2023 年 30 巻 5 号 p. 97-102
症例は56歳,男性.慢性硬膜下血腫の診断で両側穿頭血腫除去術を施行されたが頭痛が改善せず,脳脊髄液漏出症を疑われ,当院紹介となった.当院へ転院直前に小脳扁桃ヘルニアによる急激な意識障害を示したため,当院で緊急硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)を施行し,その直後より,意識状態は改善した.EBP 5日後に再び中心性テント切痕ヘルニアによる意識障害を認め,穿頭血腫除去術を施行し,意識障害は改善した.意識障害を呈した両側硬膜下血腫合併脳脊髄液漏出症における治療では,EBPと硬膜下血腫除去術のどちらを優先するかが議論となる.今回,頭部CTが脳ヘルニアの治療方針決定の一助となった重症脳脊髄液漏出症の1症例を経験したので報告する.
The case is a 56-year-old man. The patient had headache symptoms and underwent bilateral perforation hematoma removal with a diagnosis of chronic subdural hematoma, but his symptoms did not improve and he was referred to our hospital because cerebrospinal fluid leak was suspected. Immediately prior to transfer to our hospital, a sudden loss of consciousness due to herniation of the cerebellar tonsils was observed. We urgently performed the epidural autologous blood patch (EBP), and the patient's conscious state improved immediately after the patch. Five days after EBP, he again showed consciousness impairment due to central tentorotid hernia and underwent perforator hematoma removal, which improved his consciousness. About the therapy of consciousness disturbance by the cerebrospinal fluid leak with subdural hematoma, whether to prioritize the EBP or removing hematoma operation is discussed. In the present case, the treatment strategy was determined by head CT, resulting in improvement of impaired consciousness and headache.
脳脊髄液漏出症では,慢性硬膜下血腫を合併し,意識障害をきたす重症例も報告されている.今回,切迫性脳ヘルニアをきたした重症脳脊髄液漏出症に対し,頭部CTが治療方針決定に有用であった1例を経験したので報告する.
本症例の報告にあたり,患者本人の承諾を書面に得ている.
56歳,男性.
既往歴:特記事項なし.
現病歴:整体を受けた2週間後より頭痛が出現した.前医で頭部CTを撮像し,両側硬膜下血腫を示したため,両側穿頭血腫除去術を施行したが,術後も頭痛は改善しなかった.新たに仰臥位から座位で増強する頭痛が出現し,脳脊髄液漏出症の鑑別診断のため,頚椎MRIが施行された.頚椎MRIでC3レベルの硬膜外腔に脳脊髄液を疑う高信号域を認めたため,脳脊髄液漏出症の精査加療目的に当科紹介となった.転院直前に急激にJCS 200の意識障害が出現した.当院へ転院後の頭部CTでは両側硬膜下血腫の再発と小脳下垂(図1)を認めた.脈拍40回/分の徐脈,不規則な呼吸様式から切迫性脳ヘルニアの状態と診断し,さらなる画像検査は困難と判断した.当院脳神経外科医と相談し,頭蓋内血腫除去より,EBPと硬膜外腔生理食塩水注入を先行する治療方針とした.そのため,頚椎MRIで漏出の可能性がある頚椎と整体を受けた部位である腰椎を責任部位と推定してEBPを行った.頚部はC7/T1より穿刺し,カテーテルを硬膜外腔に留置し,自己血15 ml投与後,生理食塩水5 ml/時で持続投与を開始した.腰部はL1/2より穿刺し,硬膜外針より自己血15 mlを投与した.EBP直後より,JCS 0と著明に意識状態は改善し,集中治療室で管理した.EBP施行後5日目より意識障害が再度出現し,JCS 100まで悪化した.頭部CTで両側硬膜下に新たな血腫を認め,中心性テント切痕ヘルニアを呈していた(図2).同日,両側硬膜下血腫除去術を施行した.意識障害は改善したため,同日引き続いてCTミエログラフィーを施行した.所見はC7からL1に及ぶ硬膜外腔に広範な造影剤の漏出を示しており,漏出部位の特定が困難であった(図3).硬膜外腔に大量に造影剤が貯留していたC7,T7レベルからの漏出の可能性が高いと判断し,頚椎C7/T1と胸椎T7/8の2カ所にそれぞれ自己血10 ml,20 mlを投与した.その後,意識障害をきたすことなく経過し,頭痛も消失した.患者は2回目のEBPの翌日に集中治療室を退室し,徐々にADLを上げていき,症状の再燃がないことを確認し,当院入院25日後に退院し,2.5カ月後に就業した(図4).
初回頭部CT(入院初日)
a:冠状断,b:矢状断,c:水平断(大孔部),d:前医の水平断(大孔部).
両側硬膜下血腫(aの矢頭),小脳が大後頭孔より5 mm以上の小脳扁桃下垂を呈している(bの矢頭).
2回目頭部CT(入院5日目)
a:冠状断,b:矢状断,c:水平断,d:血腫除去後の水平断.
両側硬膜下血腫による脳室の狭小化(矢頭)および脳底槽の消失.
CTミエログラフィー
a:矢状断,b:水平断(C7),c:水平断(Th7),d:水平断(L1).
硬膜外腔への造影剤の漏出を認める(矢頭).
当院入院後の意識障害の程度と経過
脳脊髄液漏出症とは,脳脊髄液が漏出するために起立性頭痛をはじめとする種々の症状が出現する疾患である.画像検査で髄液漏出を示せば脳脊髄液漏出症と診断することができる.本症例では,CTミエログラフィーで明らかな硬膜外腔への髄液漏出所見を示したため,脳脊髄液漏出症「確実」と診断した.本症例のように,意識障害を合併した脳脊髄液漏出症の報告は散見され1),また,まれに急激な経過をたどる死亡例も報告されている2).意識障害をきたすほどの重症例の多くは硬膜下血腫を伴っており,本症例でも両側硬膜下血腫による切迫性脳ヘルニアを合併する脳脊髄液漏出症として緊急の処置を必要とした.
脳脊髄液漏出症における硬膜下血腫の合併はまれではなく,硬膜下水腫が50%に,硬膜下血腫が10%に合併したとする報告がある3,4).頭蓋内での硬膜下血腫は,脳脊髄液減少による脳実質の下方牽引により架橋静脈が損傷されることが主な発症の原因である.脳脊髄液漏出症の意識障害の原因として,①頭蓋内血腫増強による脳圧亢進,②脳脊髄液の減少による小脳下垂および脳浮腫が挙げられる2).前者では血腫除去による脳圧軽減が,後者では脳脊髄液漏出の停止が有効な治療である.しかし,臨床症状だけでは両者のどちらが症状に関与しているか判断することは非常に困難である.また,同時に2つの病態が生じている可能性も考慮する必要がある.頭部CT所見についてテント切痕ヘルニアと小脳扁桃ヘルニアの所見をそれぞれ示した.前者では硬膜下血腫による脳圧排,後者では脳脊髄液減少による脳下垂がそれぞれ原因として推察された.
本症例の2回の意識障害の病態を検討した.当院入院日の初回の意識障害は,硬膜下血腫除去による頭蓋内減圧後に進行し,収縮期血圧120~130 mmHg,脈拍40~50回/分,呼吸様式はチェーンストークス様であった.脳CTでは5 mm以上の小脳下垂を認めており,小脳扁桃ヘルニアの状態と判断した.したがって,意識障害の原因は低髄圧による下方牽引と脳浮腫と考えられた.一方,EBP 5日後に再度意識障害を示した時は,頭部CTではテント切痕ヘルニアを示していた.これは硬膜下血腫の増大による頭蓋内圧亢進と判断できた.小脳扁桃ヘルニアの場合は,EBPや硬膜外への持続生理食塩液注入5)が有効である.EBPによる髄液漏出停止の機序は2つあり,注入した血液が硬膜を圧迫し髄液漏出を抑える効果と硬膜との間に癒着を生じさせ漏出部を閉鎖する効果である6).硬膜外への持続生理食塩液投与は,髄液圧や髄液量の維持で髄液漏出の圧格差を是正し,瘻孔閉鎖を促す方法である7).低髄圧による意識障害と判断し,緊急で頚椎と腰椎にEBPを行い,さらに頚部に生理食塩水による持続硬膜外療法を行った.1回目のEBP後に劇的に意識状態が改善したのは,髄液漏出の停止により髄液量が増加し,下方牽引および脳浮腫が軽減したことによると考えられる.EBP 5日後に再度意識障害を示した時は,脳浮腫と脳圧亢進の両方が影響している可能性が考えられた.頭部CTで小脳下垂は軽度であり,硬膜下血腫の脳圧排によるテント切痕ヘルニアを示したため,意識障害は脳圧亢進に対する影響の方が優位であると判断し,硬膜下血腫除去術を施行した.術後,JCS 0と意識状態は改善した.また,硬膜下血腫は脳脊髄液漏出を原因に二次性に生じているため,さらなる漏出部位の検索が必要と思われた.脳圧亢進状態でのくも膜下穿刺は脳ヘルニアを惹起する可能性があるため,硬膜下血腫除去後にCTミエログラフィーを予定した.1回目のEBP後も脳脊髄液漏出が持続している原因として,①EBPを行った部位とは異なる所からの漏出が継続していた可能性,②EBPによる癒着が不十分で瘻孔閉鎖に至っていない可能性,③EBP直後から脳脊髄液の是正目的に生理食塩水の持続投与を行ったことで自家血が希釈され,治療効果が減弱した可能性が考えられた.CTミエログラフィーではC7からL1の広範囲に造影剤の漏出,特に頚椎・中部胸椎レベルで多量であったため,頚椎あるいは胸椎での漏出が継続したものと推測し,同部位でEBPを行ったところ,良好な経過を示した.
意識障害を伴う慢性硬膜下血腫を合併した脳脊髄液漏出症の症例では,意識障害の原因を考慮あるいは検討したうえで治療方針を決定することが重要である.今回,頭部CTの所見が非常に有用であった.しかし,臨床の現場では症例ごとに症状・画像所見等を鑑み,その病態を判断していくことが必要である.今後症例を蓄積し,治療戦略としての妥当性をさらに検討することが必要である.