都市計画論文集
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明治・大正期の外濠の改築・埋立にみる都市風景のとらえかたについて
馬木 知子
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キーワード: 外濠, 風景, 弁慶橋, 近代, 東京
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2004 年 39.3 巻 p. 121-126

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抄録
外濠の改築・埋立は、汚水が停滞しているという衛生上の問題を解決することを動機としつつ、明治 30年代後半頃からは埋め立てて地積を得ることが目的となっていた。明治前半には、かつての景勝地である溜池に地景の回復への関心もみられたが、明治20年代以降の埋め立てでは、外濠の地景は議論の対象になっていない。他方、「風致」や「美観」のもとに、植栽や建築物による都市の装飾、埋立後の街の構想など、外濠を無用化したあとに建設する施設によって、近代都市の風景をつくることを徐々に指向するようになっていた。新しい都市風景をつくることに傾倒しつつある都市建設において、近世以来人々が価値を見いだしてきた地景が解釈される契機となったのが弁慶橋問題だった。弁慶橋問題は、地景を積極的に解釈しようとしない建設者側と、地景を都市風景として体験し価値を見いだしてきた人々の、風景の捉えかたのずれが、埋立計画によって明確に認識されたことで発生した。そのずれに対して、地景を保存し、同時に近代都市に具備すべき施設を得る、公園化という方法は双方の風景の捉えかたを肯定する、一つの有効な解決策であったと評価していいだろう。
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© 2004 公益社団法人 日本都市計画学会
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