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日本遺伝学会 Genes & Genetic Systems誌の試み:アジアの遺伝学を主導する学術雑誌を目指した取り組み
舘田 英典
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2017 年 60 巻 3 号 p. 175-181

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著者抄録

日本遺伝学会の学会誌Genes & Genetic Systems誌は100年近くの歴史をもち,遺伝学関連の学術論文を出版してきた。全文英文化やJ-STAGEを利用したオープンアクセス化を早くから実現していたが,2013年度より日本学術振興会科研費「国際情報発信強化」の補助を受けて,アジアにおける遺伝学分野のトップジャーナルとなることを目指し,いくつかの新たな試みを始めた。具体的には,国際情報発信強化に向けてアジア各国・地域の研究者の参加による編集体制の国際化,採択論文の英文校閲,掲載費用支払い方法の簡素化,論文の早期公開等を行ってきた。本稿ではこれらの試みについて解説した後,これまでに得られた成果と今後の課題について述べる。

1. はじめに

学術雑誌にとって最も重要なことは,質の高い原稿を多く集め学術的価値の高い論文を掲載することである。日本遺伝学会誌Genes & Genetic Systems誌(以下,GGS)(1)は,遺伝学関連の良質の論文を集めてアジアにおけるこの分野のトップジャーナルとなることを目指し,2013年度より日本学術振興会科研費「国際情報発信強化」による支援を受けて,「アジアの遺伝学を主導する学術雑誌を目指した取り組み」を行ってきた。本稿では主に4年間のこれらの取り組みとその成果について述べるが,まずGGSがこの取り組みを始める前にどのような雑誌であったかを簡単に説明する。

図1 GGS表紙

2. 取り組み以前のGGS

1915年に日本育種学会として発足し1920年より現在の名称となった日本遺伝学会は,1921年から学会誌の刊行を開始した1)。この学会誌は,1995年までは旧名 『The Japanese Journal of Genetics』(『遺伝学雑誌』),それ以降はGGSとして,大戦終了年の1945年を除いて100年近く中断することなく発行されてきている。現在は年に6冊を出版し,遺伝学に関連する年間約40編の論文と,日本遺伝学会年大会の英文要旨を掲載している。発行部数は1,000部で遺伝学会員および大学図書館などを含む機関会員には無料で配布している。また日本出版貿易を通じた海外機関への頒布(有料)や寄贈,図書交換も行っている。学会誌の編集は編集委員(論文原稿の受け付け後,査読者の意見に基づき掲載の可否を決定)と編集顧問(編集および運営についての助言)からなるGGS編集委員・編集顧問合同会議(以下,編集委員・編集顧問合同会議)が,学会の編集幹事を兼ねる編集委員長の統括の下に責任をもって行っている。

GGSはその長い伝統と豊かな国際性を基礎に1996年以降は全文英文化を実現し,幅広い遺伝学の「国際学術雑誌」として認められてきた。特にGGSの編集発行においては,遺伝学における研究内容の多様化への対応と発表の速報性が非常に重要であるという認識のもとに,編集委員を含む編集体制の強化,投稿および編集の電子化などの改革を行ってきており,投稿から校正までペーパーレスを達成しただけでなく,2008年度には科学技術振興機構のJ-STAGEが提供する投稿・審査システム(電子投稿・電子編集・工程管理)に移行した。

また2002年6月より同じく科学技術振興機構の協力を得て,『The Japanese Journal of Genetics』とともにGGSの全文を電子ジャーナル化し,J-STAGE上のWebサイト注1)に公開した。さらに2002年9月より,J-STAGE上のGGSのサイトと国際的な生物・医学学術雑誌のデータベース検索システムであるPubMed等とのリンクが実現した。電子ジャーナル化後はGGSの全論文が出版と同時に全世界でインターネットから無料で閲覧・ダウンロードできるようになり,すべての論文についてオープンアクセス化を実現している。学会および科研費からの支援により,オープンアクセスに対する著者の費用負担,つまり投稿料はカラーの図を使わない場合,他のオープンアクセスの雑誌に比べて半分以下に抑えることができている。

これらに加え2008年より論文賞としてGGS Prizeを設けた。最初は前年に掲載された論文の中から,2013年からは過去3年間に掲載された論文から,1ないし2編の最も優れた論文を選び毎年表彰している。選考にあたってはまず全編集委員と編集顧問から当該年の候補論文の推薦があり,候補となった論文についてGGS Prize審査委員ワーキンググループで検討して数編の論文を選び,全編集委員と編集顧問に電子メールで通知する。最終的に毎年学会大会時に開催される編集委員・編集顧問合同会議で審議の後,受賞論文が決定される。

このようにGGSは,2013年度以前の時点で全文英文化,電子ジャーナル化,オープンアクセス,投稿・審査システムの電子化を達成していた。2012年のGGSのImpact Factor(IF)はほぼ1であったが,国内の遺伝学者の評価は比較的高く,主に国内からではあるが良質の論文を集めることができていた。このこととそれまでアジアの遺伝学の学術的レベルが必ずしも高くなかったこと等により,GGSはアジアでの遺伝学分野のトップジャーナルの立場を維持してきた。しかしアジアでの遺伝学のレベルは近年急速に向上し,日本以外の国・地域からも質の高い論文が多く発表されるようになった。そこで編集委員・編集顧問合同会議では,これまでの実績を生かし,アジアの国々の遺伝学分野の質の高い論文が投稿されるような仕組みを作ることの必要性を議論するようになった。

3. 科研費支援による「国際情報発信強化」の取り組み

3.1 科研費「国際情報発信強化」の採択

2013年度から科研費の研究成果公開促進費の新しいカテゴリーとして「国際情報発信強化」が新設された。そこで科研費の援助を受けていくつかの新しい試みを始めることにし,「アジアの遺伝学を主導する学術雑誌を目指した取り組み」と題して研究費の申請を行った。幸いこの計画(2013年度から5年間)が採択され,以後毎年約400万円のこの補助金を利用して,次に述べるような計画を実行してきた。

3.2 編集体制の国際化

まずアジアの国々からGGSに質の高い遺伝学の論文を投稿してもらうためには,雑誌を認知してもらうことおよび論文編集の国際化が必要だと考えた。その方策として,アジアの各国・地域で現在活発に研究を行っている中堅の研究者を編集委員や編集顧問として選任することにした。GGSではこれまでも数人の高名な海外研究者に編集委員として就任してもらっていたが,これらの方々は多忙で必ずしも雑誌の編集に十分な時間を割いてもらえたわけではなかった。そこでGGSでは,アジア各国・地域の編集委員・編集顧問には編集会議にも実際に出席してもらい,編集プロセスにおける国際性をより高めるとともに,GGSのオープンネスや速報性を周知してもらい,それぞれの国・地域から良質な論文の投稿数を増やすように依頼することにした。各国・地域の研究者に実質的に編集に参加してもらうことによって,GGSが日本だけでなくアジアの遺伝学雑誌であることを認識してもらい,良質の論文を多く掲載することによって国際情報発信強化を行うことが狙いである。

具体的には,2013年度の計画開始時には5人だった海外編集委員・編集顧問の数を2017年度計画終了時までに20人に増やすことにし(2),全員に2013年から2017年の間に少なくとも一度は学会大会時に開催される編集委員・編集顧問合同会議に出席してもらうことにした。2016年末の時点で海外編集委員の数は16人,海外編集顧問の数は5人,総計21人となりすでにこの目標は達成している。内訳は台湾6人,中国3人,シンガポール,韓国,チェコがそれぞれ2人,インド,サウジアラビア,イラン,カナダ,米国,英国がそれぞれ1人である。科研費の一部を海外編集委員・編集顧問が編集委員・編集顧問合同会議に出席するための旅費として使用した(1)。2013年度以降の会議では海外編集委員・編集顧問が出席するので英語で会議を進行しており,多くの貴重な意見をもらっている。GGS Prizeの選考にあたっても候補の推薦段階から電子メールを使って全員参加とし,編集委員・編集顧問合同会議に出席した場合は選定の議論に積極的に加わってもらっている。さらに会議や懇親会で当誌の特徴を詳しく説明しているので,GGSについても深い理解を得ていると考えている。編集プロセスにも積極的に参加してもらい,数多くの投稿論文の編集に関わってもらっている。この結果として,2012年には約9%だった海外査読者の割合が,2016年には36%と急増し,編集過程における国際化を急速に進めることができた。

図2 海外編集委員・編集顧問数増加と海外投稿数の増加計画
表1 2015年度科研費使用内訳
使用項目 支出額(円)
編集委員・編集顧問合同会議開催に係る旅費 126万7,050
英文校閲費 114万0,003
学術刊行物の印刷代,用紙代,製本代等の出版費 159万2,947
合計 400万

3.3 採択論文の英文校閲

もう一つ科研費の援助を受けて行ったことは,2014年から採択された掲載予定論文すべてに対して,GGSの負担で英文校閲を行うようにしたことである。日本を含めてアジアの多くの国・地域で英語は母国語ではない。最近は著者が英文校閲を校閲会社などに依頼してから投稿する論文も増えているが,まだそうでない論文も投稿されてくる。また編集の過程で変更が行われた部分については,必ずしも万全の英語になっていない場合もある。担当編集委員が判断して,ある程度修正することはできるが,編集委員も英語を母国語としていない場合がほとんどであり,また編集委員の負担も大きくなる。そこで,校閲を専門とする会社と年間一括契約を結び,採択された論文全体の英文校閲を依頼することにした。当初は簡単な文法のチェックだけでよいと考えていたが,実際は読んで内容がよくわかるような文章とする必要があり,契約した会社はかなり丁寧な英文校閲を行うことになった。幸い比較的安価に(1)英文校閲を行うことができて掲載される論文は非常に読みやすくなり,多くの著者にもよい評価をいただいているが,次章で述べるような問題も生じている。

3.4 支払いシステムの電子化

この科研費の支援を利用して論文投稿料や別刷り代の支払いをクレジットカードで行えるシステムも構築し,2014年から運用を開始した。それまでは論文掲載後,責任著者に投稿料等を振り込んでもらう形にしていた。しかし海外からの送金には別途費用がかかり,著者に負担をかけていた。また請求書を郵送していたため,著者にとっても学会事務局にとっても手続きが煩雑であった。そこで印刷版校正の段階で電子メールにより支払い用のWebサイトのURLを送り著者にアクセスしてもらい,クレジットカードを使って支払えるようにした。特定の国・地域ではクレジットカードを使えない等の問題はあるが,事務手続きが簡素化されて迅速に行えるようになり,また海外著者の負担も軽減できた。

4. 取り組みの成果と問題点

4.1 海外からの投稿の増加とIF

3章2節の取り組みにより計画当初に予定した海外編集委員と編集顧問の増加は計画4年目の2016年に達成された。当初は東南アジア諸国の研究者への依頼も計画していたが,シンガポールを除いてはまだ就任に至っていない。今後,より多くの国・地域からの編集への参加が望まれる。

総投稿数は計画が始まる前の2012年の60編から2016年に73編へと増加している(3)。この増加の要因は3からもわかるように海外からの投稿数の増加で,2012年には32編だったが,2016年には45編となっている。この点では,期待したとおりの傾向が得られていると考えられる。この数年新しい学術雑誌が多く刊行され競争が厳しくなっていることを考えると,ある程度海外からの投稿原稿を呼び込むことができているといえる。しかし計画当初の目標は総投稿数を1.5倍に増やすことだったので,まだ十分な投稿数が得られているとはいい難い。そこで科研費を利用して残りの年度でWebサイトの改良を行うことになり,編集委員・編集顧問合同会議内にワーキンググループを設置し,現在改良策をまとめつつある。

一方,掲載される論文の質向上については評価が難しいところだが,取りあえずの数値評価としてGGSのIFの年次変化をプロットしたのが4である。2014年まで1近辺の値を取っていたが,2015年には1.339となり若干ではあるが上昇した。IFは過去2年間に発表された掲載論文の引用数で決まるので変化が表れるのに時差が生じることを考えると,この4年間で投稿数が増加し,また英文校閲を始めたことで論文が読みやすくなったこと,良質の総説を掲載した効果が出始めているのかもしれない。ただし上昇はこの1年のことなので,今後の動向を見ていく必要がある。

図3 総投稿数と海外からの投稿数の変化
図4 Impact Factorの変化

4.2 英文校閲による発行遅延と早期公開

さて英文校閲を導入したことで,掲載論文は格段に読みやすくなったのだが,採択後出版までにこのステップが入ったことによって,掲載までの時間がかかるという問題が生じてきた。これまでは論文が採択された後,編集委員長が経験をもつ個人に依頼して論文フォーマットのチェックを行いGGSのスタイルに合った形にしたのち,出版社に送ってオンライン版と印刷版を作成していた。このステップに英文校閲が付け加わったわけだが,前にも述べたとおり1社に英文校閲を依頼しており,著者と校閲者のやりとりを必要に応じて複数回行うこと,集中して論文が採択されると滞ってしまうことなどが原因で,採択後出版までに1年近く時間がかかる場合も出てきた。これについては海外編集委員からも編集委員・編集顧問合同会議で意見が出されて議論したのち,発見のプライオリティーにも影響しうるので採択原稿の早期公開を始めることになった。

早期公開は,J-STAGEが提供する早期公開機能注2)を利用して2015年より開始した。論文の採択後フォーマットチェックを行い,その後タイトルとアブストラクトのみの英文校閲を行う。タイトルが英文校閲によって変わる場合もあるので,その後著者に原稿を送り,変更の承認を経て必要な処理を行ったのち,原稿をそのままオンライン公開する。その後早期公開版をもう一度英文校閲会社に送り,これまでと同じように図表も含めた全体の英文校閲を行ってから,出版社に送り最終オンライン版と紙媒体の印刷版を出版する。早期公開版と最終版は同じDOI番号を振ることによって対応づけられている。採択から早期公開までの期間は最近の例では2,3か月程度となっており,プライオリティーの問題はある程度解決されたと考えている。一方,最終版を出版した後に投稿料の請求を行うが,最終版の出版が遅れて予算年度を超えると,支払いが難しくなるという問題が生じる場合もあり,英文校閲を早く進めてできるだけ早く最終版を出版することは重要な課題である。

4.3 役割分担の再考

英文校閲と早期公開を始めたことでもう一つ問題が起きてきた。これまで述べたように現在採択後に,論文のフォーマットチェック,タイトルと要旨の英文校閲,著者の承認,早期公開,全文の英文校閲,出版社への送付,最終版の校正を行っているが,この間すべて編集委員長を通して何度もメールのやりとりが行われるので,編集委員長の負担が増大した。採択後のプロセスを除いては,役割を編集委員の中から選ばれたManaging editor,GGS prize editor,Review editorが分担して行うことによって負担は大きく軽減されたが,採択後の,著者,フォーマットチェック担当者,英文校閲者,出版社とのメールのやりとりはさまざまな確認も含むのでかなり時間を取られる。GGSの規模の雑誌で編集委員長を補助する人員をフルタイムで雇用する必要はないし,また予算的にも難しい。しかし多くの作業は学問的専門性が必要とされるものではないので,いくつかの学術雑誌が共同でこのような作業ができる人を雇用するようなシステムが必要ではないかと思う。

5. おわりに

筆者は2011年から2015年までGGSの編集委員長として科研費の申請なども含めて雑誌の編集・運営全般に携わり,さらに2016年末までは採択後の原稿を出版するまでのプロセスに関わってきた。編集委員長の負担を少なくするシステムの構築と,投稿数をさらに向上させるための有効なWebサイトの改良を行わないままで,次期編集委員長に引き継いだことが悔やまれる。学術雑誌の競合はこれからますます激しくなり,投稿論文の奪い合いのようなことも起こっている。しかしGGSは長い伝統をもっており,専門性の高い編集委員による質の高い編集,英文校閲も含めた丁寧な採択論文の扱い,学会と科研費の補助による比較的安価なオープンアクセスという利点等をもっている。これらを周知するとともに自助努力と競争的資金の継続的獲得等によって,さらなる発展ができると期待している。

謝辞

ここで説明したGenes & Genetic Systems誌の試みは,日本学術振興会科研費,研究成果公開促進費「国際情報発信強化」の「アジアの遺伝学を主導する学術雑誌を目指した取り組み」(252006)の支援および科学技術振興機構が提供する投稿・審査システムおよび公開システムを利用して行われた。

執筆者略歴

  • 舘田 英典(たちだ ひでのり) htachida@kyudai.jp

1976年大阪大学基礎工学部卒,1982年九州大学理学博士,米国ノースカロライナ州立大学 統計学科博士研究員,国立遺伝学研究所助手を経て,現在,九州大学大学院 理学研究院生物科学部門教授。2011年から2015年まで日本遺伝学会誌Genes & Genetic Systems誌編集委員長。専門は集団遺伝学および分子進化学。

本文の注
注1)  Genes & Genetic Systems誌のWebサイト:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ggs

注2)  J-STAGEの早期公開について:https://www.jstage.jst.go.jp/pub/html/AY04S060_ja.html

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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