急に植込み術まで施行しリハビリテーションを継続したことで機能予後が改善したと考えられた.CRPS症候や運動神経麻痺を合併する重症例で,t-SCSが著効するもののリード抜去後早期に疼痛再燃する場合には,積極的に脊髄刺激装置植込み術を検討すべきと考える.

I はじめに

亜急性期の帯状疱疹痛に対する一時的脊髄刺激療法(temporary spinal cord stimulation:t-SCS)は,神経ブロック療法より有効な鎮痛効果が得られる症例を多く経験し,その報告も散見される.しかし重症例では疼痛が再燃するケースもあり,当科では脊髄刺激装置植込み術に至るケースも少なくない.今回,重症上肢帯状疱疹痛でt-SCSでは寛解せず発症後2カ月で脊髄刺激装置植込み術に至り,良好な結果を得た症例を経験したので報告する.

本症例報告については,患者本人の書面による承諾を得ている.

II 症例

患者は70歳代男性.X年Y月3日に左上肢帯状疱疹を発症した.近医皮膚科でアシクロビル,ファムシクロビル,プレガバリン,アセトアミノフェンを処方されたが疼痛が持続したため,Y月7日に他院ペインクリニックに紹介となった.神経根ブロック,腕神経叢ブロックを複数回施行されたが症状改善せず,当科紹介受診となった.

初診時現症(28日病日):主にC7領域と一部C8領域に数値評価スケール値(numerical rating scale:NRS)9の強い自発痛を認めた.患部は腫脹し,知覚低下とアロディニアを認め,臨床用complex regional pain syndrome(以下,CRPS)の判定指標1)を満たしていた.wind-up現象は認めなかった.関節可動域制限ならびに筋力低下を認めた.

治療経過:コデインリン酸塩酸1% 6 g内服は無効で,硬膜外ブロックでNRS 9から3に改善した.31病日から入院加療とし,X線透視下にTh2/3椎間より硬膜外カテーテルを挿入しC7まで造影剤の広がりを確認した後,持続硬膜外ブロック(continuous epidural block:CEB)を開始した.しかし0.25%ブピバカイン2 ml/hではNRS 5~6,0.5%ブピバカイン2 ml/hではNRS 4~5までの軽減にとどまり,痛みのためリハビリテーションは開始できなかった.

神経ブロック療法での寛解は困難と判断し,40病日からt-SCSを開始した(図1).刺激装置はリードに8極の刺激装置が装着されたシングルリード(プレジションTMプラスSCSシステム,ボストン・サイエンティフィックジャパン社)を使用した.刺激設定はamplitude 3.1 mA,pulse width 140 µs,rate 200 Hzの高頻度トニック刺激にて,頭側より2番目と3番目の電極を+,1番目と5番目,6番目を−に設定した.術直後よりNRS 0~1となり高濃度局所麻酔薬より鎮痛効果を上回ったため,翌日からCEBを終了しリハビリテーションを開始した.リハビリテーション開始時の理学所見は,左2~4指の位置覚異常あり(正答率50%),左示指DIP関節屈曲40°,PIP,MP関節屈曲0°で,母指・示指対立筋力0 kg,握力0 kgであった.t-SCSを中断すると数時間でNRS 4に増悪したため,デュロキセチン40 mgを開始した.開始13日目にリード抜去し,退院となった(退院時NRS 1).退院時の理学所見は位置覚テストは正答率80%,左示指DIP屈曲40°,PIP 85°,MP 70°と可動域改善を認めたが,MMT 2~3,母指・示指対立筋力1 kg,握力0 kgのままであった.退院時に他院で行った電気生理検査では,正中および尺骨神経が運動神経伝導検査で振幅低下と時間的分散を認めた.橈骨神経浅枝(知覚神経)は導出されなかった.また尺骨神経のF波の出現率は0%で,脊髄前根後根も含めた根症状と脊髄前角の障害が示唆された(図2).退院後早期にNRS 7~8と痛みが再燃したため,60病日に脊髄刺激装置植込み術を施行した(図3).植込み後の複雑な刺激パターンにも対応できるようにデュアルリードとした.術直後から痛みはNRS 1と軽減し,68病日に退院となった.

図1

一時的脊髄刺激療法(t-SCS)

図2

t-SCS後の神経伝導検査,F波発現率0/16(0%)

図3

脊髄刺激装置植込み術

退院後経過:退院後は痛みの増悪なくリハビリテーションを継続できた.術後2週間で左示指の能動屈曲も可動域制限が回復し,3カ月目にはデュロキセチンを中止できた.8カ月目の電気生理検査ではF波の出現率が改善し(15/16),正中および尺骨神経の振幅の増大を認め(図4),橈骨神経浅枝も導出された.11カ月後には握力17 kgで就労を再開することができた.

図4

刺激装置植込み術後8カ月の神経伝導検査,F波発現率15/16(94%)

III 考察

帯状疱疹による運動神経麻痺の頻度は5~30%とされ,Ramsay-Hunt症候群,外眼筋麻痺などの脳神経麻痺がよく知られている.体幹や四肢などの脊髄神経における運動神経麻痺の頻度は1.5~5%と少ないが2,3),四肢レベルではADLに及ぼす影響が大きいため,機能予後の改善目的に発症早期から除痛しリハビリテーションを継続させることが大切である.本症例は神経障害性疼痛ガイドラインで推奨されているプレガバリン,デュロキセチンは無効で,CEBでも除痛困難や自動運動制限のためリハビリテーションが開始できなかった.また,尿閉や血圧低下などの合併症から治療継続が困難な症例もある.SCSは運動神経遮断がなく,尿閉や交感神経遮断による血圧低下を合併しないため,リハビリテーションがより重要な症例ではCEBよりも有利と考えられた.

当科の急性期帯状疱疹痛に対する治療方針とSCSの適応について述べる.特に禁忌がなければ薬物療法に神経ブロック療法を併用する.頭頚部から上肢は超音波ガイド下神経根ブロックを行い効果が限定的な場合は硬膜外ブロックを施行し,体幹から下肢は硬膜外ブロックで鎮痛効果を確認する.帯状疱疹後神経痛への移行リスクが高いと考える症例(年齢,患部の感覚低下,睡眠障害,皮疹の集簇性などから判断)や運動機能障害を呈する患者などでは積極的に入院下でCEBを施行する(原則1週間をめど).CEB終了後に痛みが再燃する場合はSCSを検討する.

森山は胸部神経領域の亜急性期の帯状疱疹痛に対するt-SCSはCEBより著効し,短期間で痛みが寛解することを報告した4).また発症6カ月以内の帯状疱疹痛に対するt-SCSで著効を得たとする報告も散見される5,6).しかし本症例のように,亜急性期の帯状疱疹痛に対するt-SCSから早期に植込み術に至った報告は見当たらない.今回t-SCSは著効するものの寛解せず早期に植込み術を施行したが,疼痛制御下にリハビリテーションを継続したことで患指の運動機能の回復が得られたと考える.SCSは植込み術であっても低侵襲であり,可逆的な治療法である.t-SCSが著効したもののリード抜去後早期に痛みが再燃する場合は,不可逆的な帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)への移行を抑止するためにも植込み術を積極的に検討すべきと考える.

本症例は電気生理検査で運動機能評価を施行した.F波とは運動神経伝導検査で複合筋活動電位計測の際に,M波に続いて一時の潜時を置いて記録される小さな電位である.逆行性インパルスにより脊髄前角運動ニューロンが発火し,順行性インパルスを生じた結果もたらされると考えられており,主に脊髄症や神経根症の評価に用いられる7).帯状疱疹患者の運動障害は診断が難しい場合が多く,電気生理検査は鑑別に有用であった.

IV まとめ

CRPS症候を合併した重症上肢帯状疱疹痛の疼痛管理を経験した.t-SCSはCEBより効果的であったが,抜去後早期に痛みは再燃した.より早期に植込み術まで施行しリハビリテーションを継続することで,患指の運動機能はほぼ回復した.CRPS症候や運動神経麻痺を合併する重症例で,t-SCSが著効するもののリード抜去後早期に痛みが再燃する場合は,植込み術も積極的に検討すべきと考えられた.

なお,本邦の現行の保険診療ではSCSの適応は慢性難治性疼痛となっており,発症3カ月以内の施行は査定の対象となり得るが,重度帯状疱疹痛へのPHNへの移行抑止効果は高く,今後の適応拡大を期待したい.

この論文の要旨は,第47回日本慢性疼痛学会(2018年2月,大阪)において発表した.

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