日本の大学を取り巻く財政環境は急速に変化しており,各大学においては教育・研究活動の特色に合わせた戦略的かつ安定的な資金確保が求められています。本特集では,「大学の財源多様化の課題と実践」と題し,共同調達,外部資金獲得の戦略に関連する事例や取り組みなどを多角的な視点からとりあげます。
まず本特集の総論として,両角亜希子氏にご執筆いただきました。過去20年の変化を振り返りつつ,授業料収入や政府からの機関援助の増加が見込みにくい中で収入確保やリスク分散の観点から財源の多様化が求められていることを説明し,国立大学における財源の多様化の進展とその影響,資金獲得に関する課題について分析されています。
各論では,多様な財源確保の取り組み事例を紹介します。小泉周氏には,オープン・アクセス推進のための転換契約などのコンソーシアム契約の課題と展望についてご執筆いただきました。学術出版のビジネスモデルが変化する中,大学コンソーシアムがスケールメリットを活かして出版社とコンソーシアム契約を締結する意義や,大学コンソーシアムに関わる様々なステイクホルダーが抱える課題等について論じています。
深澤百合子氏には,長岡技術科学大学による図書館システムの共同運用について取り上げていただきました。2007年から全国の国立高等専門学校と統合図書館システムを共同運用することで,経費削減や業務効率化を実現してきた経緯と,そのメリット・デメリットについて15年以上の運用経験をもとに考察されています。
また海外の事例として,アメリカの大学の事例を梅澤貴典氏に紹介いただきました。特に寄付金獲得のための先進的な取り組みを取り上げ,またそれを実践するための具体的な方法として図書館と司書による学術情報資源を活用した教育研究支援等について述べられています。
続いて外部資金獲得のための取り組みとして,田中有理氏・渡邉幸佑氏より,東京都立大学におけるリサーチ・アドミニストレーター(URA)のプレアワード業務に焦点を当ててご執筆いただきました。申請書作成支援,説明会・セミナーの開催,オンデマンド提供アプリの開発などの取り組みを紹介しています。
最後にコラムとして永野聡氏による大学ゼミナールにおけるクラウドファンディング活用事例を取り上げています。大学におけるクラウドファンディングは,昨今広く活用されるようになりましたが,特に小規模なゼミ単位でのクラウドファンディング実施の課題と可能性について詳しく考察いただいています。
本特集を通じて,日本の大学が直面する資金面の課題についての理解を深めるとともに,新たな資金調達手法の導入や運用に向けた具体的なヒントを得る一助となれば幸いです。読者の皆様にとって有益な情報となることを願い,本号をお届けいたします。
(会誌編集担当委員:福原綾(主査),青野正太,尾鷲瑞穂,森口歩)
本稿は,なぜ大学の財源多様化が必要なのか,実際に大学財源の多様化は進んできたのか,資金調達の多元化を進めるうえの課題は何かについて検討した。授業料収入と政府からの機関援助の増加が見込みにくい中で,収入確保やリスク分散の観点から多様化が重要になると同時に,大学の役割の拡張が財源多様化にもつながってきた。過去20年の変化を見ると国立大学で財源の多様化が進んでおり,制度改正と大学の努力の影響があった。しかし,国立大学で増えた財源は,使途の拘束性と財源獲得の見込みに問題があり,常勤教職員など長期的な固定費に充てにくい。新たな収入を得ることで,追加の費用が発生することを認識し適切にマネーができる,大学内での管理能力の向上も必要である。
現在,世界規模でオープン・アクセス(OA)の推進が進む中,学術出版のビジネスモデルは「出版モデル」が主体となりつつある。この状況において,一定規模の大学群がコンソーシアムを形成し,スケールメリットを活かして出版社と転換契約をはじめとするコンソーシアム契約を締結することは,経済的にも合理的な選択であるといえる。しかし,実際には,異なるステイクホルダー間でOAの目的や意義は異なっており,それぞれに様々な課題を抱えている。本稿では「国」「大学」「研究者」「出版社」といったステイクホルダーが抱える課題を整理し,これまでの転換契約の取り組みを振り返りながら,今後のあるべき姿について展望する。
長岡技術科学大学では,2007年3月から全国の国立高等専門学校とともに,統合図書館システムを共同運用している。各校の図書館システムを1つに統合し,サーバを集約した統合図書館システムの構築により,全体として経費の削減,業務の効率化,業務負担の軽減を実現した。本稿では,長岡技術科学大学と高等専門学校との連携事業の歴史,統合図書館システムに至る背景と導入までの経緯,統合図書館システムの概要等について紹介し,15年以上統合図書館システムを運用してきた経験を基に,統合型図書館システムのメリット,デメリット,課題について考察する。
本稿では,日本の各大学において新たな財源を開拓する上での参考となることを目的として,アメリカの大学における財源のうち,特に寄付金獲得のための特徴的・先進的な事例を紹介する。また,アメリカの先進事例から得たアイデアを日本で実践するにあたっての実現性を高め,かつ安定した増収につなげるために,アメリカにおける学修支援活動を応用して教育研究を充実させ,卒業生からの感謝と社会からの評価を得ることを提言する。その具体的な方法として,主に図書館と司書による学術情報資源を活用した教育研究支援等について述べる。
本稿では,東京都立大学のリサーチ・アドミニストレーター(URA)が行うプレアワード業務に焦点を当て,特に申請書の作成支援の具体的な取り組みについて紹介する。競争的研究費の獲得を目指す研究者のために,申請書の作成支援,説明会やセミナーの開催,申請書の自動化やオンデマンド提供アプリの開発などの取り組みを行っている。また,博士後期課程学生支援事業やオープンアクセス加速化事業への申請を例に,URAに求められる業務及び能力について私見を示す。
オープンサイエンスの流れを受け,我が国においても研究データ管理の重要性が高まり,国の方針もあいまって,研究者や研究機関の取り組みが求められてきている。また,研究データの管理・利活用という流れの中で,公的資金による研究成果論文とその根拠データの即時オープン化も義務化されようとしている。論文のオープンアクセス化や,研究データの利活用は,オープンサイエンスにとっては非常に有効であるが,半面,その管理工数が多く,研究者に負担を強いることになりかねない。こうした研究者の負担をいかに軽減できるか,慶應義塾大学における研究データ管理計画とメタデータ付与のための支援システムの開発事例を紹介した。
公共図書館における法情報サービスの担い手であるロー・ライブラリアンの養成について,司書課程教育(大学における司書課程科目による教育),現職教育(現に図書館員として働いている者に対する教育)の2つの観点から現状を分析した。司書課程教育については個別の主題知識をあまり取り上げなくなっている。現職教育については日本の多くの図書館ではOJT(On the Job Training)において習得することが想定されている一方,主題に関する基礎知識を前提とする法情報は,実践の中だけで学ぶのは難しい。その上で,ロー・ライブラリアン研究会や法律図書館連絡会といった研究会による研修の実施や交流機会の創出の必要性を指摘した。