日本血栓止血学会誌
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特集:DIC Up To Date
産科領域で遭遇するDIC診療 Up to Date
川﨑 薫
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2022 年 33 巻 5 号 p. 544-550

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Abstract

産科DICの発症頻度は0.03~0.35%であり,発症した場合の母体死亡率は5~10%,児死亡率は30~50%と予後不良である.常位胎盤早期剝離,羊水塞栓症,分娩後異常出血,敗血症,妊娠高血圧症候群,急性妊娠性脂肪肝,HELLP症候群などの基礎疾患を契機に発症する.産科DICは急性かつ突発的に発症し,急激に進行することが多い.DICを引き起こしやすい疾患を認識し,早期診断を行い,迅速な治療介入を行うことが母体救命に繋がる.早期診断には,検査所見のみならず産科基礎疾患や臨床所見により評価する産科DICスコアが有用である.治療は,産科DICの契機となった基礎疾患の除去,輸血やフィブリノゲン製剤による補充療法,トラネキサム酸やアンチトロンビン製剤による抗DIC療法を行う.多職種連携による迅速な治療介入が母体救命のために肝要である.

1.日本の妊産婦死亡

本邦の妊産婦死亡は年々減少傾向にあり,2019年の妊産婦死亡数は29人(10万人あたり3.3人)であった1.世界の中でも比類ないほど少ない.本邦の妊産婦死亡は,2010年以降日本産婦人科医会の妊産婦死亡症例検討評価委員会で毎年集計,解析され,母体安全への提言として公表されている.この提言の中では妊産婦死亡の事例,原因分析結果,再発予防策などが講じられている.2010年から2020年に登録され解析が終了した477例の妊産婦死亡の原因の第1位は産科危機的出血(18%)であった2.産科危機的出血による死亡例87例の原因は子宮型羊水塞栓(45%)が最も多く,子宮破裂(11%),常位胎盤早期剝離(10%),癒着胎盤(9%),弛緩出血(8%),子宮内反症(5%),産道裂傷(5%)と続く.発症頻度は,妊産婦搬送システムの整備や日本母体救命システム普及協議会(JCIMELS)による全国での母体急変初期対応シミュレーションコース(JMELS)の開催などにより年々減少している.しかし,産科危機的出血による母体死亡を完全に防ぐことはできておらず,2020年度には4例(子宮破裂1例,産道裂傷1例,癒着胎盤1例,子宮型羊水塞栓症1例)の死亡例を認めていた.

死亡症例の初発症状発症から心停止までの時間は,肺血栓塞栓症や心肺虚脱型羊水塞栓症,心大血管疾患は30分以内に,産科危機的出血では分娩後1時間程度で心停止に至る症例が多い.また日本の分娩の特色として,総合病院より産科病院や有床診療所など産科のみの病院での分娩数が多いことが挙げられる.妊産婦死亡の発生場所は,総合病院(30%),産科病院と有床診療所,助産施設(35%),施設外(35%)とでほぼ同等の頻度で発症していた.いつどこで妊産婦死亡が起こってもおかしくない状況である.そのため,妊産婦急変時には,産科のみの病院では速やかに総合病院に搬送し,総合病院では多職種連携の上母児の全身管理を迅速に行うことが母体救命のために必要となる.

産科危機的出血のほか,心肺虚脱型羊水塞栓症,妊娠高血圧症候群,HELLP症候群,急性妊娠脂肪肝,敗血症なども妊産婦死亡のリスクが非常に高い疾患である.これらの共通点は産科DICを引き起こしやすいことである.本総説では,産科DICの特徴と診断,管理方針,そして産科DICの契機となる基礎疾患について解説する.

2.産科DIC

産科DICの特徴として,①急性で突発的に発症し急激に進行する,②血管内凝固を引き起こす基礎疾患を契機に発症する,③急性腎不全などの臓器症状を合併することが多い,④検査結果を待たずに治療を進める必要があることが挙げられる.

1)疫学

一般的に産科DICの発症頻度は0.03~0.35%と報告されている3.本邦の2018年度の分娩取り扱い施設へのアンケート調査によると,回答を得た306,799分娩(703施設)のうち母体死亡は18例(0.006%),DICは695例(0.23%)であった3, 4.DICによる母体死亡は7例(1.0%)であり,母体死亡の約40%を占めていた.産科DICの基礎疾患については,2018年に本邦の7施設で分娩時異常出血をきたした595症例を対象とした検討によると,常位胎盤早期剝離33.3%,DIC型分娩後異常出血16.7%,羊水塞栓症8.3%,妊娠高血圧症候群8.3%であった5

2)病態

産科DICでは,原因となる基礎疾患により異なる病状を呈する.常位胎盤早期剝離や分娩後異常出血,羊水塞栓症では凝固系より線溶系が優位であり,出血傾向を示す.一方,敗血症や妊娠高血圧腎症では線溶系より凝固系が優位であり血栓形成傾向を示す.両方の病状が同時に認められることもある.

病態別にみると,以下の3つに分類される.

①消費性凝固障害を主体とする急性DIC

常位胎盤早期剝離や羊水塞栓症では,子宮内に存在する組織因子などの血液凝固促進物質が母体血液中に流入し,直接的にDICが惹起される.

②希釈性凝固障害を主体とする急性DIC

弛緩出血や前置・癒着胎盤などによる分娩時大量出血では,出血量に応じフィブリノゲンが減少するが,その際に赤血球輸血と輸液のみを行うと凝固因子は希釈され,二次的にDICが惹起される.循環血液量減少から組織低酸素症に至り,血管内皮障害によりDICはさらに悪化する.

③臓器障害を主体とする慢性DIC

妊娠高血圧症候群や敗血症では,血管内皮障害に起因する臓器障害を主体とする慢性DICに至る.

3)診断

2017年に日本血栓止血学会により作成されたDIC診断基準には産科領域には適応しないと記載されている.その理由として,妊娠中は分娩時の出血に備え凝固線溶系が大きく変化することが挙げられる.フィブリノゲンをはじめとする凝固因子は増加する一方,抗凝固タンパクであるプロテインSは減少する.またPAI1,2は増加,tPAは減少し線溶系は抑制されている3.DICスコアのパラメーターであるプロトロンビン時間比や血小板も妊娠週数とともに減少する6.そのため,産科DICは一般的なDIC診断基準に当てはめることができない.プロトロンビン時間比,血小板,フィブリノゲンの3つに項目を絞った産科DIC診断スコアも作成されている6.しかし病状の進行に比して,採血結果がでるのに時間がかかり,治療が遅れさらにDICが進行する恐れがある.そこで,本邦では,基礎疾患と臨床症状を重視した産科DICスコアが使用されている7

産科DICスコアでは,産科基礎疾患と臨床症状と検査所見からスコアをつけ,8点以上ではDICに進展する可能性が高くDICとして治療開始し,13点以上でDICと診断される.例えば,常位胎盤早期剝離で児が生存している場合は4点,出血傾向を伴えば4点,合計8点で,検査結果がでる前にDIC治療を開始することができる(表1).検査所見の項目はFDP,血小板,フィブリノゲン,PTが挙げられているが,DIC8点以上を予測する検査値としてはフィブリノゲンが感度(91.7%),特異度(90.9%)とも最も高く,そのカットオフ値は189 mg/dL以下であったと報告されている5.産科危機的出血への対応指針2022には,分娩時異常出血を認めた場合,出血持続かつバイタルサイン異常,SI1.5以上,産科DICスコア8点以上の他にフィブリノゲン150 mg/dL以下の場合,次のステップとして産科危機的出血を宣言することが明記されている8.臨床の現場では,フィブリノゲンを迅速に測定するための機器(FibCare®)も活用されている.

表1 産科DICスコア
基礎疾患(1項目のみ) スコア 臨床症状 スコア 検査項目 スコア
常位胎盤早期剝離 急性腎不全 FDP≧10 μg/mL 1
 子宮硬直,児死亡 5  無尿 4 血小板≦10万/μL 1
 子宮硬直,児生存 4  乏尿 3 フィブリノゲン≦150 mg/dL 1
 超音波断層法・CTGによる診断 4 急性呼吸不全 PT≧15秒 1
羊水塞栓症  人工換気 4 赤沈≦4 mm/15分,≦15 mm/時 1
 急性肺性心 4  酸素療法 3 出血時間≧5分 1
 人工換気 3 臓器障害
 補助呼吸 2  心(ラ音,泡沫性の痰) 4
 酸素放流のみ 1  肝(可視黄疸) 4
DIC型後産期出血  脳(意識障害・痙攣) 4
 低凝固の出血 4  消化管(壊死性腸炎) 4
 2 L以上の出血(24時間以内) 3 出血傾向 4
 1 L以上の出血(24時間以内) 1 そのほか
子癇発作 4  頻脈:100 bpm以上 1
その他の基礎疾患 1  低血圧:収縮期90 mmHg以下 1
 冷汗 1
 蒼白 1

8~12点:DICに進展する可能性が高く,DICとして治療を開始する.

13点以上:DICと診断.

4)治療

(1)輸血

赤血球製剤(red cell concentrate: RCC)と輸液のみでは希釈性凝固障害をきたすためRCCと新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma: FFP)を1対1に近い比率で投与する8.低体温は凝固障害や末梢組織における酸素供給低下をもたらすため,大量輸血の際には加温する.大量のFFP投与は肺水腫のリスクが高いため,クリオプレシピテートやフィブリノゲン製剤の併用が望ましい.クリオプレシピテートはFFPから調整され,フィブリノゲンをはじめとする凝固因子が濃縮された製剤である.1パックにFFP2単位分のフィブリノゲンが含まれており,4パックでフィブリノゲン約100 mg/dLの上昇が期待できる.FFPは1パック240 mLであり解凍に約30分かかるが,クリオプレシピテートは1パック50 mL,解凍時間5分であり,容量負荷を回避しながら急速に投与できる.母体安全への提言2018では産科危機的出血による妊産婦死亡に対し,改善の余地があると考えられた事項として搬送の判断の遅れ,外科的集中治療の遅れのほか,輸血の遅れが指摘された.産科DICでは迅速な輸血,特にFFPやクリオプレシピテート,後述するフィブリノゲン製剤による凝固因子の補充が救命に繋がる8

(2)フィブリノゲン製剤

産科DICでは低フィブリノゲン血症をきたしている症例が多く5,迅速なフィブリノゲン投与が有用である.フィブリノゲン製剤は2021年9月に産科危機的出血に伴う後天性フィブリノゲン血症に対し保険承認となった.フィブリノゲン≦150 mg/dLであることを確認してから投与する.クリオプレシピテート同様,フィブリノゲンはFFPによる容量負荷を軽減する.低フィブリノゲン血症(150 mg/dL以下)を伴う産科異常出血に対しRCC18単位以上の大量輸血をした症例の中では,FFPのみ輸血した群に比してフィブリノゲンも併用した群のほうが,肺水腫の発生が有意に少なかった10.フィブリノゲン製剤の使用に関しては,適正使用のため使用施設は総合・地域周産期母子センターと大学病院に限定されている.使用した場合は日本産婦人科学会へ使用調査報告を行い,適応外の症例に関しては学会が注意喚起を促すことになっている.

(3)トラネキサム酸

トラネキサム酸は,プラスミノゲンアクチベータによるプラスミノゲンの活性化を阻害することによりフィブリンの分解を防ぐ.常位胎盤早期剝離や羊水塞栓症による産科DICでは初期より線溶が亢進しており,トラネキサム酸の投与が有用である.一方,線溶系が亢進していない妊娠高血圧症候群や敗血症では血栓の分解が阻害されるため使用しない.分娩時異常出血に対するトラネキサム酸の使用に関しては,WOMAN TRIALにて,トラネキサム酸1 g投与後,出血が30分持続する場合または24時間以内に再出血を認めた場合に追加で1 g投与した群では,プラセボ群に比して出血による母体死亡が有意に減少した11.この臨床研究結果をうけWHOでは分娩時異常出血に対しトラネキサム酸を投与することを推奨している12

(4)アンチトロンビン製剤

アンチトロンビンは抗トロンビン作用,抗XIIa,XIa,Xa,IXa,VIIa作用を有する.産科DICでは線溶のみならず凝固も亢進しており,アンチトロンビン製剤によるトロンビン産生抑制が有効である.本邦のDPCデータを用いた検討によると,DICと診断された妊婦の中でアンチトロンビン製剤を投与された群では子宮摘出や輸血量が有意に減少していた13.感染予防の観点より,特定生物由来製品ではない遺伝子組み換えアンチトロンビン製剤(アコアラン®)の使用が推奨される.

(5)トロンボモジュリン製剤

遺伝子組み換えヒトトロンボモジュリン製剤(リコモジュリン®)の産科DICへの使用も報告されている.トロンボモジュリン製剤はトロンビンによるプロテインCの活性化を促進し,活性化プロテインCはプロテインSを補酵素として凝固促進因子Va,VIIIaを分解することによりトロンビンの生成を抑制し凝固反応を阻害する.添付文章には産科領域のDIC患者には他剤で効果が不十分な場合のみ投与することと記載されている.本邦の単一施設後方視的研究では,産科DICに対しトロンボモジュリンを投与した群では有意に血小板やフィブリノゲンは上昇,D-dimerやPT-INRは減少した14.今後の使用症例の蓄積による安全性や有効性に関する検討が期待される.

3.産科でDICを引き起こしやすい疾患

1)常位胎盤早期剝離

常位胎盤早期剝離は,正常位置(子宮体部)に付着している胎盤が妊娠や分娩経過中の胎児娩出前に子宮壁より剝離するもので,全妊娠の0.3~1.2%に発症する.危険因子としては,常位胎盤早期剝離の既往,妊娠高血圧症候群,多胎妊娠,喫煙などのほか,母体年齢や経産回数の上昇も上げられる.近年の晩婚化や出産年齢の増加に伴い,頻度は今後も上昇する可能性がある.産科DICの約50%,母体死亡の5~10%を占める.常位胎盤早期剝離には,胎盤がはがれ子宮壁を通じて性器出血を認める外出血型と,剝離した胎盤と子宮の間に出血がたまり外出血を認めず潜伏出血となる内包型がある.内包型では,子宮内で血腫が徐々に増大し凝固因子が消耗されるため,DICになりやすい.

胎盤では,母体血液は子宮動脈から絨毛間腔に噴出され,絨毛間腔で絨毛を介し母児間でのガスや栄養交換が行われる.分娩時の出血予防のためには凝固系が機能し,絨毛間腔の血流障害予防には線溶系が機能している必要があり,凝固系と線溶系のバランスが重要となる.このバランスを維持するため,胎盤では組織因子や第VII,X因子が増加しているが,プロテインC,Sの産生も亢進しており,組織因子からの凝固カスケードの活性化が抑制されている.一方,線溶系ではプラスミノゲンが増加しているが,PAI1,2の発現も亢進しており,線溶系カスケードが制御されている.常位胎盤早期剝離では,胎盤の剝離とともに血液中に大量の組織因子が放出され凝固系が亢進し,多量のトロンビンが産生され,フィブリノゲンは消費され消費性凝固障害が進行する.さらに,PAI1,2による線溶抑制は破綻し,線溶系カスケードが進展しフィブリンの分解が進む.出血量に見合わないトロンビンの産生,フィブリノゲンの消費,フィブリンの分解からDICに至る.

胎児死亡の場合は特にDICを発症しやすい.本邦の産科DICスコアでは常位胎盤早期剝離では児が生存している場合は4点であるが,児が死亡している場合は5点となる.2010年から2017年度までの本邦の常位胎盤早期剝離に関連した妊産婦死亡は8例であり,うち7例が子宮内胎児死亡を伴っていた15

治療は,母体の全身管理を行い,DICや妊娠高血圧症候群,HELLP症候群の合併の有無について検索し,必要に応じ輸血,抗DIC療法を行いながら,帝王切開術または機械分娩(吸引,鉗子分娩)により児の娩出を行う.分娩によりさらに出血量が増加するため,分娩後のDICの有無についても慎重にフォローする必要がある.

2)羊水塞栓症

羊水塞栓症の発症は10万分娩中5例と極めて稀であるが,母体死亡率は20~60%と予後不良である.リスク因子としては羊水成分が母体血中に流入しやすい状況として破水後,帝王切開,機械分娩,頸管裂傷などが挙げられる.発症から心停止までの時間が極めて短く,2010年から2020年の本邦の心肺虚脱型羊水塞栓症による妊産婦死亡症例52例では,10分以内が21%,1時間以内が約60%であった2

羊水塞栓症は,羊水が母体内に流入し,羊水中の成分による肺塞栓などの物理的塞栓に起因すると考えられていたが,近年主な発生機序は羊水に対するアナフィラクトイド反応と推察されている16.羊水は夫抗原由来の異種蛋白を含み,母体血中に流入すると自然免疫系が反応し凝固因子が消費されDICに至る.さらに,補体系やキニンカリクレイン系の活性化から子宮や肺を中心に急激に血管透過性が亢進し,間質に血管浮腫が発生し,子宮弛緩症や肺水腫が生じ出血量に見合わない低血圧をきたす.

妊娠中または分娩後12時間以内に心停止,呼吸不全,DIC,分娩後2時間以内の原因不明の大量出血を認め,これらが他の疾患で説明できない場合に臨床的羊水塞栓症と診断される.羊水塞栓症は臨床症状から心肺虚脱型と子宮型に分類される.心肺虚脱型は分娩期の突然の呼吸困難,意識障害,ショック,重度のDICを呈する.子宮型は早期臨床基準として子宮底長が臍上2横指以上,子宮筋層が非常に柔らかく,フィブリノゲン値が150 mg/dL以下であることが挙げられる.死亡例で剖検された場合,心肺虚脱型状態が主体でかつ肺に胎児や羊水成分を認める場合は心肺虚脱型羊水塞栓症,子宮弛緩症やDIC主体で子宮血管内に胎児や羊水成分をみとめ子宮間質浮腫を伴う場合,子宮型羊水塞栓症と診断される.

臨床的羊水塞栓症の診断基準のうち,分娩後2時間以内の大量出血は,弛緩出血などの分娩後異常出血との鑑別が困難となる.分娩後2時間以内に1,500 mL以上の出血を認めた症例のうち,羊水塞栓症9例と非羊水塞栓症78例とで比較した検討によると,分娩時の出血量は非羊水塞栓症の方が多く,分娩2時間後の出血量は羊水塞栓症の方が多かった.また,羊水塞栓症では凝固系が亢進し,DICスコアも高く,特にフィブリノゲン値の中央値は70 mg/dLと有意に低かった.発症時出血量とフィブリノゲン値をもとに3群に分類すると,心肺虚脱型羊水塞栓症は全例,出血量が少なくフィブリノゲンも低値の群に分類され,子宮型羊水塞栓は全例,出血量が多くフィブリノゲン値が低値の群に分類された.非羊水塞栓症ではほぼ全例,出血量は多いがフィブリノゲン値が維持されている群に分類された17.心肺虚脱型羊水塞栓では出血量に見合わないDICの進行,特にフィブリノゲン低値を伴うこと,子宮型羊水塞栓症はフィブリノゲンの著明な減少を伴う大量出血を認めることが非羊水塞栓型の分娩後異常出血との鑑別のポイントとなる.

羊水塞栓症は症状や病態に応じた治療が必要となる.気管支平滑筋収縮,気道分泌物増加から呼吸不全に至った場合は人工呼吸器管理や,肺水腫・ARDSに対する治療を行う.冠動脈攣縮から心停止に至った場合は速やかに心肺蘇生を行う.子宮弛緩出血に対しては,バルーンタンポナーデ,動脈塞栓術,子宮圧迫縫合,子宮摘出による止血を行う.DICに対しては,短時間に凝固と線溶が亢進するため,輸血やフィブリノゲン製剤により凝固・線溶因子を補いながら,トラネキサム酸による線溶抑制,アンチトロンビン製剤による凝固抑制を行う.

3)HELLP症候群/急性妊娠脂肪肝

HELLP症候群は,溶血,肝酵素上昇,血小板減少を三兆とし,妊産婦死亡は1~25%と予後不良である.DICや胎盤早期剝離のほか脳出血の合併率が非常に高い.脳出血は本邦の妊産婦死亡の原因として産科危機的出血に次いで多く15%を占めている2.日本脳卒中学会認定研修病院736施設の妊産婦の脳卒中に関するアンケート調査によると,出血性脳出血111例のうち11%が妊娠高血圧症候群,8%がHELLP症候群であった.発症時期は,脳動脈瘤やAVMは分娩前に多かったのに対し,妊娠高血圧症候群やHELLP症候群では分娩周囲に集中していた18.妊娠高血圧症候群やHELLP症候群の場合,凝固障害が背景にあるため止血困難であり,早期の画像診断による早期手術が救命のために重要となる.

HELLP症候群の治療は,児の成熟が期待できる妊娠34週以降は分娩,妊娠34週未満は母体の状態が安定していれば,胎児の肺成熟目的にステロイドを投与し24~48時間待機し妊娠終結する.待機中に急激に悪化することあり,頻回の血液検査によるフォローが必要となる.脳出血のリスクが高いため十分な降圧と硫酸マグネシウムによる子癇予防を行う.DICを併発した場合は,FFP,血小板濃厚液,アンチトロンビン製剤を投与する.妊娠終結により治癒に向かうことが多いが,直ちに肝機能や血小板数が改善するとは限らず,分娩後もDICへの進展がないか経時的なフォローが必要である.分娩後4~5日後も血小板値が回復しない場合や腎不全などの臓器障害を伴う場合は血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP)も鑑別に入れる.

妊娠中に血小板減少を呈する疾患はHELLP症候群のほかに,急性妊娠性脂肪肝(acute fatty liver of pregnancy: AFLP),TTP,二次性血栓性血管内凝固症(thrombotic microangiopathy: TAM),SLEの増悪が挙げられる.このうちDICの発症が極めて多い疾患がAFLPである.急性妊娠脂肪肝の発症頻度1/13,000と極めて稀であるが予後不良である.初発症状は嘔気・嘔吐,右季肋部痛であり,妊娠子宮による臓器圧迫も同様の症状を呈するため見逃されることがある.診断は主に組織学的診断に基づきなされが,DICを合併した場合は肝生検の施行が困難となる.AT(アンチトロンビン)値および血小板数に基づいた鑑別が有用であり,AST高値(>45 IU/L),LDH高値(>400 IU/L)の両者を満たし,さらに血小板値<12万/μLの場合はHELLP症候群,AT活性<65%以下かつ血小板数≧12万/Lの場合はAFLPを疑う19.Swanseaの診断基準では,臨床症状(嘔吐,腹痛,多飲/多尿,脳症),血液所見(高ビリルビン血症,低血糖,尿酸値上昇,白血球増多,高アンモニア血症,腎機能障害,凝固異常),検査所見(超音波断層法による腹水または肝臓高輝度所見,肝臓生検によるmicrovesicular steatosis)の14項目のうち6項目を満たす場合に診断される20.母体腎不全,肝性脳症,DICのリスク高く,可及的速やかに分娩を終了させ母体治療を行う.

4)COVID19

妊婦のCOVID19感染に関する69文献のシステマティックレビューによると,凝固障害を10例,血栓症7例に認めた.死亡例は17例であり,うちDICは2例(12%)であった21.COVID19非罹患妊婦のDIC発症頻度は0.03~0.35%2,血栓症は0.1%であり22,COVID19罹患妊婦は凝固障害や血栓症のハイリスクであることを認識する必要がある.

4.まとめ

産科DICは基礎疾患を背景に急速に病状が進行し,母体死亡率も極めて高い病態である.母体救命の鍵はDICになりやすい基礎疾患の認識,早期発見と診断,産婦人科,救命救急科,麻酔科,小児科,放射線科,手術部,輸血部,検査部などの多職種連携による迅速な治療介入と考える.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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