本論文は、プロセスと関係性の哲学と呼ばれるA. N. ホワイトヘッドの有機体の哲学の観点から、経営哲学とは何かを考察した試みである。この論文は、2023年に名桜大学において開催された経営哲学学会の統一論題「『生命の尊厳』―ぬちどぅ宝(命は宝)と経営哲学―」のセッション「生命の尊厳と経営哲学―沖縄で考える経営哲学―」の提題を基にしている。この統一論題の主題は、経営哲学を人間の営みについて根源的に問う学問と理解し、人間の営みを「生命の尊厳」まで立ち返って問い直すことであった。本論文ではまず、ホワイトヘッド哲学における「生命」概念を、メスリや山本誠作らの議論を踏まえて「自己創造的な被造物(self-creating creature)」と捉え、自らの環境世界によって作られながらその環境世界を作り出すことが有機体ないしは生命の特徴であることを示した。自己の住む世界を作り出していく生命の営みのうちに、島袋嘉昌が重視した経営における価値認識の問題があることを指摘し、人間存在における価値や創造性の問題を「私たちは何ものでどこから来てどこに行くのか」というパスカルやゴーギャン、ベルクソンの問いに沿って考えながら、生命の尊厳に根ざして文明社会を作り出していく価値創造活動として経営を捉えようと試みた。環境世界と有機体のあいだの価値創造的な関係性を人間存在にあてはめると、村田晴夫の提唱する階層システム性が浮かび上がり、人間による創造プロセスを環境世界における有機体的な組織の価値の実現と享受と理解すると、村田晴夫の組織倫理学の主題が浮かび上がるということを示した。そして、現代の企業文明の根底にある人間の価値実現の営みや、さらにその根底にある生命の尊厳まで射程に入れつつ経営を論じるところに、深い意味での経営哲学の必要性があると結論づけた。