1996 年 4 巻 1 号 p. 37-58
近年,伝統的な原価管理・予算管理のシステムが企業実践を適切にサポートできなくなっているのではないか,という認識や批判が高まっている.その対応には,制度としての原価会計や予算管理会計といったフレームワークを度外視した改善策もあれば,このフレームワークそのものを改善するというアプローチもあり,さまざまである.しかしいずれにせよ,その成否の評価は,個々の企業のおかれた時代環境と製品特性,企業をとりまく競争構造や企業の収益構造,そして経営戦略にマッチしたものであるかどうか,という視点からなされなければならない.フィールド・スタディが重視されるゆえんである.
本稿は,そのような問題意識から,自動化のための特殊な制御機器を専門に生産する日本の中堅メーカーS社の事例をとりあげ,同社が独自に開発した「基本原価」および「独算制」と名付けたコスト・マネジメント・システムの特徴を,上述のような視点から整理し,基本的な諸問題を論じようとするものである.
第1節で問題意識と本稿のねらいを述べたあと,第2節でケース企業の概要を紹介する.そして第3節ではS社をとりまく企業環境と製品特性,競争構造・収益構造に目を向け,同社がとってきた高シェア・高収益戦略の背景を明らかにするとともに,基本原価システムを導入するに至った理由を検討する.第4節では,「基本原価」システムの考え方の本質を分析し,高シェア・高収益戦略をサポートする仕組みを明らかにする.第5,6節で近年の企業環境の変化が基本原価システムに与えたインパクトを整理し,基本原価システムに内在する問題点を分析・提示する.