情報の科学と技術
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生成AIツールを使いこなすスキルが研究の効率性や成果に与える影響
Scopus AIの利活用を例とした考察
柿田 佳子
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キーワード: 文献検索, 生成AI, Scopus, Scopus AI
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論文ID: 2024-010

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発表概要

生成AIの登場と普及により,ハルシネーション,バイアス,プライバシー,著作権などの懸念がありつつも,生成AIの利点をどう活かしていくかがが議論の中心となっている。本発表では,Scopus AIの事例を通じて,生成AIが研究に与えるメリットを考察する。論文ベースの情報収集は「検索」から「ディスカバリー」へと進化し,分野を超えた共同研究に挑む研究者を助けることが期待される。信頼性の高いツールを選択し,賢く活用するための知識とスキルを持つ重要性を強調し,生成AI時代の研究力向上に向けた議論の活発化を目指す。

1. はじめに

ChatGPTの登場以降,生成AIの利用について世界中で熱心に議論されてきた。利用場面はますます広がり,我々の生活に多種多様な変革をもたらすだろうというのが世界の共通認識として確立しつつある。しかしハルシネーション,バイアス,プライバシー,著作権等の懸念がなくなったわけではない。したがって,現在の議論の中心は,いかに懸念事項に対処しつつ,生成AIのメリットを最大限引き出すかだ。その知識とスキルを持つことが重要だという認識のもと,個人,機関,業界,国等の様々なレベルで議論が進んでいる。ChatGPT以外の生成AIツールが続々とリリースされるに伴って,実際にツールを使った検証も始まっている。

この状況は,多くの業界にチャンスとチャレンジを同時にもたらしている。研究の世界も例外ではない。研究者の多くは,既に何らかの生成AIツールを研究に使った経験があるが,何に注意すべきかをしっかり認識せずに利用している可能性も否めない。大学等の研究機関は,この状況に対応する必要性を感じている。対応に遅れることで思わぬ問題に陥る可能性があるうえ,この大きな変化への対応力が機関としての研究競争力に影響する可能性もあるためだ。エルゼビアがIpsos社と協力して行った,アカデミックリーダーを対象にしたグローバル調査では,リーダーの64%がAIガバナンスを最優先事項の一つと回答している。しかし,必要な変化に適応する準備が整っていると感じているのは23%のみだ。1)

日本でも研究者の多くは既に生成AIツールを使った経験があるだろうが,研究機関はどうだろうか。他国に比較すると,日本では研究機関の生成AIツールへの関心が低いように感じられる。それが結果的に,日本の研究力低下に拍車をかけるのではないかと懸念している。エルゼビアは,Scopus(スコーパス)に生成AIを搭載したScopus AIを開発した。2023年8月にアルファ版をリリースして以降,世界中のステークホルダーから情報交換を希望する依頼が寄せられているが,日本からはそうした声は聞こえてこない。単に,Scopus AIというプロダクトに関心がないだけの可能性もあるが,大学等が研究者の生成AIツールの利用について支援する機運が高まっていないことを示すのであれば,大きな懸念であると考える。

2. 生成AIツールのメリット

生成AIツールは,研究活動にどういった具体的なメリットがあるのか。研究は,様々な活動からなるプロセスだが,本発表では,論文(文献)をベースにした情報収集に焦点を当てて考察したい。

2.1 検索からディスカバリーへ

Scopusは,世界中の研究者に利用されている論文検索ツールである。高品質で信頼性の高いScopusのコンテンツを使い,プライベートで安全な環境でLLM(Large language model)を使えるようにしたのがScopus AIだ。ScopusとScopus AIは,利用者に異なる価値を提供し,Scopus AIはScopusに置き換わるものではないが,両者を比較することは生成AIツールのメリットを示すのに役立つだろう。

Scopusは,特定の研究分野に関連する論文を探したり,特定の研究者や研究機関が発表した論文を見つけたりする検索に適している。その研究分野に詳しい研究者にとって,効率的に情報収集できる検索ツールだ。これに対してScopus AIは,関心のある事柄について,概要を多角的かつ効率的に把握できる。次の質問も提案してくれるので,自身では考えつかない多様な視点から情報を得ることができる。これは「検索」というより「ディスカバリー」と言えるだろう。

2.2 学術的インパクトから社会的インパクトへ

従来,研究者にとってインパクトと言えば,自身の論文が何回引用されたかを示すサイテーション(被引用数)やFWCI(Field weighted citation impact)のような指標で表される学術的インパクトだった。近年では,日本も含めて多くの国で,社会的インパクトをより重視するようになっており,社会的インパクトにつながる可能性の高い研究の方が研究費を得やすい傾向はますます高まるだろう。これは多くの研究者にとっては大きなチャレンジだ。例えば,地球温暖化対策につながるような研究を例にして想像してみよう。多様な分野の研究者が協力する必要があるのは容易に想像できるだろう。しかし実際には,異なる分野の研究者が集まって研究し始めるのは容易ではない。互いの研究の概要を簡単に把握できれば,研究者間のコミュニケーションの壁を下げるのに役立つが,これをScopusで行おうとすると,まず何のキーワードで検索すべきかを知っていないと検索を始められない。検索した後には,多数の論文を読んで自分なりに情報を整理する必要がある。抄録を斜め読みするだけでも膨大な時間がかかる。Scopus AIを使うと,自然言語で質問できるので,特定の研究分野に関する知識がなくても情報収集を始められる。その分野の概要や主な論文や研究者を一度に示してくれるので,大枠の把握に便利だ。壁があるのは,研究者間だけではない。研究が社会に役立つことが求められるなか,行政,企業,一般市民等に研究を分かりやすく伝える必要が生じる機会はますます増えるだろう。そういった場面でもScopus AIのメリットが活かせる。

2.3 ChatGPTではダメなのか

こうしたメリットは,ChatGPTでもある程度享受できそうだが,ここで問題となるのがハルシネーション,バイアス,プライバシー,著作権等の懸念事項だ。こうした懸念事項が大きな問題にならない利用場面も多くあるが,研究においては大きな問題だ。信頼性の高いツールが望ましいと考える研究者や研究機関は多いようだ。Scopus AIでも,懸念のすべてが完全に解決されるわけではないことは明記しておきたい。プライバシーや著作権の懸念には,しっかり対応しているが,ハルシネーションは発生リスクを皆無にできるわけではなく,リスクを最小限に抑え,利用者自身で情報源を確認できるようにして透明性を高めている。Scopus AIに関心を持つ研究機関の多くは,現時点で最も信頼できるツールを自機関の研究者や学生に用意することで,何がリスクなのかも含めて学べる環境を整えようとしているようだ。AIの時代を生きていく人材を支援・育成するうえで,知識とスキルを体験を通して獲得できる環境を用意することの意義は大きいだろう。

3. おわりに

生成AIの技術は,今後も驚くべきスピードで進化し続けるだろう。何に注意すべきかを理解し,目的に適したツールを選択し,賢く使いこなすスキルを獲得することは,多くの業界において,競争力を高めることに直結することが見込まれる。本発表では,研究のなかでも特に情報収集に焦点を当て,効率性や成果に与える影響について考察した。生成AIを使いこなす人材が増えることに少しでも寄与することを期待する。

参照文献
 
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