日本ペインクリニック学会誌
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症例
結核性脊椎炎による脊椎変形が基礎にありスポーツ外傷を契機として脳脊髄液漏出が生じた1症例
林 文昭石川 慎一南 絵里子小橋 真司
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2023 年 30 巻 4 号 p. 88-92

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Abstract

結核性脊椎炎による脊椎変形が基礎にありスポーツ外傷を契機として脳脊髄液漏出が生じた症例を報告する.症例は結核性脊椎炎による脊椎楔状変形の既往がある10代女性.校内活動中にサッカーボールが頭部に当たり,その後,起立性頭痛が出現し登校困難となった.大学病院脳神経外科を含む4軒以上の病医院を受診し,脳脊髄MRIを含む精査を施行したが確定診断には至らず8カ月間頭痛は継続し,当院へ紹介となった.脊髄MRIおよびCT脊髄造影を施行し,脊椎変形部位に一致した胸椎での髄液漏出を確認した.その後,硬膜外自家血注入治療を1回行った.起立性頭痛は速やかに改善し,登校が可能となり現在まで再発していない.前医では脊髄MRIによって髄液の漏出を指摘されなかった.漏出部位に一致した脊椎の楔状変形などを受傷前から示しているため診断が困難になったと推測される.思春期における脳脊髄液漏出症の診断の遅れは,通常の学校生活を送ることに支障をきたす場合がある.患児への精神的・社会的な影響が予想され,適切な診断が必要である.

Translated Abstract

The case involved a teenage female with a history of spondylitis, hit on the head unexpectedly by a soccer ball during after-school activities. Subsequently, she developed an orthostatic headache, which made it difficult for her to attend school for several months. She visited more than four hospitals. Moreover, she underwent additional examinations, including some brain and spinal MRIs, which resulted in no remarkable change. She was subsequently referred to our hospital because she suspected leakage of cerebrospinal fluid (CSF). She underwent a whole spinal MRI and CT myelography. Since she had a CSF leakage in the thoracic spine consistent with the site of spinal deformity, she experienced one epidural autologous blood patch treatment. Her orthostatic headache improved rapidly. In this case, CSF leakage occurred due to sports trauma due to underlying structural changes in the spine. Delayed diagnosis has significant psycho-social consequences for the adolescent. Therefore, a further examination should need for precise diagnosis.

I はじめに

結核性脊椎炎による脊椎変形が基礎にありスポーツ外傷を契機として脳脊髄液漏出が生じた症例を報告する.

なお,本論文の発表に関しては患者本人と家族に説明し書面で同意を得た.

II 症例

患者は10歳代女性.高校生.身長156 cm,体重58.5 kg.既往歴として小児期に胸椎結核性脊椎炎の治療歴があり,第6胸椎変形治癒後も近医で年1回の経過観察を行っていたが,日常および学生生活に制限を要さなかった.現病歴は,放課後の文化部活動中に練習中のサッカーボールが頭部を直撃し転倒,直後より頭痛と頚部痛が出現した.頚部痛は軽減したが頭痛が継続し目まいと吐き気を合併するため,全日の通学が困難となった.頭痛は座位・立位で増悪し,臥床で軽度改善した.受傷1週間後に近医クリニックを受診し,脊髄MRIを行ったが異常なしと診断されていた.その後,起立性頭痛が継続するため複数の大学病院などを受診した.単純頭部・脊髄MRIなどの精査が行われたが確定診断には至らなかった.起立性頭痛が継続するため,ほとんど通学不可能となった.その後,近医ペインクリニックを受診し,脳脊髄液漏出症の鑑別目的に硬膜外生理食塩水注入を施行したところ,一時的だが著明に症状が改善したため発症8カ月後に当院紹介となった.

当院初診時の主訴は,visual analogue scale(VAS)68/100の起立性頭痛であった.また長期臥床が影響と考えられる腰痛も訴えていた.腰痛の治療を目的に,外来にてL3/4より生理食塩水14 mlを注入後に1%リドカイン6 mlを追加して硬膜外ブロックを行った.腰痛の鎮痛が得られ,同時に起立性頭痛が一時的だが著明に改善したため硬膜外生理食塩水注入の再現性も確認された.これまでの病歴から脳脊髄液漏出症が強く疑われたため,当院でも脊髄MRIおよびCT脊髄造影を計画した.脊髄MRIでは,脂肪抑制T2強調矢状断において陳旧性に変形した第6椎体を中心とする硬膜外腔にdinosaur tail sign1)を示し,水平断では第6胸椎の左後方硬膜外腔に水信号の増強を示した.またheavy T2強調水平断像でも同様に第6胸椎の左後方硬膜外腔に水信号の増強を確認した(図1).さらに当院初診3週間後に行ったCT脊髄造影でも,第6胸椎の左後方硬膜外腔に髄液貯留所見を示した(図2).脳脊髄液漏出症診療指針2)におけるMRI検査において「疑」,CT脊髄造影検査において「確実」となることを確認し,脳脊髄液漏出症と診断した.安静や点滴などはすでに行われており,保存的治療のみでは改善しないため硬膜外自家血注入(epidural blood patch:EBP)を計画した.

図1

脊髄MRI(当院撮影,受傷8カ月後)

a:脂肪抑制T2強調画像.第6胸椎椎体の陳旧性楔状変形とその背側にdinosaur tail sign(矢印)を示す.

b:脂肪抑制T2強調画像.第6胸椎の左後方の硬膜外腔に水信号の増強(矢印)を示す.

c:heavy T2強調画像.第6胸椎の左後方の硬膜外腔に水信号の増強(矢印)を示す.

図2

CT脊髄造影(当院撮影,受傷9カ月後)

骨条件(左)と肺条件(右).第6胸椎の左後方の硬膜外腔に造影剤の濃染(矢印)を示す.

EBPはX線透視下に腹臥位で施行した.採血を行い,血液20 mlと造影剤5 mlを4:1の比で混合した自家血を計25 ml作成した.硬膜外針をTh6/7より抵抗消失法を用いて刺入し,自家血を合計15 ml注入して終了した.治療後CTでは,第1胸椎から第12胸椎までの硬膜外腔に血液の良好な拡散を示した.EBP施行後は,起立性頭痛は速やかに改善し(VAS 10/100)治療4日後に退院,約1カ月後には登校を許可した.3カ月後には通常の登校が可能になった.当院における治療経過を示す(図3).また受傷から当院治療後までの脊髄MRI脂肪抑制T2強調画像の経時的変化について前医画像を含めて示す(図4).EBP前と比較して,EBP 1カ月後のMRI所見の変化はわずかだったが,EBP 3年6カ月後では同部位の硬膜外腔の水信号が低下した.またheavy T2強調画像でも同様に硬膜外腔の水信号低下を確認した.治療後4年を経過しても頭痛の再発なく,大学に進学し休まず登校できている.

図3

当院での治療経過

EBP:epidural blood patch,VAS:visual analogue scale.

図4

脊髄MRI脂肪抑制T2強調の経時的変化(矢状断および第6胸椎水平断)

a:受傷1週間後(前医撮影),b:受傷8カ月後(EBP治療前),c:EBP治療1カ月後,d:EBP治療後3年6カ月後.

III 考察

脳脊髄液漏出症の原因として,脊椎の器質的変化や日常の些細な外傷・外力が挙げられる.本症例は結核性脊椎炎による脊椎変形が基礎にあり,そこにスポーツ外傷を契機として脳脊髄液漏出が生じた.前医でも脳脊髄液漏出症を疑われ画像検査をされたものの髄液の漏出を指摘されなかった.診断の遅れは思春期において患児への精神的・社会的な影響が大きいため注意が必要である.

脳脊髄液漏出症をきたす原因として,近年では,脊椎の器質的変化(骨棘形成,椎間板ヘルニアなど)や日常の些細な外傷・外力(転倒,カイロプラクティック,整体,ヨガ,むち打ちなど)を原因とする症例が報告されている3).本症例では,結核性脊椎炎による第6胸椎の楔状変形に,不意の頭部への外傷機転と転倒が加わり,複合的な理由で硬膜破綻を引き起こしたと推測される.脳脊髄液漏出症の患者の約35%が発症24時間以内に何らかの誘因があり4),本症例にも当てはまる.またEBP後から頭痛が著明に改善したことは脳脊髄漏出症の治療経過として矛盾はなかった.

本症例は前医でも脳脊髄液漏出症を疑われ画像検査をされたものの髄液の漏出を指摘されなかった.脊髄MRIやCT脊髄造影における髄液漏出の確認は脳脊髄液漏出症の診断の要点である.そのなかでも脊髄MRI脂肪抑制T2強調画像上の硬膜外高輝度信号の証明が重要視されている2).本患者は起立性頭痛とその明らかな原因の存在など比較的に典型的な経過である一方で,複数の脳神経外科で脊髄MRIを施行されたが確定診断に至らなかった.脊髄MRIの脂肪抑制T2強調画像,heavy T2画像を用いた脊柱管内における硬膜外脳脊髄液の所見は診断能が高いが,撮影条件によっては脳脊髄液漏出症の診断は難しくなる.当院で治療前に行った脊髄MRI脂肪抑制T2強調画像においても,放射線科専門医による読影では脳脊髄液漏出症を疑わせる所見を指摘できなかった.本症例は,漏出部位に一致した脊椎の楔状変形などを受傷前から示しており,診断が困難になったと推測される.一方で,時系列に従って画像変化を捉えることで理解が容易になった.当院紹介前に行われた脊髄MRI脂肪抑制T2強調画像において,矢状断で明確なdinosaur tail sign1)を示し,水平断で硬膜外腔に水信号の増強がみられていたことや治療経過に従って消失していったことが確認できる(図4).当院で行ったCT脊髄造影では,MRI所見に一致した部位に漏出所見を確認した(図2).本症例では前医を含め当院でもRI脳槽シンチグラフィーは行っていない.

脳脊髄液漏出症の診断の遅れは思春期の患児への精神的・社会的な影響が大きいため特に注意が必要である.学校におけるスポーツ外傷などによる脳脊髄漏出症への適切な対応については以前から文部科学省の勧告5)にも示されており重要な問題となっている.思春期の脳脊髄液漏出症では通常の学校生活を送ることに支障が生じているにもかかわらず,周りの人から単に怠慢であるなどの批判を受ける.疾患について十分な理解を得られない場合には,患児への精神的・社会的な影響は大きく早期診断の意義は大きい.特に思春期における慢性連日性頭痛を起こす症例では,体位性頻脈症候群,起立性調節障害,機能性頭痛,心理社会的要因など鑑別すべき疾患が多い6).本症例のように確定診断が遅れる症例はあるが,他の要因が少なければ治療により速やかに頭痛を改善できる疾患である7)

IV 結語

結核性脊椎炎による脊椎変形が基礎にあり,そこにスポーツ外傷を契機として脳脊髄液漏出が生じた症例を経験した.診断の遅れは思春期において患児への精神的・社会的な影響が予想されるため適切な鑑別診断が必要である.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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