抄録
シカの高い摂食圧は樹木の実生生残数のみならず,生残条件をも変え,更新動態に大きな影響を与えるとみられる。本研究では,実生発生タイミングと当年生残との関係における,シカの季節的な摂食害の影響を評価するため,シカ害のみられる秩父地方の冷温帯林にてシカ防護柵を設置し,柵内外の調査枠内に発生した優占種イヌブナの当年生実生を調査対象とした。個体識別して実生の消長を追跡し,当年生残に対する発生タイミングの効果を,生育地の光条件や実生密度の影響とともに分析し,柵内外で比較した。柵外区の実生当年生残率(2.0 %)は柵内区の生残率(9.4%)よりも有意に低く,死亡実生の73.8% がシカ摂食害によるものだった。死亡要因は顕著な季節性を示し,シカ害は実生発生初期に,柵内区の主たる死亡要因である菌害(全実生の79.0%)は生育中期に集中していた。統計解析によって,柵内外で実生の発生タイミングが当年の生残に影響していることがわかったが,柵外区では早い発生が不利に,柵内区では早い発生が有利になっており,対照的な影響が検出された。早い発生の有利性はシカの存在下では失われ,季節性のあるシカの摂食によって実生生残の動態が変わることもあると示唆された。