論文ID: 2024-017
本研究では,ホップ(状況把握),ステップ(成功要因の抽出と解析),ジャンプ(提言策定)の3段階に沿って,デンマークのØrsted(オーステッド)社(以下O社)が石油・ガス事業から再生可能エネルギー事業への転換を成功させた要因解析を行った。ホップでは,事業戦略を推進する上で無形資産の役割を明らかにするため,過去に遡り情報を収集,外部・内部環境分析を行った。ステップでその結果を解析し,知的財産が事業推進において必然的な役割を果たしていることを明らかにした。最後のジャンプとして,以上の結果より日本企業においても知財-事業-研究開発の三位一体活動がより一層重要であり,持続可能かつ競争力を高める鍵であるという提言を策定した。
O社は,コモディティ事業である石油・ガス事業から不確実性の高い再生可能エネルギー事業への大胆な転換に成功したことで,第三者の高い評価1)を得ている。このような石油・ガス事業を中核事業とする企業の成功要因分析は日本企業に有益な指針を与えてくれるものと考えられる。O社の成功要因分析に関していくつか報告例があるものの,無形資産に着目した報告例は少ない。そこで本研究では,知的財産等の無形資産が事業転換で果たした役割を明らかにするとともに,今後の日本企業への提言を策定することを目的とする。
2000~2019年当時のO社を取り巻く外部及び内部環境把握のため,インターネット等の公開情報2)に基づくPEST分析を行った。その結果,2000年代から欧州では気候変動問題への強い関心と再生可能エネルギーへの期待が高まり,技術面では,発電タービン(風車)一基当たりの発電コスト削減と,陸上より過酷な環境である海底に建設しなければならないといった重大な課題が顕在化していたことが分かった。
2.2 ステップ(成功要因の抽出と解析)成功要因を無形資産の観点から明らかにすべく,無形資産および事業活動を照らし合わせ時系列で解析した。その結果,前記課題が顕在化する以前から,O社はM&Aおよびオープンイノベーションを積極的に行い,洋上風力発電プロジェクトの受注に必要な技術を獲得,深化させていたことが明らかとなった(図1)。
これら一連の活動を鮫島等3)が提唱する事業戦略モデルに当てはめて以下の通り整理した。
(1) (別付加価値追及+市場刷新)モデル
石油・ガス事業から再生エネルギー事業へ市場刷新の足がかりとして,2006年のDONG energy(O社の前身企業)設立および2009年の風力発電関連企業を買収し,必要な技術(必須特許)を外部から調達することで,市場参入を果たした。
(2) 別付加価値追及モデル
風力発電市場の変化に伴い顕在化した課題(洋上での建設,タービン大型化,コスト削減要求等)に対応するため,O社は要諦技術である構造物の基礎設計技術に着目した。関連する他社特許の取得(BARD社)およびコンソーシアム(PISAプロジェクト4))参画といったオープンイノベーションを推進し,ノウハウを含む技術を獲得することで課題を解決に導く技術進歩に貢献し,市場リーダーとしての地位を確立した。
以上より,当時市場の見通しが不確実であった再生可能エネルギー事業を中核に据えることを決断したことや,新規事業へ集中する戦略及び市場ニーズに対して訴求力のある付加価値を追求する戦略と,対応する無形資産の役割とが解析により明らかとなった。
我々は本研究で,O社は事業転換にあたって,無形資産のうち知財を活用し事業活動や研究開発活動と連携させていることを明らかにした。具体的には他社と積極的な共創等を行い,市場拡大と収益確保を同時に達成するという成果に結び付けていることを見出した。すなわち,知財-事業-研究開発の三位一体活動をより高度に実践することこそが競争優位の源泉となりうるという指針を得た。また,O社の事業戦略は,過去提唱された理論に当てはまることを明らかにした。
不確実性の高い環境下で,コモディティ化した中核事業を有する日本企業においても,これら重要理論の実践を成果創出に結び付ける「三位一体」経営5)の一層の強化が必要であり,持続可能かつ競争力を高める鍵となることを提言としたい。
本研究の仮説を検証するにあたり,ツールをご提供いただいた株式会社ジー・サーチ様ならびにインパテック株式会社様,中央光学出版株式会社様,また,解析のアドバイスをいただいたINFOSTA 3i研究会の皆様及び関係者の皆様に感謝申し上げる。