情報の科学と技術
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農学系研究者の外部資金獲得と研究成果発表状況の調査に関する事例報告
久保 琢也伊藤 広幸三宅 誠司
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論文ID: 2024-008

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発表概要

大学において,所属研究者の外部資金の獲得状況や研究成果の発表状況を把握することは,研究力の強化に向けて組織としての研究戦略を検討する上で重要な業務の1つである。本発表では,その取り組み事例として,信州大学農学部に所属する研究者の研究活動の可視化について報告する。方法としては,本部所属の分析担当者と部局担当URAが連携し,信州大学およびベンチマークする大学の研究者の研究スタイルを考慮した上で,外部資金獲得状況や論文発表状況を比較調査した。本取組により,農学系研究者の多様な研究活動を可視化する上で,研究スタイル等の研究分野固有の特徴を加味することや,複数の指標を組み合わせることの重要性が示唆された。

1. はじめに

近年,大学等の研究機関では研究戦略の策定や研究支援策の検討等のために,研究者による研究活動に関する調査が行われている。著者らが所属する信州大学では,大学本部にあるアドミニストレーション本部のIR(Institutional Research)部門がその役割を担っており,これまで全学的な視点から所属研究者による研究成果の発表状況や外部資金の獲得状況等の調査や分析が行われてきた。その一方で,本部に所属するIR担当者だけでは各部局の状況や研究分野固有の特徴を加味したきめ細やかな分析は難しいのが現状である。

こうした中,発表者らは本部所属のIR担当者と部局を担当するURA(University Research Administrator)との協働により,農学部に所属する研究者(以下,農学系研究者)の外部資金獲得状況や論文発表状況の可視化に取り組んでいる。農学系研究者の研究スタイルは多様であり,また,自然科学から人文社会科学まで研究分野も多岐にわたる。本発表ではこうした特徴を踏まえて行った調査の概要を報告するとともに,課題や今後の展望について述べる注1)

2. 調査の方法

信州大学農学部の研究活動を可視化するため,他大学の農学部との比較を通じた分析を行った。比較対象は大学規模や,研究領域を考慮し,農学部の執行部と担当URAによって決定した(以下,A大学とする)。信州大学に所属する農学部の研究者は76名であった。また,A大学における信州大学の研究者と同様の分野の研究者は75名とほぼ同数であった。さらに,各研究者を研究スタイルによってラボ系,フィールド系,ラボ/フィールド系に分類した。A大学における研究者の選定や研究スタイルによる分類は農学部担当のURAが行った。

外部資金の獲得状況については,科学研究費助成事業データベースを用いて2018年度から2022年度に研究代表として採択された科研費の研究課題,また,研究分担者として参画する研究課題の件数や規模を調査した。また,論文についてはSciValを用いて2018年から2022年に発表された国際誌論文の発表状況(論文数,引用指標,著者位置,国際共著等)を調査するとともに,J-STAGEを用いて国内学会誌における論文発表状況(論文数)の調査を行った。

3. 結果

科研費の獲得状況についてはA大学よりも信州大学の方が件数は多いものの総配分額の合計はA大学の方が高い結果となった。その理由としては,A大学では金額規模の大きい研究課題に複数採択されていることが挙げられる。なお,研究スタイルによって金額規模に明確な差は見られなかった。また,研究分担者としての参画状況は両大学で大きく異なっており,信州大学では参画先が自大学の研究課題と他大学の研究課題でほぼ同数であるのに対して,A大学では他大学の研究課題が自大学の約3倍ほどであった。

論文の発表状況については,両大学で強みのある分野は異なるものの,全体としてA大学の方が信州大学よりも論文数が多く,FWCI(Field Weighted Citation Impact)が高い傾向にあった。この傾向はA大学が国際共同研究を活発に行っていることが理由として示唆された。研究スタイルに着目すると,両大学で論文数が多い研究者はラボ系に多いこと,また,特に信州大学ではラボ系の研究者は国際学会誌での発表が主であるが,フィールド系の研究者は国内学会誌での発表が一定割合を占めていた。

4. おわりに

農学系研究者の多様な研究活動を可視化する上で,研究スタイルといった特徴を加味することや,複数の指標を組み合わせることは重要であると言える。本調査結果の一部は農学部の執行部と共有され,既に,施策へと反映されている。こうした部局の施策の効果検証等のために,継続的に農学部の研究活動をモニタリングしていく必要があるだろう。また,同様の分析を求める声は他部局からも寄せられており,全学的に展開するための体制構築も今後の課題である。

注1)  本発表は筆者らがRA協議会第9回年次大会において発表した内容に,外部資金に関する分析を加えて改めて考察を行なったものである。

 
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