日本ペインクリニック学会誌
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症例
遠位性対称性多発神経障害に治療誘発性糖尿病神経障害を併発した病態に対して高周波熱凝固と無水エタノールを用いた腰部交感神経節ブロックが有効であった症例
湯浅 あかね白井 達岩元 辰篤辻本 宜敏北山 智哉子
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2023 年 30 巻 5 号 p. 93-96

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Abstract

糖尿病性神経障害(diabetic neuropathy:DN)の代表的な病型は,遠位性対称性多発神経障害であり,うち有痛性の割合は15~20%である.他にも有痛性のDNには複数の病型が存在し,治療誘発性糖尿病神経障害もその一つである.これら有痛性のDNに対しては,一般にプレガバリン,デュロキセチンなどの薬物治療が選択されるが,十分な効果を得ない場合は神経ブロック治療が考慮される.エビデンスが確立された神経ブロック治療は存在しないものの,病態に血流障害の関与が疑われる病型には腰部交感神経節ブロックも選択肢となる.今回,遠位性対称性多発神経障害に治療誘発性糖尿病神経障害が併発した両下肢痛に対し,高周波熱凝固と無水エタノールを用いた腰部交感神経節ブロックが有効であった症例について報告する.

Translated Abstract

A most common type of diabetic neuropathy is distal symmetric polyneuropathy, of which 15–20% is painful. Other painful types exist, including treatment induced neuropathy of diabetes. Pregabalin and duloxetine are generally used for drug treatment of painful diabetic neuropathy, but nerve block therapy is considered when sufficient efficacy is not obtained. Although there is no nerve block therapy with established evidence, the lumbar sympathetic ganglion block is a treatment option when peripheral blood flow disorders are suspected to be involved in the pathology. We report a case of bilateral lower extremity pain associated with distal symmetric polyneuropathy and treatment-induced diabetic neuropathy, in which a lumbar sympathetic ganglion block using radiofrequency thermocoagulation and absolute ethanol was effective.

I はじめに

糖尿病性神経障害(diabetic neuropathy:DN)のうち最も頻度の高い病型は,手袋靴下型の症状を呈する遠位性対称性多発神経障害(distal symmetric polyneuropathy:DSPN)で,DN全体の75~90%を占める1).他にも複数の病型が存在し,治療誘発性糖尿病神経障害(treatment induced neuropathy of diabetes:TIND)などは有痛性DNとして知られている.DNの治療においては血糖管理が重要となるが,短期間における急激な血糖低下によってTINDが生じる可能性があり2)注意を要する.

今回,DSPNにTINDが併発したと考えられた両下肢痛に対し,高周波熱凝固と無水エタノールを用いた腰部交感神経節ブロックが有効であった症例について報告する.

本報告にあたり,本人より書面による症例報告開示の同意を得た.

II 症例

症例は57歳,男性.178 cm,94.2 kg.49歳時より睡眠時無呼吸症候群に対してCPAP治療を受けていた.同時期より糖尿病に対して近医で薬物治療を受けていたが,両足部の痛みとしびれを自覚したとして,近医を受診した.血液検査上,HbA1c 12.2%,血糖値210 mg/dlと重度の高血糖状態であったことが判明し,メトホルミン塩酸塩2,250 mg/日が処方されたが改善せず,当院内分泌内科を紹介受診となった.グリクラシド20 mg/日の追加処方とメトホルミンによる食欲の減退が相まって,1カ月後にはHbA1c 7.1%(血糖値214 mg/dl),2カ月後には5.5%(同125 mg/dl)と急激な低下を認めたが,両下肢症状は増悪し,足先のしびれ,痛み,下腿の有痛性痙攣に加え,痛みが大腿部にまで波及したとした.グリクラジドをエンパクリフロジン10 mg/日に変更され,メトホルミンを1,500 mg/日に減量のうえ,プレガバリン150 mg/日の投薬を受けたが十分な除痛を得ず,当科を紹介受診となった.

初診時,両下肢全体に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)6~7の痛みとしびれを訴えた.腰椎MRI上は有意な所見はなく,両下肢末梢に加え,血糖低下後に大腿部まで波及した痛みはDSPNにTINDを併発したものと考え,プレガバリンを300 mg/日に増量,デュロキセチン40 mg/日を追加したうえで硬膜外ブロックを施行した.数日の著明な痛みの軽減をみたが再燃し,その後も症状が持続したため両側の腰部交感神経節ブロックを予定した.第3,4腰椎椎体高位で3カ所,傍脊椎法で針を穿刺し,高周波熱凝固法(radiofrequency thermocoagulation:RF)を90度,120秒行った.ブロック針の穿刺に際しては,椎体の中央を避けて,第3,4椎体上部1/3より頭側,下部1/3より尾側を目標とし椎体腹側縁まで進めた.これにより,NRS 3~4まで痛みの軽減を得たが,大腿前面などに一部痛みが残存したため,99.5%無水エタノール2 mlを用いた腰部交感神経節ブロック(第3,4椎体高位で2カ所)を追加したところ,NRSは2まで軽減した(図1).足先のしびれは持続しているものの,ミロガバリン10 mgとデュロキセチン40 mgの薬物治療で管理できている.

図1

本症例の治療経過

遠位性対称性多発神経障害の治療過程でTINDが併発したと考えられた.

TIND:treatment induced neuropathy of diabetes

III 考察

DSPNのうち有痛性の頻度は15~20%である3)が,四肢末端の強い感覚障害(しびれ)を主症状とする場合も著しい生活の質の低下を招くことがあり,治療対象となる.DN全体では有痛性の割合が40~50%4)とされ(図2),DSPN以外の病型としては,TINDなどがあげられる.

図2

糖尿病性神経障害の割合

文献1),3),4)から筆者が作図.DSPNはDNの75~90%,有痛性DNはDNの40~50%を占める.

DN:diabetic neuropathy,DSPN:distal symmetric polyneuropathy,TIND:treatment induced neuropathy of diabetes.

本症例では当初DSPNを発症していたが,急激な血糖低下を契機に下腿の有痛性痙攣,大腿部にまで症状が波及した.血糖の急激な低下後に神経障害が生じ得ることは古くから知られており,1930年代にCaravati5)が報告している.同病態は,インスリン神経炎や治療後有痛性神経障害と呼称されてきた経緯があるが,2015年にGibbonsら2)はTINDに呼称を改め,“3カ月間でHbA1cが2%以上急激に低下後,8週間以内に神経障害性疼痛や自律神経機能不全が出現する病態”と定義した.本症例では,薬物治療と食欲減退が相まって,1カ月後にHbA1cが5.1%減,2カ月後にはさらに1.6%減と急激に低下した後に痛みが増強し,症状が下肢近位部にまで波及したことからTINDが併発したと考えた.TINDの発症機序に関する報告は複数存在し,Llewelynら6)は過度な血糖補正による変性神経芽細胞が異常インパルスを発生するとし,Honmaら7)は急激なグルコース欠乏による神経ニューロンのアポトーシスが神経障害の原因としている.また,Tesfayeら8)は神経鞘の動静脈シャント開存による神経血管の血流低下に起因する神経組織内の虚血が原因としており,いまだ一致した見解は得られていないが,いずれにしても神経組織の虚血・栄養障害がTIND発症に関与しているものと考えられる.

有痛性DNの治療においては,薬物療法が無効の場合,硬膜外ブロック,腰部交感神経節ブロックなどの神経ブロック治療が考慮される.腰部交感神経節ブロックの有効性に関する質の高い報告は存在しないものの,仁熊ら9)は薬物療法に抵抗性のTINDに対して,持続硬膜外ブロックと腰部交感神経節ブロックが有効であったとしている.また,対象となったDNの病型に関する記載はないものの,腰部交感神経節ブロックをRFと無水エタノールおのおの単独で施行した群(各30名)と併用した群(30名)の比較では,併用群でより長期間鎮痛効果が持続したとする報告10),持続腰部交感神経節ブロックが難治性のDNに対して有効であったとする報告11)も存在する.腰部交感神経節ブロックによる血流改善がその鎮痛効果に寄与したものと考えられ,血流障害が主な病態とされるTINDに対しても有効性が期待できるものと考えられた.2021年に改訂された慢性疼痛診療ガイドラインでは12),DNに対する腰部交感神経節ブロックは“推奨なし”としてはいるものの,ペインクリニック診療では古くから治療選択肢の一つと考えられており,有効症例が多数存在するのも事実である.

TINDはDNの中でもまれな病型であり,報告例は少なく腰部交感神経節ブロックの有効性の評価,施行の是非に関してはさらなる症例の蓄積が必要であるが,薬物治療に抵抗性を示し,血流障害が病態に関与していることが疑われる場合には試みてよい治療と考える.

本論文の要旨は,第51回日本慢性疼痛学会(2022年5月,Web開催)において発表した.

文献
 
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