日本ペインクリニック学会誌
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症例
治療抵抗性の重度Bell麻痺に鍼灸治療を行い麻痺の改善が見られた1症例
玉井 秀明堀田 訓久瀧澤 裕後藤 卓子丹羽 康則平 幸輝
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2023 年 30 巻 1 号 p. 1-4

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Abstract

Bell麻痺の多くは予後良好であるが,治療に難渋する患者をしばしば経験する.今回,発症後2カ月間の治療で全く改善の見られなかった重度Bell麻痺の患者に対して鍼灸治療を行い,麻痺の改善を認めた症例を経験したので報告する.症例は67歳の女性.Bell麻痺の発症当日からステロイドが投与されたが,発症1カ月後の麻痺スコアは,柳原40点法で0点と重度であった.麻酔科を受診し,星状神経節ブロック(SGB)およびsilver spike point(SSP)療法を9回施行したが,麻痺の改善が全く見られなかったため,発症2カ月後から鍼治療および自宅での自己施灸を開始した.鍼治療は1~3週間に1回の頻度で実施し,自宅施灸はほぼ毎日行った.その後,麻痺は徐々に改善し,発症7カ月後の麻痺スコアは22点となった.薬物療法や神経ブロックで治療効果が得られなかったBell麻痺に対して,鍼灸で改善した症例を経験した.鍼灸治療は合併症リスクが低く,慢性の病態に対して長期間継続可能であり,自己施灸も利便性が高いことから,ペインクリニック診療で難渋するBell麻痺に対して考慮すべき治療法の一つと考えられた.

Translated Abstract

We present a severe case of treatment-resistant Bell's palsy that improved after long-term acupuncture and moxibustion treatment. The patient was a 67-year-old woman with Bell's palsy. Despite receiving steroid therapy for one month, her paralysis score was 0 on the Yanagihara 40-point system. She was referred to the Anesthesiology Department and underwent stellate ganglion block and SSP therapy nine times. Since her paralysis did not improve, acupuncture was performed once every one to three weeks. Further, she self-administered moxibustion at home almost every day. Her paralysis gradually improved, and her paralysis score rose to 22 after seven months of treatment. This case report highlights that acupuncture and moxibustion may be used to manage refractory Bell's palsy due to its low risk of complications, long continuity for chronic conditions, and convenience.

I はじめに

末梢性顔面神経麻痺であるBell麻痺は多くの場合予後良好である1)が,治療に難渋する患者を経験することがある.Bell麻痺の標準的な治療法として,早期のステロイド投与が行われているが,それ以外の治療法については明確なエビデンスが得られていないのが現状である2).鍼治療についても治療効果を解析したシステマティックレビューが数年ごとに報告されており,期待の高さがうかがえるが,エビデンスレベルの高い臨床研究が少なく結論は出ていない35).今回,治療抵抗性の重度Bell麻痺に対して,早期のステロイド投与と星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を実施した後に,鍼治療と自宅施灸を5カ月間行い麻痺の改善を認めた症例を経験した.これまでに,医療機関での鍼治療と自宅施灸を併用して,長期治療を実施した報告は見あたらない612).自宅施灸の継続にあたっては,患者の意欲の持続が重要と考え,説明・指導とともに,実施状況の確認と意欲の維持に努めた.それらを踏まえ,今回施行した鍼灸治療の内容およびペインクリニック診療で鍼灸治療と連携する方略について,文献的考察を加え報告する.

なお,本報告を行うにあたり,患者本人からの同意を得ている.

II 症例

67歳の女性.X年5月,左顔面の麻痺を自覚し,近医脳神経外科を受診して末梢性顔面神経麻痺と診断された.ステロイドを4週間内服しても症状に改善が見られず,発症1カ月後に当科を紹介受診した.既往歴に左下肢血栓性静脈炎,帯状疱疹,両側白内障手術があった.生活歴として飲酒歴および喫煙歴はなく,薬剤および食物アレルギーはなかった.当科初診時の柳原40点法による麻痺スコアは0点であった.SGBとsilver spike point(SSP)療法を週3回の頻度で計9回実施したほかに,やけどしない程度の熱い湯をかけてしぼったタオルを患部に5~10分間あてる温熱療法と,患部の前頭筋,眼輪筋,頬骨筋,口輪筋などに手指を用いて揉捏や伸張を行う表情筋マッサージを指導したが,麻痺スコアは0点のままで,麻痺の改善を認めなかった.そのため,初診21日後(発症54日後)から麻酔科外来で鍼灸治療を開始し,温熱療法と表情筋マッサージを継続した.

鍼治療は顔面局所の状態を改善するための基本治療として,患側表情筋および顔面神経上に位置する経穴と,顔面部につながっているとされる上下肢の経穴を使用し(図1),併せて東洋医学的全身調整のために頚部・上下肢の数箇所の経穴を適宜用いた.使用鍼はステンレス製ディスポーザブル鍼(セイリン社製,直径0.16もしくは0.20 mm,鍼長40.0 mm)を使用した.治療は約15分間の置鍼を行い,1~3週間に1回の頻度で8カ月間,計27回行った.また,セルフケアとしての温熱療法と表情筋マッサージに加え,自宅施灸を指導した.自宅施灸にはせんねん灸(セネファ社製,レギュラータイプ)を使用し,上肢と下肢の経穴への施灸を1日1回実施するように指導した.回復を促すためのセルフケア継続の重要性を事前に説明し,自宅施灸を継続していることを診察時に確認して患者の意欲の維持に努めた.患者はほぼ毎日施灸に取り組んだ.

図1

使用した共通治療経穴

文献7)を参考に作成.

初回の鍼治療後に「少し左口のしまりが良くなった気がする」といった自覚症状の変化があり,3週間後には,閉眼や頬の膨らませなどの動きが見られるようになった.約2カ月後から,額のしわ寄せや「へ」の字の動きなども見られるようになり,徐々に顔面左右の非対称性,眼周囲,口周囲の動きが改善し,鍼灸治療開始から5カ月後の麻痺スコアは22点まで回復した(図2).また,夏場に感じていた下肢の冷えも感じなくなり,麻痺だけでなく全身的な体調改善効果により治療に対する安心感が得られ,その結果,自宅施灸を継続できた.鍼治療および自宅施灸による有害事象は見られず,治療を安全に実施することができた.

図2

治療経過

III 考察

本症例はBell麻痺の発症当日からステロイド投与を行われていたが,発症1カ月後の麻痺スコアは0点の重症例であった.麻酔科外来でSGBおよびSSP療法を行ったが,治療抵抗性であり,発症2カ月後から鍼治療および自宅施灸を8カ月間行い,発症7カ月後の麻痺スコアは22点まで改善した(図2).

重度のBell麻痺患者に対する鍼灸治療の効果に関して,有効性を示唆する過去の報告がいくつかみられる6,7).本症例は発症2カ月後に麻痺スコア0点であった麻痺が,発症7カ月後に22点まで回復しており,これまでの報告からみても回復の程度に遜色はみられず,自宅施灸を加えたセルフケアの有効性がうかがえた6,7).これらの報告では,週1~2回の鍼治療が行われていた6,7)が,本症例の通院頻度は1~3週間に1回であったことから,限られた治療回数で鍼灸治療効果を高める目的で自宅施灸を取り入れた.導入にあたり,患者の意欲の持続が重要と考え,必要な説明・指導・確認・賞賛を行った.その過程で,患者自身の自宅施灸に対する肯定感が高まったことが意欲の向上と継続につながった.今回,鍼治療の来院頻度が少なかったことは,患者の身体的・心理的・時間的・経済的負担の軽減につながったと考えられる.また,本症例の経過は自宅施灸の併用による新しい治療方式の可能性を示唆するものと考えられた7,10)

鍼灸治療を開始するタイミングとして,30日以内に開始すると治療効果が高い可能性が報告されている6,13,14).また,治療開始時期が遅れた場合でも,発症6カ月までは回復が得られやすいとの報告があり,6カ月以内の治療開始が望ましいと考えられる9,14).発症から1年以上経過した場合は,麻痺の改善はあまり見込めないが,病的共同運動や拘縮などの後遺症の改善,QOLの向上に寄与できる可能性がある9,15,16)

Bell麻痺に対する鍼灸治療の効果と安全性に関するエビデンスの確立には,今後の質の高い研究報告が待たれるが,ペインクリニック診療において,鍼灸治療と連携する際には以下の方略が考えられる.Bell麻痺と診断したら,早期のステロイド投与が重要である.SGBによる虚血の改善,浮腫の消退,抗炎症効果は,微小循環の障害を抑え,神経再生を促進させる可能性があるが,直接効果は証明されていないので,リスク・ベネフィットを考慮したうえで適応を判断する17).SGBの合併症リスクを考えると,麻痺の改善が見られない患者に長期間実施するのは一般的でない.また,出血リスクの高い患者にSGBは禁忌である.一方,鍼灸治療は合併症リスクが低く,慢性の病態に対して長期間継続可能であり,自己施灸も利便性が高く毎日実施できるのが利点である6,13).ペインクリニック診療で難渋するBell麻痺に対しては考慮すべき治療法の一つと考えられる.

IV まとめ

治療抵抗性の重度Bell麻痺患者に鍼治療と自宅施灸を行い,治療開始後から症状の改善が見られた1例を経験した.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

文献
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