日本統計学会誌
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特集:大規模データの利活用におけるプライバシー保護
より包括的で正確な医療統計を可能とする社会・制度基盤に向けた一考察—イギリスのEngland における医療情報二次利用に関する調査・事例研究から—
佐々木 香織大寺 祥佑木村 映善
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2020 年 50 巻 1 号 p. 81-108

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抄録

わが国では診療情報の二次利用を促進する「次世代医療基盤法」が2018年5月11日より施行された.この法律により「認定事業者」なる機関が,日本全国の施設から診療記録を収集・保管し,更に膨大なデータから医療統計を用いた研究を行う専門家に対して「認定事業者」が匿名加工を施したデータを供与することが可能となった.イギリスのEnglandでは我が国に先んじて,Care dot Data(2013–6)という医療データの二次利用を促進させる政策を実行したが,市民からの信頼を得られず逆に不信感をつのらせ,2015年に一時中断し2016年には正式に廃止する結果となった.ところが2015–6年よりNHS Digitalを中心として,新たな制度と基盤を構築し始めたところ,その政策は成功を収める結果となった.そこで本稿はEnglandにおいて政策的失敗後に,如何にしてより包括的でより正確な医療統計を可能とするような医療情報の二次利用の基盤や社会システムを整備し,政策的成功へと導いたかを議論する.その目的はEnglandの経験や知恵が日本にどのように活かすことができるかを考察し,我が国により良い制度が構築できるよう提言することである.なお本稿における論考は専門家と専門知が如何に現代社会を支えているかを論じたルーマン(1990),ギデンズ(1993),ベック(1998)に依拠し,医療統計をはじめとした様々な統計の社会的な役割を含め,専門家と専門知に支えられた今日の社会秩序の構築と,それらに対する市民からの「信頼」に関する課題を視野に入れて進められる.

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