2024 年 74 巻 Special_Issue 号 p. 2024-009
文化産業を取り上げたコーナーを設置する図書館を対象に,日本の公共図書館がどのように地域産業に関する情報提供を位置づけ,サービスを実施しているかを明らかにする。(1)アニメーションコーナー(練馬区立大泉図書館),(2)映画資料室(調布市立中央図書館),(3)人形コーナー(さいたま市岩槻図書館)の3コーナーを対象に,設置されているコーナーの概要やコーナーに関する資料収集について,館や自治体の発行物,Webサイトを通じて調査した上で,実際にコーナーの訪問調査を実施した。以下の3点を指摘することができた。第一にゆかりの深い地域の図書館に設置されていること,第二に地域産業の魅力発信が意図されていること,第三に地域産業の担い手に向けた情報提供は主眼ではないこと。
ビジネス支援サービスは“公共図書館がビジネスにかかわる情報ニーズを持つ個人,起業を希望する市民,個人事業者などを支援するためのサービス”とされる1)。『地域の情報ハブとしての図書館』によれば,日本のビジネス支援サービスは“公共図書館として支援可能な地域の経済社会の活性化につながるあらゆる取組”が想定されており2),起業支援や中小企業経営支援に限定されず,農業支援サービスなどの地域産業を生かした情報提供サービスが企画・実施されている。豊田恭子によればこうしたサービスは世界の図書館関係者によって“きわめてユニークで創意工夫に富んだもの”と評価された3)。
『地域活性化志向の公共図書館における経営に関する調査研究』で紫波町図書館などの事例分析を通して地域活性化に資するサービスを実現する条件を考察されている4)など,調査や事例報告は見られるものの,農業や工業を支援するサービスに関するものが多く,個別の地域産業の支援についての分析は十分に行われていない。
本発表ではこうした地域産業を生かした情報提供サービスの中でも,日本独自の産業の活性化や魅力の発信の貢献に繋がりうる文化産業を事例として,地域産業を取り上げたコーナーを設置する3つの図書館を対象に,公表資料の分析やコーナーの訪問により,日本の公共図書館がどのように地域産業に関する情報提供を位置づけ,サービスを実施しているかを明らかにする。
各市区町村立図書館のWebサイトや年度ごとに発行する要覧を参考に,関東圏(東京都・埼玉県・神奈川県・千葉県)に位置する市区町村立図書館において地域産業を取り上げたコーナーを調査したところ,(1)アニメーションコーナー(練馬区立大泉図書館),(2)映画資料室(調布市立中央図書館),(3)人形コーナー(さいたま市岩槻図書館)の3コーナーが抽出された。
これらのコーナーを有する図書館を対象に,以下の観点から調査を実施した。①コーナーの概要,②コーナーに関する資料収集の背景,③自治体政策との関係,④コーナーが設置されている図書館の立地,⑤図書館内におけるコーナーの位置,⑥提供されている図書館情報資源の体系(区分・主題)と内容。対象としたコーナーについて,館や自治体の発行物,Webサイトにより①〜③を調査した上で,実際にコーナーの訪問を実施し④〜⑥を調査した。調査時期は2023年2月,2024年4月である。
①コーナーの概要については,『練馬区教育要覧』に“練馬区はジャパンアニメーション発祥の地であり,東大泉に東映アニメーションもあることから,アニメ関連資料の充実に努め,平成24年9月「アニメーションコーナー」を設置”したと示されていた5)。
②コーナーに関する資料収集の背景については,「練馬区立図書館資料収集方針」によれば“練馬区にゆかりのある人物の作品や練馬区内が舞台となっている作品等,練馬区に関連する資料は積極的に収集”,“特に練馬区に集積するアニメーション制作会社による作品は,積極的に収集”することが明記されていた6)。③自治体政策との関係については,『練馬区産業振興ビジョン』に「区の特色を活かして取組を強化する分野」として「特色ある産業としてアニメ産業を応援する」ことが明記されるなど,アニメーションは産業として区の重点政策に位置づけられていた7)。④コーナーが設置されている図書館の立地については,練馬区立大泉図書館は東映アニメーション株式会社大泉スタジオのある大泉学園駅が最寄り駅であった。⑤図書館におけるコーナーの位置については,図書館1階中央部に位置し,ヤングアダルトコーナーや閲覧席の近くに設置されていた。
⑥提供されている図書館情報資源の体系と内容については,NDC 778.77(アニメーション)の図書が「知る」,「楽しむ」,「作る」の3つの主題に分かれて排架され,提供されていた。「知る」では『アニメ研究入門』といったアニメやサブカルチャーに関する解説書が,「楽しむ」では『スタジオジブリの想像力』といったアニメ作品の魅力に関する図書が,「作る」では『アニメを作ることを舐めてはいけない』(富野由悠季のエッセイ)といったアニメ監督,アニメーター,アニメ制作に関する図書が提供されていた。
3.2 映画資料室①コーナーの概要については,調布市立図書館Webサイトに,調布市と映画の関わりの説明がなされた上で,以下のとおり示されていた。
平成7年10月,中央図書館の開館と同時に,5階参考図書室の一画に映画資料室を新設しました(略)。開架スペースの蔵書は約4,000冊,閲覧席は6席という小さい資料室ですが,映画ファンから学生,映画関係の仕事をされている方々まで,幅広い層に利用されています8)。
②コーナーに関する資料収集の背景については,『調布市立図書館50年の歩み』に,調布市立中央図書館新館(現在の中央図書館)開館にあたり,地域の特性を生かした図書館独自のコレクションとして,“「調布に関わりの深いこと」「市民の共感を得られること」「テーマが独自なこと」「収集,展示が可能であること」の4点”に合致するものとして映画資料コレクションを設置したと記述されている9)。さらに「映画資料収集等に関する方針」には“「映画のまち調布」の地域資料の一環として,日本映画,特に日活調布撮影所・角川大映スタジオに関する資料を中心に,映画に関する資料や映画制作に役立つ資料を幅広く収集する”と明記されていた10)。
③自治体政策との関係については,「映画のまち調布」の政策は,『調布市総合計画』の「産業(創業支援・地域経済)」政策の重点政策に位置づけられており,市の重要政策として位置づけられていた11)。④コーナーが設置されている図書館の立地については,調布市立中央図書館は調布駅至近に位置していた。⑤図書館におけるコーナーの位置については,館内参考図書室の奥に部屋が設けられていた。
⑥提供されている図書館情報資源の体系と内容については,参考図書,雑誌,一般図書が請求記号順に排架され,提供されていた。一般図書はNDC 778(映画)が9割を占め,『映画よさようなら』といった映画評論,『異文化社会の理解と表象研究』といった映画に関する研究書,『無声映画入門』といった映画史,『機動警察パトレイバー35th公式設定集』といったアニメーション映画に関する図書が提供されていた。NDC 778以外の図書では,『戦争映画と社会学』などの映画を学問的見地から分析した図書や,『シナリオ構造論』などのシナリオに関するものが提供されていた。
3.3 人形コーナー①コーナーの概要については,さいたま市図書館Webサイトに“岩槻図書館では,人形に関する資料を集めた「人形コーナー」を設置しています”と示されていた。さらに,「歴史文化を継承し,持続可能な将来へ」として,SDGs目標11である「住み続けられるまちづくりを」に対応していることが示されていた12)。
②コーナーに関する資料収集の背景については,『さいたま市図書館要覧 令和5年度』掲載の「さいたま市図書館図書資料収集・保存分担基準」によれば,“館の所在する区の区長マニフェスト,及び地域の歴史,特性等をふまえ,特色ある蔵書構成となるよう,特定のテーマのものを重点的に収集する”とした上で,岩槻図書館における重点収集の対象に日本人形が挙げられていた13)。
③自治体政策との関係については『さいたま市総合振興計画 基本計画2021-2030』において「観光の振興とMICEの推進」として“「盆栽」「漫画」「人形」「鉄道」等の文化資源など,多彩な地域資源を有しており(略)その様々な地域資源の魅力を高め,活用していくことで,地域経済の活性化や交流機会の増加,更には本市のブランド力向上につなげていく”とあり,日本人形は岩槻の観光に資する地域資源とされていた14)。④コーナーが設置されている図書館とその立地については,さいたま市岩槻図書館は岩槻駅が最寄り駅であった。岩槻駅は岩槻区役所がある岩槻地域の中心駅であり,岩槻人形博物館が近隣に位置していた。⑤図書館におけるコーナーの位置については館内の中央部にあり,地域資料・参考図書と隣接していた。
⑥提供されている図書館情報資源の体系と内容については,日本人形に関する図書が請求記号順に排架され,提供されていた。見出しはNDC別に3類,5類,6類,7類,759の5種類で,NDC 759(人形,玩具)の図書が全体の8割以上を占めていた。NDC 759の図書として『雛人形と雛祭り』,『図説日本の人形史』など,日本人形について解説した図書や,日本人形をとりあげた展覧会の図録が提供されていた。
第一に,ゆかりのある地域の図書館に設置されていることが指摘できる。「公立図書館の任務と目標」に,“中央館や大きな地域館には,参考資料室を設ける”と記述がある15)ように,自治体の公共図書館網において参考調査機能を有する図書館は一般に中央図書館が多いと考えられる。しかし,今回取り上げたコーナーの設置館を見ると中央図書館に限定されず,ゆかりのある地域の図書館に設置されていた。
第二に,地域産業の魅力発信が意図されていることが指摘できる。今回取り上げたコーナーの主題は,いずれも産業振興計画や総合計画に明記され,自治体の産業政策・観光政策と関連付けられていると考えられた。さらに,提供されている情報資源より,その地域産業について解説したり,関係する研究や展示などの成果を記述したりしている資料が多く提供されており,地域産業の魅力発信が意図されていると考えられた。
第三に,地域産業の担い手に向けた情報提供は主眼ではないことが指摘できる。ビジネス支援サービスは利用者や地域のビジネスの活性化に貢献するものであり,そのためには産業の担い手の支援につながるような業界の情報や仕事に寄与する知識・スキルの提供が必要となる。本研究の分析対象となったコーナーではそうした情報資源は一部提供されている館も見られたものの,あくまで地域産業の魅力発信が主であり,担い手に向けた情報提供は主たる目的とは捉えられていないと考えられた。これは「ビジネス支援サービス」という名称で実施されてきた情報提供と異なる点であると言えるのではないだろうか。
本発表では文化産業を事例として,日本の公共図書館がどのように地域産業に関する情報提供を位置づけ,サービスを実施しているかを明らかにした。今後,ビジネス支援サービスにおける情報提供とあわせて分析を実施していくことで,地域産業の発展に資する情報提供の検討を進めていきたい。こうした地域産業に資する情報提供は日本独自の実践であると考えられ,分析を続けていくことで,「ビジネス支援サービス」の概念を拡張させうるものである。さらに,公共図書館の情報提供がいっそう地域経済の発展,ひいては地域の活性化に寄与できるものになると考えられる。
本発表は2022,2024年度駿河台大学総合研究所研究プロジェクトの助成を受けています。