スポーツ社会学研究
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原著論文
知的障害者のスポーツをめぐる「身体経験」の論理
笠原 亜希子
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2021 年 29 巻 1 号 p. 55-69

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抄録

 わが国における知的障害者のスポーツプロモーションの課題のひとつは、意思の伝達や決定に問題を抱える知的障害者がスポーツをする当事者としていかに社会認識されるのかということにある。そこで本稿では、この課題への解決を前進させ、社会的に問題を共有する上で必要と考えられる社会構築主義的視点に立って、他者と共に自己決定をする知的障害者の「身体経験」を明らかにする論理とは何かを議論することを目的とした。それはすなわち、従来の「身体論」に基づいてその論理を探究しながら、その理論的限界を追究し、そこから新たな可能性を論じることを意味している。
 本稿ではまず、知的障害者のスポーツをめぐる「身体経験」が社会的に不可視されることについて、政治的構築主義の視点からその論理を問題化した。次に、現代社会における障害者の身体をめぐる経験の理論的課題をおさえた上で、障害学と、スポーツ社会学における「経験」の論理は、その中心に心身二元論と言語を前提とする現象学的身体論があることを確認し、知的障害者の「身体経験」を理解する上において理論的限界があることを指摘した。そこで、このような理論的現状を乗り越える理論として「肉体論」をとりあげ、その理論的背景にある人間の「未確定の存在」[Gehlen, 1993=2008]を手がかりにして、社会構築主義的視点における政治的構築主義の立場から「身体経験」の展開可能性について論じた。最終的には、この肉体論を補完する理論として、比較社会学における「間身体的連鎖」[大澤,1996]を取り上げ、スポーツ社会学における「肉体論」と「間身体的連鎖」を関係づけることを通じて、知的障害者のスポーツをめぐる他者を包括した「身体経験」を考察する上で必要と思われる新たな理論的な枠組みの可能性を指摘した。

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© 2021 日本スポーツ社会学会
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