スポーツ社会学研究
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原著論文
「守る」とは、本当はどういうことなのか
―健常と病の連続性という視点から考える―
夏苅 郁子
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2014 年 22 巻 2 号 p. 23-38

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抄録

 私は児童精神科医であるが、同時に統合失調症の母親を持つ「ヤングケアラー」であった。生い立ちが人格に与えた影響は深刻で、青年期に逸脱行為を繰り返して精神科を受診し精神科薬を服用した患者でもあった。
 数年前に母親のことを公表し、家族・患者・精神科医の「三身一体」が現在の自分だと考えるようになってから、この三つの間の境界線は私には非常に低くなった。
 しかし公表前は「内なるスティグマ」を抱え、それは診療にも影響した。患者を「守る」と称して、実は患者の回復力を信じず「遠巻きにして」踏み込まない姿勢をとってきた。
 精神疾患に対するスティグマは、いつの時代にも患者・家族の回復を阻む要因となってきたが、スティグマは精神の世界に限らない。
 本誌には、民族・貧富・学歴・文化などによる社会格差・スティグマに言及した論文が掲載されている。そうした社会構造上の境界線をスポーツの関与により人が越境していく過程や、スポーツを通して獲得する「向上心」の及ぼす力は、精神疾患の人が目指す「リカバリー」への大きなヒントになり得ると思う。
 「当事者を守る」ことは、支援者側の健常観がまず先にあることが多い。「健常と病」の間に境界線を引き、当事者が当事者の領域に存在することを期待し、その行動や希望に限界を設定する行為にもなりかねない。
 本当の意味で「守る」とは、疾患や障害の否定と言う意味ではなく「境界線に固執せず」に当事者自身の意志や希望を尊重すること、たとえ支援者の価値観とは異なっていても当事者の行動を支えることではないか。重度の疾患であっても、対象者の中に内在しているレジリエンスを見つけだしリカバリーへ繋げることが「守る」ことだと考える。
 以上について、精神医学が意味するリカバリーの概念にも言及し、事例をあげて検討した。

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© 2014 日本スポーツ社会学会
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