日本神経回路学会誌
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解説
ばらつき研究のための統計学的基礎
進矢 正宏
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2024 年 31 巻 1 号 p. 3-11

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抄録

生物の神経系は,運動に伴うばらつきを処理するために進化してきたとも言われるほど,ばらつきは運動制御研究における中心的な概念である.ばらつきを定量する上で最も素朴で単純な方法は,標準偏差や分散を計算することであるが,これらの指標は,データの正規性や定常性を暗に仮定したものであり,試行順序にも依存しない指標であることから,運動学習・慣れ・疲労といった要素を表すことができない.分散や標準偏差は,頻繁に用いられ先行研究の蓄積もあることから,このような限界を知った上で,ばらつきの指標として選択したい.次に,元データの正規性を仮定すると,分散はカイ二乗に従うため,特に試行数が少ない場合は,信頼区間は大きく非対称な分布となる.そのため,個々の被験者に対して,例えば正確性の指標として,10試行といった少ない試行数から計算された標準偏差を用いることは困難となる.統計的仮説検定を用いて,群間や条件間で分散や標準偏差を比較する場合も,いくつかの注意点がある.反復測定のデザインでばらつきの被験者内要因による違いを検討する際は,まず分散の対数をとった後に,対のt検定や反復測定分散分析などを用いることを推奨する.最後に,反証可能性を持った科学的に意味のある研究を行うためには,想定される仮説を正しく検出できる検定力を担保する必要がある.本稿では,想定されるばらつきの差,試行数,被験者数が,検定力にどのような影響を与えるのかを,数値シミュレーションを用いて検討した.このような統計学的基礎は,ばらつきをアウトカムとする研究を行う者にとっては非常に重要な事項なので,本稿を機会に再度確認しておいていただきたい.

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