2024 年 31 巻 1 号 p. 5-8
症例は15歳女性.2年前より腰痛が出現し,前医で精査加療するも症状軽快を認めず,当科紹介となった.硬膜外ブロック施行時,不安が強く流涙し,その後,注射による治療を拒否した.MRIで椎間関節水腫を認め,臨床症状からも椎間関節による痛みが示唆された.診断目的で鎮静下の椎間関節ブロックを施行し,症状は一時的に軽快した.鎮静下の椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックパルス高周波法を疼痛の急性増悪時に施行した.鎮静下の神経ブロックは合併症の早期発見を阻害するため推奨されないが,不安が強い若年者で選択肢となり得る.若年者の慢性腰痛に鎮静下の椎間関節ブロックが有効であった症例を経験した.
A 15-year-old female patient was referred to our department because she had been suffering from low back pain for 2 years and her symptoms did not improve after a thorough examination and treatment at her previous doctor. MRI showed intervertebral joint edema, and her clinical symptoms suggested that her pain was caused by her intervertebral joints. A intervertebral joint block under sedation was performed for diagnostic purposes, and the patient's symptoms temporarily relieved. Intervertebral joint block and posterior medial branch block pulsed radiofrequency under sedation were performed for pain exacerbation. Sedated nerve blocks are not recommended for early detection of complications, but may be an option in younger patients with high anxiety. We experienced a case in which an intervertebral joint block under sedation was effective in a young patient with chronic low back pain.
腰痛は日常診療でよく見られ,若年者においてもまれではない1).若年者の腰痛は年齢とともに罹患率が増加し,7歳で1%,10歳で6%,14~16歳で18%,18歳で成人と同程度で30%となる2).若年者の慢性腰痛は学校生活やスポーツなど日常生活における制限のみならず,成人期の慢性腰痛に移行することが多く適切な治療が必要となる3).薬物療法,運動療法に治療抵抗性を示す場合は神経ブロックも治療の選択肢となり得るが,不安や恐怖が強い若年者では覚醒下の神経ブロックが困難となる.今回,鎮静下の椎間関節ブロックが有効であった若年性腰痛の1例を経験したので報告する.
なお,本症例の報告にあたり,患者本人と親の承諾を書面で得ている.
15歳女性,身長153.5 cm,体重54.3 kg.
既往歴:アトピー性皮膚炎.
内服歴:疼痛時,ロキソプロフェン60 mg.
生活歴:高校受験勉強のため週5回通塾,夜間睡眠時間,午前2~7時.
虐待歴:なし.
運動歴:13歳からバレーボール部所属.
現病歴:初診2年前,バレーボール部入部3カ月後より腰痛が出現した.整形外科や小児科で精査加療するも原因不明で症状軽快を認めなかった.坐位で症状が増悪し,立位で授業を受けるなど学校生活に支障をきたし当科紹介となった.
現 症:受験勉強による1日14時間の坐位で症状は増悪傾向であり,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)8/10であった.左優位にL3/4,4/5椎間関節領域に圧痛を認め,前屈・後屈・側屈・長時間坐位で疼痛増悪した.
〈神経障害性疼痛鑑別スクリーニング評価〉pain DETECT 12.
〈コーネル・メディカル・インデックス健康調査(CMI)〉I.
〈身体所見〉下肢伸展挙上テスト(straight leg raising test:SLR),陰性.徒手筋力テスト(manual muscle test:MMT),腸腰筋,大腿四頭筋,前脛骨筋,長母趾屈筋,長母趾伸筋いずれも低下なし.アキレス腱反射異常なし.膝蓋腱反射異常なし.感覚異常なし.
〈血液検査〉異常なし.
〈MRI検査〉L4/5椎間板の軽度膨隆,L2/3,L3/4,L4/5椎間関節水腫(図1).
初診時腰部MRI所見
a:腰椎矢状断面像,L4/5椎間板軽度膨隆(赤字〇).b:L2/3水平断面像,L2/3椎間関節水腫(赤字矢印).
臨床経過:ロキソプロフェン3 mg/kg/day内服を開始しストレッチなど生活指導を行ったが,NRS 8程度の疼痛が持続した.初診14日目,硬膜外ブロック(L3/4穿刺,0.3%メピバカイン10 ml投与)施行時,不安が強く流涙した.硬膜外ブロック施行後,疼痛の軽減を認めなかった.硬膜外ブロックへの嫌悪感から,以降は神経ブロックを拒否したため,薬物療法を継続した.非ステロイド性抗炎症薬,アセトアミノフェン,ミロガバリンは全て効果が乏しかった.MRI所見や圧痛点,前屈・後屈・側屈・長時間坐位で疼痛増悪を認めたことから,椎間板性または椎間関節性の腰痛が示唆された.初診66日目,疼痛の最強点が透視下で左L3/4椎間関節に一致しており,診断的ブロックで左L3/4の椎間関節ブロックを診断目的で施行する方針とした.神経ブロックに対する恐怖心が強いため,デクスメデトミジンを使用し,中等度の鎮静下に神経ブロックを施行することを提案したが,本人が「寝ている間に全部終わっていないと絶対に嫌だ.」と拒否し,同意を得ることができなかった.深鎮静下で神経ブロックの施行は不快感や苦痛を軽減する利点があるが,再現痛を確認できないことや呼吸抑制のリスク,使用薬剤のプロポフォールが保険適応外使用であることなどリスクを十分に説明した.本人の恐怖心が極めて強く,これまでの注射に伴う痛みの恐怖にさらなる精神的・心理的苦痛を増幅させトラウマ体験となり得る可能性や神経ブロック中の体動制限が困難となる可能性があり,デクスメデトミジン,プロポフォール併用による深鎮静下で神経ブロックを施行する方針となった.手術室に入室後,腹臥位で,酸素4 L/分鼻カヌラ,デクスメデトミジン1.6 µg/kg/h投与を開始し,プロポフォール40 mg投与後,5 mg/kg/hで持続投与した.デクスデトミジンは15分間1.6 µg/kg/hで投与し,その後0.8 µg/kg/hに減量した.深鎮静による呼吸抑制のリスクが高いため,鎮静を専属に行う麻酔科専門医が呼吸状態を監視し,カプノメータで呼吸をモニタリングし,bispectral index(BIS)値を60程度で維持し,鎮静中の鎮静レベルや呼吸評価とバイタルサインの記録を継続した.X線透視下に造影でL3/4椎間関節を確認し,同部位に2%メピバカイン1 mlとベタメタゾン2 mgを注入した.神経ブロック後,疼痛はNRS 5まで軽快した.しかし,左L4/5椎間関節領域に疼痛が残存したため,初診80日目,鎮静下左L4/5椎間関節ブロック(2%メピバカイン1 ml,ベタメタゾン2 mg投与)を施行した.神経ブロック後,疼痛はNRS 0まで軽快したため,左L4/5の椎間関節由来の腰痛が示唆された.神経ブロックの効果持続は数日間であり,初診115日目,鎮静下左L3,L4,L5後枝内側枝パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を施行した.前回と同様に,デクスメデトミジン,プロポフォール鎮静下にBIS値を60程度の鎮静深度とした.鎮静下での神経ブロックは再現痛を確認できないため,3 Hz 0.2 V電気刺激による運動神経刺激で脊柱起立筋の運動,100 Hz 0.3 V電気刺激による感覚神経の刺激でBIS値の上昇(64→74)および呼吸数の上昇(18→22)を確認し,後枝内側枝を同定した.左L3,L4,L5の後枝内側枝にそれぞれ2%メピバカイン0.5 mlを投与後,42℃ 6分間PRFを施行した.PRF後,疼痛はNRS 0まで軽快したが,約1カ月後に症状が再燃した.初診143日目,本人の希望で再度,鎮静下左L3,4,5後枝内側枝PRFを前回と同様の手順で施行し,NRS 0まで軽快したが,数日間で症状が再燃した.初診221日目に再度,鎮静下左L3,4,5後枝内側枝PRFと左L3/4,左L4/5椎間関節ブロックを施行し疼痛の軽減を認め,高校受験を無事に終えた.受験終了後,生活習慣改善により日常生活に制限なく過ごせるようになった(図2).
臨床経過
本症例は,臨床症状と画像所見から椎間関節由来の疼痛が示唆され椎間関節ブロックが有効であったが,効果は一時的であった.成人の慢性腰痛において,椎間関節由来の疼痛が椎間関節ブロックで長期的な効果が得られない場合,後枝内側枝高周波熱凝固術(radiofrequency thermocoagulation:RF)が有効であるが4),若年者においては有効性と安全性が不明であった.後枝内側枝PRFは成人の慢性腰痛に有効であり4),若年者の非がん性慢性疼痛に対する報告も多く見られる5)ことから,後枝内側枝PRFを選択した.
一般的に,神経ブロックを試行する際は,放散痛や合併症を見逃さないために鎮静下の施行は推奨されていない.本症例は,適切な鎮静深度を保ち,運動神経刺激に対する脊柱起立筋の運動や感覚神経の刺激に対するBIS値と呼吸回数の上昇を確認することで,合併症なく安全に手技を行うことができた.
若年者は神経ブロックが適応外と判断されることがあるが,若年者の疼痛治療において,患者の年齢や理解力,心理社会的因子を配慮した上で,神経ブロックも治療の選択肢の一つとなり得る.小児の全身麻酔または深鎮静下での神経ブロックは合併症の発生が増加しないとの報告もある6).
本症例は,腹臥位での鎮静にて,呼吸抑制に十分な注意が必要であった.デクスメデトミジンは2023年「小児の非挿管での非侵襲的な処置および検査時の鎮静」に対する保険適応となり,現在,小児の検査や処置時の鎮静に使用されている.デクスメデトミジンの欠点として,侵襲的な処置に対して使用する場合,単剤では十分な鎮静深度が得られないことがあること,迅速な導入や急な体動時の鎮静レベルの調整が困難であること,高用量で血圧低下や徐脈が問題となる.必要に応じて多剤を併用するが,気道管理に特に注意が必要である.現時点では,小児の鎮静時にプロポフォールの使用は保険適応外であるが,検査や処置時に深鎮静が必要となることが多い小児において,プロポフォールは確実な深鎮静を維持することが可能であり,迅速な導入や急な鎮静レベルの変動に調節可能なことから,小児の長時間の不動化を有する検査時の鎮静薬として有用であることが報告されている7).海外では小児の消化管内視鏡検査における鎮静でデクスメデトミジンとプロポフォールの併用の有効性が報告されており8),デクスメデトミジンを併用することでプロポフォロール使用量の減量や呼吸抑制の減少につながる可能性が示唆されている9).今回は,院内の「鎮静・鎮痛下の検査処置に関する医療改善委員会」で使用の承認を得た後に,患者と母親にプロポフォールを保険適応外で使用することを説明し,同意を得て使用したが,安易な鎮静は避けるべきであり,鎮静下に神経ブロックを施行する必要がある際はリスクを十分に説明し,安全に配慮された体制下で施行することが必須であると考えられる.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.