抄録
本研究は,日本在住タイ人の防災アプリダウンロード行動の要因を,構築主義的グラウンデッド・セオリーアプローチを用いて質的に探究したものである。在住タイ人10名に対する半構造化インタビューを通じて,防災アプリ採用行動のプロセスを詳細に分析した。分析の結果,在住タイ人の防災アプリ採用が,個人の災害意識や自己効力感だけでなく,コ
ミュニティ内の相互作用や社会的影響によって促進されることが明らかになった。特に,防災教育や災害経験,コミュニティや職場の役割が重要であり,タイ人コミュニティの特性が防災情報の受容や行動に影響を与えていることが示された。また,ソーシャルメディアのインフルエンサーや企業の規制など,外部の影響がダウンロード行動を駆動する可能性が示唆された。さらに,日本語能力の向上に伴い多言語防災アプリへの依存度が低下する傾向が確認された一方で,個人の属性や言語的バリアが防災情報へのアクセスや理解に影響を及ぼすことも明らかになった。これらの知見は,災害準備の社会的認知的モデルを在住外国人の防災行動の文脈で発展させたものである。本研究は,在住タイ人の防災アプリ採用行動を多面的に理解するための理論的基盤を提供すると同時に,アプリ普及に向けた実践的示唆を与えるものである。今後の展望としては,他の外国人コミュニティでの検証,アプリの継続的な使用や実際の災害時の活用の検討,属性による差異の分析,非採用者の行動原理のさらなる解明などが挙げられる。本研究の知見を基盤として,在住外国人の防災情報へのアクセス改善と,より安全な社会の実現に向けた包括的な防災対策の構築が求められる。