2024 年 31 巻 1 号 p. 27-30
【はじめに】ヒドロモルフォンは構造式がモルヒネに類似したオピオイドで効果,副作用,代謝も類似している.腎機能が低下した症例でも比較的安全に使用できるとされているが高用量,長期間で使用すると神経毒性が報告されている.【症例】79歳男性,左肺上葉扁平上皮がんをもち中等度の腎機能低下患者に,持続皮下注射で3日間使用し神経興奮を生じたが,モルヒネ持続皮下注射に変更したところ速やかに終息した.【結語】過去に神経興奮の記録がなく,ヒドロモルフォン開始とモルヒネへの変更により機を一にして神経興奮を発症し終息したためヒドロモルフォンによる神経興奮が疑われた.ヒドロモルフォンの代謝産物ヒドロモルフォン–3–グルクロニドは蓄積すると神経興奮作用があり,その使用には少量短期間であっても注意が必要である.
Hydromorphone is similar to morphine in structural formula, pharmacological effect, adverse effect and metabolism. Although it can be used in relatively safe for patients with reduced renal function, neuroexcitation is reported in the case of high dose or long duration. The patient was 79 year old male suffered from the squamous cell cancer of the left pulmonary upper lobe with middle grade renal dysfunction. After hydromorphone was administered by continuous subcutaneous infusion for 3 days he appeared neuroexcitation, and smoothly recovered with rotation to morphine by continuous subcutaneous infusion. Accumulation of hydromorphone-3-glucuronide metabolite from hydromorphone is associate with the development of neuroexcitation. Hydromorphone has to be used with careful observation even though small dosage or short duration.
ヒドロモルフォンはモルヒネと構造式が類似した半合成麻薬である.鎮痛効果,副作用はモルヒネと類似しており中等度から強度のがん性疼痛に用いられる.モルヒネとの相違点は腎機能が低下した症例でも比較的安全に使用できる.しかし腎機能が低下した患者に長期間,高用量で使用すると神経興奮を生じた例が報告されている.今回,短期間のヒドロモルフォン持続皮下注射で神経興奮を生じた症例を報告する.
なお,本症例は本人より症例報告の同意を得ている.
79歳,男性,左肺上葉扁平上皮がん.
主 訴:左胸部痛,労作時呼吸苦.
現病歴:入院4カ月前,咳嗽と呼吸困難感で近医を受診し,左上肺野の異常陰影を指摘された.A病院を受診し精査の結果左肺上葉扁平上皮がん(図1)と診断され,カルボプラチン+ナブ–パクリタキセル+ペムブロリズマブによる化学治療を2コース受けた.転居に伴い入院2カ月前,当院呼吸器内科を受診した.入院したが同治療法の施行前に薬剤性間質性肺炎をきたし,ステロイドによる加療を受け間質性肺炎は軽快し退院した.しかし間質性肺炎治療中から肺がんの増大,胸壁浸潤による胸部痛の増悪,単発の右側頭葉脳転移(図2)の増悪に対する疼痛コントロールと定位脳照射のため2回目の入院をした.オピオイドはオキシコドン徐放剤20 mg/日[経口モルヒネ換算量(oral morphine equivalent daily dose:OMEDD)30 mg],オキシコドン速放剤2.5 mgを使用していた.在宅中物忘れ,認知機能低下,昼夜逆転がみられ,精神科より抑肝散とスボレキサント15 mgが処方され,入院後も継続した.入院した日にせん妄を考慮し呼吸器内科医によりフェンタニル貼付剤12.5 mcg/h(OMEDD 30 mg),レスキューはオキシコドン速放剤2.5 mgに変更され,翌日緩和ケアチームへの介入依頼を受けた.
左肺上葉扁平上皮がん
右側頭葉脳転移
既往歴:なし.
生活歴:喫煙10本×50年(78歳まで).
アレルギー:なし.
家 族:独居.
現 症:理学所見,胸部痛numerical rating scale(NRS)4/10.
身長169.0 cm,体重49.4 kg,血圧124/84 mmHg,脈拍84/分.
血液検査:アルブミン3.8 g/dl,AST 20 U/L,ALT 16 U/L,尿素窒素23.8 mg/dl,クレアチニン1.05 mg/dl,推算糸球体濾過量52.5 ml/min/1.73 m2,クレアチニンクリアランス43.2 ml/min,尿蛋白±,白血球11.23 103/µl,ヘモグロビン13.1 g/dl,血小板294 103/µl.
入院後経過:入院3日目にフェンタニル貼付剤を25 mcg/h(OMEDD 60 mg)に増量した.安静時痛の訴えはなかったが,リハビリテーションの時に左胸部痛のために十分に行えないと訴えがあった.入院7日目に速やかにオピオイドの至適量決定のために薬物相互作用が少ないヒドロモルフォン持続皮下注射で滴定を行い,その後にフェンタニル貼付剤に戻すこととした.早期の鎮痛が必要と考え,ヒドロモルフォン持続皮下注射2.4 mg/日(OMEDD 60 mg)を開始し,その1時間前にフェンタニル貼付剤は除去した.持続皮下注射開始2日目ヒドロモルフォンを3.2 mg/日(OMEDD 80 mg)に増量した.その日より呼吸苦を訴え,多動や怒声を発し定位脳照射を行うことができなかった.経皮酸素飽和度は94~96%と低酸素血症はなかった.3日目(入院9日目)は「気持ちがソワソワして落ち着かない」と焦燥感が増し持続皮下注射ルートを自己抜針した.入院前後このような易怒性はみられなかった.また,意思疎通性も十分にとれず,ヒドロモルフォンの鎮痛効果は判断できなかった.この時点でヒドロモルフォンの代謝物ヒドロモルフォン–3–グルクロニド(H3G)による神経興奮を疑い,向精神薬は使用せず,モルヒネ持続皮下注射20 mg/日(OMEDD 40 mg)に変更した.腎機能低下を考慮し対疼痛力価を1/2程度に減量した.翌日からはイライラ感や胸痛,呼吸苦の訴えはみられなくなり放射線照射が施行できるようになった.入院12日目にフェンタニル貼付剤を先の25 mcg/hでは鎮痛が不十分だったので37.5 mcg/h(OMEDD 90 mg),レスキューをモルヒネ速放剤10 mgに変更した.最終的にフェンタニル貼付剤75 mcg/h(OMEDD 180 mg),レスキューはモルヒネ速放剤10 mgで退院した.
本症例は日本腎臓病学会編CKDの重症度分類G3a(軽度~中等度低下)であった1).腎機能低下例でも使用が比較的に許容されているヒドロモルフォンを使用して3日で神経興奮を生じた.モルヒネ持続皮下注射へ変更後に神経興奮は消退し平静を取り戻した.鷹津ら2)は短期間のヒドロモルフォン徐放剤投与で神経興奮を報告しているが,本症例でも髄液のH3Gは測定しておらず断定できないがヒドロモルフォンによる神経興奮を強く疑った.Patelらはヒドロモルフォンを1日目に4 mg,2日目に6 mg経静脈投与して神経興奮を生じたと記している3).
ヒドロモルフォンはモルヒネやオキシコドンと同等の鎮痛作用を有し1920年代から欧米では使われておりWHOのガイドラインにも掲載されている4).本邦では2017年に徐放剤と速放剤が,2018年に注射剤が保険適応となった.内服剤の鎮痛強度換算比ではモルヒネの5倍である.注射剤は内服剤のさらに5倍の強さがある.ヒドロモルフォンはモルヒネと同様にグルクロン酸抱合で代謝されH3Gになり腎から排泄される.H3Gに鎮痛作用はない.
しかし腎機能が低下した患者に長期間ヒドロモルフォンを使用して神経興奮を生じた報告がみられる5–7).これらの報告例ではヒドロモルフォンの使用量がOMEDD 1,000 mgから12,000 mgと非常に多く使用期間も10日以上である.Kullgrenらはホスピスでのヒドロモルフォン誘発性神経興奮の発生率は6.4%と報告し,発生要因として使用量,クレアチニンレベル,転移巣を挙げている.神経興奮の症状は振戦,ミオクローヌス,興奮,見当識障害などがある5).
齧歯類での動物実験でH3G,M3Gは共に神経興奮作用が証明されているが,H3Gの神経興奮作用はM3Gよりも2.5倍強力である8).腎機能低下例ではH3Gが蓄積し腎機能正常者と比較すると4倍であったとBabulらは報告している9).H3G自体の代謝推移は不明であるが,ヒドロモルフォンからフェンタニル,メサドンなどに変更すれば神経興奮は数時間から数日で消退する10).本症例ではモルヒネに変更したが,ヒトでのM3Gによる神経興奮は明らかではないとする報告もある11).腎機能症例へのモルヒネの使用は,少量から持続皮下注射で行い注意深く観察すれば,調節が容易であり許容されると考えている.
2020年の日本緩和医療学会のガイドラインでもeGFR 30 ml/min未満の腎機能低下症例でのヒドロモルフォンの使用に注意が喚起された12).
Coluzziらは腎機能低下別のヒドロモルフォンの用量を,軽度では正常者の100%量,中等度では50%量,高度では25%量を,注意深く観察して使用することを推奨している13).
中等度の腎機能障害の患者に短期間ヒドロモルフォン持続皮下注射を使用し,神経興奮を生じた症例を経験した.腎機能低下症例でのヒドロモルフォン使用には少量短期間であっても神経毒性に対する注意が必要である.
本症例の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.