2018 年 67 巻 1 号 p. 115-122
本総説論文では,人の放射線影響研究について,どこまでわかっているのかを科学的根拠を基に紹介する.ヒトの放射線影響は,組織反応と確率的影響に分類される.組織反応は,以前は確定的影響とよばれ,しきい値があり,しきい値以下の線量の被ばくでは影響が観察されない.胎児の異常や男性の一時的不妊のしきい値は100 mSvで,胎児期の被ばくによる精神発達遅延のしきい値は,広島・長崎原爆被爆者の疫学解析から120~200 mSvと報告されている.1000 mGy以上の高線量の全身被ばくでは,急性放射線障害といわれる,紅斑,吐き気,嘔吐,頭痛,下痢,発熱,混乱等の症状がみられる.一方,確率的影響には,がんと遺伝的影響がある.ヒトの放射線による発がんリスクの科学的根拠には,広島・長崎の原爆被爆者の寿命調査の疫学データが用いられる.もっとも精度が高いと言われるこの調査によっても100 mSv以下の低線量放射線による発がんリスクの増加があるかどうかを評価することはできない.しきい値なしの直線モデルは,全ての人の放射線発がんに関する疫学データの結果を反映しているわけではないが,放射線防護を考える上で有用ではある.しかし,このモデルを使って放射線リスク評価をすることはできない.
本論文では,ヒトの放射線影響を理解する上において重要な生物効果比,等価線量,実行線量,線量・線量効果値について,説明する.本総説論文が,放射線事故の際に,放射線対策に関わる実務者の放射線基礎知識の向上に活用されることを期待する.