論文ID: 2024-018
ストークス(D.E.Stokes)は,研究者の分類に関して,真理探究を重視する研究者をボーア型,用途を重視する研究者をエジソン型,双方を重視する研究者をパスツール型とした。ただし研究者分類の決定方法は,当事者インタビューや主観的なアンケートが一般的であり,定量的・網羅的・客観的な方法は見出されていなかった。
そこで発表者は,論文の抄録等をAi分類器に入力して,論文分類・特許分類・科研費分類を計算させて,その3次元分布の特徴から,当該論文の著者である研究者の分類を定量的・網羅的・客観的に判定できる方法を考案した。
本発表では,これを用いて,日本のノーベル賞受賞者の研究者分類を示す他,研究者チームにおける研究者分類の異同がどのような影響を及ぼすか,産学連携研究における大学と企業の研究者の分類異同がどのような成果に繋がるのか等について発表する。
近年,異分野融合研究,産学連携研究等を起点とした大学からのイノベーション創出は,日本の産業力再興のために重要なミッションとなっている。そして,その起点たる優れた研究成果を,更に進んでスタートアップ等に結実させる大学研究者が少なからず出現するようになってきた。しかし,その一方でアカデミアに留まり研究に専念する研究者も多い。これらの研究に対するスタンスの相違は,各研究者の個性によるものと考えられ,ストークス1)(Stokes, D.E.)は,図1に示すように,「真理探究を重視する研究者」を量子力学の創始者に因んでボーア型とし,「用途を重視する研究者」を天才的発明家に因んでエジソン型とし,「共に双方を重視する研究者」を細菌学の開祖でありワクチンの発明者に因んでパスツール型とした(以下,これらの研究者タイプをBEP類型と呼ぶ)。そして高田仁2)は,“パスツール型研究者と大学発ベンチャーの関係性に関する考察”において,学術成果をイノベーションに結実できる重要な役割を担うのはパスツール型研究者であるとしている。
しかしながら,BEP類型を決定する方法は,手間が掛かる当事者インタビューや主観的なアンケートが一般的であり,定量的方法として論文と特許の両方の被引用データによる提案もされているが,元々,日本の大学研究者は特許出願数が少なく,限定的な範囲でしか適用できなかった。
したがって,高田が示すようにイノベーションに重要なファクターではありながら,客観的かつ網羅的なBEP類型の決定方法は,未だ見出されていない。
発表者は,論文の抄録等をAiの入力として,3つの観点(論文分類,特許分類,科研費分類)から3次元空間における座標をAiによって計算させ,その分布状態により研究者のコアコンピタンス(強み)を評価・分析する方法を,2021年から独自に発想し発展させてきた(図2:3D-Aiクロスマップ)。
図3,4,5は,3D-Aiクロスマップを用いて,ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典教授,山中伸弥教授,本庶佑教授の論文分布を3次元表示したものであり,以下に,3D-Aiクロスマップの論文が集中する平面から,BEP類型を評価・決定できる可能性があることを述べる。
即ち,大隅良典教授の論文は,図3右に示すように「X軸=論文分類=EF01020S:細胞生理一般」に37%が集中している。この論文分類は,同教授の受賞理由「細胞が不要物を分解し再利用するオートファジーの発見と解明」に対応し,論文の特定分類に集中していることから,同教授の研究スタンスは,真理探究の重視と考えられるため,ボーア型と推測できる。同氏は,講演の中で「私はずっと基礎科学を大切にしていきたいと思っていました。そうした中で(基礎科学を大切にすることに対して)一定の理解は進んでいると思えたことは私にとってたいへんありがたいことでした。」と述べている3)。
2.3 エジソン型次に,山中伸弥教授の論文は,図4右に示すように「Y軸=特許分類=C12N5:ヒト・動物・植物の未分化細胞」に50%が集中している。この特許分類は,同教授の受賞理由「成熟した細胞を多能性細胞へと初期化するIPS細胞の発見と応用」に対応し,特許の特定分類に集中していることから,同教授の研究スタンスは用途を重視すると考えられるため,エジソン型と推測できる。同氏は,講演の中で「ES細胞は,ほぼ無限に増え,脳や心臓など色々な細胞に変わることができる。・・・。そこで,受精卵を使わずES細胞のような細胞を作り出すことを目標にした。」と述べている4)。
2.4 パスツール型更に,本庶佑教授の論文は,図5右に示すように,「Z軸=科研費分類=49070:免疫学」に28%が集中している。この科研費分類は,同教授の受賞理由「免疫制御による新しいがん治療法の発見と応用」に対応し,免疫制御の真理探究の論文とがん治療法という用途の発明(特許)とを,共に重視した同教授の研究スタンスの結果であると考えられるから,論文も特許も包含できる科研費の特定分類に集中し,パスツール型と推測できる。同氏は,受賞会見の中で「基礎研究から応用につながることは決してまれではないことを実証できた」と評価し,「基礎研究を体系的に長期的展望で支援し,若い人が人生をかけて取り組んでよかったと思えるような国になるべきだ」と強調したと述べている5)。
本研究の発表者は,大学における知財業務のため,弁理士として,神戸大学,立命館大学,大阪工業大学,大阪公立大学等にて,多くの研究者に説明とアドバイスを行ってきた。その際,3D-Aiクロスマップを用いると,基礎的な原理を追求する理学系研究者の論文3次元分布は特定の論文分類に集中し,企業出身の工学系研究者の論文3次元分布は特定の特許分類に集中し,基礎医学と臨床医学の二刀流研究者の論文3次元分布は特定の科研費分類に集中する事に気が付いた。これは単なる偶然ではないと思い,そうならばノーベル賞受賞者はどうであるのかを調べたのが表1である。島津製作所の田中耕一氏は過去の業務でその人柄を知っており首肯できる結果であり,他も想定との乖離は少なかった。従って同マップによって研究者のBEP類型を決定できると確信し,更にそれをイノベーション創出の支援に繋げようと考え,3D-Aiクロスマップを利用した本研究の着想に至った。
研究者のBEP類型が3D-Aiクロスマップ分析によって客観的かつ網羅的に決定できることを,先行研究のインタビューやアンケートの結果と本方式の結果を照合して,帰納的に明らかにする。現在,3D-Aiクロスマップ分析によるBEP類型の結果は,京都大学・大阪大学・神戸大学の研究者の論文件数上位者各1000名まで計算完了している。今後は,これを公・私立大学を含めた関西18大学(KSACコンソーシアム参加大学)の研究者まで拡げて計算を行う予定である。
先行研究との照合については,まず高田仁2)の論文に4名の大学研究者がパスツール型とされているので,3D-Aiクロスマップ分析を行ったところ,予想通り全員パスツール型との結果を得た。その中でバイオベンチャー企業「ペプチドリーム」の創業者である東京大学の菅裕明氏は,図6右に示すように「Z軸=科研費分類=37010:生体化学」に論文が39%集中する典型的なパスツール型であった。
上記4.1によって計算されたBEP類型に基づき,京都大学の物理学分野の6チーム,大阪大学の化学分野の7チーム,神戸大学の生物学分野の5チームのネットワーク理論による分析を行い,研究者同士が同一のBEP類型である関係(ホモエッジ関係)の比率が高くなると,チームの活性度,特に論文創出数が低下することを見出したので,以下に説明する。
まずBEP類型が同一の研究者の組み合わせ(例えば,パスツール型とパスツール型)では,論文の集中平面が平行になってしまう。これでは,個性と個性の衝突がなく,イノベーションが産み出されるような「化学反応」は起こりえない。
これに対して,BEP類型が異なる研究者の組み合わせ(例えば,パスツール型とエジソン型)では,図7に示すように,集中平面が直交することになるので,その交線上で研究者間の個性の衝突が起こる可能性が高く,そうなれば,想定外の「化学反応」が発生して,イノベーション促進の効果があると推測できる。
しかし,ここでストークスのBEP類型は3種類であるので,それでは研究者の様々な個性を表現できない場合もある。例えば大隅良典教授の論文は,ボーア型の論文集中平面「X軸=論文分類=EF01020S:細胞生理一般」に一番多く分布しているが,パスツール型の論文集中平面「Z軸=科研費分類=44010:細胞生物学」も二番目に多い。
そこで,図8に示す,Bg型(Bohr-genuine),Be型(Bohr-eddison),Bp型(Bohr-pasteur)のように,合計9種類の拡張BEP類型を定めた(定義等は詳細に入ってしまうので省略する)。そして,各研究者を「拡張BEP類型という個性を持つノード」と見做し,各研究者間の結びつきが拡張BEP類型で同一である割合(ホモエッジ率という)と,研究チーム一人当たりの5年間論文創出数との重回帰分析を行った。図9は,京大物理学の6チームのネットワークであり,ホモエッジを黒色で示し,他のエッジを灰色で示した。エッジの幅は共著論文数に比例させている。
図10は,重回帰分析の結果であり,重決定R2は0.61,有意F値は0.066であるので,ホモエッジ率と論文創出数は負の相関が強く且つ有意であると考えられる。阪大化学,神大生物学も同様の結果であった。この拡張型BEP類型を用いて,今後,様々な事例を検証し,チームのネットワークと活性度の関係を研究していく予定である。
チームで研究を行う場合,共同の成果がどの範囲にどの程度出現するかは重要であるが明らかではなかった。そこで,研究者の論文の分布状態から,チームで創出される成果(例えば共同の論文・特許)の範囲と確率を予測することが可能かを検討する。
まず,上記の「化学反応」の発生箇所と発生確率は,例えば,パスツール型とエジソン型の研究者においては,論文の集中平面の交線において,両者の論文が存在する共存座標であると推測され,その発生確率は,両者の共存座標における論文数に関係すると考えることができる。このような「化学反応」の発生箇所と発生確率を,実際の共同研究の以下に示す事例から探索を行った。
最初の事例として,2022年に科学技術振興機構の井上春成賞を受賞した,東北大学須川成利教授と島津製作所近藤泰志技術者らによる高速度カメラの共同研究を検討した6)。次ページの図11上左に須川教授の,同右に近藤技術者らの,同中央に両者の,共同研究前(2007年以前)の3D-Aiクロスマップを示す。須川教授はパスツール型であり,平面a(科研費分類:21060:電子デバイス)に,近藤技術者らはエジソン型であり,平面b(特許分類:H04 N5:画像方式)に論文が集中している。そして平面aと平面bとの赤色交線に,論文が共存している座標点がある。
この交線上の共存座標点において,両者の共同研究前の論文数の和を図11下左,共同研究中(2007年以降)及びその後の論文数を表示したものが図11下右である。両図を対比すると,分布が相当程度に類似することがわかる。したがって,「化学反応」は,両者の集中平面の交線の共存座標において発生し,その確率は両者の共存座標における共同研究前の論文数の和に略比例することを示している。
今後,様々な事例を通じて,4.1において示した,先行研究のインタビューやアンケートの結果と本方式の結果を照合して帰納的に明らかにしていくとともに,4.2において示した拡張BEP類型とチーム活性度の相関性,及び4.3において示した,発生箇所と共存座標,発生確率とその論文数との関係を引き続き検討する予定である。
本発表のデータ分析には,株式会社ジー・サーチ,株式会社NTTデータ数理システム,インパテック株式会社のご協力を得ました。ここに深く感謝いたします。また本研究はJSPS科研費24K05100の助成も受けたものです。