日本血栓止血学会誌
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特集:脳梗塞と闘う
抗血栓・高血圧ワクチンによる新規脳梗塞予防法の開発
島村 宗尚中神 啓徳
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2021 年 32 巻 3 号 p. 284-288

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Abstract

我々はアンジオテンシンIIを標的とした高血圧ワクチンおよびS100A9をターゲットにした抗血栓ワクチンの開発に取り組んできた.いずれも内因性のタンパク質に対する有害な自己免疫反応を回避でき,高血圧ワクチンについては持続的な降圧作用や脳梗塞における脳保護効果が齧歯類で認められ,現在臨床試験に進んでいる.抗血栓ワクチンではクロピドグレルと同程度の効果が長期に持続しつつも出血時間の延長を認めないことがマウスで確認できており,サルでの検討に取り組んでいる.長期にわたる出血傾向などの合併症回避,脳梗塞急性期における既存の抗血栓薬との併用の可否などの検討がさらに必要であるが,服薬アドヒアランスの向上が必要とされている脳梗塞後の二次予防において長期間の効果が見込めるワクチンは,既存の抗血栓薬や降圧剤にかわる新しい治療戦略となる可能性がある.

はじめに

米国では脳梗塞患者の25%が再発患者であることが報告されており1,その原因の一つとして二次予防薬へのアドヒアランスの低さが各国で問題となっている.例えば,スウェーデンにおける12,152人を対象にした前向き観察研究において約4~6割の患者がアスピリンやクロピドグレルを2年間で自己中断,あるいは中止されていたことが報告され2,同様の報告は米国でもなされた3.オーストラリアにおける脳卒中あるいはTIAを発症した9,817人を対象にしたレジストリデータの解析でも,20.9%が降圧剤を,34.1%が抗血栓薬を1年以内に中断しており,内服に関する退院後の十分なケアが重要であることが近年報告されている4.本邦でも,脳梗塞再発時に約40%の患者が抗血栓薬(抗血小板薬,抗凝血薬)を中断していた5.服薬アドヒアランスの低下には,性別,病歴,教育レベル,脳梗塞後におけるうつや意欲の低下,経済的問題など,様々な要因が関連している3, 6.したがって,服薬アドヒアランスの向上のためには,1回の投与で長期間の作用が期待でき,また,経済性に優れた薬剤の開発が必要とされている.このような背景から我々は,ワクチンによる持続的な降圧や抗血栓療法の可能性を探究してきた.

ワクチンは元来,感染症を予防するものとして開発され,その後,癌への応用も盛んに研究されてきた.このようなワクチンでは外来の病原体あるいは癌細胞に発現する抗原が樹状細胞により提示され,T細胞,B細胞などの免疫担当細胞の活性化を通して,体液性免疫と細胞性免疫が惹起される.これに対し高血圧,抗血栓ワクチンでは,後述するアンジオテンシンIIやS100A9など生体内に存在する内因性タンパク質を標的分子とするため,通常は免疫寛容により免疫が作動しない内因性タンパク質に対する抗体産生を誘導しつつも,細胞障害性を伴う細胞性免疫を回避する必要がある.細胞性免疫の主体となるT細胞は抗原提示細胞の膜表面に提示されるMHC class Iあるいはclass IIの抗原由来のアミノ酸配列を認識して抗原からのシグナルを読み込むが,この抗原認識だけではT細胞が反応しないことから内因性タンパク質に対する免疫寛容が成立している.そこで,標的とする内因性のタンパク質からMHCクラスIおよびクラスII配列を排除した配列に,T細胞活性化配列を有する担体タンパク質(キャリア)であるKLH(キーホールリンペットヘモシアニン)やVLP(ウイルスライクパーティクル)を結合し,アラムなどのアジュバントを同時に投与する方法で免疫寛容を解除しつつも,内因性タンパク質への細胞性免疫を回避する方法を我々のワクチンでは採用している.この方法では樹状細胞などの抗原提示細胞から提示されたキャリアータンパク質がヘルパーT細胞を活性化し,また,内因性タンパク質自体はB細胞に認識される.この活性化されたヘルパーT細胞はB細胞を活性化し,内因性タンパク質に対する抗体産生を促進するが,T細胞自体はキャリアータンパク質によって活性化されており,内因性タンパク質により活性化されていないため,内因性タンパク質に対する細胞障害性が惹起されることはない.また,アジュバントとしては細胞障害性のあるエフェクター機能を有せずTh2活性を高めるタイプのアジュバントであるアラムなどを用いている.

本稿では,高血圧ワクチンと抗血栓ワクチン開発の現状と今後の展望について概説する.

1.高血圧ワクチン

高血圧におけるワクチン開発の歴史は古く,レニン-アンジオテンシン系の抑制を目的とした研究が1950年代から行われてきた.初期にはレニンを標的としたワクチン開発が始まり,イヌレニンあるいはヒトレニンタンパク質とアジュバントを齧歯類に投与する実験で30 mmHg程度の降圧作用が得られたが,レニン産生細胞に炎症所見が認められ,安全性の問題が浮き彫りとなった7, 8.アンジオテンシンIに対するペプチドワクチンでは,自然高血圧発症ラットにて抗体価の上昇と血圧の低下を認めた9が,臨床試験にて抗体価の上昇は認められたものの十分な降圧作用が得られなかった10.アンジオテンシンIIに対するペプチドワクチンでは,VLPとアンジオテンシンIIを融合したワクチン(CYT006-AngQb)が自然高血圧発症ラットにて効果が認められた11.臨床試験では低濃度(100 μg)と高濃度(300 μg)の濃度で高血圧患者に0,4,12週の3回の投与が行われた.投与14週後(最終ワクチン接種後2週後)の24時間血圧平均値で評価したところ,高濃度群と無治療群との間で収縮期血圧9 mmHg,拡張期血圧4 mmHgの血圧低下を認めた12.しかし,その後行われた第2相試験(高血圧患者69人を対象とした二重盲検プラセボ対照試験)では,CYT006-AngQbによる有意な血圧の低下を示すことができなかった.

そこで我々は,アンジオテンシンIIとKLHをコンジュゲートしたワクチンを新たに設計した.このペプチドワクチンをマウスおよびラットに投与したところ,抗体価の有意な上昇とアンジオテンシンII投与モデルにおける血圧上昇が抑制され,さらにアンジオテンシンII投与による心重量の増加,血管周囲の繊維化も抑制された13.一方で,このワクチンを正常のラットに投与しても血圧には影響がみられないが,中大脳動脈閉塞モデルを作成すると脳梗塞の拡大が抑制された14.血清中の抗体価と脳梗塞の悪化抑制作用は相関しており,脳梗塞後の血液脳関門の破綻によりアンジオテンシンIIに対する抗体が脳内に浸潤し,レニン-アンジオテンシン系の活性による神経細胞障害および酸化ストレスを抑制したことが示された.また,ワクチン接種後に両側総頸動脈閉塞モデルによる血管性認知症モデルを作成すると,白質の障害に伴う認知機能の低下が抑制されることも明らかとなっている(論文投稿中).中大脳動脈閉塞モデルと比較し血液脳関門の破綻が軽度である本モデルでは,血中の抗体が脳内に浸潤することなく効果が認められており,内皮細胞におけるVCAM1-1の発現抑制やFGF2の発現およびオリゴデンドロサイトの分化が促進されており,いわゆる内皮オリゴデンドロサイトカップリングの保護がその機序として考えられた.また心筋梗塞モデルにおいても臓器保護効果が確認できている15.このように,アンジオテンシンIIワクチンでは,降圧作用のみならずレニン-アンジオテンシン系の活性化に伴う障害を抑制できる.さらに我々はDNAワクチンの開発も行っており,自然発症高血圧ラット(SHR)でアンジオテンシンIIをコードするDNAワクチンを3回接種後,少なくとも6ヶ月間,オルメサルタン(3 mg/kg)投与ラットと同程度の持続的な降圧作用を認めた16.さらに,6ヶ月に1回のブースター免疫を追加することにより長寿になることも示されている.ペプチドおよびDNAワクチンのいずれにおいても内因性のアンジオテンシンIIに対するT細胞免疫応答や各臓器における炎症性変化も惹起することはなく,本ワクチンは免疫学的に安全であることも示されている.これらの結果を受けて,現在,オーストラリアにて臨床試験(第I/IIa相プラセボ対照無作為化比較試験)が開始されている(www.anzctr.org.au/).

2.抗血栓ワクチン

間接的ではあるが,インフルエンザワクチンはプロテインCや内因性線溶の障害を誘導するインフルエンザ感染症の発症を抑制し,脳梗塞の発症率を低下させる観点から,抗血栓ワクチンの一つとして捉えることができることが報告されている17.しかし,血栓形成を直接抑制するワクチンはいまだ開発されていない.抗血栓ワクチン開発上の大きな課題としては,内在性のタンパク質への自己免疫を抑えつつ,いかに長期の出血リスクを回避できるか,という点である.抗血小板薬に絞ってみると,脳梗塞においてはアスピリンやクロピドグレル,プラスグレル,トカグレロールが,また,心疾患では,糖タンパク質IIb/IIIa阻害薬(アブキシシマブ,チロフィバン,エプチフィバタイド)が上市されているが,いずれも出血のリスクを増加させる18.そのような背景から我々は,シグナルの抑制により出血時間の延長をきたすことなく血小板凝集を抑制する新たな分子として報告されたS100A919に注目した.S100A9は損傷を受けた細胞や死滅した細胞から産生・分泌される損傷関連分子パターン(DAMPs)の一種であり20,血管が障害された場合,血小板からS100A9が分泌され,血栓形成が促進される19図1).S100A9の受容体としてはCD36受容体,Toll様受容体,RAGEがあるが,血小板ではCD36を介したVAV1,JNKのリン酸化の促進により,血栓を形成することが報告されていた19.そこで我々は,S100A9のC末端をエピトープとしてKLHと結合したペプチドワクチンを作成しマウスに投与したところ,血小板におけるVAV1,JNKのリン酸化を阻害することで,クロピドグレルと同程度の抗血栓効果を示すことを見出した21.一方でクロピドグレルとは異なり,S100A9ワクチンは出血時間に影響を与えなかった.効果は3ヶ月以上持続し,追加1回の投与でブースター効果が認められ,免疫学的・組織学的解析では,有害な自己免疫反応は観察されなかった21.S100A9のノックアウトマウスは臓器や組織に異常がなく寿命にも変化がないこと22からもS100A9の長期抑制による安全性への影響は少ないと考えられる.ただ,マウスとヒトのS100A9のアミノ酸同一性は11.4%であるため,ヒト配列に対応したワクチンを開発する必要がある.そこで我々はカニクイザルとヒトの共通配列を認識するペプチドワクチンを新たに作成しサルに投与したところ,ヒトS100A9を認識する抗体が産生され,抗血栓作用を示すことがサルで示されている.さらに,エピトープペプチドを投与することにより,抗血栓作用が部分的ではあるが中和できることも明らかとなっている.今後の課題としては,十分な抗体が産生されるまでにワクチン接種開始後数週間が必要となるため脳梗塞急性期には抗血小板薬と併用する必要であり,抗血小板薬とS100A9ワクチンの併用療法の安全性を評価する必要がある.

図1

S100A9抗血小板ワクチンの作用機序

正常の状態でもS100A8とヘテロ二量体を形成したS100A9が血小板から分泌されているが(1),血管内皮細胞が傷害されると活性化された血小板からS100A9が分泌される(2).S100A9は血小板上のCD36に結合し,JNKおよびVAV1のリン酸化を介して血栓形成を促進する(3, 4).S100A9をワクチンしたマウスでは,S100A9に対する自己抗体がS100A9に結合した結果これらのシグナルが抑制され(5, 6),血栓形成が抑制される(7).

おわりに

以上のように,長期間の効果が示されたこれらのワクチンでは,脳梗塞後の服薬アドヒアランスの向上が期待できるが,長期間にわたる安全性の確保が最重要課題である.高血圧ワクチンについては開発の歴史も古く一定の安全性は担保されているが,抗血栓ワクチンについては,動物レベルでは出血時間の延長を認めなくとも臨床試験で出血傾向を示した抗血小板薬があることを考慮すると,臨床応用にはより慎重な安全性の検討が必要であると考えられる.今後,このような課題をクリアーしながら,ワクチンが脳梗塞における新たな二次予防戦略となることを期待したい.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

島村宗尚,中神啓徳:企業などが提供する寄附講座(アンジェス株式会社,株式会社ダイセル,株式会社ファンペップ)

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© 2021 日本血栓止血学会

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